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神の一枝  作者:
18/19

第 17 話   祈りのこころ 正邪を問わず[ 3 ]

この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。

15歳未満の方はすぐに移動してください。

また[性]に対する免疫がない方、あるいは[性]の苦手な方はご注意ください。

 翌日の衣装も決まり、衣装部屋を後にした晶貴は世話役である神官たちに彩宮を案内してもらっていた。



 自分用の居室や寝室、浴場等を教えて貰った後で「それ以外の場所も全てな」と案内を頼むと、少しだけ世話役達に躊躇が見られた。

 聞けば、世話役達の居室や浴場も、この彩宮内にあるのだという。

 下僕たる者たちの生活の場までご覧頂くのは目の毒ではないかとの金女の言葉に、晶貴はにんまりと笑って訊いた。



「ここは、私の【家】なんだよな?」

「はい。勿論でございます」

「じゃあ、貴方達は自分自身の【家】に知らない場所があって平気か?」

「……それもそうでございますね」

 


 苦笑しつつ金女も他の世話役も頷き、再び彩宮の案内が続けられる。

  





 思った以上に敷地が広い。

 そう感じるだけの大きさが彩宮という建物にはあった。



 自分専用の部屋以外にも数多くの空き部屋がある事を不思議に思い訊くと、それらの部屋は予備なのだそうだ。

 彩主の希望で趣向の違う複数の居間や寝室を作る事もあるのだという事。

 また、彩主が寵愛する者たちの居室になることもあるのだという事。



「神官以外の一般人でも彩宮に住めるって事?」

「はい。彩主様の御意向と許可がございましたら、どなたでも何人でもこちらに居住できます。お部屋が足らなくなったら彩宮を増築いたしますので、人数制限等の御心配は必要ございません」

「あー、なるほど。それで空部屋の大きさとかまちまちなのかー」

「歴代の彩主様の中には、百人という大所帯もあったそうですよ」

「うわー凄いなそれ」



 あちらこちらと案内され、世話役達の居室もしっかりと教えて貰い、最後に案内されたのが厨房だった。

 


「ほー……」



 零れ出る言葉と共に、晶貴の瞳がきらきらと興味に輝く。

 中世っぽいだろう予想はしていたが、やはりそういう雰囲気の厨房だった。

 沢山のかまど。大鍋小鍋。水場や調理台。

 壁にある大きな食器棚の中には、様々な種類の食器がきれいに並んでいる。

 奥の方には色とりどりの野菜らしき姿も見える。

 けれど、厨房という場所の割に臭気が少ない。



『聖霊達を使って浄化でもしてるのかな?』



 そんな事を考えながら辺りを見渡すと、一つの扉が目にとまった。

 ごみなどを捨てるための外部へ出る扉とは違い、壁に当たる場所にある扉。

 その扉周りに聖霊が沢山居るのが見える。

 


「あの扉は?」

「生ものや傷みやすいものを保存しておく氷室になります。少し寒いですが、ご覧になりますか?」

「見る見る」



 白女が扉を開け中へ入り、その後を付いてゆく晶貴。



『おー。まさに冷凍冷蔵庫』


 氷室の中は乾燥した冷気に満ちていた。

 だが予想に反して、室内を冷やすための大きな氷塊などはその場にはない。

 どうやら、水の聖霊と風の聖霊とが冷気を作り上げ、冷蔵温度と冷凍温度を使い分けている様子。

 何より、場所によって冷凍と冷蔵を分けているのではなく、品物に応じて温度が使い分けられていることに興味をひかれる。

 聖霊がそれぞれに温度の壁を作り上げているので、冷凍物の隣に冷蔵物を置いても凍らないという便利さに、再度感心した。 



「へー。水と風でこういう使い方出来るんだー」 

「はい。聖霊を一か所に期限付きで留め置くという術を使用しております」

「なるほど」



 晶貴は頷きながら辺りの品物を見渡す。

 ここにこうして保存してあるからには食材なのだろう、もの。

 けれど、畜肉っぽいものや魚類っぽいものに見えるそれらの生来の姿はおろか、名すらまだ知らない。

 


『ああ……本当に。見知らぬ世界、なんだな……』



 興味が先走っている今、必要以上に高速で思考が巡る。


 今、考えないとならない事。

 今だから、考えたい事。

 今はまだ、考えたくない事。


 それらがぐるぐると渦を巻く。

 


