第 11 話 天頂の夢 こいねがう[ 2 ]
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目蓋の外にあった白い光が、その輝きを失う。
晶貴は静かに目蓋を開く。
そこは、つい先程まで居たイルフェラム国主神殿の移送陣がある大広間より、ふた周りは広い場所だった。
第一印象は[広い]というもの。
そして……次に受けた印象は「白」だった。
壁や柱だけではなく床や天井も、僅かに他の色を含んでいるが白が基調となっている。
そして、その白をさらに強調するかのような白たちが、居た。
「ようこそ、聖天神殿へ」
大神官と同じ様な仕立ての青白い服。
「いらせられませ、神の一枝さま」
大神官と同じ様な、白っぽい髪。
「初めまして、聖天樹閣下。どうぞこちらへ」
「上着はわたくしめが御預かりしましょう」
よく見ればその、白い髪に個々人で違う色が垣間見える。
「少し段差がございます。お気を付け下さいませ」
ああ、そうだ。
大神官の髪も、銀色っぽい髪が交ざっているのに先刻気付いたばかりだった。
「お待ち申しておりました、ささ、こちらの席に」
柔らかな雰囲気に呑み込まれそうになるのを、晶貴は寸前で抑えた。
目の前にあるのは軽食が並べられている食卓。
その周りで、かいがいしく世話を焼く白い者たちが、六人。
何かが、変だ。
何故、指示されるままに身体が動く?
自分は、こんなに頭の回転が鈍かったろうか?
そしてこの、身体に纏わりつく甘ったるいモノは何なのだろう?
周囲はこんなに白で溢れているのに、何故黒い圧迫感がある?
優しげなのに、身体の内まで浸食されそうな、そんな感触。
我慢は出来るけれど、物凄く気持ちが悪い。
何となく判った。
これは……聖霊達と同じモノ。
けれども、乗せられている感情が違う。
何かに媚びる様な、毒々しく穢れたモノ。
気付けば、これ以上の我慢は要らない。
晶貴は勧められた椅子に座る前に、この甘ったるさに染まった様な神気を自身の神気で弾く。
大広間に充満していた粘っこい神気は跡形もなく散り、清涼な神気が辺りを染め直す。
途端に、六人の白い者たちは沈黙した。
にこやかな表情で、一斉に大神官を見つめている。
晶貴も、後ろに立つ大神官を振り返り、見た。
大神官は……指先で眉間のあたりを押さえていた。
「大神官?」
晶貴の語り掛けに視線を晶貴へ向け、少しだけ苦笑した大神官の口が開く。
「申し訳ございませんシンディン様。この者達にはあとできつく仕置きを致しますので、どうか御気分を害されませぬ様」
大神官のその言葉に、あの甘ったる気な神気が、この六人の作り出していたものなのだと知る。
仕置きをするという事であるなら、あの仕業は大神官の指示ではないという事だろう。
眉間を抑え、苦笑していた大神官の姿。
そして、こういう状況なのに笑みを浮かべている当事者達。
それら全てを整理し、晶貴は「なるほど」と頷いた。
「何をかは判らないが……何かを試したかった……いや、何かを確認したかったのかな? 貴方方は」
晶貴の言葉に、六人ともが腰を折り礼と成す。
「昔より伝わっている習わしにございます」
歳は五十くらいだろうか、肩までしかない白い髪に少しだけ赤毛が交じっている者が言う。
先程、一番最初に声を掛けてきた女性だ。
「詳しくは後で説明を致します故。まずは朝餉をお召し上がりくださいませ」
大神官を見れば、頷きが返された。
その様子に、先程の様な事はこの場では起きないのだろうと判断して、晶貴はようやく椅子へと座る。
目の前に並んでいる食べ物は、自分の見知っている食物の様相にとても近かった。
ドイツパンやロールパン、クロワッサンのようなもの。
スクランブルエッグに目玉焼き、入れ物に盛られているのはゆで卵のようだ。
生野菜のサラダと温野菜らしきもの。
バターやチーズ、ジャムらしきものもある。
果物もたくさん盛られていた。
それらを不思議そうに眺めていると、金色の交じる長い白髪の男性が声を掛けてくる。
先程の女性と比べると若い。
イルフェラム国に居た騎士のダレスより少し上くらいだろうか。
二番目に挨拶してきた者だったので、晶貴は先程の挨拶は年齢順だったのだろうかと思案する。
「記録にある朝餉の中でも[一番一般的]とされている食事を用意させて頂きましたが……如何でしょうか? ご存じのものがあれば良いのですが……」
「記録?」
「はい。過去の神の一枝さま方の記録でございます」
晶貴の問いに頷きながら彼は言う。
