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神の一枝  作者:
15/19

第 14 話   天頂の夢 こいねがう[ 5 ]

この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。

15歳未満の方はすぐに移動してください。

また[性]に対する免疫がない方、あるいは[性]の苦手な方はご注意ください。

 互いの紹介を終え、[夜伽ならいつでもどうぞ]的な表情の神官長達の秋波を何事も無かったかのように受け流しつつ、晶貴は大神官へ言う。


「私の儀式、初日にする事はこれで終わりだよね?」


 晶貴は意識に刷り込まれた知識の中で、神の一枝が聖天神殿に着いてからの儀式は大まかに五つ程ある事を識っている。



 神の一枝が聖天神殿に到着後、その体調等の様子を見ながら行われる、色々な儀式。

 儀式とまではいかない種類の儀礼的なものも幾つかはあるが、神の一枝の意思によっては簡略したり行われなかったりするものもある。

 


 

 初日に行うのが、聖樹に触れ聖天と交感する[聖接の儀]と、大神官に歓喜の花冠である聖花を預ける[接受の儀]の二つ。


 二日目に行うのが、最初に行く国や場所、日時を決める[聖択の儀]と、聖天神殿の主塔上方にある露台(バルコニー)からのお披露目[高覧の儀]と[瑞光の儀]の三つ。


 三日目以降は、神の一枝の体調を考え予備日となっている。




 

 

 本日の大きな儀式はこれで終わりの筈だと確認をする晶貴に、大神官は頷いた。



「はい。シンディン様の行う儀式は[聖接の儀]と[接受の儀]の二つを持ちまして、本日分は終了となります」

「大神官はこれから、それ使って公示をするんだっけ?」


 

 晶貴は大神官の胸の前に浮く聖花を指しながら言う。

 大神官は苦笑しながら頷く。



「はい。出来得る限り早く全土に公示をしませんと、後々やっかいな事になりますからな」

「あー、なるほど。神殿が神の一枝を独り占めしている、と」

「御意にございます」



 どこにでもそういう思考回路を持つ人間が居るものだ……と、晶貴も苦笑する。



「んじゃ、ちゃっちゃとそれ済ませて、皆でお昼ごはん一緒に食べようか」

「御相伴のお誘いでございますか。それはまた重畳、有り難くお受けいたします」

「他に用事がない様だったら、神官長たちも一緒にどう?」



 晶貴の誘いに神官長達は「喜んで」と、笑顔で首肯する。












 大神官達は主塔前面部にある大広間へと向かった。

 天井は高く、外部の光が様々な色を伴って広間へと降り注いでいる。

 

 広間の両端には幾つかの長椅子。

 その間にある大きな広間そのものが、奥ある大きな祭壇へと続く通路であり祈りの場でもある。

 祭壇は他の場所よりも、ひときわ光に満ちていた。

 花や緑が置かれている中、その中央にある神聖で清涼な気が満ちるその壇上には、透き通った聖花が安置されていた。


 それは、晶貴の前に居たという、百五十年前の神の一枝の聖花。

 神の一枝の存命中は金色に輝きを放ち続ける聖花だが、逝去の後はゆっくりとその色を喪い、およそひと月で透明な水晶の様な様相へと変じる。

 次代の神の一枝が降臨するまでの間、人々を見守っているのだと、そうまことしやかに語り継がれているこの透明な花冠には、くすみひとつない。

 透けては居るが、聖霊たちの光を反射する様に輝くその花冠は、未だに力を持っている様にも見える。

 その為か、この花冠に祈りを奉じる者も多い。


ここは申請すれば一般人でも入室できる場所だが、新しい神の一枝である晶貴の降臨によって、儀式が全て終わる迄その受付が停止されている。

 他の人員も人払いされている為に、ここには現在晶貴を含めても八人しか居ない。






 大神官は一人で静かに壇上へと歩を進めた。

 透明な聖花の前に立ち、瞑目し頭を垂れる。

 少しして頭を上げた大神官は、口を開き声に神気を乗せた。


「預かり賜いし黄金の妙なる聖花をこの場に戴き、証とす。いと尊きその御名は『ラキ・シンディン』聖天樹彩主。聖天リ・ラ・リリゥ様より与えられしその御身体は御歳二十二にして両性。聡明なる新しき神の一枝さま降臨を、我、聖天神殿大神官モノティア・レグルの名に於いて公布する」


