第 7 話 望まれて ここに在る[前篇]
この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。
15歳未満の方はすぐに移動してください。
また[性]に対する免疫がない方、あるいは[性]の苦手な方はご注意ください。
張りつめていた空気が消える。
「固い口調でも話せない事はないけど、どうもしっくりこないし。敬語を使う事はあっても、あそこまで敬語を使われるのは馴れてないしね」
ここまで言うと、晶貴は視線をルドルフとダレスに向けた。
「王様たちと違って椅子無しで悪いね。あなた達の職務、多分護衛だろうから座ってたんじゃ何かあった時に対処できないだろうと思って。そっちの立場を優先させてもらった」
笑顔で言う晶貴に返答しようとするが、上手くいかない。
先に気づいたのはルドルフの方だった。
「勿体ない、までは言える。が、そのあとの言葉が出せん……聖天樹閣下、言霊操りましたね?」
苦笑しながら聞くルドルフ。
「普段使っている言葉でどうぞ? 何しやがったコノヤロー、とかでも大丈夫だから」
晶貴もくすくす笑っている。
「大神官も王様も。もう少し砕けてもらえると、私も楽になります」
大神官が笑みをこぼした。
「承知しました。ですが、私は元々こういう口調なのであまり変わりませんよ?」
「申し奉る、とかが無ければいいです。王様も太子も、出来るだけ敬語外しちゃって下さい」
「むぅ、分った。ふむ……ルドルフが喋る様にすれば問題ないのか」
「オレ、見本?」
笑顔で言うルドルフに国王がぼそりという。
「いや、お主はかなり口が悪いので儂の様な真面目な者には到底真似は出来ぬ。真似などしたら御先祖様からどんなお叱りを受けるか判らんし、大臣たちの心象も悪くなる。要は肉親と同じ様に喋れば良いだけであろう?」
「太子ーっ。リューが虐める」
「懐かないで下さい!……父上もスタンで遊ばないで下さい。被害受けるの俺なんですよ?」
からかわれたルドルフに擦り寄られ、抵抗しながら父王に抗議するリクサム。
そんな姿を見て嘆息しつつ、ダレスが晶貴に言う。
「騒がしくて申し訳ありません」
「いつも、ああなんですか?」
「おおよそは」
「楽しそうでいいと思うけど」
軽い会話の後、大神官が口を開く。
「はいはい、御三方とも。まだシンディン様とのお話の途中ですが、お忘れですか?」
ぴたりと止まる会話。
三人とも顔を見合わせ、自分たちの今を振り返る。
そして何かに気づき、視線を大神官に向けた。
大神官はその意味する所を理解し、言う。
「今のが、神の体現。[神の試練]とも呼ばれているものの、ほんの瑣末なものです。ご理解いただけましたか?」
「今のが……瑣末?」
「ええ。私などは見慣れていますが、あなた方が日頃、公な状態でそこまで砕けない事は良く知っています。何処に人の目耳があるか判りませんからね。しかも今は神の一枝さまの御前ですし……それをお忘れになる程には砕けていたと、ようやく今、自覚したでしょう? シンディン様は先程の言葉と意思だけで、この部屋に結界張って外部に音漏れしない様にして、その上で言霊で使用言語を限定。ついでにあなた方が緊張を解いた事で、シンディン様自身もほっとした……ただ、それだけの感情に動かされてしまったんですよ」
晶貴は大神官の言葉に首をかしげていた。
「神の試練って、何?」
「先程も言いましたが、神の一枝というのは神の体現……少し砕けて言うと【神の力を持つ者を貸してあげる。きちんと持て成しすれば持て成しただけ返ってくるよ】という事なんです」
「という事は逆もアリという事だよね。機嫌損ねたら何が起こるか判らないって感じで」
「その様ですね。過去には一つの国を丸々消滅させてしまった神の一枝さまもいらっしゃったそうですし。この度降臨された方がそういう荒い気性の方だったらどうしようかと、本当に心配したんですが」
「どんな危険物と思われてるんですか、私」
くすくす笑う晶貴。
「じゃあ、先刻の状態は私のほっとした気分にあてられて、思わずくつろいで家族団欒してしまった……と、いう事なのかな?」
「そんな感じです」
「あくびの連鎖みたいなものか……」
ぼそりと呟く晶貴の口元からは笑みが消えない。
「じゃあさ、先刻言ってた国ひとつ滅ぼした神の一枝に対しての他の人間の反応はどうなの? やっぱり『こんなヤツ要らないからどっか行ってくれ』とか『早く死んでくれ』とかあるんじゃないの?」
そう。それが普通の反応の筈。
いくら大きな力を持っているからといっても、自分達に害を成すものを人間はそうそう許容しない。
「そういう人達も居たと思いますよ」