「歴代の神の一枝さま方は、こことは生活も文化も異なる別の世界から降臨された方ばかりにございます。それ故、特に食物に関しては、それまで食されていたものを懐かしがられる方も多く。こちらの世界で似た食材を使い、あるいは食材を開発し、それらに近い料理を作り上げた次第にございます。例えば……こちらは[ぶろうと]というものだそうで、こちらは[くらそん]というものでございます」
指し示したものはドイツパンとクロワッサンである。
確かにドイツ語でパンはブロートだし、クロワッサンは日本語読みなので、英語的に言えばクレッソンというのが近い発音になる。
『歴代の神の一枝たちが残した、遺産のようなものか……』
昨夜の夕餉で出されたものが、この世界での料理なのだろう。
この世界の一般人に食されているかどうかはともかく、確かに美味しい料理だった。
勿論、身分の高いもの達が食べるものだから、食材の質や料理人の腕は上だろう。
だが食材の呼び名も味も、自分には見知らぬものだった。
こうして、元の世界の料理を見て初めて理解できた。
郷愁。
生まれた地から、遠く離れてしまって感じるそれを、今ようやく晶貴は感じていた。
「いただきます」
挨拶の後、晶貴はゆっくりとクロワッサンへ手を伸ばす。
指でちぎり、ひとくち口へ入れ、噛む。
よく知ったバターの香りと焼けた生地の独特の触感と甘さが、口腔を満たす。
たったそれだけの事なのに、涙が出そうになる。
『過去の、神の一枝たちに感謝する……次代へ遺せるものも、あるんだな……』
前の世界と同じ物が食べたい……たったそれだけの事。
けれども、そんな事すら、こちらの世界では簡単には出来なかっただろう。
そういった知識や経験が豊富な神の一枝であれば、本人が作り、その味を模す事も可能だ。
けれども昨夜聞いた五歳くらいの子供に、それが出来るとは思えない。
食材も違えば調理も違う。
そんな中「あんなのが食べたい! こんなのが食べたい!」と。
その表現だけで、果たして同じ物が作れるのかどうか。
[記録]とやらにある、ただの料理レシピが料理人の手助けをし、神の一枝の心を慰める手助けになっていたのだろうと、容易に想像できる。
「……美味しい、な」
軽く笑みを浮かべる晶貴の金の瞳は、銀色の波を含ませながら輝き揺れる。
その様子に、皆がほっとした表情を見せた。
時折、食品の呼び名を確認しつつ食べすすみ、コーヒーに近い飲み物を飲み終え、晶貴はカップを置いた。
「ごちそうさまでした」
食事を終え、一息つく。
そして改めて周囲を見た。
未だ、観察に近い視線で見つめている彼らに新鮮さを感じる。
先程まで居たイルフェラム国の城内で出会ったのは、大神官を除けば六人。
そのうち警備担当の者が二人ほど居たが、彼らとは語っていないので除くとして、実際に関連があったのは四人と言う事になる。
大神官は、晶貴を神の一枝という存在として認識し、それ相応の言動を取っていたように思える。
応対としては、突然の現象で躊躇しているこちらの心理を考慮しつつ、自身の言動を決めている感じに見えた。
あとの四人から感じたのは、尊崇と畏怖というのが一番近いだろう。
神の一枝という存在が常在しているものでない所為か、彼らからは、かなりの戸惑いが見受けられた。
だが、この目の前の者たちの視線は、その双方のどちらとも違う。
珍しいものを面白がっている様な雰囲気もない。
ただ、何かを観察しているように感じる。
そんな彼らにかける言葉を探していると、大神官が先に口を開いた。
「お前達。いい加減に分析を止めなさい」
言われた六人はにこにこしながら大神官に言う。
「だって、なぁ?」
「一生に一度、お目にかかれるかどうかの御方でしょう?」
「大神官様は直視の権利を持ってらっしゃるから、解らないんですよ」
「試行と分析は、わたくしどもの権利でございましょう?」
「あの場での試行を通過されたからには、分析も当然ではないかと」
「それこそが、我らの職務では?」
口々に返ってくる返答を聞き、大神官は再度溜息をつく。
現状を観察し楽しんでいるのは晶貴も同じだったが、さすがに意味不明の部分は少なくしたいので口を挟む事にした。
「とりあえず、説明を求める。まず、先刻のあの粘っこいモノは何の為だ?……まさか、ああいうモノで神の一枝とやらを呑み込んで懐柔し、都合のいい操り人形の様に仕立て上げるつもりじゃあないよな?」
そう。
気になったのは、あの一種独特の感覚。
自分の周りに絡まる様にしなり、自分の思考を鈍らせたそれに、晶貴は嫌な想像を脳裏に浮かべる。
過去に居たという五歳の神の一枝。
そんな幼い者が、あの神気に対抗できるだろうか?
