第 4 話 望んだモノが、モノでなく[前篇]
この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。
15歳未満の方はすぐに移動してください。
また[性]に対する免疫がない方、あるいは[性]の苦手な方はご注意ください。
今回少しだけ下世話な内容があります。
食事中の方などはご注意くださいませ。
寝起きに声をかけられ振り向けば、いきなり何か良く分らない内容を告げられたという晶貴だったが、大神官と呼ばれる50代位の男性が床に叩頭しているのを見て、流石に目が覚めた。
後ろに居た四人の人達も一瞬遅れはしたが、その大神官と同じ様に一斉に叩頭したのだから無理もない。
しかも、そのままの状態が自分感覚で三十秒を過ぎても変化ないという状況に、晶貴は内心冷や汗をかいていた。
『さて、どうするべきか?』
何がどうなっているのかは、まだはっきりとは判らない。
けれども、先程告げられた言葉から判断するに[かみのひとえだ]が何かは知らないが、自分は[せいてんしんでん]という場所で[まもられる]らしい。
相手の言葉が判るという事は、こちらの言葉も相手に伝わると思って良いだろう。
例え、目の前に居る者たちの頭髪や瞳の色が、今まで自分の居た世界では居なかったとしても、だ。
未だに頭を下げた状態が続いている所を見ると、自分が何者と勘違いされているかは知らないが、その自分の許可がないと頭を上げられないという、よくある儀礼的なものなんだろう。
仕方なく晶貴は口を開く。
「あの……頭を上げて下さいませんか?」
晶貴の言葉に、大神官がその頭を上げる。他の四人もそれに倣う。
けれども、それ以外はそのままの状態だ。
仕方なく晶貴は言葉を繋ぐ。
「床は冷えます……どうか、お立ち下さい」
ようやく立ち上がる面々に晶貴は再び云う。
「あと、何がどうなっているのか。説明が欲しいのですが?」
「……承知致しました。ですが、ここはそれには適さない場所にございます。これより早々に御身の移動をさせて頂きたく存じます。御許可、頂けますでしょうか?」
「はい。構いません」
先程この大神官とやらは自分を[まもる]と言明した。
多分、この身に危険が及ぶような状態にはならないだろう。
そう判断しての返答だった。
大神官は後ろに控えている者たちを見もせずに言う。
「牢の封縛を解除後、移動の陣にて参ります。宜しいか」
「うむ」
四人の中の一番年かさ……やはり五十代位だろうか……の男性だけが返答し、後の者は頷くのみだったが、大神官は軽く頷き晶貴に告げる。
「陣にて即時移動を致します。どうか、御目を閉じられますよう」
「はい」
言われた通りに目を閉じる。
目蓋の裏からでも判る明るい光が瞬いて消えた。
「もう御目を開けられても宜しいですよ」
大神官の言葉に目蓋を開いた晶貴は、その場の雰囲気にくらりとした。
『何処の高級ホテルですか?』
つい、そういう思考が浮かぶ。
明るいが落ち着いた色彩の壁、けれどもあちこちに光って見える金銀の飾り。
磨き抜かれた床は余分に光を反射する事もなく、上品な輝きを保っている。
天蓋付きのベッドを始め、紛う事なき立派な調度品の数々。
何より床面積が広い。
三DKのアパートの壁を取り除いたらこのくらいだろうか。
一般庶民の晶貴からすると、本や映像とかでしか見知らない部屋だった。
『すごいな……』
思わず息をついた晶貴に大神官が軽く頭を下げながら言う。
「この様な手狭な部屋で申し訳ございません。正式な御部屋が御用意出来ますまで、どうか御辛抱頂けますようお願い申し上げます」
「…………」
『この部屋で十分広いっての』
そう思いながらも、とりあえず頷いておく。
晶貴の了承に安堵したかのように、大神官が再び言う。
「御説明の前に色々と準備がございます。しばしお時間を宜しいでしょうか?」
「はい」
