第1話 王女誕生
全6話の短編です。
日没する国では、稀に両性具有の王が誕生する。
古来より両性具有の王が治める御代は繁栄すると言われており、それは民からも歓迎されるものだった。
王女アイーシャは、誕生する前から両性具有と予言されていた。
だが、兄三人が王太子候補から外されてしまうと混乱を招くため、その予言は生母と王、ごく少数の側近のみが知るにとどめた。
王女は側妃の子でもあり、正室らとの確執と争いを避けるために、王女が成人するまでは両性具有であることは公表せず厳重に秘匿されることになった。
アイーシャは母と共に離宮で他の王族から隔離されて育った。
愛らしい顔立ちだったため、周囲は誰もがアイーシャを女児だと思い込んでいた。
この国の伝統的な衣服、砂漠地帯に住む者が纏う長衣、身体の線がほぼ出ないゆったりとした着衣に守られ、女性は滅多に顔を晒すこともない風習も手伝い、両性であることを疑われずに成長することができた。
アイーシャが十歳になると、アイーシャの従者のカシムと、同母の兄が母に呼ばれ、アイーシャが両性具有であることを打ち明けられた。
カシムは現宰相の甥で、アイーシャが五歳の頃から仕えている十七歳の中性的な少年だった。
アイーシャよりも二つ上の兄ムラートも、この有能なカシムに何かと助けられて来た。
「ふたなりって、男女っていうことですか?」
ムラートは驚きが先に立ってしまい、要領を得ない返事をした。
「アイーシャは、まだ月のものはありませんが女でもあり、男でもあるということです」
「···母上、これからアイーシャはどうなるのですか?」
「それは陛下がお決めになるでしょう。ですがあなた達は今後アイーシャがどうなろうとも必ず守ってあげて欲しいのです」
「···わかりました」
「命に変えましてもお守りいたします」
「カシム······!」
カシムが王女の部屋へ戻って来ると、アイーシャが何かに怯え、外したヴェールを掴む手が震えていた。
「どうなさったのです?」
「ムハマド兄様が······」
ムハマドとはアイーシャの長兄で、今年十九になる王妃の子のことだ。
今のところ彼が王太子と表向きにはされていた。
「······わたしを妻にするって言ってきたの」
「!?」
この国では、同母の兄弟姉妹以外ならば婚姻が許されていた。
異母兄妹ならば結婚できる。おじと姪、おばと甥でも可能だった。
また、王族の婚約は早く、子どものうちから決められてしまうことが多い。
「お兄様は嫌い。わたしを見世物みたいな目で見るんだもの」
淡い金髪に、銀の中に淡い黄緑色を混ぜたような瞳が不安で揺れている。
幼く愛らしい顔立ちが珍しく陰っていた。
「わたしは誰とも結婚したくない······。カシムはわたしの身体のことはお母様から聞いて知っているのよね?」
「···左様です」
「わたしは普通の姫ではないのに、結婚できるの?」
「姫様は妻にならずに妻を持てば良いのです」
カシムはアイーシャの機嫌をなだめるために若干冗談を込めた。
「王子でもないのに?」
初潮をまだ迎えていないアイーシャは背ばかりがぐんぐん伸びている。
顔立ちは少女だが、身体つきはどちらかといえば男の子のようだった。
将来王になっても、女王になるにしても困らぬよう、王太子になるための教育を秘密裏に受け、剣術や乗馬も訓練している。
「あなたはこの国の王か女王になられるのです。結婚はいずれはっきりするまで、待てばよいのです」
「それはいつ?」
カシムは回答に困り、美麗な眉を寄せた。そんな表情も綺麗だとアイーシャは思った。
カシムの方が余程女の子みたいだと。
兄達はみな骨張り、彫りの深い相貌をぎらつかせ威圧的なのに対して、従者カシムは細身でしなやかだった。
男性用のソーブを纏い歩く姿もどこかはんなりとして、男臭い感じを与えない。
だからいつも傍にいてもアイーシャは不快にならなかった。
「カシム、ずっとわたしの傍にいてね」
「はい、もちろんです。私は生涯あなた様の傍におります」
金糸や銀糸の刺繍が施された白いソーブを纏い、コバルトブルーのターバンを巻いて立つカシムの姿、立ち居振舞いの品の良さにアイーシャは惚れ惚れとすることがある。
わたしの従者は、見目が良いと。
けれども、それが女の子としての恋心なのかはまだ自分でもわからなかった。
「姫様」と呼ばれてはいても、姉や妹とはどこか違う自分に困惑しつつもて余していた。
アイーシャは自分がいずれこの国の王か女王になるという予言を信じることができずにいる。
もしもその予言が本当に現実になるとしたら、それはそれでとても恐ろしいものに思えていた。
日没する国とはマグリブを連想するかもしれないですが、ナーロッパ的な(笑)フィクションです。
ソーブとは、中東、北アフリカなどで着られている丈の長いゆったりとしたカフタン風の現地の人の服のことです。