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神の一枝  作者:
11/19

第 10 話   天頂の夢 こいねがう[ 1 ]

この作品には〔残酷描写〕〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。

15歳未満の方はすぐに移動してください。

また[性]に対する免疫がない方、あるいは[性]の苦手な方はご注意ください。

 部屋から大神官達が退出した後、晶貴は「あ」と小さく声を上げる。

 

『しまったな……先刻の騒ぎで忘れてた』


 湯から上がった後で、それまで着ていた服を洗浄して貰う約束になっていたが、ごたごたとしていてつい忘れてしまっていた。


『ま、いっか。今日はもう着ないんだし』


 晶貴は天蓋つきのベッドの上へごろりと転がり、おさらいの様にこれまであった色々な事を思い出す。

 


 

 突然投げ込まれた別の世界。

 まずは驚いた。

 小説や漫画じゃあるまいし、まさか自分にそういう経験が降って湧くとは思ってなかったから。

 何だか安心する、この聖霊といわれるふわふわとした光球たちが居なければ、不安で押しつぶされていたかもしれない。

 寝て、起きて。

 初めて見るこの世界の人達に色々と説明を受けた。


 もう、元の世界には戻れないのだと知った。

 この世界で、生きるしかないのだと覚悟した。

 けれど。


 


 晶貴は、ぽそりと呟く。


「いつまでも、ついてまわるか、この孤独」


 つい五七五の韻を踏んでしまった事も含め、自嘲する。



 


 生まれてどの位経って、こういう身体だと知ったのだろうか。

 晶貴は生後半年程で実親から捨てられた。

 本当は、両性具有という身体の所為で捨てられたのではないのかもしれない。

 若すぎて、とか。お金がなくて、とか。自信がなくて、とか。

 探そうと思えば理由は幾つでもあるから。



 役所前に毛布でくるまれ放置されていたその赤子には、ただの一筆も添えられてなかったという。

 着けている服は全てが古着。

 その中のズボンに書いてあった名が晶貴。

 上着に書いてあった名が新田。

 それが、今持っている晶貴の姓名の元だ。


 中学の頃に聞いた話では、特徴のある身体をしているので……と。当時の役所が病院へ確認依頼したのだが[新田晶貴]らしい新生児は存在しなかったのだという。

 その為、もしかすると病院など使わずに、個人で出産したのかもしれないとさえ言われた。

 


 もしも、要らない子だったとしても、堕胎などせず生んでくれた事には感謝している。

 捨てられた事にしても、生後すぐというわけでなく暫く経ってからの事なので、なんらかの事情があったのかもしれない、と。そう思いたい。

 けれど。

 名すらつけて貰えてなかったのかもしれない、という現実が晶貴を苛む。


 


 その後、勿論施設へと入れられた。

 普通、物心など付かない赤子は養子縁組されやすい。

 けれども、この身体の事を承知で養子に迎えようという奇特な人物は現れなかった。


 男女の別がとれない身体を不憫ととらえたのか、戸籍登録は女となっている。

 成長すれば学校の授業、団体生活などで裸になる事は良くある事。

 少しでも肌の露出が少ない方にと、誰かが考えてくれたのだろうとは思う。




 四歳の頃、引き取り手が現れた。

 養子縁組されたわけではない。

 特異体質の為、保護と健康観察をするという名目で、とある病院へと引き取られた。



 観察と称して、色々な事があった。

 恥ずかしくて辛くて、それでも逃げる場所などなくて。

 義務教育が終わり、その卒業後に病院を逃げ出した。



 中卒ではなかなか良い職などない。

 性の問題も、どこにでもついて回る。

 色々な職を転々とし、色々な街を転々とした。

 資格が欲しいので夜学にも通った。

 手当たり次第に知識を呑み込み、ようやくいい会社に就職できた。

 これから自分の道をゆっくりと探そうと、そう思っていた矢先、この世界へ投げ込まれた。

 

 


 

 元の世界で。

 何の神に嫌われたのか、一般ではない身体に生まれ落ちた。

 人からも世間からも、排他され異端視された。



 そして、この世界へと運ばれ。

 とうとう、それまで居た世界からも排他されたのか……と、そう思うしかなかった。



 だがまだ、期待はあった。

 異世界だと知って、もしかするとこの世界ではこういう身体がごく当たり前にあって、自分も普通に生活できるかも知れない……と、甘い夢を見た。



 夢は、夢でしかなかった。

 至高の存在、金色の瞳を持つ神の一枝。

 現在この世界に居る神の一枝は自分ただ一人だと教えられた。


 

 

 それでも、晶貴は思う。


『諦めて……たまるか!』


 金の瞳に宿る、細い赤。

 強い強い、意志の力。


『これまでだって諦めずに進んだから何とかなった。過去の全てが今の自分の肥やし。どんな事にでも小さな幸せや希望がある。それを積み重ねてきたから今のこの自分があるんだ。どれが欠けても今の自分には成り得ない。私は私だ! 胸を張れ! そして……人生の最期には、必ず満足して死ぬんだ!』


