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神の一枝  作者:
17/19

第 16 話   祈りのこころ 正邪を問わず[ 2 ]

この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。

15歳未満の方はすぐに移動してください。

また[性]に対する免疫がない方、あるいは[性]の苦手な方はご注意ください。




「それでは、また明朝に参ります。ですが私どもに何か御用がございましたら、何時なりと呼びつけ下さいます様お願い申し上げます」


 大神官の言葉に晶貴は頷く。


 世話役候補に神気を放ってから後、時間にして二十(テシ)ほど明日についての説明を受けた晶貴は、大神官達にはこれから明日以降の細々とした準備があるらしい事を聞いて退室を促したのだ。

 


「はいはい……何かあったら呼ぶから。大神官達も、寝不足とかにならない様にな?」

「御気遣い、有り難く頂戴いたします。シンディン様もごゆっくり御寛ぎ下さいませ」



 大神官の言葉と共に、彩宮より退出してゆく大神官たち。

 彼らの姿が部屋から見えなくなり、彩宮からもその気配がなくなると、晶貴は両腕を上げて「むー」と伸びをした。

 部屋に控えている世話役候補の十人とは明日の朝まで一つ屋根の下で暮らす事になる。

 思う所も考えたい事も山ほどあったが、まずは一つだけ残っている本日の仕事を済ませないとままならない。

 

 実際、晶貴が本日しなくてはならない儀礼事はもう全て終わっている。

 特に何もしなくてもいい状態ではあるのだけれど、リ・ラ・リリゥとの交感で得た色々な知識が晶貴の怠慢しようとする心を邪魔する。

 何より、早めにこなしておかないと自分も相手も双方に困るだろうという、明日の儀礼で使用する服の選定をまだ終えていないのだから。


『めんどくさー……でも、儀礼とかでは必要だからなぁ……』


 軽く息を吐いて晶貴は世話役候補達に言う。



「先に服、選ぶわ。場所はどこかな?」

「はい! こちらです」


 元気な声は紫髪の男からだった。

 先程の神気に乗せた言霊の所為か、それとも本来のものなのか。

 世話役候補たちにあった、ぎしぎしとした雰囲気が消え柔らかなものへと変じている。

 晶貴は軽く首肯して彼らに付いて行った。




 先程まで居た部屋から出、廊下を別室三つ分ほど進んだ先の部屋へと入る。

 かなり広い、鏡台や立ち鏡だけでなく壁にも大鏡のある部屋だった。

 晶貴は勧められるまま、柔らかな絨毯の上の長椅子へと座る。

 紫髪の男は茶の髪の女と共に何やら指輪をつけ、晶貴の正面に位置する壁へ手をついた。

 

「うはー…………」


 呆れとも感動ともいえる声が晶貴の口から零れ出る。

 

 魔術の一つなのか、突然壁が目の前から消えたのだ。

 指輪が多分開閉の鍵となっているのだろうが、流石に驚く。

 消えた壁の奥には、かなり大きな空間が存在している様に見える。

 正確な広さは判別できないが、今現在晶貴の居る部屋の倍以上はあるだろう。

 そこには各種類の服と靴や帽子といった、およそ服飾関係の全てのものが所狭しと置かれていた。

 世話役候補たちは皆、その中へと入って行き、紫男と茶女だけが晶貴の近くへ戻り、言う。



「本日お決め頂くのは明日の儀礼での御正装となります。その後お疲れでない様でしたら、こちらの宮でお使いになる夜着や普段着などを御選び頂ければ、と思います」

「んー」


 軽く返答して晶貴は衣装の群れを眺める。


 

 只人には身分や地位、儀式等に応じての正装が色々と決まっているが、神の一枝に限り、予め決まった正装というものはない。

 色も形も基本自由で、その場その時で別の衣装という事も出来る。

 神の一枝における正装とは、神の一枝本人が正装として認識し、服に本人が神気を乗せれば出来上がりという至極簡単なものだからだ。


 

 ただ、このラグドリュウスという世界に於いて[色]というものは、神の一枝を象徴する金色や、神官達の能力に応じて変化する髪の色などが現す様に、結構大きな意味合いを持つ事が多い。



 例えば、哀しみに涙する者たちの前で、喜びの歓声を上げたりはしない様に。

 例えば、ようやく掴んだ和平を誓う席で、改めて開戦を宣言などしない様に。



 ほんのささやかな意図の食い違いだとしても、それが大きな波紋にならない様に。

 特に儀礼としての正装になると、それなりに考えないとならない。

 位の高い者ほど、それらの意味合いは深くなってしまうものなのだから。


 

 晶貴はしばらく思案して、口を開く。



「基本は白。光沢のある薄衣が重なっている様な仕立ての物はあるか?」

「ございます。……緑! その辺りに二着ないですか? 灰の所にも一着」


 

