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神の一枝  作者:
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第 6 話   望んだモノが、モノでなく[後篇]

この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。

15歳未満の方はすぐに移動してください。

また[性]に対する免疫がない方、あるいは[性]の苦手な方はご注意ください。

 扉を閉め、ルドルフとダレスはその場に直立不動で待機する。

 あとは王や大神官の成すべき事だ。



 長椅子の前までくると、大神官と王、そして太子は晶貴に向かい一斉に頭を下げた。


「大変お待たせを致しました」


 大神官はすっ、と顔を上げる。

 真っ白な髪は短く刈られていて瞳は若葉の様な新緑の色。

 着ている物は薄く青みがかった白い長衣。

 首から下げられている幾つかの飾りは見た事のない意匠だが、とても調和がとれている様に見える。


「改めまして御挨拶を申し上げ奉ります。私めは、聖天神殿にて大神官の任に就いておりますモノティア・レグルと申します。質疑等多々ございますでしょうが、今しばらく御付き合い下さいませ」


 こくり、と晶貴は頷いた。

 晶貴の了承に大神官が動く。

 身体を少し移動し右手側の場を空けると、そこへ壮年の男性が進み出た。

 髪の色は茶で真っ直ぐな長髪。瞳の色は朱色に近い赤色。

 多分背の中ほど位まではあるだろうその髪は首の後ろ辺りで纏められている。

 服は先程の大神官と同じ様に薄い青色だが、こちらの方が刺繍など色々と飾りが多い。

 何より際立つものが、頭に嵌っている。


『どう見ても、王冠、よねぇ』


 手にしている杖っぽいものの先にも宝石だろうか、大きな石が付いている。

 王様っぽい威厳も垣間見える。

 その男性が膝をつき、杖を床へと置く。


「イルフェラム国国王、ナカラ・トリリュース・イルフェラムと申します。御方様現出に居合わせました事、真に光栄に存じます」


 驚く間もなく、次に控えていた自分と同じくらいの歳の青年が同じ様に剣を腰から外し、膝をつく。

 黒くて長い髪は先程の国王と同じく首の後ろで纏められ、服装も国王と良く似た造りだ。

 明るいオレンジ色の瞳が晶貴を見つめる。 

 どうやら、晶貴が一番最初に見た人物らしかった。


「イルフェラム国国王ナカラ・トリリュース・イルフェラムの第一子、王太子リクサム・マディシーン・イルフェラムと申します。御方様現出、真に感無量にございます」


 

『……太子って事は王子サマでしたか』


 何だか高級そうだとは思っていたが、予想以上の顔ぶれに晶貴は内心で苦笑する。

 