 むん、と。自分に覇気を入れ、晶貴は頷く。

 時刻板を見れば、もう二十五の部分に色がついている。

 何は無くとも身体が資本。

 晶貴はゆっくりと深呼吸し、心をなだらかにする。

 ベッドの布団はふかふかだ。

 きっと良い夢が見られるだろう。


「おやすみなさい」


 辺りに漂う聖霊たちに呟き、晶貴は就寝した。









 前日にしっかり寝ていた所為か、起床したのはまだ六タランを少し回った頃合いだった。

 二度寝をする程眠くないので、眠気を飛ばす為に晶貴は朝風呂へと向かう。

 

 脱衣所の籠の中には脱いだ服が昨夜のまま、ある。

 用意されていた肌着にも沢山の予備がある。

 それを確認し、湯殿を覗く。

 いつでも使えるようにしておいてほしいという晶貴の希望で、湯は掛け流し状態になっている。

 聞けばこの仕組みは何かの機械とかではなく、やはり魔術によるものだと知った。

 色々と覚える事が多そうだ。

 晶貴はそれらを楽しみとしながら湯を使う。


「はー……気持ちいー」


 身体を温め、顔も洗い、すっきりとした晶貴は新しい肌着をつけ、もう一度夜着を着た。



 部屋の方へと戻り時刻板を見れば、あと少しで約束の七タランになる。

 丁度良い頃合いだった。


 時刻板より正確なんじゃないかというタイミングで扉が叩かれる。


「シンディン様、お起きでございますか?」


 大神官の声だ。

 

「はい。どうぞ」


 晶貴の言葉に昨夜と同じ顔ぶれが揃う。


「お早うございます。よく御休みになれましたか?」

「たっぷり寝たよ」


 明るく笑う晶貴からは、石鹸のよい香りがする。

 

「昨夜お話致しました通り、御支度が出来次第この部屋から転移の陣にて、この国の神殿内へ参ります。その後、神殿内の移送陣を使い聖天神殿へと参ります。朝餉はそれからとなりますが、宜しいでしょうか?」


