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第2話 兆候

アイーシャは十五になると初潮を迎えた。


これで女王になることが内定した。この国の成人は十六歳、それまでに婚約者を選ぶのが一般的だ。


「おめでとうアイーシャ」


母は安堵と新たな心配を抱きつつアイーシャを祝った。

自分が正妃ではないことが、我が子の立場をより厳しいものにしてしまうことを詫びた。


「母上のせいではありません。無責任で迷惑な予言のせいですよ」


父や姉達からも祝いの品が届けられ、アイーシャの部屋は花と祝いの飾り付けで溢れかえった。


部屋に充満するむせ返るような花の香りに、自分が女性となった自覚ができないまま、アイーシャは浮かない表情でいた。


「姫様、私からもお祝い申し上げます。今後はなお一層あなた様をお守りいたします」


カシムは跪き、アイーシャの手の甲に誓いの口づけをした後、手の平の中央にもさらに口づけた。


「?!」


アイーシャは驚き、振り払うように手を引っ込めた。


この王国では、手の平への口づけは絶対の服従、隷属を誓うものだったからだ。


「カシムは奴隷ではない。わたしはそんなことは求めていない!」


カシムが自分に仕えるために宦官になったことを知ってショックを受けたばかりだった。


後宮に出入りすることができるのは女性と宦官、医師などの専門家職の人のみだ。


カシムの中性的な雰囲気は、宦官特有のものだった。

細身で肌も滑らかで髭も生えておらず、声も太くなく柔らかなトーンで話すのはそのせいだったのだ。


王族とは、仕える者にまでこのような犠牲を強いるのだと、自分が王位につくことの重さを嫌でも突きつけられる。


成長するにつれてそれが段々重荷になってゆく。


好きで王族に生まれたわけではなく、王位など微塵も望んでいないのに······。


それに、皆はわたしの資質や能力を信じているのではなく、予言自体を盲信しているだけだとアイーシャは苦々しく感じていた。


これ以上予言に翻弄されるのは、もう勘弁して欲しい。


女王になることは内定したから、それでも予言は半分は当たっている。


残りの半分、それはわたしが男になるということだ。


女性としての徴が証明されただけでこの大騒ぎなのに、これから先、わたしの身体に何が起きるのだろう······。


鏡に映して見える自分は、少女ではなくて少年だ。

胸だってほんの僅かしか無いし、それに·····うぶ毛が濃いというよりも、髭のようにも見える。

体毛が濃いのは、全く女らしくなくて嫌になる。


兄や姉妹達も気味悪げに見てくるし、背も高いから「お前は可愛く無い」と言われている。


月のものが来ても、わたしは女の子からは遠ざかってゆく。


女性らしさとは程遠い。


妹ではなく弟、姉ではなく兄にしか見えない。


父にとっても、わたしは娘ではなくて息子なのだろう。


でも、この姿になって兄達から嫁にしようなどとはもう思われなくなったことだけは良かった。


「子どもの頃はまだ可愛かったのに!」

「こんな女は妻にできない」

「化け物か」


勝手にそう言い捨てる。


兄達だって大して美男ではないくせに。


王族だから美しいとは限らない。王妃よりも自分の母の方が余程美しい。


自分と大して変わらない背丈の妻を求める王族はそうそういない。


自分の威厳を誇ることしか眼中にないから。


そして美しくも無い女はまず選ばれない。


王族に限らず、この国では女らしく小柄な美女が伴侶として人気なのだから。


わたしのような大柄の可愛く無い男女はお呼びではないのだ。



その代わり、王位を欲しがる人達からの牽制や圧力が増した。


自分へ向けられる刺客の数が増えて来た。

それでもまだ生きれているのは、カシム達が守ってくれているからだ。


王妃派や長兄達は、まだ王位を諦めていない。


味方はムラート兄とカシムだけだ。母上の周辺も守りを固めなくては。


子を成せる身体であると証明できたことを喜んでいる場合ではない。


王位を継ぐ者として舐められないようにしなければならない。


王太子教育も以前よりも大っぴらにできることはありがたい。

剣術も乗馬も兄らを凌ぐ力量を身につけた。


女言葉を捨て、男言葉を使うことで、周囲を牽制し自分を奮い立たせた。


女物は一切身につけず、わざと大股に歩くとか、身振りを大きくして男らしさを演出した。



十六になる頃、アイーシャにはまた別の兆候が身体に現れた。


それが夢精というものだと知って、羞恥で死にそうになった。


ショックで怯えて独りで泣いた。


そして自分はやはり女ではないのだと思い知った。



『王であり女王でもある』


その予言はその通りになろうとしている。



アイーシャは、自分の身体が自分のものではないような気がして仕方がなかった。

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