 大神官の胸上に浮いていた晶貴の聖花がするりと移動し、壇上にあった透き通る聖花の上に滑る様に浮いた次の瞬間、透明な聖花は光となって消える。

 空座となったその場に、晶貴の聖花が新しく鎮座した途端、辺りから一斉に聖霊達が集まり、聖花の中へと飛び込んでゆく。

 見えてはいたが、あまりにもその数が多すぎて。

 どれ程の数の聖霊が動いているのかは判断できないが、時間にしてほんの半テシにも満たない筈。

 けれども、膨大な神気がその場にあった。


 胎動するかのように聖花の内側が光る。

 そして。

光の帯が、聖花より解き放たれた。


 まるでレーザー光線が真っ直ぐにその光を飛ばすように、天井を抜け、塔をも抜け、天上へと伸びる大きな大きな光。

 その光の帯から、幾筋もの光が飛び去る。

 煌々と伸びていた光の帯が、音もなく消える。

 壇上を見れば、黄金の聖花の光の胎動はそのままだが、大きな神気は聖霊と共に消えていた。

 飛び去って行った光は各国にある神殿へと向かい、それぞれの神殿にある祭殿に、先程の大神官の言葉を古代語で刻みつけて行くだろう。

 




 神官は再び腰を折り、聖花に向かい一礼し、そのまま晶貴達の居る場所へと戻ってきた。



「これで公示はお終い?」

「左様にございます」



 少しだけ感じた疑問を大神官へ投げる晶貴。


「あれって、ずっとあそこに置いてて盗まれたりしないのか?」


 晶貴の指先は壇上の聖花を指している。

 大神官は笑顔で頷いた。



「盗むどころか、触れる事も無理かと存じます。まぁ、御覧になる方が早いでしょう……ヒューリヒ、祭壇へ」

「はーい」



 軽い足取りで祭壇へ向かう風の神官長を、晶貴はその目で追う。

 順調に進んでいた足が、祭壇の一歩手前で止まる。


「僕じゃ、ここまでで精一杯ですね」


 振り返ったヒューリヒは苦笑している。

 晶貴は不思議そうに言う。



「足が動かなくなるとか、そういうの?」

「いえ、そうじゃないんですー。ここに、こう…………」



 言葉を途中で切り、手を祭殿の方へ向かって振ると、ぺし、という音がして手が宙で止まった。

 


「見えないけれど、こんな感じに壁があるんですよ」

「結界とか、そういうものなのかな」

「神気による壁だから、結界とはまた少し違うんですよ」



 再度、ぺしぺしと宙を叩くヒューリヒの姿に、パントマイムを見ている気分になる。


「大神官様ぁ、ついでに、僕に一番乗り下さい」


 手を振り笑顔で言うヒューリヒに、大神官の顔にも笑みが浮かぶ。


「いいでしょう。……聖天神殿大神官モノティア・レグルの名に於いて、風の神官長ヒューリヒ・ムントに接見を許す」


 大神官の言霊が神気を帯び、聖霊と共に風の神官長へと向かう。

 ヒューリヒはそれを逃げずに受け止めた。

 一瞬だけ、彼の身体全体がほんのり光に包まれる。


「彩主さまー、見てて下さいね」


 にこにこと笑みを振りまきながら、ヒューリヒはもう一度祭壇へと手を振る。

 今度は壁が存在しない様だった。

 ヒューリヒはそのまま移動し、壇上へと進む。

 聖花のある場所まで行き、一度晶貴へ視線を向けた後、聖花に一礼し……触れようとする。

 べち。

 ……何だか今度は嫌な音がした。


「痛たたたたた」


 ヒューリヒは伸ばしていた手を引っ込め、苦笑しながらふるふると振り、ぼそりと呟く。

 


