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神の一枝  作者:
13/19

第 12 話   天頂の夢 こいねがう[ 3 ]

この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。

15歳未満の方はすぐに移動してください。

また[性]に対する免疫がない方、あるいは[性]の苦手な方はご注意ください。


 音を受け入れた瞬間、周囲の様子が一変した。



 


 触れている金色の聖樹は、そのまま目の前にある。

 けれど周りにあった建造物や大神官達の姿はどこにも見えず、その存在も感じられない。

 晶貴は聖樹に触れていた手を静かに離す。

 それでも景色は戻らない。

 


 足元には緑の草。

 丈も形も茅に良く似ているけれど、硬さや鋭さがない。

 それが生えている地面は結晶の様な白い粒状のものだった。

 踏みしめれば、パリン、と氷を割る様な小さな音を立てて砕け、光となる草。

 そんな、見渡す限りの草原の中に晶貴は立っていた。


 地平線に近い空は白色。

 それから上空へと昇る程に水色、青色、群青……と濃くなり、天頂には色とりどりの星を伴った夜空が、脈打つように揺らめいている。



 ここはどこなんだろう? とか。

 先程の声の様なものは何だったんだろう? とか。


 そう言った事が、どうでも良くなる程に美しい。

 でも、とても静かな場所。




【………… い 】




 また、先程と同じものに、呼ばれた気がした。

 その意志は天頂より感じる。



 振り仰いだ晶貴の瞳に、一筋の光がうつる。

 夜空の星がひとつ、流れ星の様にこの草原へと落ちてきた。


 いや、落ちてきたのではなく、降り立ったというのが正しいのかもしれない。

 勢いや激しさ、そして熱量すらなく、その光は、静かに晶貴の正面に存在した。


 晶貴よりふた周りくらい大きな光の塊。

 その光が、次第に収縮し人の様な形を取り始めた。



 晶貴より頭三つ分は高い背丈。

 二本の脚、二本の腕はその肢体と共に白っぽい肌。

 少し癖のある金色の髪は足元までと長く、身体には薄絹の様な布がその肢体を見え隠れさせる。

 布が一部身体より浮いている為、昔本で読んだ天女の姿を思い出す。


 

 光が、その人物の身体の周囲だけをほんのり輝かせる程になって、ようやく顔を見る事が出来た。



 目鼻も顔立ちも美しく整っている。

 高すぎず低すぎない鼻、桜色をした唇、はっきりと輝く金色の双眼。

 部品だけを見れば、普通の人間と変わらなく見えるのに、全体から感じるのは神々しさという、不思議さ。

 神聖で厳かに感じるのに、何故かとても温かく懐かしい……そんな気持ちに戸惑いを覚える。



 晶貴が声をかけようとする直前、相手の方が先に口を開いた。


【おかえりなさい】


 笑顔で一言。


【ごめんなさい】


 涙で一言。



 金色の瞳から零れた涙は、頬を伝い落ちる。

 肌から落ちた涙は、途端に結晶化して服を滑る様に地面へと落ち、他の結晶に混じってゆく。



 この地面の小さな白いものは、全て目の前の人物の涙だというのだろうか。

 もしもそうなのだとしたら。

 こんな、遥か彼方まで覆い尽くす程の涙を、どれ程の時間をかけて流したのだろう。



 自分でも良く解らない感情が、晶貴の心を揺さぶる。

 何もせずにはいられない。



「どうしたの」


 そう、一言。


「泣かないで」


 そう、一言。



 感じたままを口に上らせると、心がすっと晴れる。

 晶貴は再び口を開く。



「私は、晶貴。新田晶貴。……貴方は?」



 相手はゆっくりと口を動かす。

 


【わたしは、リ・ラ・リリゥ……先程まであなたの居た、ラグドリュウスという世界を創り出したもの。あの世界では聖天と呼ばれたり、神と呼ばれたりする】



 返答を聞きながら、晶貴は今聞こえた声が、その口元から発しているのではない事に気付く。



 聖天は、晶貴がそれに気付いた事を即座に感じ取った。

 晶貴は、自身のその思考に気付かれた事を苦笑した。



 晶貴は、この感覚がようやく理解できた。

 自分の心が読まれているわけではない。

 かといって、自分が相手の心を読んでいるという訳でもない。

 


