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06

 これは昔の話。



 モリシア伯爵令嬢(十二才)は、一年ぶりに再会した妹のリリー伯爵令嬢(十才)を見て、休暇申請をすることに決めた。


 王国の運営にとって書類処理は必要不可欠であり、常に人材が不足していた。そのため、王国に属するものは、騎士団長であろうと伯爵令嬢であろうが、書類仕事を振り分けられる。そして、書類処理の能力が高い者は、膨大な量の書類仕事を担当することになる。モリシア伯爵令嬢は超絶優秀のため、一年間ほど家に帰れぬほどの仕事が回されていた。

 もうすぐ妹のリリーが誕生日なので、なんとか仕事をやりくりして屋敷に一時的に戻る伯爵令嬢モリシア。

 「お姉さま。私は何もいりません」

 おしとやかに断る妹のリリーの様子に、モリシア伯爵令嬢は王国の仕事を他人に任せることを決心した。


 「妹の様子がおかしいのよ。あれだけ気が強くて自信満々だったのが、他人に遠慮して、他人と距離をとるために、おとなしそうな令嬢を必死に演じている」

 「わかった。王国の書類仕事はこっちがやっておくよ」

 目にものすごいクマを作るモリシア伯爵令嬢は、同じように目にものすごいクマを作るスワンリ伯爵令嬢に自分の膨大な量の書類仕事を頼む。

 それから、三日ほど物静かな令嬢を演じる妹のリリーを観察したモリシア伯爵令嬢は、なるほどと呟いた後で王国の魔法省に足を運ぶ。

 「はい、今年の誕生日プレゼントはこれよ」

 屋敷に帰ってきたモリシア伯爵令嬢は、妹のリリーの額に魔力封じのお札を貼りつける。

 一緒についてきた魔法省の職員が説明をする。

 「リリー様は、魔力が人並み外れてある体質ですね。だから、気を抜くと勝手に魔法が暴走してしまう。対処方としては、魔力を抑えるアイテムを身に着ければ解決できます」

 リリー伯爵令嬢は絶句する。

 半年前から始まった魔法の暴走はリリー伯爵令嬢にとって、解決しようがない悪夢だった。周囲を傷つけないように常に気を張って神経をすり減らし、怯える。

 それなのに、姉のモリシアがあっさりと解決したのだ。

 「それじゃあ、城に戻るわね。はやく戻らないと、すっちゃん倒れちゃうから。こちらの専門家の方にきちんと説明受けてね。妹をよろしくお願いします」

 モリシア伯爵令嬢が仕事に戻りいなくなったあと、魔法省の職員が感服して言います。

 「モリシア様はすごい人ですね」

 リリー伯爵令嬢は同意する。

 「ええ。姉はすごい人です」



 その三年後。

 リリー伯爵令嬢(十三才)は、舞踏会場で正面から喧嘩を売られていた。

 「王国の最終兵器が、舞踏会に出てくるなんて、こわいこわいですわ。爆発でもされたらどうしましょう」

 「王国の最終兵器様である私に、そんな口の利き方をするなんて、常識が無い田舎の猿娘はこわいこわいですわね」

 舞踏会場の真ん中でにらみ合うリリー伯爵令嬢とアルパズリ伯爵令嬢。

 人目を気にしていた昔のリリーの面影はなく、姉が貼ってくれた魔力封じの札をいまでも額に張り続けている。

 「うちの領地のアルテンド鉱山をまるごとふっとばしたバカに文句を言いにきたのよ」

 「あれは王国の指示でやったことよ」

 「他国へのデモストレーションで、一部をちょっと爆破させるだけの予定だったでしょうが。なんで、まるごとなのよ」

 「小さい規模で魔法使うの難しくなってるのよ。保証金は王国から出ているでしょう」

 「子供のころからの思い出の風景ってあるでしょうが」

 取っ組み合いをしようとした二人の伯爵令嬢に、割って入るモリシア伯爵令嬢。

 「お待ちなさい。舞踏会でのいさかいは、スポーツで決着をつけるのが我が国の伝統。ですが、私は新しい決着の方法を提案します。題して、壁ドン対決」

 リリー伯爵令嬢とアルパズリ伯爵令嬢は手早く男装させられた上で、台詞が書かれた紙を渡される。

 「おまえは俺だけをみてればいい。なんだ、これ?」

 「なんだこれ、は余計ですよ。リリー」

 「この時間だけは、僕の恋人になってください。何ですか、これ?」

 「何ですかこれ、は余計です。アルパズリ様。お二人にはこの会場の令嬢達を、カーテンの影に引き込んでもらい、この愛の囁きをしてもらいます。最終的に、令嬢達からの総合得点が高い方が勝ちです」