「有難うございます。それではこちらにて少しの間お待ち下さいませ」
勧められた長椅子に晶貴が腰掛けるのを確認し、大神官と他の四名は部屋から退出していった。
つい先ほどまで牢屋に居たのが嘘のように思える。
現在、晶貴は貴賓室の豪華な長椅子の上に、ひとりぽつんと座っていた。
部屋の中を見渡す。
先程大神官たちが出て行った扉の他にもあと二つ扉が見える。
薄いカーテンのある部分は窓らしく光が差し込んでいる。
外は朝なのか昼なのかは判らないが明るかった。
あの発光体はまだ幾体もわらわらと辺りに居るが、質量がない為か特に邪魔に感じない。
再び一人になった事で、現状を色々と考えてみる。
着ている服は自分の見知っている昨夜着ていた服のままで、肌着等にも特に感触の違いはない。
ポケットに入っている自宅の鍵や携帯電話、財布やハンカチなどもそのままあった。
つまりは身体検査とかもされずにあの牢に入れられていたという事だろう。
『何にしても説明を受けないと何が何やら』
先程告げられた[かみのひとえだ][せいてんしんでん]という言葉の意味すら判らない。
言葉は通じているようだが、その単語に値する漢字や意味が浮かばないのだから無理もない。
室内に幾ヶ所かある、奇妙な飾りに見える部分。
その形に一貫性が垣間見える事から、それが多分文字なんだろうと想像はできるけれど、見た事ない形のものだし勿論読み取れる筈もない。
『異世界設定だという確定が出来そうな状況だわね……』
口元からこぼれ出るのは苦笑。
『何にしても文字や言葉は意思疎通に必要なものだし、早々に覚えるかどうかしないとね』
辺りを飛び回る発光体を見ながら、くすっと笑みがこぼれ出る。
『それとも良くあるそういった小説の様に、最初から不便なく出来る様だったらいいのにな』
そう思考した直後、発光体が何体か自分に向かって飛び込んで来る。
身体を、頭を通り抜けて行く光達に嫌悪はないが、流石にびっくりする。
「おおぅ」
直後、晶貴は失笑した。
『いや、マテ。便利すぎるだろ君ら』
奇妙な形に見えていた文字らしきものが、いきなり文章として認識できるようになっていた。
そして先ほど告げられた[かみのひとえだ][せいてんしんでん]という言葉の羅列が[神の一枝][聖天神殿]と、意味のあるものへと変換、理解できるようになっている。
先程牢で寝床が温かくなったのと同じ様に、この光達は自分の望みに反応している様子だった。
『…………元居た世界に帰りたい、ってのはどうなんだろ?』
その意識を光達に向けてみるが、光はくるくると揺れるだけで特に変わった反応がない。
『あー……なるほど。本気さが足りないの、見抜かれてるってワケね』
現在晶貴の脳裏では、生来持っている好奇心が続々と湧いて出ているのである。
稀なる事なら楽しんでしまえ。
これまでの人生でも色んな事があったけど、何度もその意思で乗り切ってきたのだ。
今更その性格を矯正するなんて出来そうもない。
『所詮、自分は自分でしかないからね』
まだ[神の一枝]と[聖天神殿]が何かは語録が判ったのみで意味は判らない。
けれどもそれは、また後で来るであろう人達に尋ねればいい。
自身を納得させた晶貴はひとり頷き、己の好奇心を満足させる為に色々と室内を散策し始める。
出入り口らしき扉は多分廊下とかに繋がっているだろうから、と。晶貴は別ににある扉の一つを開けてみる。
そこは広さにして畳六畳ほどの部屋だった。洋式便器に良く似た形のものが鎮座してあるが、それには見事な彩色で花の模様が描かれ、立派な背もたれと肘置きまで付いていた。
蓋とかはなく、そのまま座って用を足すのだろうが、それにしては臭いがない。
トイレにしては何か違和感があるので晶貴は暫く首をかしげていたが「あ」と、その違和感が何なのかにようやく気付いた。
用を足した後で使う[紙]が、どこにも見当たらないのである。
『手で拭く……わきゃないか。んー……使用法、判る?』