「心が読まれているわけじゃなく……互いの心が共鳴共感してるのか……」



 神の体現。

 それがどういうものなのか、いまいち良く理解できてはいなかった。

 だが、こういう共感があるのなら神の体現という言葉も理解できる。



 晶貴の納得を感じたのか、聖天が言う。



【今、この場はわたしの世界の全て。そしてまた、わたしの世界の一部……】

「ここは貴方の心の中か何かで、会話がしやすいように互いの精神を実体化している状態、かな?」



 聖天は頷き、そして少しだけ躊躇して言う。



【お願いが、あります】

「なに?」

【あなたに、触れても、いい……ですか?】



 勇気を振り絞る様な、少し戸惑った声。

 聖天のその感情を受けた晶貴の心が、また軋む。



「触れる事で、何か変わるのか?」

【わたしは変わらない……あなたが、変わるかどうかも解らない】



 聖天はゆっくり左右に頭を振る。


【全てはわたしの罪。全てを受け止めないと、きっと許されない。何より、わたしがわたしを許せない。だから、あなたを……あなたの魂に刻まれた、これまでの人生を見せて欲しいのです】

「私に触れれば、貴方に私の過去全てが知られるという事?」


 頷く聖天。


【そう。……そして、わたしの過去も、あなたに知られる】


 まるで懺悔の様な、そんな感情が晶貴に伝わる。




 聖霊から感じたあの温かさと、聖天から感じた温かさは同じ。

 何だか、とても懐かしくて……心地よくて。

 聖天に触れたいという気持ちは、晶貴にもあるのだ。



 晶貴は笑顔で頷く。



「私も、貴方に触れてみたい」


 

 晶貴の言葉に、聖天が音もなく滑る様に近付いてくる。

 ほんの数秒ほどで二人の間には人、一人分の空間しかなくなっていた。


 

 ここまで来ても、聖天はまだ戸惑っている様に見受けられた。

 けれども晶貴は戸惑わない。

 自分からその一歩を踏み出す。

 パリン。

 足元の草が、またひとつ光と散る。


 

 聖天と晶貴の間は拳一つ程。



 言葉はない。

 ただ、視線だけで互いの意思をはかる。

 


 二人の腕が、同時に動く。

 晶貴の腕は聖天の腰を、聖天の腕は晶貴の頭を抱く。



 二人の目蓋が閉じられた。

 聖天の身体の周囲にあった金色の光が、晶貴を包みさらに発光する。

 










 

 




 どのくらいの時が流れたのだろう。

 交感を終えたのか、発光が弱まり二人の目蓋が開かれる。



 二人ともまだ、抱き合っている状態から離れようとはしない。

 それでも、先に口を開いたのは聖天の方だった。



【わたしの我儘の所為で……辛くて厳しい人生を歩ませて……ごめんなさい】


 

 晶貴は静かに頭を左右に振る。



「謝らなくていい……わかったから……全部、理解したから」

【許して……くれますか?】

「許すとか許さないとか、そういう感情は……ない」



 晶貴の瞳から、一筋の涙が零れおちる。

 その涙は、先程の聖天の様に途端に結晶化して地面へと落ち、他の結晶へと加わる。

 



 それは、晶貴がこのラグドリュウスという異世界へ来て、初めての涙だった。











 


 意識あるものとして、突然目覚めた。

 リ・ラ・リリゥ……それが自分。

 そして、この次元に存在した時には、既に自分の力を理解していた。

 生命を、世界を……様々なものを生み出す力を。

 


 でも、自身の居る空間には生命あるものを生み出せなかった。

 生命のあるものを創り出しても、この空間が持つ……自分が持つ力に耐えられるだけの魂の力が無かった。

 何度試してみても、この場所に新たな生命は創り出せなかった。

 


 絶望しかけた時。

 この場、この空間で無ければ……可能かも、と。




 その想いから、新たに空間を創り出した。

 自分の吐息が感情と共に吐かれ、光と闇の聖霊が生まれる。



 光と闇の聖霊は、絡み合いながらひとつの宇宙を創る。

 星々を、大地を創る為の土の聖霊。

 大地を活かし、暖かさを保つ為の火の聖霊。

 生物に必要な数々の潤いを与える為の水の聖霊。

 宇宙と星の境を、生物が生きる為の空間を、その全ての循環を支持する為の風の聖霊。


 