『一国の王に膝をつかれる状態かぁ……うーん。救世主とか勇者とかいわれて、何かを退治とかしないとならないってのはイヤだなぁ』


 そんな事を考えていると、周りに居る光達がぐわっとその光を強くする。

 神気を高めたのだ。

 晶貴は神気そのものなので何も感じないが、周りに居るものにはかなりの圧力がかかる事になる。

 ぐっ、と唸る様な声がしたのでそちらを見ると、国王の顔が少ししかめられていた。

 大神官が圧力に耐えながら口を開く。


「……御怒りもありましょうが、今少し御気を静めては下さりませんでしょうか」

「…………」


『いや、別に怒ってはないけど……あ、もしかしてこの光達が何かしたの?』


 光をみれば明滅と共に微かな声を感じ取る事が出来た。


【主上、不快?】

【原因、どれ】

【罰、アタエル?】


『…………あちゃぁー』


 この可愛い光達は、自分の内心の想いを汲み取って何かしでかしてくれたらしい。

 目の前で辛そうにしている国王たちが流石に気の毒になった。


『この程度の私の思考に乗っかっちゃダメ。私が指示してない攻撃はもっとダメ』


 そう考えると、伝わったのか光が弱まる。

 ほっとした顔の大神官の姿に、自分では良く分らない悪い状態から解放されたのだと感じる。


「ありがとうございます……」


 頭を下げ礼をし、大神官は続けて言う。


「差し支えなければ、御方様の御名を御教え頂けないでしょうか」


 晶貴は頷いた。


「私の名は、新田晶貴。新田は姓、晶貴が名です。こちらの呼び方だと、アキ・シンデンですかね」


 名を告げた途端、大神官だけでなく国王も太子も目を見開いた。


「ラキ……シンディン…………」


 呟き漏れる言葉は何だか少し違う言葉に聞こえる。


「いえ。アキ・シンデン、です」

「ラキ・シンディン様」


 何度か説明したが、どうもこちらの発音が相手に正確に伝わっていない様子だった。

 相手の言葉は晶貴には無理なくほぼ正確に聞こえている様に思うのだが、何分違う世界の事だし色々齟齬があっても仕方のない事だと諦める事にした。


「シンディン様」


 改めて呼び掛けられる晶貴。


「シンディン様に、幾つか御尋ね申し上げます。宜しいでしょうか?」

「はい」

「まずはこの、周りに居る聖霊についてなのですが。彼らの声は聞こえますか?」

「はい」

「では、彼らはシンディン様を、どう、呼ばれましたか?」

「どう、って…………あ、一番最初に言ってた言葉の事かな?」

「恐らくはそれだと」

「【最強の盾、見つけた】って、何の事でしょう?」

「……やはりそうでしたか。ようやく納得できました」


 うんうんと一人頷く大神官。


「次にお尋ねしたいのはシンディン様御自身のお考えです。シンディン様は今、この状況を何処まで把握なさっておいでですか?」

「率直に言っても?」

「はい」


 思考をまとめる為、少しだけ感情を消し、これまでの事を思い出す。

 端的に、自分にも相手にも判り易く。

 しかも自分の意見を優位に運んでゆく。

 これまでプレゼンや接待で培った技能。

 日頃仕事で集中する時によくある、業務用モードに入り込んだ晶貴の瞳の色はじわりと紫を帯びる。

 

「ここは、私のこれまで生きてきた場所とは違う。イルフェラムという国もなければ、この周りに居る聖霊とかも居ない。瞬間に別の場所に移動できるあんな術などない。文化も歴史も技術も、全てが異なっているように感じられる。時代が違うとかいうものでもない……多分ここは異世界なんだろう?」


 静かな声で淡々と言う晶貴。


「知りたい事は山ほどある。ただ、今一番知っておきたい事は一つだけだ」


 紫に揺れる瞳が大神官を射抜く。


「私は、元居た世界へ戻れるのか?」


 暫しの沈黙が辺りを包む。

 大神官の顔に、すでに笑みはない。

 それだけで結果が判るようなものだった。


「神の一枝さまの降臨は、神のなせる技。私ども只人は他世界へ移動する様な方法など存じません。過去から伝えられる事実だけを申し上げますなら、これまでに降臨された神の一枝さま方の誰一人、元の世界へ戻られた方は居られません」


 晶貴の瞳の金色が一瞬だけ、瞳孔と区別のつかぬほど闇の様に黒く染まり、次の瞬間には元の金色へと戻る。

 一度、瞳が閉じられる。

 長い時間ではないが、それでも一呼吸はゆうに過ぎる。

 再び開かれた瞳に先程の様な闇はない。

 けれども、何か空気が変わった。


「戻れないのだと、一応理解した。説明の続きを」


 瞳の色は紫を帯びたまま。

 晶貴の言葉に大神官は頷いた。


「畏まりました。それでは」


 大神官の口から、この世界が聖天と呼ばれる唯一神、リ・ラ・リリゥが創造したラグドリュウスという世界なのだという事。

 聖天神殿が神の意思を受け取る窓口の様なものなのだという事。

 神の加護を受けるため、召喚という儀式があるのだという事。


「つまり召喚は物品に限られるという事?」

「左様でございます」


 ひと通り説明を聞いた晶貴は疑問を投げる。


「じゃあ、私の聞いた【最強の盾】っていうのは?……一応、私は人間のつもりなんだけど」


 大神官はそこで、聖天神殿に起こった出来事を告げる。


「聖天神殿には、先程御話しした[神の壁]とは別に[神の樹]というものがございます。神の樹……聖樹と申しますものが[神の一枝]という名の由来となります。壁が光れば神物の召喚。聖樹に光る枝が生えると神の一枝さまの降臨を意味します」