光に向かって問いかけてみると、先程の様にすうっと一体の光が頭をすり抜けて行く。
途端に、この場所の使用法が映像つきで脳内に残っているという早業である。
「おー……便利だ」
まるで辞書。いや、百科事典のような便利さに感嘆する晶貴。
そして、今知ったばかりのお手洗い使用法も、かなり便利なものだった。
自分がこの建物内に飛ばされてどの位経つのかははっきりとはしないが、体感時間とお腹の減り様では大体半日程度だろうと知れる。
先程睡眠から目覚めたのが普通の朝と同じ感覚なのだから、尿意を覚えるのも妥当な時間だった。
なので早速使用させてもらう事にする。
「ふはー……」
『面白れー』
立ち上がり、さくさくと服を着つけながらもう一度その便座を見る。
排出されたものは、すでにそこにはない。
出したものは、下の陶器であるような部分に触れるか否や分解して消えて行く。
そして何か風の様なものが紙の代わりにさらりと当たったかと思うと、もう肌には濡れているという感覚はない。初めて味わう感触だった。
識った知識からすると、便器本体に魔術が組み込まれていて、尿も便も分解する仕組みとか。
使用後、生きている風が局所を清拭して、その後伴っていた臭いごと消し去るのだという。
もっとも、世間一般誰もが使用できるわけではなく、結構な価格がついているらしい。
便利なものが高級品だという事は、何処の世界でもあるものだとつくづく思う。
『こういったモノがあるとなると、もうここは異世界で決定だわね』
魔法なんておとぎ話でしかないという自分の居た世界とはまるで異なる、どこかの世界。
認めてしまうとすんなりくるが、少しだけ郷愁を感じてしまう。
トイレの部屋が広いのは、先程脳内に投影された映像の様に、御付きとかの人が一緒に入って衣装の着脱を手伝う為らしい。
そのトイレの横と奥の壁に一つずつ扉。
奥を開けてみると、そこはまたかなり広い浴室となっていた。
『湯船だけで十畳以上あるって、どうよ?』
湯は現在張られてはいないが、温泉とかでもない限り湯は総入れ替え式に見える。
恐らくは先程のトイレの様に魔術で湯が出たり片づけたりするのだろうが、それにしても広い。
『…………ここでも多分、御付きが一緒なんだろうなぁ』
金持ちというか上流社会というか、そういった自分とは縁のないものを想像し、少しげんなりしながら晶貴は浴室にもう一つある扉を開く。
予想通り脱衣所である。
脱衣所内から見て扉は三つ。
という事は、先程までの位置関係を関連付けると、正面の扉は先程案内された部屋となる。
脱衣所と浴室、どちらからでもトイレに行けるという構造になっている様だ。
『使い易そうな構造してるね』
元居た部屋へ戻り、再び長椅子に腰かけ晶貴は考える。
魔術というものの存在がこの世界でどれ程の重さを得ているのかはまだ判らない。
誰でも使えるのか、それとも扱える者は希少なのか。それによっても判断が変わる。
そして、どの部屋も立派な調度だった。
垣間見た魔術というものを差し引いても、これだけのものが製作できるならそれ相応の文化、文明であるだろう。
自分の居た世界、時代背景からするに中世から先くらいか。
何より。様式美と機能美。
そのどちらも兼ね備えているこの部屋を、あの大神官は「手狭」と言ってのけた。
庶民としての自分の感覚が間違ってなければ、つまりここは貴族階級以上の屋敷という事になる。
晶貴にとってはその辺りが一番気にかかっていた。
『あんまりやっかいな内容だったら嫌だなぁ』
これから聞くであろう説明に少しだけ不安を覚える。
と、そこへ扉をノックする音が。
「大神官でございます。入っても宜しいですかな?」
「はい、どうぞ」
扉が開かれ、先程と同じ人物等が入ってくる。
晶貴は気を引き締めた。
長くなりそうなので一旦ここでぷちりと切ってみる。
次は王様たちサイドからの視点になるかなw