 先ほどまでいさかいをしていた二人の伯爵令嬢が声をそろえる。

 『なんだ、それ?』

 結局、二人の得点は同点で引き分けになる。

 喧嘩をするのも馬鹿馬鹿しくなった二人は、お互いに謝罪する。

 「ごめんね。アルテンド鉱山の件は、王国の指示だもんね」

 「私こそごめん。思い出の場所を爆破してしまって」

 「あなたのお姉さん。すごいけど変わっているわね」

 「ええ。私の姉は、変わっているけどすごいのよ」



 その三年後。

 リリー伯爵令嬢(十六才)は激怒していた。

 姉のモリシア伯爵令嬢が、国王候補から外れ、王国の悪評判を一手に引き受け断罪されることが決まったのだ。

 「ひどすぎるじゃないですか。お姉さまはあれだけ王国に貢献したのに、国王候補じゃなくなったら、用済みですか!」

 当のモリシア伯爵令嬢(十八才)は涼しい顔をしていた。

 「まあまあ、そんなに怒らないで」

 「お姉さま!」

 大粒の涙を流しながら屋敷を飛び出す。

 泣きながら進み、泣いたままたどり着いたのは、中央広場の初代国王像。その台座の後ろが外れるようになっていて、空洞の中に入り込めるようになっていた。

 昔、姉に教えてもらったかくれんぼの場所で、リリー伯爵令嬢は泣くためにやってきたのだった。

 泣きながら台座の後ろを外すと、中に泣いている先客がいた。


 台座の中で泣いていたのは辺境領主ダイファン(十四才)。

 泣きながら驚くダイファンにかまわず、泣きながら台座の中に入り込むリリー伯爵令嬢。

 狭い台座の中で、身体を密着させて並んで座り泣いている二人。

 「・・・お姉さん」

 「なんだよ?クソガキ」

 泣きながら会話を始める二人。

 「お姉さんの顔についている紙はなに?」

 「おまえ、女性が泣いているのに、そっちを聞くのかよ?」

 「・・・お姉さんは、なんで泣いているの?」

 「軽々しく、そんなこと話すわけないだろ」

 「・・・ごめんなさい」

 「・・・」

 「・・・」

 「おまえの方はなんで泣いているんだよ?」

 話をふられ泣きながら答える少年ダイファン。

 「僕は怖くて。僕の周りはみんな敵で。悪い奴ばかりで。僕のことを嫌っていて」

 「それは良かったな」

 慰めか同情の言葉が返ってくると期待していた少年ダイファンは、リリーの言葉に目をむく。

 「私の周りはいい人ばかりなんだよ」

 「恵まれているじゃない」

 「そうだよ!私は恵まれているよ!」

 泣きながら怒鳴るリリー。

 「姉の周りにはいい人しかいない!姉のことを好きな人しかいない!姉のことを用済みだと使い捨てにしようとする人なんているわけがない!みんな、姉のおふざけにつきあってくれているだけだ!そんなのわかりきっているのに、私は自分を誤魔化そうとしただけだ!」

 泣きじゃくるリリー。

 「姉は完璧な人間だった。その姉が初めて失敗した。その時、私は思ってしまった。ほんの少しだけ感じてしまった。なんでもできて皆から好かれる姉がしくじって、嬉しいとの気持ちを。私は自分のそのあさましさを認めたくなかった」

 「・・・」

 「気の利いた慰めの言葉ぐらいかけろよ」

 「え、ええっと、がんばって」

 少年ダイファンの言葉に吹き出すリリー。

 「なんだよそれ。落ち込んでいる人間に絶対に言っちゃあいけない言葉だぞ」

 「えっ、そうなの?」

 いつのまにか涙が止まっている二人。

 その日から、台座の中で話をするのが、二人の日課になった。


 「ほら、餞別だ」

 「ありがとう、お姉さん」

 「もう一度言うけど、私を嫁として連れてかえらないか。お前の敵を全部ぶっとばしてやるよ」

 「ありがとう。でも、それはできないよ。お姉さんを危険にさらしてしまう。僕が嫁を貰うとしたら、僕がいないと生きていけない立場の人ぐらいだ」

 「そういうわけなら、しょうがないな」

 辺境領地に帰ることになった少年ダイファンは、別れの言葉を残し台座の中からいなくなる。

 ひとり残されたリリーは、はっきりと声に出して言う。

 「そういうわけにはいかないのよ」


 「額の札が無いと、全然印象が違うわね。黙ってすれ違っただけだったら、あなただとわからないわよ」

 「お姉さまからの札は背中に回したわ」

 リリー伯爵令嬢は、親友のアルパズリ伯爵令嬢の屋敷にやってきていた。

 「私の化粧係を待機させているわよ。リクエストは男の理想の妹風だっけ?」

 「誰かに守ってもらわないと生きていけない風よ」




 モリシア伯爵令嬢はお茶会を開いていた。

 メンバーはミッシェル伯爵令嬢、ヨールデリ伯爵令嬢、スワンリ伯爵令嬢。

 そのお茶会の席に、予告もなしに、リリー伯爵令嬢は飛び入りする。

 「お姉さまに、お話があります」

 モリシア伯爵令嬢は、妹の話を真正面から聞く。

 「私は恋をしました。一目惚れです。私はどうしてもこの恋を成就させたいのです。つきましては、お姉さまにお願いがあります」

 モリシア伯爵令嬢は黙ったまま、妹の話の続きを待つ。

 「これから王国の汚名を被るお姉さま。私の恋の成就のため、もう一つ汚名を被ってください」

 リリーの姉、モリシアはにっこり笑う。

 「任せて」


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