大神官があっさりと言う。
「実際、神の一枝さまを傷つける者も居たそうですし、中には殺した者も居たらしいですから」
「おや、出来るんだ? そういう事」
「神の代理人ではありますが、神の一枝さまのお身体は人間に近いですからね。不死というわけではないらしいです。本人が特に拒絶しない限り、怪我や病気も当たり前にすると書にありました」
「……その言い方だと、不老はあるとか?」
「あるらしいです。生き方も生き様も、その心持ちも、神の一枝さま方それぞれによって異なるんですよ。記録によるとこちらに降臨なされた時、齢五歳の方もいらっしゃったとか」
「うわー……可哀そうに」
「でも、その御方様、百年以上生きられたそうですよ?」
「という事は、本人はそこそこ幸せだったというワケね」
幸せでなければ、長く生きていようなどとは思わない筈だから。
全てが自分の意思で決められるのなら、無病息災で生きる事も出来る。
長く長く生きる事も、逆に早くに死を選ぶ事も出来る。
でも、神の一枝の意思が神の体現であるのだとすれば、相応の報いがあるはず。
「その、神を傷つけた人や殺した人ってのは、その後?」
「自刃して果てた人も居ますし、寿命が来るまで何十年も生きた方も居ます」
「んー……天罰とかではなく全て神の一枝の意思によって変わるのか」
自分を傷つけても良い、むしろ傷つけてくれ、と。
自分を殺して良い、とっとと殺せ、と。
傷つき、死を望む場合は、そういう思いを抱けばいいだけらしい。
不老不死みたいなものだったらどうしようかと思っていた晶貴は、ほっと息をついた。
「ですが、神の一枝さまに対して、そういう感情を持つのはほんの一部の者に限られます」
大神官が少し真面目に言う。
「先程の国ひとつ滅ぼした神の一枝さまに対する大部分の人間はこう思ったそうです『余程、神の不興を買ったのだな』『逆鱗に触れてしまったのだろう』と」
「何で?」
「よく考えてみて下さい。神の一枝さまの意思を尊重し、神の一枝さまの望む事をする事というのは、やりようによっては簡単に出来る事なのですよ」
「…………あー、そっか。閉じ込めちゃえばいいんだ」
望むもの全てを揃えた箱庭に、限られた人間とだけ触れあわせ、余計な知恵を付けさせず。
ただ、真綿にくるまれた無垢な雛の様に。
外界の事は何も教えずに、幸せだけを満喫してもらえばいい。
そうすれば国も安泰、人々も幸せ。
自分でも考え付いたその案を、過去に考えた者が居ない筈はない。
「正解です。ですが、それすらも聖天さまはお見通しになられる。例えば遠い山の奥、年に一度、一晩しか咲かぬ花があったとして、神の一枝さまが『この花が欲しい』と言った時、只人はどうするでしょう?」
「山奥に分け入って花を取ってく……あ、ダメだ。危険な場所かもしれないし、花が咲くの年に一度でそれも一晩だけじゃ取って戻るまでに花が枯れる。根ごと取ってきても環境が変われば多分枯れる」
晶貴はぐるぐる考えて言葉を繋ぐ。
「一番妥当なのは、『花が欲しい』という意見をそのまま通さずに、まずは神の一枝に『花を枯らしても良いのか?』と説明をして、それでも欲しいと言うならさらにまた話し合いだな。花の希少価値によっても判断はかわるだろうけど、妥協案でいけそうなのは、神の一枝を花の咲く場所に連れて行き、その場で『咲いている花』を見せる、ってところかな」
どうよ? と晶貴に視線を向けられ、大神官は大きく息を吐く。
「シンディン様は推論に長けてらっしゃる。今シンディン様が考えられたそれが、神の……聖天の思考です。ですが、只人はなかなかそこまでは辿りつけない。恐らくは途中で他の方法を取るでしょうね」
「あぁ……『枯らさない努力をして持って戻る』って事?」
「大方その辺りになるでしょう。『神の一枝さまの意思を曲げてはならない』という考えが、ある意味不文律の様なものになっていますから」
「おいおい」
呆れる晶貴。
「いくら神の体現とか代理人とかいっても知識や感情は人間そのまんまなんだから。物事に対して良い事なのか悪い事なのか、正しいのか間違ってるのか、判断基準は人と同じなんだ。この世界にはこの世界の決まり事もあるだろうけど、互いに話し合わないと何も解り合えないだろうに」
「至極、ごもっとも」
大神官は頷く。
「ですから[神の試練]があるのです。先程私どもが受けたシンディン様の感情の余波は、神の一枝さまの、その御心の裏まで、全てを感じ取れ、という事。それが我ら只人の成すべき[神からの試練]となるのです」
「感情の余波の流出を止める事は?」
「神の一枝さま御自身で幾らかは調整できると聞き及んでおります。ですが、あまりにも強い感情だと御自身で制御していてもかなりの神気が流出するとの事ですので、巻き込まれた只人は大変でしょうね」