『ダメダメダメ! 落ち着け! 順番……順番! 一つずつ』



 一呼吸の間で、もう一度心を[今すべきこと]に戻す。

 視線を氷室の保存物から世話人達に戻し、笑みを浮かべながら晶貴は訊く。



「この厨房で彩宮の案内は一通り終了かな?」

「はい」



 金女の返答に、氷室を出た晶貴は厨房の壁に設えてある時刻板に視線を向け「ふむ」と呟き再度訊く。



「晩御飯の時間って決まってるの?」

「特に決まりはございません。彩主様の御要望で時刻の変更を行います。本日は概ね、十九タラン辺りを夕餉の目安としておりますが、ご希望の時刻などはございますでしょうか?」

「いや、その時刻のままでいい。食事はどこでするのかな?」

「昼餉をなさいました食堂にご用意したいと考えてはおりますが、彩主様の居間や寝室にお持ちする事もできます。如何なさいますか?」

「んー。今からちょっと居間に籠るから、居間に持ってきて貰っていい? あと、品数は昼みたいに多くなくていいから」

「畏まりました」







 厨房を出、自分の居間へと着いた晶貴は世話役達に言う。



「これからちょっと考え事をするから、暫く一人になりたい。食事の用意が出来た頃に声をかけてくれる?」

「承知いたしました。ですが、緊急の御用など無いとも限りませんので、扉の外に一人だけ置いていても構いませんでしょうか?」

「……分かった」

「有り難うございます。では、食事のご用意が整いましたら扉の外に居る、この[赤]より先触れでお知らせをさせる事でよろしいでしょうか?」

「うん、それでいい」



 世話役達が一礼をし居間の外へと姿を消した後、晶貴は長椅子にどっかりと腰を下ろした。

 考えないとならない事は多い。





 まずは明日の[聖択の儀]だが、これはもう晶貴の心ではイルフェラム国と決めているので問題はないだろう。

 過去の神の一枝の降臨に際しても、現出した国に最初に訪れるという事が多い。

 イルフェラム国王も、そのつもりで迎える準備を進めているだろうから。



 披露目にあたる[高覧の儀]も、露台(バルコニー)に無言で立っていれば良いだけなので、特に問題ない。




 悩みどころは、その後の[瑞光の儀]だった。




 聖天リ・ラ・リリゥの体現者、神の一枝。

 聖天の吐息であり、力持つ聖霊をその感情ひとつで自由自在に使役できる存在。

 その神の一枝の放つ、最初の心。

 それが[瑞光の儀]と呼ばれるものだ。

 リ・ラ・リリゥと交感した際に得た記憶の中で、過去の神の一枝達も色々な形で[瑞光の儀]を行っていた。




 聖都ランカスに集った民衆全ての病を治癒した神の一枝や、その地に砂金を降らせた神の一枝。

 自分の降臨した地にだけ祝福を与えた神の一枝や、山ひとつ破壊してしまった神の一枝。




 行った内容は知る事が出来る。

 けれど、それらを行った過去の神の一枝の心もちは、その本人にしか正しい事は分かり得ない。







 知らない事ばかりのこの世界。

 そして世界を滅ぼしてしまうことすら出来るだろう、強大な自分の力。

 何をしても良いと、創造主聖天リ・ラ・リリゥにすら認められている存在。






 晶貴もまた、考える。

 この世界に対する己の心を。


 

 ゆっくりと思考を巡らし、晶貴は意識を周りの聖霊達に向ける。



『この世界の歴史。出来るだけ正確に伝えて』



 神の一枝の命に、聖霊は即座に従った。























 


 一方、彩宮から聖天神殿上位議会場へと移動した大神官と神官長達は様々な事柄の決議を行っていた。



 彩主の世話役の増員があった場合の人員選定。

 彩主の希望があった場合の彩宮内の家具や内装などの改装や新規納入についての示唆。

 明日の式典に際しての警備体制や人員配置等の再検討。

 等々。

 決議しなくてはならない事が多々あり、それらに対しててきぱきと指示をしている大神官が、次なる議題を神官長達へと振る。



「次に[聖択の儀]後の他国来訪に際して。これまでの状況を図るに、シンディン様は恐らくイルフェラム国を選択される可能性が高い。当初の予定では同行傍付神官はカルナ・サラ、アムル・カントの両名としていたが、それにヒューリヒ・ムントを加え、三名とする」