 小さな小さな生命の元を創り、様々な星へと降り注いだ。

 その生命が根付き、ゆっくりと変化し、進化してゆくのを見るのは楽しかった。

 色々な星の、色々な生物。

 些細な事で滅びてしまう生物もあれば、物事に対抗するかのように適応進化する生物もあった。

 自分の形態と同じ様な形の生物が発生した時は、それはそれは嬉しかった。

 


 

 この生物と語り合いたい、共に生きてみたい。

 そんな想いが強く強く自身の心に湧く。


 


 ただ、自分の吐息から生まれた聖霊たちでさえ、この生物には強すぎる力。

 本当は自分自身がこの星に、大地に降り立ちたいけれど、そんな事をすれば星そのものが壊れてしまうだろう。



 だから。

 この自分によく似た生物たちが、いつか自分の居るこの空間まで辿り着けるよう、ほんの少しずつの手助けをしてゆこう。

 そう想い、ずっとずっと生物たちを見守ってきた。


 




 いつの頃からか、友でありたいと願っていたその生物達は[人]という枠を作り、自分を[神]という存在に置く様になった。

 魂の力はまだ弱く、この空間まで辿り着ける生命は、未だに居ない。

 

   

 

 哀しかった。

 この空間にずっと、たった一人で居るという事が、辛くて苦しくて寂しかった。

 



 それならば、と。

 最初からこの場に存在できるだけの魂を持った[人]を創り出そうとした。



 まず自身の身体と魂を半分にして、その半身で[人]を創り、その中に半分にした自身の魂を入れてみた。



 けれど、半分にしただけの魂は、自分の心と同じ心しか持っていないから。

 喧嘩しても愛しても、鏡であるものがそれ以上の変化を見せる筈もない。

 寂しさが増えるだけの結果に、生命育む力が暴走した。





 自分の身体と魂を半分持った[人]が、砕けた。

 砕けたけれど、力持つ魂は、砕けた欠片全てに宿り、新たな生命達を芽吹かせた。

 生命達は自分の周りを舞い踊り、個々の意識を向けてくる。




 新しい生命の誕生に歓喜したのは束の間だった。




 新たな生命達は、リ・ラ・リリゥの様々な力をその魂に宿した己の分身。


 

 自身の力で満ちているこの空間に、同じだけの質量がもうひとつ増えた事で起こる歪み。



 この空間に縛られない自由な生命達は。

 幾体かをこの場に残し、その殆どが空間の外へと弾き出されていった。

 




 リ・ラ・リリゥの絶叫と共に、数多くの聖霊たちがその後を追う。





 追い掛けて、決して離れないでいて。

 その魂が消えない様に護ってあげて。

 追い掛けきれずはぐれても、見つかるまで探して。




 待っているから。

 いつまでもいつまでも、待っているから。

 いつの日か、ここへ。

 わたしの傍へ帰ってきて。




 どんなに遠くに居ても、忘れないから。

 ずっとずっと、愛しているから。




 他の空間にもきっと存在するだろう、自分と同じ様な存在に祈る。




 わたしの我儘で生まれた生命たち。

 出来る事なら、わたしがこの手で育てたかった生命たち。


 


 彼らをどうか受け入れて。

 

 

 







 



 

 リ・ラ・リリゥの叫びが、その想いが……晶貴の心に染み入る。




 そして。

 リ・ラ・リリゥと交感した晶貴は、一番知りたかった事を知る事が出来た。






 

 魂に刻まれた記憶。

 それは、母親の胎内に生命を芽吹かせた所から、鮮明なものとして存在していた。






 彼女は不法労働者だった。

 海外から連れてこられ、その身体を異性に売る仕事。

 毎日つらい筈なのに、それでも生国の家族の事を思いやる、優しくて明るい人だった。

 妊娠に気がついた時も、見つかれば人工中絶させられてしまうから、と、周囲にずっと隠していた。

 出産も、彼女がひとりで行った。

 