「本当に神書にある通りなんだね。びりびり来る」

「今の、聖花に触ったの?」

「いいえ。ほんの一グン(十センチ)手前に壁があるんです。こんな風に…………痛ててててて」



 説明しつつ、もう一度聖花へと手を伸ばすヒューリヒ。

 手を動かすたびに、べちべちびちびちと不思議な音がする

 手の動いている位置から察するに、壇上に乗せられている聖花の周囲十センチを境に、ドームの様な何かが覆っている感じで障壁があるらしい。

 


「触れないのは判った。もうしなくていいから、こっちに戻ってきて」

「はい」



 ヒューリヒは素直に戻ってくる。

 大神官は愉しそうに微笑む。



「接見一番乗り、如何でしたか?」

「大変貴重な経験をさせて貰いました」



 ヒューリヒは苦笑いで返す。

 晶貴は先程の音が気になり、再びヒューリヒに訊く。



「凄い音がしてたけど、触れようとすると、どんな感じになるの?」

「そうですねー……空気が乾燥している時に、服や人に触れてぱちっと小さな雷のような音がしたり、びりっと痺れが来る事ありませんか? あれの物凄く大きい感じです」

「!」



 その言葉を聞いて、晶貴は視線をヒューリヒの手へ向ける。

 こちらからは手の甲しか見えない。

 ヒューリヒがこちらへと戻る際、不自然な動きをしていた事に今更ながら気付く。

 手の甲しか見えない様に歩いていたその姿。

 そして、先程のあの音が、静電気の大きなものなのだとしたら。



 そう考えた晶貴は聖霊を動かす。

 入口から祭殿へと流れていた風の動きを、強制的に逆にする。

 途端に感じた臭いに、晶貴は眉をひそめた。

 

