04
屋敷内に迷い込んだ猫を、悪役令嬢のモリシアはヒステリックに喚きながら、蹴りつけます。
「私の大事なドレスが汚れるじゃないの!」
辺境領主の前で、リリーは口を両手で押さえ、肩を震わしている。
「つらい記憶を思い出させてすまない。君の姉が、猫を虐待しているのは本当だったのだな」
「ダイファン様。どうしてそのことを?」
「中央にはスパイを送り込んでいる。君には聞かせたくない話だが」
「そのスパイの方は信用できるのですか?」
「もちろんだ。詳しくは教えられないが、私をけっして裏切ることはないし、優秀なのでスパイと見破られる心配もない」
「悪役令嬢のモリシアは、王国のお金を着服していたのよ。これは極刑の犯罪なの」
と、伯爵令嬢のモリシアは、お茶会の席でスパイに吹き込む。
「なるほど」
言われたことをメモするスパイのリンリン。
「それと、モリシア悪役令嬢は犬を蹴っとばしていたのよ。悪いやつでしょう」
「それ本当ですか?前の猫を蹴っとばす話も、屋敷の他の人に確認したら、お嬢様は大の猫好きですよって笑われちゃいましたよ。お兄ちゃんに間違った情報を送っちゃったじゃないですか」
「猫の話は訂正する必要はないわよ」
リンリンは、辺境領主ダイファンの八歳の妹で、モリシア伯爵令嬢の屋敷に潜入中のスパイである。
性別を偽り男の子として執事見習いの雑用係として働いているが、現在のフリフリのスカート姿では誰も男だとは騙されないだろう。
「女の子なんだから、かわいい服を着なくちゃ」
ミッシェル伯爵令嬢が、リンリンに着せ替え人形のようにかわいい女の子の服を着せていく。
「これが着服の証拠よ。お兄さんに渡しておいて」
リンリンの頭に疑問が浮かぶ前に、ヨールデリ伯爵令嬢がお菓子をリンリンの口の中に放り込む。
「これうまいっすね」
「こっちもおいしいわよ」
スワンリ伯爵令嬢は、リンリンの髪を梳かしてつやつやにしている。
リンリンが伯爵令嬢に囲まれながら泣き出す。
「自分、わかったっす。いままで、モリシアお嬢様が、どうして悪役の汚名を被ろうとしているのかわからなったけど、リリー様のためなんっすね。リリー様の幸せのため、悪役令嬢を演じて極刑になるつもりなんっすね」
モリシア伯爵令嬢は、リンリンの涙をふき取りながら言った。
「それ、間違っているわよ」
「順番が逆なのよ。元々、私は妹のリリーと関係なしに断罪される予定だったの。その断罪される理由がなかなか思いつかないところに、リリーが虚実の内容で聖女追放したとの断罪シナリオを提供してくれたのよ」
モリシア伯爵令嬢は本格的に説明を始める。
「どういうことっすか?」
「この国には、国王の代替わりのさい、引退する国王が横暴三昧になって国の悪行全てを引き受けて去っていくのが習わしだったのよ。引き継いだ国王が前国王の悪いところを正していく形にすることで、前の国王の方が良かったとの評価を封じるのが目的ね。でも、今の国王人気がすさまじくて、それやるといろいろまずいことになるから、間をはさむことにしたのよ。で、今後の政治的にいなくても替えがいて、いなくなっても影響力が少なくて、国王を一時的に引き受けられる家柄がある者がその役をやることになったの。それが、王子と私」
モリシア伯爵令嬢は、リンリンが理解するための間をとってから話を続ける。
「王子と私は、一時的に国王とその夫人になってさんざん悪評を高めてから、次の国王になる者に断罪される予定なの」
「それだと、おかしくないですか。私の兄に、モリシア様の悪い評判と断罪の証拠をながしていますよね。それ、意味ないんじゃないっすか?」