 衣裳部屋内部を把握しているらしい紫男の指示で、三着の服が晶貴の前へと並べられた。

 どれも白い生地で柄や模様などはない。



「どれも極薄のサッカル織物です。光源に応じて様々な色合いの輝きが出ます」


 成る程、手にとってみれば光の当たり具合で虹の様な輝きが見える。

 触り心地は絹織物に良く似ている。

 軽くて着心地は良さそうだ。

 晶貴は三着の中で一番動きやすそうな一着を選ぶ。



「この辺りかな? 自分で服脱ぐんで、着付けは頼めるか?」

「はい!」



 晶貴は服を脱ぎ始め、カッターのボタンを外しながら思い出した様に言う。



「ついでに普段使う肌着と下履き、あと普段着を適当に見繕ってくれるか? 肌着類の色は何でもいいが、基本男物で頼む。普段着は動きやすいものがいい、華美なのやキラキラしたのはやめてくれ」

「承知しました。茶、任せるよ」

「はい!」



 急ぎ足で茶女が衣装場へと飛び込んでゆく。

 辺りが賑やかに動き始める。

 


 意図を察したのか、晶貴が下着のみになった時点でもう肌着類が揃えられていた。

 床に敷いてある絨毯のおかげで、裸足でも冷たさは感じない。

 晶貴は、そのままさっくりと自分の下着を脱ぎ素裸となる。

 



 世話役候補たちの視線は晶貴に集中しているが、顔を赤らめる者はいない。

 かといって変なものを見る様な感情も見受けられない。

 神の一枝が両性であるという事実を己が目で見て確認した、というただそれだけのもの。

 好奇な視線を受ける事が多かった晶貴にとって、この扱いは新鮮だった。

 大神官の言っていた「そういうものと認識されるだけ」という言葉が何となく理解できる。

 一般人は判らないが、この世話役候補達の反応は晶貴にとっては心地好い。


 

 用意された肌着を身に着け、さらに心地好さが増す。

 下履きは男性用だったが、上の肌着は胸の膨らみがきちんと考慮されているものだった。



 晶貴がこの世界に来て、まだ二日程度。

 いくら神の一枝の性別が[無性]と[両性]の二つだけだとしても、年齢や身長、体型などは個々人違うのだからすぐに衣装が揃う方がおかしい。


 

「良くこんな短時間で衣装を揃えられたな?」



 疑問を口にした晶貴に、紫男が笑顔で答える。



「神の一枝様の、おおよその背丈と体型は大神官様より連絡がありましたので、それに見合う衣装の置かれている部屋へご案内した次第でございます」

「という事は、他の寸法の衣装が置いてある部屋があるってことか」

「はい。衣装部屋は、十五部屋ございます」

「その部屋は、私は使わないんだよな?」

「はい。特に必要のない限り封印されております」

「勿体ねー」

「ええ。ですから封印されているのですよ」



 

 紫男の説明によると、何でも虫に食われたり風化したりしない為に、術をかけ封印するのだという。


 神の一枝がこの世界に居ない時期、厳選された衣装類は年に一度各種新しいものが納められる。 

 通常封印されているそれらの部屋が開かれるのは年一回その時のみで、その後はまた封印されるのだそうだ。



 神の一枝降臨後は、身体に見合った適切な部屋を選別。

 降臨中はその部屋だけを使用し、衣装もその用途や神の一枝の希望で増減する。

 そしてその神の一枝が逝去した後は、使用した着衣類は正式に譲渡されたものを除いて、全て破棄……灰すら残らない様に術で焼尽されるのだという。

 その後、またその寸法の衣装が作られ部屋へ納められるのだとか。

 時間も手間も金も、しっかりとかかっていそうな内容だった。



 ただ、神の一枝は突然降臨する。

 なので、体型や年齢がどのようなものであれ即座に対応する為に、このような仕組みになった事は仕方のない事かもしれない。



 

 説明を終えた紫男が晶貴の前に膝をつく。


「採寸も含め、御身に触れる事となります。御許可頂けますでしょうか?」


 晶貴は紫男の瞳を見つめた。

 水色に灰色の交じる落ち着いた瞳には、異性に触れるとか興味だとかそういう思いはなく、ただ嬉しげな感情のみが感じられる。

 そう認識した晶貴の答えは一つだった。



「構わないよ」

「有難うございます。では、御身足より拝見いたします」



 紫男の両手が晶貴の右足を包むように触れる。

 ほんの一瞬。

 晶貴の足の指先がぴくりと動く。

 その微かな動きに紫男の手も止まる。

 少し不安げな表情で、足へと向けていた瞳を晶貴の顔へと上げれば、そこには苦笑があった。



「悪い。大丈夫だから続けてくれ」

「……はい」



 晶貴の言葉に紫男はそのまま、ゆっくりと足の甲や踵へとその手を滑らせてゆく。

 その後、ひも状の物差しで寸法を取り用意してあった紙へと寸法を書き記している様だ。

 近くに居た黒い髪の女に履物の寸法と場所を伝えた後、ふくらはぎ、腿、腰というように、晶貴に確認しながら淡々と寸法をとる紫男。





『自分から他人に触るのは随分平気になったけど、他人から触られるのはまだまだ慣れないなぁ……』



 小さな頃からの事なので、裸体を見られる事にはさらさら慣れたが、不用意に触られるのだけはどうしても慣れる事が出来なかった。


 