 風の神官長である彼は、恐らく自身の力で風の流れを変えていたのだろう。

 「まいったなー」と呟く彼に、晶貴は命じる。



「手のひらを、見せろ」

「…………いや、その……」

「二度、言わす気か?」

「……はい」



 仕方なく、といった感じで晶貴の目の前に手のひらを見せるヒューリヒ。

 何かに感電した様な、焼け焦げたその手のひらを見て晶貴は盛大に溜息をついた。

 そして。


「そのままにしてろ」


 一言そう言い、晶貴は自分の手のひらをヒューリヒの手のひらへ押しつける。


「……っ!………………うわぁ……」


 一瞬痛みが走ったが、後は感動しかなかった。

 晶貴とヒューリヒの合わせられた手を中心に、聖霊が舞う。

 あるものは包み込み、あるものは通り抜け、あるものは手のひらの隙間を埋める。

 瞬きを二、三度という短い時間だった。

 晶貴は自分の手を外し、ヒューリヒの手のひらを見る。

 傷一つない、綺麗な手のひらだった。

 「うん、よし」と、晶貴は満足してひとり頷く。


「痛みはあるか?」


 一応、確認の為にヒューリヒへと訊く。

 傷そのものが消えて無くなった今、痛みなどある筈も無いヒューリヒは言う。


「いいえ。痛みが無いどころか、日頃より円滑に指先が動きます」


 両手の動きを見せる様に、にぎにぎするヒューリヒ。

 その様子を見ていた大神官が晶貴に訊く。



「シンディン様、いま行われたのは、どのような術式でございますか?」

「術式は使ってない」

「では、どうやってあの者の治癒を?」

「……私の持つ力のひとつだ」



 そう言うと、晶貴は大神官に自分の手のひらを見せる。

 晶貴の手のひらは、先程のヒューリヒと同じ様に焼け焦げていた。

 その惨状に、大神官だけでなく神官長達も息を呑む。



「!……何て事を! すぐに治癒を」

「心配無い。そろそろ治る頃合いだ」



 各人が治癒の術式を構築する前に、聖霊達があっという間に晶貴の傷を治していった。

 元通りになった手のひらを、わきわきさせながら「な?」と軽く笑みを浮かべる晶貴。

 大神官の目からは笑みが消えていた。



「御説明、お願いできますか?」

「だから私の力のひとつだって。説明ねぇ、んー……盾の性質を変えたというか、それに付加したというか。概念で使うものだからなぁ……どう説明すりゃいいのか」



 「むー」と少しばかり唸り、晶貴は説明する。


「盾の表面を鏡にして必要なものだけを[移し取って]その後、神の一枝の力で[この傷を不必要なもの]として認識後に聖霊に治癒させる、ってのが先刻のヤツ」


 晶貴の説明を聞き、少し考えていた大神官の口が開く。



「方法はおおよそ理解できました。ですが、何故[移し取った]すぐ後に[その傷を不必要なもの]として認識し治癒されなかったのでございますか?……まさか、御自身の御身体を痛めつける事がお好きだとか仰いませんよね?」

「そういう趣味はない」



 苦笑しながら晶貴は言う。



「私の持つ神の一枝としての力と、最強の盾の力は別物なんだが、それを扱う私の身体はひとつしかない。おまけにどちらの力もちょっと強すぎるんで、両方の力を同じ方面で同時に使う事なんてしたら自分の器ごと壊れちまう。でも神の一枝としての力は盾の力に共鳴して勝手に働こうとするし。それじゃあ身が持たないだろ?……だから、盾の力を使う際には[対価]という形で、神の一枝の力へ別に抑制をかけているんだ」

「対価、とは?」

「そのままだよ。行う事柄に対し、見合うだけの価値の現象をこの身に受ける……それが対価だ」

「先程の、あの者の酷い焼け爛れの怪我を、御身は同等と見なされたと?」

「その通りだ」

「あの者の手当てならば、後ほど私共が行う予定。何もシンディン様がその御身を傷つける必要性などございませんでしたのに」



 そこまで大神官が言った時、空気が僅かに冷えた。

 いや、神気によって冷涼になったというべきだろう。

 

「見損なうな」


 晶貴の瞳の金色に、細い赤が燃える。



「手当てを予定していたと言う事は、大怪我をすると解っていてあの挙動をさせたという事。挙動後、神書にあるという事柄を呟いていたヒューリヒも、勿論それを知っていたという事。本人も怪我を覚悟の上での行動なのだから自己責任の範疇だと考えている……違うか? ヒューリヒ」

「はい。自分で選んだ事ですから、怪我してもそれは自分の責任だと」

「モノティアも、他の神官長達も同意見か?」



 大神官達は、何故詰問されているかが判らない、という表情で晶貴の問いに首肯する。

 神気を高めつつ晶貴は再度、問う。



「では、ヒューリヒのあの怪我を平然と、興味深げに見ていたのは何故だ? ヒューリヒが、ついでに一番乗りをくれと、そう言ったのは、実は他にこの実験を行う者が居たからじゃないのか? それも、私がこの現場に居ない状態で、だ」 

「!…………」

「その表情じゃアタリか。全く……私が対価としてあの傷と痛みを受けたのは、たかが一テシ。ヒューリヒが手のひらを焼き焦がしながらも気丈に説明をし、この場へ戻るまで何テシ過ぎていると思う?……私の傷を見た時の、あの驚愕と痛ましげな表情。それは本来、彼に向けられるべきものの筈だ」