 大神官はそこで、国王を見る。


「イルフェラム国にも関わる話となります。心して聞かれますよう」

「うむ」


 再び晶貴に視線を戻し、大神官は続ける。


「今申しました壁と樹が、この度同時に発光を現し我ら神官も驚愕しました。通常金色の聖樹に新しく生えた大枝には緑の葉が芽吹いていましたので、神の一枝さまがこのイルフェラム国……神気を辿れば場所もすぐに感知出来ますので、ここイルフェラム城内部に御降臨成されたのだとすぐに解りました。そして壁に光り描かれた名はラグドル・ティータル・イルフェラム」

「何ですと!?」


 思わず国王の口から驚愕の叫びが漏れていた。


「……失礼いたし申した」


 対話の途中口を挟んでしまった自身の失態に頭を下げる国王。

 大神官が晶貴を見る。

 恐らくは晶貴の許可という意思が重要なのだろう。


「構いません。続きを」


 あっさりと返答し、大神官が頷く。


「イルフェラム国王どのが驚かれるのも無理はございません。壁に描かれた神物の召喚者、ラグドル・ティータル・イルフェラムというのは、十九代前……およそ千年前の初代イルフェラム国王なのですから」

「召喚者が死亡した後に神物が召喚される事も、あるの?」

「はい。ごく稀にですが」


 説明によると、召喚者の望みが自分個人に対してでない場合……例えば「あの人が、こうなってほしい」だの「あの人の、為になる物を」などである場合……は、ごく稀に召喚者死亡後に神物が召喚される事もあるのだそうだ。

 その場合、壁の光は召喚者の名と共に新たなる受け取り手である召喚者の名も記されるので、神殿はそれを元に新たなる神物の持ち主に連絡を取るのだという事だった。


「記録によりますと、初代イルフェラム国王の望みは【最強の盾】でございました」


 大神官が厳かに言う。


「けれども、時はまだ戦乱時。世界のあちこちで争乱の只中、人も大地も、疲弊枯渇しているその中で、初代イルフェラム国王が望んだものは自身の使う盾ではなく【この世界を、人を護る、最強の盾】を望まれていたのです」


 大神官はゆっくりと晶貴に向かい膝をつく。


「神の一枝、ラキ・シンディン様。唯一神リ・ラ・リリゥ聖天の御心により、初代イルフェラム国王の望みとしてラグド大陸イルフェラム国首都イルファに降臨なされる僥倖に立ち会い、誠に恐悦至極にございます」


 晶貴の瞳を真っ直ぐに見つめ、告げる。


「壁に光り出た、初代国王の名、望みと共に、浮き出た新たなる名は[シンディン]……古代語で[シン]は[ひとつ]を[ディン]は[枝]を現します。ラキ・シンディン様、あなた様の主人は、あなた様ご自身。何者にも縛られない神の一枝にございます」


 口上を述べ、ゆっくりと頭を下げる。

 国王も、太子も。扉の傍で警護をしていた二人も揃って低頭している。

 晶貴の口元には溜息と、苦笑い。


『大体の事情は呑み込めたけど…………自由なら、いっか』


 何かに縛られるのはまっぴらごめんだと思っていただけに、少しだけ心が軽くなる。

 けれども確認だけはしないとならない。


「神の一枝が成さねばならない職務は?」

「儀礼ごとが幾つかはございますが、それ以外は何もございません」


 低頭したまま大神官から返答がくる。


「神の一枝さまは、神の一部。神の体現にございます。神の一枝さまの動向は神の御心と同じ。神の一枝さまが喜ぶ事は神の喜ぶ事。神の一枝さまの怒りは神の怒りでございます」