 

 

 大神官の言葉に光の神官長が問う。



「先だっての議に於いて。傍付神官の役は、ヒューリヒにはまだ早いとの仰せではございませんでしたか?」

「状況が変わった。[枝の初葉]をその身に受け力量も傍付神官の位に遜色ない。何よりヒューリヒがシンディン様に対して誓いをし、それをシンディン様も許容なさっている。今この時点でヒューリヒをシンディン様から離れた状況に置く方が、やや困った事態になる可能性を防ぐものと判断した」

「困った事態とはどういったものでしょう?」

「[枝の初葉]を受けた事で、ヒューリヒの加護たる風の聖霊はシンディン様の御傍にある聖霊達と現在連動している状態が続いている。さらにこの者がシンディン様に対して道具としての誓いを立てている今、シンディン様の望む事柄次第ではそれを感知した聖霊達によって、突然ヒューリヒがその御傍へと召喚されてしまうという事態も起こり得る。ヒューリヒが何がしかこちらで神技を行っている最中に、もしそのような事態が起こればどのような事になるか、そなた達であれば想像がつこう」

「…………後始末が大変そうですね」



 ぼそりと呟く光の神官。


 聖霊の力を人が使う、その方法は大きく分けて術式と神技の二通りとなる。


 術式というものは聖霊に手助けを乞うものなので、民間の導師や術師でも行える。

 もちろんきちんとした順序法則があるのだが、聖霊をまとめ上げる力……拘束力がさほど強くないものが多い。

 だから例え術式に失敗しても、拘束力を失った聖霊達が霧散する事が殆どなので被害はそうない。


 それとは違い、神気で聖霊を束ね様々な事象を起こす神技となると、聖霊に対する拘束力が強い為に神技を中途で放棄してしまう等の失態を犯した場合、聖霊はそのまま暴走してしまう。

 防護策なども取られてはいるが、神技の種類によっては宮ひとつくらい軽く破壊してくれるだろう事は明白である。


 ましてや、神官長位に在する者の振るう神技が中途で放棄されるにあたっての被害は、あまり想像したくない規模となりそうだった。

 しかも原因となった本人が不在のまま、残された他の者達がその処理と尻拭いをする破目になるなど考えたくもない。



「納得いたしました。ヒューリヒの同行、賛同いたします」

「他に意のある者は?」



 大神官の言葉に、光の神官以下、同じ心持ちだった様で頷きで同意を示す。



「では、彩主他国来訪同行傍付神官はカルナ・サラ、アムル・カント、ヒューリヒ・ムントの三名で決議とする」



 淡々と、ひとつの決議を終える大神官。



「次に、明日の[瑞光の儀]に際して。主塔、展望の間隣室に医師団の配置を命ず」

「現在の彩主様の体調に懸念は感じられませんでしたが……」


 

 土の神官長の言葉に大神官は厳しく言う。



「では、訊こう。そなたが、この生まれ育ったこの世界より突然、見も知らぬ世界へと移動させられ、いきなり牢へ放り込まれたにも関わらず、その後突然に[尊い御方]として持ち上げられる。説明も出来得る限りされ、それら全てが真実だと知らされたとしても、本当に心から納得できるものであるか?」

「それは……その世界の状況と、その現場の相手への信頼によって変わるものかと」

「シンディン様がこの世界へ降臨されて、まだたかだか二日程しか経過していないという、その現状を真に理解した上で、その信頼は築けるものと判断できるか?」

「!…………私がその立場であれば、とても無理ですね。勿論、私が彩主様から完全なる信頼を戴けていると過信もしておりません」

「その無理を。辛さと共にシンディン様は隠しておられるのだと、私は考える。シンディン様は、聡明で怜悧な御方ではある。けれどもそれは、此度の神の一枝様が理知的であるというだけのことで、シンディン様の側面……一部分でしか有り得ない」