「どんな風に? 私が何か可笑しくて大笑いしたら、周りも楽しい気分になるとか。何か怒り心頭みたいな状態だったら、むっとした気分になるとかじゃないの?」
「感情の強さが軽い状態であればそうでしょうが、強くなりすぎると神の一枝さまから発せられるのは神気のみとなりますから……神気の圧力で失神昏倒ものです」
苦笑する大神官。
そこでようやく晶貴は、先程自分が『イヤだなぁ』と考えただけで辛そうに唸っていた国王達を思い出した。
あの後すぐに光達に自分の思考に乗るなと指示したのが、どうも調整するという事になるらしい。
「おや」
不意に大神官が顔を上げる。
視線の先の壁には、何やら文字盤がある。
光達の協力によってすでにその文字が読み取れる様になっていた晶貴に、その文字は数字に見える。
縦に楕円になっている板の中、上から順に右回りで一から二十五までの数字が楕円に沿うように等間隔に並び、他の数字が全て黒色の中、現在十六の数字がひとつだけ赤い色になっていた。
そして楕円の右横にもう一つ、同じ大きさの縦の楕円が並んでいる。
楕円の中は、点と数字。
天頂に六十、あとは右回りに十、二十、三十、四十、五十の数字。
数字と数字の間にある点は数字に合わせて十刻みになっていて、数字を含めこれも黒一色。
その中で四十の文字から見て左に三つの点が赤色になっていた。
『時計かな、これ』
光に意識を向け尋ねると時間に対する映像がさくさくと脳裏に刻まれてゆく。
それによると、この世界は一日二十五時間との事。
時刻の呼び方は流石に違うが、時間感覚的には元居た世界とほぼ変わらない様子だ。
一分が一テシ。六十テシで一タラン……つまり一時間位。
先程の時計の板の読み方は簡単で、色の変わっている部分を見ればいいだけらしい。
『となると、現在十六タラン四十さ……四テシに変わるし!』
読んでいる最中、三つ目の隣の色が赤色になるのを見た晶貴は、心の中で時計板に自ツッコミを入れつつ時刻を確認する。
大神官は晶貴に向き直り言う。
「まだこの地に降臨されて間もないので、本日は顔合わせの御挨拶と御名をお聞きするのみと思っていましたのに、思わず話し込んでしまいました。申し訳ございません」
ゆっくりと首を垂れる。
「いえ、気になさらずに。こちらも知りたい事は山ほどありますが、皆さん他にもそれぞれ職務があるでしょうし……」
「お気づかい、ありがとうございます。ですが、神に連なる方を御持て成しする以上の職務はない事も覚え置き下さいます様」
「上に立つ人たちが元々の仕事をしないと、下の者が苦労しますよ?」
「いえいえ。良い鍛錬でしょうとも」
笑みこぼれる晶貴を見、大神官は続けた。
「もう暫くすると日も暮れます。夕餉の用意はさせていますので、暫しお待ち下さいませ」
「有り難い。そろそろお腹空いてたんだ……あ、豪勢なのとか特にしないでいいからって……もう遅い?」
「どの辺りまでがシンディン様の言われる豪勢さかは存じませんが、あの扉を挟み、向かいのお部屋にて準備をさせている最中です」
「んー。兵とかが使う食堂とかでも良かったのに」
「無茶言わんで下さい。兵が卒倒します」
晶貴の言葉にルドルフが会話に乱入し、唸る。
「ある程度以上の力量……あー、神気に対する耐性がないと、今の状態の聖天樹閣下の神気にあてられて兵舎に甚大な被害が出そうです」
「そうなの? 先刻から神気神気って言うけど、そういうの自分では全く感じないんだよね」
「可視する事もできますが、そういったお話はまた後でもいいのでは?」
大神官が話を元へと戻す。
「夕餉の場所として向かいの部屋を用意させた理由はふたつ。一つ目は、降臨されて間もないので、今現在シンディン様が見知っている人間が私どもだけだという事。そしてもう一つは、その私どもを信頼、信用に足るものかどうかを量って頂く為です」
「………………食事に相伴し、毒見を兼ねて食材の説明をする、で合ってる?」
「御意。……よくお判りになりましたね」
「誰かの手から与えられたものを口にするのは、その相手を信用しているからだというのは、昔からよく伝わってるものだし。食べ方が判らなくても相手の食べ方を見れば真似出来る。よく行われる接待法のひとつだからな」
晶貴は柔らかく微笑む。
「何にせよ、一人きりでない食事は、いいものだ」
温かな思いが、周りの人間にも伝わる。
次はごはん!
昨日のアクセス数が飛びぬけてて、びっくりしました。
皆さん色んな時間に見てらっしゃるんですねぇ……
……そろそろ感想とか意見とかないかなー?(おねだりしてみたりw)