 投薬や検査という名目で色々な仕打ちを受けていた晶貴がその唯一抵抗できた心で、嫌悪を相手に振り撒きながら受容するしかない動作。

 それが晶貴にとっての[触れられる]というものだったから。



 独り立ち後、出会った幾人かの相手……気心も知れ、身体を繋ぐような仲になっても、こればかりは中々馴染めないものだった。

 触れられる事を意識していても、最初の一瞬、どうしても身が竦む。

 晶貴にとっては早く無くしてしまいたい身体反応のひとつだった。







 指先から頭まで、ひと通りの寸法を取り終えた紫男に、晶貴は言う。



「折角測ってもらったけど、胸囲は一定ではないんだが」

「……どの程度でございますか?」

「もう少し大きくなる事もあるし、男性と変わらないほどに平らな時もある」

「では、現在の寸法を中心に、何時でも調整がきく様な仕立てに致しましょう」

「そうしてもらえると助かる」

「御胸の方はその様に致しますが、御腰周りの方は如何致します?」

「あー、下は普通の男性と変わらないと思ってくれていい」

「承知致しました。……御寒くはございませんか?」

「大丈夫、寒くない」

「採寸はこれで終わりですので、これより着付けに入らせていただきます。まずはこちらの下履きから……きつくはございませんか?」

「ん。丁度いい」

「では肌掛けの上に、こちらの上着を……あ、その部分は結ぶのではなくこちらの脇へ通して前で留める作りになっております」



 説明を受けつつ肌着の上に一枚ほど着衣し、先程選んだ白い服を着せ付けて貰う。

 用意された履物も服に合わせているのか白色の物だった。

 革の様な素材で、膝下丈のブーツに良く似ている。

 結構足にぴったりなサイズだが、足の甲辺りから上部へと組まれている紐である程度の調整がきくので、きつさのない履き心地である。

 


「裾と袖の長さは如何しましょう?」

「んー……」



 両腕を上げ軽く回す様に動かしたり、数歩歩いてみたり腰を落としてみたり。

 ひと通りの動きをして負荷を確認した晶貴は頷いた。



「袖の方はこのままでいい。裾は履物を履いた状態で床に付かない様に、もう少し短くできるか?」

「承知致しました」

「で、肩飾りがあるけど、ここには何か付けるの?」

「バルムをつける様になっていますが……金! その辺りにある白のサッカル織物を一枚こちらへ」

 


 持ってこられた布地は現在着ている物よりも厚い仕立てにしてあった。

 広げられたそれを見た晶貴は呟く。



「あー、マント……外套かぁ」

「はい。不要でしたら肩飾りも外しますが」

「……いや、いい。このまま使おう」


 肩飾りへマント(バルム)を付けてもらい、鏡に映る自分の姿をひと通り眺めて晶貴は言う。



「うん。これで明日の正装は決定。…………脱いでいい?」

「はい、お手伝いしましょう。あと、こちらに普段着を幾種類か御用意致しましたが、そちらに御着替えなさりますか?」

「そうしよう。……その濃い緑の上着と黒の下……これは何て呼ぶんだ?」

「タルプでございます」

パンツ(タルプ)ね、覚えた。んじゃ、その上下で」

「畏まりました」



 紫男は手際良く晶貴から服を脱がせ、指示された普段着を着せ付けた。

 履物は足首が隠れる程度の黒っぽい皮物で、ゆったりとしたもので紐なしのショートブーツに似ている。

 

「うん、丁度いい」


 動きやすい服に笑みを浮かべ、晶貴は紫男に言う。


「先刻まで着ていた服を仕舞えるような蓋つきの箱、あるかな?」

「はい」


 


 すぐに用意された箱に、晶貴はそれまで着ていた元の世界の服や携帯電話を含む小物を全て収める。

 そして聖霊を使い肌着を含む服だけを洗浄し、蓋を閉め自分以外誰にも開封できない様に封印をかけ、紫男に他の服と同じように収納を頼む。

 自分の持ち物が知らないうちに他者の手に渡り、崇められたりしても困るが、まぁ、この部屋の封印と箱の封印という二つがあれば、滅多な事では紛失などないだろう。

 沢山の衣装の中へ運ばれる箱を見ながら晶貴は「ふうっ」と一息つき、言う。



「仕上げの神気のせは仕立て直しが終わってからにするつもりだけど、明日の午前中に間に合うかな? 無理そうなら手直しするのは裾だけでもいいよ」



 儀式用の衣装を別の箱へと収めていた紫男が笑顔で答える。



「お気づかい有難うございます。本日中に私が仕立て直し致しますので、ご安心下さいませ」



 晶貴の瞳が少しだけ丸くなる。



「……縫物、得意なの?」

「はい。神職に就くまでは針仕事を生業にしておりましたから」

「へー、凄いな。私はそういうの、あまり得意じゃなかったから尊敬するよ」

「勿体ないお言葉……望外でございます」



 本当に嬉しそうに笑みこぼす紫男。









 



 




よろよろながらも復帰。詳しくは活動報告にて。


久しぶりの執筆。キー打つのが遅っ!(指が動かないよ/苦笑)

そしてちょっと短め。

続き頑張るぞー、おー。

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