疑惑の眼差しを向けられた六人は、自分達に向けられた神気が警戒を帯びている事を感じ、少しだけ焦った。
「質疑、ごもっともでございます……が。あの習わし……[試行]は、神の一枝さまであれば必ず消せるものにございます」
「過去に居たという、五歳の幼子でも……か?」
「はい。勿論でございます!」
力強く説明される。
「先程の粘り気を帯びた神気は、神の一枝さまの感情を揺さぶる為のもの。先程おっしゃられた齢五歳の神の一枝さまは、僅か半テシにも満たぬ早さで神気を散らせたそうでございます」
半テシといえば、約三十秒程。
では、この場に着くまで数分をかけた自分は鈍いのだろうか? と、考えていると別の声が上がる。
「本物の神の一枝さまは神気の塊と同じ。感情の殆どを力に変える事が出来ます。ですから、齢五歳の幼い神の一枝さまは、あの[試行]をすぐに[嫌]という感情で散らせたんです」
さらに別からも説明が入る。
「我らは聖天様から[試行]という術を使う事を許されてはいます。ですが、我らにはそれが実際にどのようなものか、この身では感じられないのです。[記録]に記されている神の一枝さまからの説明は、それが[気持ち悪いモノ]なのだという事のみ」
確かに、気持ちの悪いものだった。
「その[気持ち悪さ]というものに抵抗できる時間が長い神の一枝さま程、そのお力も強いのだというのがこれまでの[記録]にもございます。そして歴代の神の一枝さまの中で、この席に辿り着くまであの[試行]を散らさずに来れたのは、ほんの数人だとも聞き及んでおります」
説明を聞き、晶貴は少しだけ思考の海に沈む。
神の一枝は神の体現。そう言われていると聞いた。
神殿に居る神官という職務は神の意思を聞き、神の意思を伝える者たちだと理解している。
そんな者達が[神を試す]事の意味は?
力を測るだけの目的で、ああいう試しをするものだろうか?
その事を考え、思った事を口にする晶貴。
「現われた神の一枝に対し、まずは大神官がその人物の様相や性分を確認する事が[直視]……そして、その[直視]が過誤でないと再確認する為に行われるのが[試行]なのだと判断したが。それを確定するには確認がひとつある」
周りに居る者達は、じっと晶貴の言葉を聞いている。
「ここまでしないと相手が神の一枝だという確信に至らないという事は……過去に、ニセモノの神の一枝というものが存在したという事か?」
大神官含め、皆の目が見開かれる。
「先程の説明の中での[本物の神の一枝は神気の塊と同じ]という言葉を聞いていなかったら、まだ迷う内容のものだったが。その顔では[居た]な?」
「……恐れ入りましてございます」
七人全員の頭が下げられ、腰が折られる。
晶貴は嘆息しつつ訊く。
「ニセモノが居たのであれば、一応訊いておきたい。その人は、どうなった?」
問いに応えたのは大神官だった。
「相応の罰が与えられたとの事です」
「相応、とは?」
「何かの策略で使役されただけの者は、それよりの生涯を神への奉仕にて償ったのだと。そして、自身の傲慢なる想いから、望んで神を謀ろうとした者は聖天様より死を賜ったと。そう聞き及んでおります」
「きちんと調べた上で処罰しているって事?」
「調べる事も必ず致しますが、その殆どは聖天様が既決なさっておいでなのです。過去に一度、我ら只人によって死が妥当と判じた者が、聖天様の加護で死を免れたという記録もございます」
「なるほど」
いち生物として、人は集団生活を行うものが圧倒的多数となる。
衣食住すべて、己一人で賄える人間はそうそういないものだ。
集団生活を行う以上、守らねばならぬ制約や規律は必ず必要なものとなる。
その中でどの集団でも一番問題になるのが、人の生死を人が担うというものだろう。
罪の為に殺される者も居れば、戦争などで罪もなく殺される者も居る。
そもそも、罪の軽重など個人によって違う。
個人の価値観は、その個人にしか判らないものだ。
花を一本手折って、その生命を奪ったと嘆く者も居れば、何十人何百人の人間を殺しても、その辺りの砂粒ほどの価値を見出さない者も居る。
それら全ての人の心の機微を、同じく人である者達が理解する事が出来るとは、とても思えない。
『[考える]という行動が、どれだけ大切かを問われているようなものだな……』
この世界の神は、人の成長を望むという。