 溜息をつく晶貴。



「私があの傷を引き受けようと考えたのは、憐憫からではなく、あれが私の責任だからだ」

「何故にございますか? あれを命じたのは私。でしたら責任は私に!」

「だからだよ、モノティア」



 晶貴は真剣に言う。


「私の問いかけに、説明で済むだけの事を、怪我を承知で実践させるなど以ての外。それはヒューリヒにも同じ事が言える」


 突然自分に向けられた言葉にヒューリヒが目を瞠る。



「最初、祭壇の手前にあった壁の様なものに手を触れた時はこちらに手のひらが見えていたし、単に何かを叩くだけの音にしか聞こえなかった。ヒューリヒとモノティアの会話が気にはなってはいたが、その前の壁を叩く雰囲気で、何かあってもそれに類するものだろうと私は思っていた。けれど、そのまま聖花に手を触れれば、手のひらに傷を負う事が神官職の常識だとして。ヒューリヒはその上で何故、私の問いに行動で返した? また、この問いが私からではなく、一般の者からの問いだとしても同じ事をしたのか。それを問いたい」

「え……?」



 問われ、少しだけ戸惑い思案するヒューリヒ。


 障壁に触って見事に焼け、ひどい痛みが襲った。

 その後で神の一枝さまに問いかけられたのは、聖花に触ったのかどうか。


 聖花には触れないのだと。

 こういう風に障壁があるのだと言葉だけで説明する事は確かに出来た。

 それを、わざわざ見せつける様に自身をさらに傷つける行動に出た、その理由。

 一般人が同じ問いかけをしたとしても、同じ行動には出ないであろう、その理由。



「確かに一般の方からでしたら、口頭での説明だけで終わってたでしょう。傷を負う事を解っていて行った、あの時の僕の心情は……神の一枝さまに説明をするという栄誉に舞い上がり、己の身など顧みず打ち捨てていましたから」

「だろうな」



 晶貴は頷き、続ける。



「では、一般の者の問いに、先刻と同じような行動をして見せたらどうなる? それを、少しでも考えたか?」

「!」


 

 そんな事をすれば、神へ対しての心持ちが、怯えさせるだけの結果になる。

 これにはヒューリヒだけではなく、大神官も他の神官長も唸るしかなかった。

 晶貴は説明を続ける。



「本来この世界における神職は、神である聖天と人とを繋ぐものの筈。そうだよな? モノティア」

「御意にございます」

「相手に気付かれなければいいだろうという、その考えがまず気に入らない。相手の気持ちを考えていない事も然り。そんな者達が聖天と人とを繋げるのかどうかを少し考えたくなるぞ?……滅多に現出しない神の一枝という存在と、その力。必要なのかどうかはさておいて、先刻あったような実体験を行いたいという事は理解できる。神書にあるという事柄を確認したいと云う探究心を否定するつもりはない。当事者である私も知りたい事柄が多いからな。……ただ、それらの力を試行実験したいのなら、前もって私にも相談してくれ。自分の力とか自分の所為で知らずに他者を傷つけるなんて……私が私を許せなくなるじゃないか」



 金色の瞳に泳ぐ赤色は、憂いの灰色へと変じている。


「今回の件にしても、気付いていたら……知っていたら止めていた。けれど一連の流れの中で、私自身も興味に高じて、あの行動の違和感に気付けなかった。モノが止めなかったのは結果を見たかった為というのもあるたろうけど、この結果を引き出したのは私の問いかけという一石が引き起こした事」


 晶貴は大神官へ視線を向ける。


「モノティア」

「はい」

「大神官である貴方が責任を感じるのなら。貴方より上位にあるという私に、責が無いというのは有り得ないんだよ」

「!」

「だから、私なりに責任を取った……解るな?」

「…………はい。申し訳ございません」



 己の不徳を感じながら、腰を折り晶貴へ礼を成す大神官。


 

 ヒューリヒはヒューリヒで、再び自分の両手を眺めていた。

 晶貴から施された手当てですっかり元通りになっているその両手には、まだたくさんの神気が残っている。

 


 

 風の神官長ヒューリヒ・ムント、十八歳。

 神官長として任じられたのは十七の歳である。


 この年齢で神官長まで上り詰めた者は少ない。

 さらに自分と同程度の力量を持つ者が少ないが故に、それは彼の自負となっていた。

 現在は他の神官長たちと比べれば中ほどの力だけれど、これから高めていけば彼らの年齢に達する頃には必ず追い越しているだろう。

 いずれは大神官になれると、彼以外の者ですら本気で思うほどには濃い神気をもっていた。

 けれど、その考えが間違っていた事に気付いた。

 