「つまり、私の意思が、神の意思という事か」


 ふむ、と晶貴は考える。


『神とはいえ、他者依存系質高そうだなこの世界……』


 そんな考えが脳裏をよぎる。

 自分の意思が神の意思。

 となれば、そんな自分を欲得で利用してやろうと画策する者も多々あるだろう。

 その辺りの対策は後で色々考えないとならない。

 晶貴は自分の立場を最大限に使う覚悟を決める。


『人生、楽しまないと意味がない……神の体現とやら、やれるだけやってみますか』


 口元に浮かぶ笑みに、もう苦味はない。


「皆さん、顔を上げて貰えます?」


 晶貴の言葉に皆が顔を上げる。


「神に次ぐ存在が神の一枝で、どうやら私がその神の一枝というものらしいけど。一国の重鎮たる人達の膝を床につけさせ自分は椅子に座ってる、この状況は好きじゃあない」


 意思を、きちんと光に向けて言葉を繋ぐ。

 自分の存在が本当に神の体現で、この光達がそれに連なるものなのだというなら、この方法で間違いない筈。

 どこからその確信がくるのかは判らないが、晶貴の心の奥にある何かが、それを後押しする。


「彼らに、椅子を」


 言葉が終るか否か。

 光がその光量を増し、大神官たちの後方に白い魔法陣が浮かぶ。

 次の瞬間その場に、晶貴の座っている様な長椅子が湧いて出た。

 人数も把握しているのか、ご丁寧にも三脚分ある。

 驚愕している面持ちに、晶貴は右の掌を上に向け「どうぞ?」 と促した。

 三人は一度顔を見合わせ、長椅子へと腰を下ろす。


「で、大神官さんに、さらに確認なんですが」

「はい、何でございましょう」

「やっぱり私、大神官さんや国王さんより立場、上なんですか?」

「勿論でございます。神と同等扱いと言っても過言ではないでしょう」

「では、その私が希望、もしくは命を下す事は誰に対しても可能な事ですか?」

「それこそが我ら只人の望みにございます」

「ならば結構。……あー、そこの扉の傍の二人も、ちょっとこっちへ来て」

「「!?……はっ!」」


 驚愕と怪訝。

 そんな表情を浮かべ、二人は王達の近くへと急ぎ歩み寄った。

 跪こうとした瞬間、晶貴の言葉が飛ぶ。


「立礼のみでよし」

「「は!」」

「名乗りを許す」


 淡々と馴れた物言い。

 何がそうさせているのか、口からは自然に言葉が紡がれる。

 この場合はこう、と。相手の立場に合わせるかのように。


「イルフェラム国、王族親衛騎士にして現イルフェラム国王側近、ルドルフ・スタイン・コートラス 準男爵と申します。御目通りの栄誉、恐悦至極」

「イルフェラム国、王族親衛騎士にして現イルフェラム王太子側近、ダレス・ワイマート・ガレダン準男爵と申します。拝謁を賜り、至福にございます」


 二人の名乗りに、晶貴はゆっくりと頷いた。




 この世界へ来て感覚が鋭くなっているのか、晶貴はずっと、きりきりとした緊張を感じている。 

 これは自分の持つ緊張感ではない、他者の感じている緊張感だ。

 そんな中で、これ以上対話をしたくはない。

 晶貴は、目の前の五人を一度、見渡す。


「私がこの世界で会話をしたのは、この聖霊と呼ばれるもの達の他には貴公ら五人のみ。それでも、お互いの意思の疎通に擦れ違いがないとも限らない」


 光に意思を乗せ、言葉を力に変えてゆく。


「それで。…………ぶっちゃけ、緊張解いて。お互い素の状態で話、しません?」


 空気が、とろけた。



会話が固いと肩、凝りません?

実際やると、舌噛みそうだしw



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