その神の在り方としては、十分に考えられる思考だった。
判断は人に委ねる。
けれども、大きな間違いには少しだけ手を貸す。
『多分。その、手を貸す部分の一部が神の一枝というもの……って事か』
自分の中で整理がついた事で、一応の納得としておく。
「理解はした。だが、まだ疑問がいくらか残る」
晶貴は再び問う。
「貴方方は、この[試行]という術を感じ取れないのだという。だったら、一般人もこの[試行]を受けた場合、何も感じないという事ではないのか? また、それとは別にこの[試行]までをも通過したニセモノは、居るのか?」
そう。
[直視]であろうと[試行]であろうと、行うのは人間だ。
この世界には不思議な術があちこちに存在している。
だから、それらの術をすり抜ける様な術と言うものがあっても、別段おかしくはない。
晶貴の問いに神官の一人が答える。
「まず最初の問いですが。術を行使している者が何も感じないというのは、術を行使する者が身に着ける特殊な結界があるからです」
指し示された青白い服を見れば、確かに何かキラキラとしたものが全体にある。
言われなければ、ただの装飾に見える。
「この結界は私ども神官長にしか使えませんし、聖天様にお仕えする我ら神官が聖天様を裏切る行為なども出来ません。そんな事を万が一にでも行えば、即座に聖天様から神官の力を剥奪されてしまうでしょう……聖天様より賜わった結界の力があってこそ何も感じないのです。ですので、一般人にあの[試行]は負荷以外の何ものでもありません。一瞬で昏倒してしまいますよ」
「……理解した。では、それを何かの術で耐えきる事は?」
「かなり高度な術になりますが、不可能ではないです」
「では、この場を通過したニセモノも[居た]んだな?」
「はい」
今度は即座に答えが返ってくる。
「という事は……もうひとつ何か、私は試されるワケだ」
笑みを浮かべて言う晶貴に、神官達が頷く。
そして、しばらく沈黙を守っていた大神官の口が開いた。
「お察しの通りにございます。これより聖天神殿奥の間……聖壁と聖樹のある場所へと移動致します。移動の陣の使用をお許しいただけますか?」
「説明なしの上、時間短縮で進行……いや、違うか」
大神官の言葉にちょっとした厭味で返そうとして、晶貴は大神官がにこやかに微笑んでいるのに気付き、言葉を止めた。
少しだけ考え、すぐに口を開く。
「うん。転移陣での移動はイルフェラム国城内で聞いた理由と同じく人目に触れさせない為。でも、それ多分、表の理由だ……万が一を考えて城や神殿の内部構造を知られない為、だね? あと、説明を省いたのも、情報漏えいで対抗手段を考えさせない為ってのが表の理由。本音は……見た方が早いから、だ。違ってるか?」
「御推察通りにございます」
一を聞いて十を知る。
簡単な言葉だが、そういう人物は滅多にいない。
ひとつの事柄に対し、ひとつの面からでなく多種多様な面から物事を見つめ、見極める。
自分の目の前に居る人物は、出会った最初からそれをずっと行っている。
天性のものを持っていたとしても、技量と言うものは鍛え磨かなければ伸びない。
そして裏の裏まで見通そうとすると、汚いものも思慮に入れなければならない。
この域に達するまで、この自分の目の前の人物はどれ程の辛酸をなめたのだろうか。
その心の強さを、大神官は尊敬する。
「じゃ、行こうか。勿論、移動の陣で」
屈託なく笑う晶貴に、大神官は頷き、他の六名も頷いた。
床に浮かび上がる移送陣。
その場が光に包まれ、そして晶貴達は消える。
何度もこうして移動させられた所為か、流石に慣れてきたので光が消えるのとほぼ同時に目蓋を開ける事が出来るようになってきた。
目の前に広がる光景に、晶貴の口から声がこぼれおちる。
「すっげー……」
広い。
というか、でかい。
そういう印象がぴったりだろう。
一枚の壁、と聞いていたので、晶貴の脳内に浮かんでいたのは、昔観た映画のモノリスの様なものだった。
それが広間か何かの中にどでーんと立っているか、広間の奥の方に他の壁と隣接……或いは同化する様にあるのだろうと思っていたのだ。
『規模がちょっと違ってたか……』
予想と異なっていた事に苦笑する晶貴。
ここは、やや円形に近い広間。
出入り口なのであろう大扉のすぐ内の場所に晶貴達は転移してきていた。
見上げた天井までの高さは六階建てのマンション位か、もう少しあるかもしれない。