 探究心からとはいえ自分の欲だけで動いてはならない。

 慢心していた自分に、神の一枝さまはその事を思い出させてくれた。

 他の者達より神気のある神官長とはいえ、祈りで練り上げないと神気は増さない。

 だが、彼の方は感情を揺らすだけであの濃さの神気を生める。

 聖性の違いだけではない、格が、心の器が違いすぎる。


 

 格好いいところを見せようと無理をして怪我を負う所作をした。

 が、痛む素振りなど見せてはいない。

 演技は完璧だったはずだ。

 それでも見破られた。

 自身の浅はかさを指摘された。

 でも、咎める事などせず傷を癒して下さった。

 何という慈悲。

 なんという心の広さだろうか。

 


 ヒューリヒの心の芯が傾き、完全に折れる。

 けれど消沈の様な感情が起こらない。

 何故か、清々しいほどに周囲が見える様になる。

 慢心という、心の中に作っていた一枚の壁が取り払われた事で自身の聖性が増したのだ。


 

 突然、両手の神気が、彼の全身を覆う程に広がってゆく。


「!?」


 自身の保つ神気が増した事で、自分の周囲に常に居た風の聖霊達の質が変化した。 

 中位程であった聖霊の力が、高位へと昇華してゆくのを目の当たりにして、ヒューリヒだけではなく他の神官長や大神官までもが驚愕の視線で見つめている。


 唯一、平然としていたのは晶貴だけだ。


「おー。ようやく何か来たか。結構時間差があるもんなんだな」


 晶貴はそう言うと、ヒューリヒへその笑みを向ける。

 

「先刻、直接怪我の手に触れたろ? あれ、痛かったよな」

「え……はい」

「あれな、ホントは触れなくても出来るんだけど、痛いの解ってて触ったんだよね」

「……え?」


 にんまりと笑う晶貴。


「栄誉だか何だか知らないけど、私の意思を度外視してああいう怪我をした罰のつもりで少しだけ痛い目にあって貰ったんだ。でもその切欠を作ったのはこれまた私だから、その責任という事で傷は癒した。だが怪我をする事が解っているのに、あんな風に身体張ってまで説明してくれたという事に対しての礼を何もしないというのも何なんで、な」


 愉しそうにヒューリヒへと微笑む晶貴。



「聖天に貰った知識の中にあったもんなんだけど。この世界へ来て、私が最初に触れた人間というヤツになってもらった。確か、それって栄誉なんじゃなかったっけ?」

「!!」

「何か、色々と加護がついたり能力値があがったりするらしいな。何か、周りの聖霊が凄い事になってるぞ?」



 くすくすと笑う晶貴。

 ヒューリヒの周囲に舞う聖霊達は嬉々として盛んに飛び回り、その緑の交じる髪をふわふわと弄んでいる。

 



 神の一枝は、他の世界から聖天の意思によって降臨する者である。

 そういった者がこれまで生活していた地を離れ、見知らぬものばかりのこの地で、それも突然[神の体現という存在]などと言われ、何をどう信じればよいのか判らないのが当たり前である。

 もちろん、聖霊に護られ、聖天との交感によってある程度の知識も入るので、多少はこの世界で馴染みやすくはなるだろう。

 けれど、それと[人を信じる]という事は別物だ。

 


 晶貴がこの世界に現出した時、聖霊による護りの光で包まれていたのは、無意識に自己防衛をしていたからに他ならない。

 確かにイルフェラム国で、この国の食物を初めて食す事をした。

 だが晶貴はそれを[接待]として認識しただけで、決して完全には信用してなかった筈だ。

 それは、今現在まで誰も、この国の人間が晶貴に触れられないという事で判る。

 神気が強すぎて近づけないという事もあるだろうが、それ以前に晶貴が自身に触れるのを許容しない限り、誰も晶貴に触れることなど出来ないのだから。



 神の一枝が、自らの意思で初めてこの世界の他者に触れる事。

 それはこの世界の人間を信じるに値する、と。

 神の一枝が、この世界に居る人間を信じても良いと、そう許容した証。

 それが、この最初の一人……[枝の初葉(はつは)]と呼ばれる者である。

 