 大神官はゆっくりと言う。



「神の一枝様の特徴でもある金の瞳は、この世界中でもシンディン様御一人のみで、他に仲間と言える者達はおられない。何より全く違う世界からこちらの世界へと御降臨なされたのだ、知り合い一人居るはずもない。しかも、元の世界には戻れない。悲しむ事が、寂しがる事が、憤る事が当然なのだ。我らがどれほど心を尽くしても罵られて当然の事であるのに、そういった行動や言動がない。想像だけで言っているわけではないのだ。シンディン様に色々と御説明をしている最中、虹彩が一切の光を失くし闇に染まるのを二度も見た。あの絶望に近い感情は御自身の御心を切り裂く刃になるもの。それでも、すぐに通常に戻られたのは物事を諦めるという事を、これまでに数多く経験されているのだと考える。……シンディン様には、今はまだ神の一枝様として[成さねばならない事]がある。その事を御自身の精神の支えにしておられる可能性が捨てられない。[瑞光の儀]で、どの様な御心を表にお出しになるのかは予想も出来ないが、これまで拝見したシンディン様の御性格から方向性が二種類に絞れる。御力を少なめに出すか、多く出すか、だ。少なめなら問題はあるまいが、多く出す事は例え創生神の多大なる加護がある一枝様でも、体力精神力共に削られてしまう。何事もなければそれで良い。が、万が一を考えてのことだ」



 大神官の説明に、土の神官長は他の神官長を見、彼らの頷きを同意と取り厳かに言う。



「理解いたしました。明日の[瑞光の儀]に際して。主塔、展望の間隣室に医師団の配置を早々に手配いたします」

「では、それで決議とする」











 その後も次々と必要な決議をし、本日の会議は終結した。


 会議の終結を述べた後、大神官は闇の神官長に声をかける。


  

「キサラーク。改めて訊くようだが、シンディン様の世話役は海男で本当に大丈夫なのだな?」

「疑念は尤もでございますが[彩主様の御世話役を]という要職に、闇の神官の中で現在一番適任者は? といえば、彼しかそれに見合う者はおりません」

「血縁者としての情は皆無だと?」

「いえ、情は含んでおります」



 口元だけはにっこりと。

 けれども冷徹な瞳を大神官に向けながら言う闇の神官長。



「もしも[国]が彼に何か示唆し、彼がそれに従い行動を起こすようなら。血縁の者として、わたくし自らが容赦なく彼に引導を渡す事でしょう」

「……真意であるな?」

「勿論でございます。[国]の様な些少なものに心を動かされたのは過去の己。ここで生涯を終えると決めた時から、わたくしの心は創生神の御心にのみ沿い従う所存にございます」

「あい分かった。そなたを信じよう」



 無言で首を垂れる闇の神官長。

 その応答を眺め、火の神官長が光の神官長に問う。



「ニアどのは確か北国ヒラディアナの……」

「ええ。元王族ですが、王位継承権を捨てて神殿に来られた方ですよ」

「あの闇の神官……海男は確かに技量が高い。[国]がらみで無いのであれば、好く働いてくれる事だろう」

「確かにな。ただ、大神官様が心配なされているのは、多分別事だと思いますよ」

「別事、とは?」



 火の神官長への答えは、会話に割り込んだ土の神官長からもたらされる。



「闇の神官達の一番得意な作業は[癒し]ですもの。精神的な癒しも肉体的な癒しも、どちらをも相手に与える事の出来る、その技量を大神官様は御懸念なさっておいでなのよ。ま、親バカに近いものでしょうけど」



 くす、と笑みを浮かべる土の神官長に、大神官は真面目な表情のまま言う。



「親バカで結構。彩主様の……シンディン様の御身体にも御心にも、一筋も傷を与えたくないと。そう思って何が悪い」

「……親バカはお認めになるんですね……」

「神の一枝様の新しき生活の場となるこの世界で。かの方の肉親や友人の代わりを努めるようにと、そう創生神様より御心を託されたのが我ら神官。だが、責務からだけでは心が相手に伝わらぬ事は明白。自分自身が心から惹かれる、その様な御方に出会う事が出来た、この僥倖。この時代に生まれ、神官であった事を私は心より感謝している。皆も、同じ心持ちである筈であろうに……」



 土の神官長以下、頷きながら笑みが浮かんでいた。



 

 

 


 


 かなりな期間お休みしてましたが、ようやく再開しました。

 

 気長に辛抱強くお待ち下さっていた読者の方々に心からお礼申し上げます。



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