 けれど、そこまでだった。

 乳の出る女に、子供が居る事はすぐに露見する。

 引き離され、売られようとしている我が子を連れ、彼女はそれまでの居場所から逃げ出した。

 


 若い彼女が異国の地で、しかも乳児を連れての逃亡は、かなりの疲労を伴うものだった。

 そして半年。

 これまで稼いだ金があったとはいえ、追手から逃れ続けるのも限界が来ていた。



 自分はもうすぐ捕まって、また自由を失ってしまうだろう。

 せめて、我が子だけでも自由に生きて欲しかった。





「大好きよ、晶貴」



 彼女は毛布にくるんだ我が子に、優しく声をかける。



「一緒に居てあげられなくてごめんね。ママの事は許さなくてもいいから……どうか、幸せになってね? いつまでも、愛しているわ。晶貴……晶貴……ごめんね、晶貴」



 涙を流しながら何度も頬にキスして、彼女は役所の前に我が子を置く。






 それが、晶貴の魂に刻まれていた……晶貴を生んだ母親の記憶。


 

 


 着ているものは、確かに古着だったけれど。

 [晶貴]というその名だけは、母親がつけたものだった。





 要らない子ではなかった。

 誰が父親かは判らないけど、それでも母親は堕胎などせず大切に育んでくれた。

 産んだ後も、晶貴の事を必死で守ってくれていた。

 何より……愛されていた。

 その事が判っただけで、救われた。


  

 


 








 晶貴の涙を、リ・ラ・リリゥの指が拭う。



【別の世界で未来を夢見て一生懸命に生きていたあなたを、突然こちらの世界へと呼び戻してしまった……許してくれなくてもいい……憎んでくれてもいい】



 リ・ラ・リリゥの目から、ぽろりと涙が流される。

 晶貴は、リ・ラ・リリゥを見上げた。



「これまで起こった事の全てがあるから、今の私があるんだ。だから憎むとか許すとかは、ない」



 涙はまだ止まらない。



「親なんて居ないと思っていたのに……いっぺんに母親がふたり出来たみたいだ。…………私の魂を、創ってくれてありがとう………………リ・ラ・リリゥ……おかあさん」

【 ! 】




 晶貴の言葉に、リ・ラ・リリゥの瞳からさらに大量の涙が零れおちる。

 結晶化する前に辺りへと散り、黄金の光となる涙。

 それは、歓喜の涙。





 お互いを抱きしめる腕に、さらに力がこもる。









 



 ただいま、おかあさん。



 おかえりなさい、愛しい子。






 







【ここに、いつもいるから】






 リ・ラ・リリゥの、その言葉と共に、空間全体が黄金に輝く。

 眩しくて、目を閉じる晶貴。











 再び目蓋を開けた晶貴の目の前には金色の聖樹がある。

 晶貴は、その聖樹の幹を抱きしめていた。 

 頬を流れていた涙は、もう止まっている。



 幹から手を離し、聖樹を見上げる。

 自分の枝だという大枝には緑の葉だけでなく、いくつかの金色の花が咲いていた。

 枝から直接咲いているその花は、睡蓮の花に良く似ている。

 それは、聖花。

 この世界で自分が生きる限り、咲き増える事はあっても、枯れない花なのだという。

 

 

 

 リ・ラ・リリゥとの交感によって、色々な事を知った。



  

 過去の神の一枝たちの事も、少しだけ解った。

 

 自分が持つという力の使い方も、まるで初めから知っていたかのように心身に馴染んでいる。


 ラグドリュウスというこの世界については、まだ判らない事が沢山あるけれど。

 それは、これから知っていけばいいだけ。



 

 聖樹の幹をもう一度だけ、そっと触る。

 望めばいつでも、ここからあの空間へと繋がるのだと思うと、安心する。


 

『また、来るから』



 晶貴は心の中でリ・ラ・リリゥに言う。

 金色の花たちは晶貴の安心感を感じたのか、呼応するように仄かに輝いている。

 







『えーと。神の一枝の最初の儀式というものはこれで終了の筈……だよね?』


 そう思いながら後方に居る大神官達を振り返れば、七人ともが叩頭礼を成していた。

 


 

評価が四ケタになっててびっくりしました……


応援ありがとうございます!(><。)

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