 

 神の一枝の降臨の状況やひととなり、あるいは感情によって、それが何時なされるのかは全く予測できない為、望んで得られるような栄誉では決してない。

 それ故に[触れられる]という、ただそれだけの事が、誰にとってもこの上ない程の栄誉となり得る。


 

 ヒューリヒは、自負こそ高かったが、それを驕る様な心根は無かった。

 今回の降臨に際しても、神官長と言う役職で神の一枝に接見する機会はあるけれど、若輩である事は確かだからと、自身が率先して前に出る事はしなかった。

 自己紹介等にしても、一応の年功序列として最後だったし、先程の聖花の一件にしても、自分がその説明に選ばれたのは神官長の中での力が、ほぼ中庸だったからと理解していた。

 もし、他の神官長が選ばれていた場合に、どのような結果になったのかは想像できないが、今現在のこのような現実を受け入れるには、本当に幸運だったのだと思い込むしかない。



 だが、それでも

 ヒューリヒの心にわだかまる棘が、その歓喜を僅かに押し留める。

 

 

 神の一枝である本人が考え、良しとした事柄だとしても。 

 自分の考えの浅はかさで、彼の方の身体に傷を負わせる事になったという事実は消えないから。

 

 何より、神職に就いている自分も只人であると改めて認識した事で、畏敬がさらに深まり、栄誉だというその言葉さえ、自分にはおこがましいものなのだと感じてしまう。



 唯一の神である聖天に一番近しい至高の御方。

 自身がいくら焦がれても、手の届かない御方だと……そう思っていた。

 その御方から直接、触れられた。

 それも、傷を癒して下さっただけでなく、枝の初葉という稀なる僥倖を伴って。


 それらの事を体感し理解したヒューリヒの歓喜は、自身の持つ自負を消し飛ばし、己の往く途を決意した。

 未だに神気の消えないその身は、晶貴の行った言霊縛りをも凌駕する。


 ヒューリヒは晶貴の正面で頭と両手両膝をつき、五体投地礼を取った。


「聖天リ・ラ・リリゥ様の御許にて、我、聖天神殿風の神官長ヒューリヒ・ムントは、神の一枝であらせられるラキ・シンディン様を唯一の我が師、我が主として驥尾(きび)に付す事を、この魂に誓う」


 ヒューリヒの言葉に神気が乗り、光となって天へと昇る。

 晶貴はその言葉に一瞬戸惑ったが、軽い溜息の後、口を開いた。



「今後、もっと良い師や主が現れるかもしれないよ?」

「貴方様のみが、その唯一でございます」

「我儘言うかもよ?」

「喜ばしく存じます」

「もし、不必要だと言ったら?」

「誓いは既に成しました。生死を含め、我が身はシンディン様の道具。必要な時のみ御利用下さいませ」

「…………クーリングオフとか、ないのかよ」



 ぽそりと誰にでもなく呟き、晶貴は再度溜息をつく。

 ヒューリヒは真っ直ぐにそのキラキラとした青い瞳を晶貴へと向けている。

 人が他者へ行う[契約]と違い、本人が本人にする[誓い]は防ぎようがない。

 これからの先行きを思案しつつ晶貴は言う。



「誓いとはいえ、その気がなくなったらいつでも破棄してくれていいから。それで良ければ認めよう」

「至高の幸せにございます!」



 晶貴の認可にヒューリヒの顔がほころぶ。

 

 

 

 

 



晶貴に、忠僕が出来た(ちゃっちゃら~~♪)

ヒューリヒが白緑の髪の可愛いわんこに見えるよ(^。^;)

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