「私と王子は、リリーとその夫の辺境領主に断罪される予定ね」
「断罪するのは、次の国王なんじゃないっすか?」
リンリンの疑問に、モリシア伯爵令嬢があっさり答える。
「次の国王がリリーなのよ」
「ほわっ?」
飲み物を吹き出すリンリンだが、周りの伯爵令嬢達が手早く処理をする。
「あのリリー様が次の国王になるんですか?あんな可憐で、繊細で、物静かなリリー様が?」
「あの図太い性格のリリーをそんな風に思っているの、あなたとあなたの兄ぐらいよ」
「でも、リリー様の母親は平民ですよね。そこらへんは大丈夫なんですか?」
「その与太話、どこで聞いたか知らないけど、嘘ですよ」
「えっ?そうなんすか?」
周りの伯爵令嬢を見るリンリンに、スワンリ伯爵令嬢はモリシア伯爵令嬢の言う通りだと頷いてみせる。
「私とリリーの母は、先々代の国王なのよ」
「あれっ?それじゃあ、次の国王、モリシア様でもいいんじゃないんすか。リリー様よりイメージ的に似合ってますよ」
リンリンの無邪気な発言に、モリシア伯爵令嬢は、社交界上では絶対に見せてはいけないと心得ているやさぐれた表情になる。
優しく余裕ある伯爵令嬢の面しか見たことがなかったリンリンは、モリシア伯爵令嬢が初めて見せる表情に、気圧される。
「私も一年前まで、そのつもりだったのよ。周りも、私が国王になるのはほぼ確定事項としていたしね。で、一年前に研修をやったのよ。小さな領地のトップを経験させて、実績を積み上げていく。百人規模の領地から始まって、千人規模、五千人規模、一万人規模とどんどん人口の多い領地のトップを経験した。千人規模の領地経営まではうまくいっていたわ。いろんなアイデアを出して実行していって名領主と称えられたの。でも、五千人規模になってから、私は何もできなくなった。その規模になると、いろんな立場の人がいて、それぞれの主張が対立していて、どっちの意見も悪いわけじゃなくて、私には判断が下せなくなった。私はずっと決められた書類に判を押すことしかできなくなった。つまり、私にはこの国のトップになれるだけの器はないってことを思い知ったのよ」
「おとなしく上にのっかているトップもありなんじゃないっすか?」
「確かにそれが有効な国もあるわ。でも、今の王国だと、私のような判断が下せなくなるタイプが一番まずい」
リンリンはまた泣き出す。
「だからって、モリシアお嬢様が死ぬことないじゃないですか」
「死なないよ」
「だって、断罪されるんですよね?」
「形式的なのは周知されています。私と王子は、新しい名前をもらって、私達に適した小さい仕事をやっていきます」
「でも、自分に極刑になる証拠を渡しているじゃないですか」
「それよ。私は泥をかぶる代わりに、一年間のバカンスをいただきました。その間に猫ちゃんとふれあいをします。あなたのお兄様にこの情報を渡してください」
「王国の軽犯罪者達に行わせる奉仕活動のリスト?地域猫の保護活動?」
それは、ちょっとだけ未来の話です。
かつて聖女を追放した場である舞踏会場で、悪役令嬢の断罪が行われました。
「モリシア伯爵令嬢。王国に反逆する着服の証拠はここにある。厳しい処罰が下るだろう」
リリーは自分を追放までした姉をかばう。
「ダイファン様。どうか、姉の命だけは助けてください」
「そうだな。君に免じて、極刑だけは許してやる」
悪役令嬢モリシアの唇の端が吊り上がります。
しかし、そのにやけ笑いは、辺境領主の次の言葉で絶望に変わりました。
「この国の犯罪者の奉仕活動に猫の世話があるそうだ。モリシア伯爵令嬢には一年間それをやってもらう」
悲鳴を上げる悪役令嬢。
「わたくしに畜生の世話をしろと?」