広間そのものも大きく、町によくある野球場と同じ位はゆうにある。
そして、先程までと同じ様な白を基調とした柱や壁の中、正面奥から左右にかけて漆黒の部分がかなり、あった。
左右の長さとして比較するなら、球場のホームランゾーンと同じくらいの幅。
高さは二階辺りかもう少し高くまであり、その壁の手前に壁に沿うように二段式の回廊が設えてあった。
回廊には数か所階段も付いており、上の回廊と下の回廊とを自由に行き来する事が出来るように、そして人が転落するのを防止する為か、外側には柵もつけてある。
今現在その黒壁の何箇所かが、ぽうっと白色や金色に光っている。
その事で、それこそが聖壁なのだと判った。
「正面の漆黒の壁が、聖壁にございます」
「あの今光っているあれが、召喚とかの記録?」
「はい。白色が【召喚の儀】の記録、金色が【召喚物現出】の記録にございます」
「すぐに書き写さなくても大丈夫なのか?」
「記録書という特殊な冊子に書き写し、その後その書をこの壁に当てない限り壁の文字は消えません」
大神官が喋っている間にも、またひとつ白色の光が壁に浮かぶ。
「今は人払いをしておりますので、この場には私どもだけですが、日頃は壁の書の任に就いている神官が沢山ここで動いております」
「私が来た事で職務を中断させてしまっているワケか。悪い事したね」
「とんでもございません…………たまには残業もよい試練でしょう」
含みのある笑みに晶貴も失笑する。
「そしてシンディン様。こちらが神の樹……聖樹でございます」
大神官の言葉は、差し示した手の動作と共にある。
示されずとも、この大広間の中に樹と呼べるものは一つだけ。
大広間のど真ん中に、それはあった。
幹の太さは半畳ほどで、根らしきものは床に僅かしか見えない。
高さは大体、四階の天井くらいだろうか。
真っ直ぐな幹に沢山の枝がついている。
大ぶりな下方の枝、小ぶりな上方の枝を全体で表すなら傘の様な樹。
葉は殆どない。
まるで落葉した様な、枝だけに見える樹。
そして、樹と言う呼び名ではあるけれど、本来の樹にあるような樹皮はなく、まるで金属かガラスの様な光沢を持つ、金色に輝く樹だった。
その枝の中の一本。
下方の枝の中でも、沢山の中小枝を備えた特に大きな一枝だけが、緑の葉を芽吹かせていた。
「あの緑の葉を芽吹かせている大枝が、この度新生した枝にございます。そして同時に、神の一枝さま降臨を意味するものとなるのです」
大神官が、厳かに晶貴へと一礼する。
「ラキ・シンディン様。これが、最後の試しとなります。これより、おひとりで聖樹へ赴き、その両の掌を聖樹の幹へと御当て下さいませ」
「…………それだけ?」
「はい。それだけにございます」
晶貴は再度聖樹を見る。
造り物のように見えるその樹からは、聖霊と同じく温かな感じを受けるだけで特に害意を感じない。
それに続く床も、ごくごく普通の石の床に見える。
大神官達は晶貴の背後から動こうとはしない。
周りを漂う聖霊たちも、変わらずにほわほわと浮いている。
その為、危険だと言う意識は全くなかった。
それどころか、あの樹に触りたくて仕方がなかった。
なので。
さくさくさくさくさくさく。
戸惑いすらない歩み。
それを見ていた大神官達の目は、その瞬間を見逃すまいとしっかりと見開かれている。
さくさくさくさく、ぴた。
聖樹のすぐ傍に立ち、晶貴はその金色に輝く樹を見上げる。
風もなく、葉すら殆どないのに、上方からは何故かシャラシャラという葉擦れの音が聞こえた。
そっと、両手を幹へと押し当てる。
思った通りのすべすべした手触り。
金属の様に輝き、磁器の様にしっとりとした触感、ガラスの様な滑らかさ。
けれども、この樹は生きている。
掌から感じる脈動と、ほのかな温かさがそれを伝えてくる。
掌だけでは物足りなくなった晶貴は、幹に顔を近づけ、その頬も当てた。
心地好さが晶貴を包む。
そして。
【 】
誰かの声が、脳裏に届く。
まだ言葉の形にさえなっていない……けれども心に感じる優しい音。
晶貴は、その呼びかけの様な音を受け入れた。
金色の幹が、ひときわ大きく輝く。
他の神官さんの名前出せなかったや……(´・ω・`)
感想やメッセージ等、次を書く意欲の元をありがとうございます!(≧∇≦)/
読んでくれる人が居るって、ほんとに嬉しいなぁぁぁ……vv