 話の内容は昨夜聞いた通りだったので晶貴は頷く。


「では、御支度なのですが」


 大神官が言葉を発している途中で晶貴が声を上げる。


「あー、そうそう! 騎士のダレス」

「はい!」


 突然呼ばれ、背筋を正すダレス。

 晶貴は笑顔のまま言う。


「昨夜、湯を使う前に言ってたアレ。見せて」

「……あ」


 どうやらダレスの方も、昨夜は気が動転していてすっかり忘れていたらしかった。


「何の事だ? ダレス」


 リクサムが怪訝な顔で尋ねる。

 ダレスは神妙な顔で答えた。


「シンディン様のお召し物を水術にて洗浄する約束をしておりまして」


 晶貴がダレスの言葉を追うように言う。


「場所も丁度いい事に脱衣所だ。すぐに着替えないといけないからな。頼める? ダレス」

「はい!」


 快活な返答の後、ダレスと晶貴は脱衣所へと向かった。

 少しばかりリクサムが不満顔でいた事を、大神官だけが気付いていた。


「何か、ございましたか?」


 そう声をかけられ、振り向いたリクサムが平時の顔へと戻る。


「いや。少し……考え事をしていた」

「それは、私がお手伝いできる内容ですかな?」

「個人的なものだからな。手伝いは無用だ……」


 そこまで言って、ふと視線を大神官へと正すリクサム。


「大神官どのにお訊きしたい」

「何ですかな? お答えできるものであれば良いのですが」

「私は召喚の儀で【盾】を欲した。……【大切なものを護れる盾】を」

「存じております」


 リクサムが召喚の儀で望んだのは【盾】。

 けれども、心の中でさえはっきりとはカタチになっていない【盾】だった。


 リクサムにはまだ、護りたい物も護りたい者もない。

 太子という位に居る為、大抵の物は手に入る。

 おまけに大抵の者は自分より下の位なので、逆らう者の方が少ない。

 国を治める者として。

 物品も人も、おのれ一人が占めて良いものではない事を小さな頃から教えられてきた。

 そんな中、自分個人が大切なものとは何なのか、と問われると判らない。


 現国王の様に、いづれは妻となる者が大切になるのかもしれない。

 或いはこの自国が大切な物になるのかもしれない。


 そんな曖昧な想いは、これまで固まる事はなかった。

 その心が、たったひとりの存在で変わろうとしている。


「召喚されるものは物品。だが、必要な付加によって様々な形態を取る為、召喚時に望んだ想像とは違う形のものが貸与される場合もある……と聞いていたが、合ってるか?」


 以前自分が行った召喚の儀での説明を、もう一度確認するリクサムに大神官は頷く。


「左様ですな。過去にも【剣】を望んだ者が【杖】を。【工具】を望んだ者が【石】を賜るなどという事が多々ございます」


 リクサムは軽く頷き、視線を脱衣所の方へと向ける。


「大神官どの」

「はい」

「彼の人は、この世界と人々を護る【盾】なのだという……そんな、彼の人の【盾】に、私はなれるだろうか?」


 リクサムの言葉に少しだけ目を見開いた大神官だったが、すぐにそれは優しい眼差しへと変わる。


「聖天様の御心に適えば……それも可能でしょう。精進なさいませ」

「そうか……そうだな」


 リクサムと大神官の会話を傍で聞いていた国王の目も、優しく細められていた。



 小さな頃から利発で、学にも武にも真面目に打ち込んでいたこの息子は、立太子後もその真面目さを崩さずにいた。

 ある意味理想の後継者ではあったが、ひとつだけ不足がちに見えたのが色恋への関心。

 肉親への愛情は親としてひしひしと感じるものがあるし、臣下たちへの対応にもきちんと感情を使い分けている様子に見られる。

 ただ、それら全てに男女の別がなかった。


 武に長ける女性も居れば、経理に長ける女性も居る。

 針仕事に秀でた男性も居れば、育児に長けた男性も居る。

 その事実を我がイルフェラム国では重用する。

 それ故に、男女の別なく才のある者が上に立つという事を許すわが国では要職に女性も多い。

 そんな中で、息子は相手を異性として見ているのかどうかが、定かではない。

 

 とりあえず性的欲求はあるようなので、専門の者の中でも見目麗しい者を選び与えた。

 だが、その職務の者に問い正しても「こちらを色目で見た事などございません。行為が終われば[退出してよし]ですから」との事。

 

 「好きな女子はいないのか?」と、太子本人に訊いてみた事もある。

 が、返ってきた返答は「今現在取り立てて好きと言える様な女性はおりません」というもの。

 おまけに質問の意図を別に解釈したのか「后候補でも決まりましたか?」ときた。


「父上の期待に適う様であればどなたでも構いません。ああ……ですが、あまりお小さい方とか、極端に年齢の離れている方は少しご遠慮願いたいです」


 とどめにそう、はにかむように言われ、頷くしかなかった。

 何が息子をそうさせているのかも判らぬまま、今日まできた。


 それが、神の一枝さまが降臨されて、変わった。

 何が、どう。とは上手く言えない。

 強いて言えば、空気が変わった……とでも言おうか。

 神の一枝さまを見つめる息子の瞳に、常とは違う感情が浮かんでいる事に気付いた。

 まだ、燃え上っても居ない、火種の様な炎。


『だが、許せ……息子よ』


 国王は、口元に浮かべている笑みとは逆に、憂いを帯びたその瞳を一度閉じる。

 色恋に疎かった息子が、本当に愛する人を見つけたのなら、相手の身分はさておいても傍に置いてやるつもりだった。

 相手のひととなりが良ければ、後見を買って出てくれる者もあろう。

 身分を上げる方法など、幾らでもある。

 確かに王族として子作りは義務だ。

 種を持つ男はひとりなのだから、胎内でそれを育む相手は多いに越したことはない。 

 けれども。

 

『王族とはいえ、我らは只人。……分を超え過ぎているその想いに……儂は応えてやれぬ』


 


 過去の歴史を紐といても、只人と神の一枝さまとの恋愛は色々な形で残されている。

 相手も様々で、一人の武人にのみ愛を示した方もあれば、数え切れないほどの愛妾を作られた方も居る。

 そして、常に在居する場所が王宮内の離宮な所為なのか、それとも子を成す事の出来ない御仁であればこそのものなのか、王族とそういう関係を成した方も多々あるのだ。



 過去に実例があるのだから良いだろうと、そう考えるのは容易い。

 けれども。

 過去の実例があるからこそ、素直に賛同できない。

 それが国王、ナカラ・トリリュース・イルフェラムの素直な想いであった。

 何故なら。

 神の一枝さまと肉体関係を持つに至った王族の治める国と、神の一枝さまに選ばれなかった王族の治める国とで、どうしても諍いが起こるのだから。



 勿論、神の体現である神の一枝さまに選ばれるというそれそのものが、神の意思なのだということは皆、理解している。

 だから、神の一枝さまが健勝である時には多少の小競り合い程度で済む。

 けれども、神の一枝さまが逝去された後、それまでの憤りが吹き出してしまう場合の何と多い事か。

 それは今日までの歴史が物語っている事。

 


 ここ百年は大きな戦もなく、国家間の力関係は均衡を保っている。

 他国間の争いに巻き込まれるというのであれば、まだ仕方のない事と諦めもつく。

 だが、自国が火種を作る……自国の、それも王族が火種になるなど許されない。



 複雑な国王の胸中をおもんばかってか、それとも彼も同じ考えだったのか。

 ルドルフが国王にだけ聞こえる程度の声で呟く。


「いくら恋に免疫が少なかったとはいえ、かっとびすぎだろう……分をわきまえない想いは、その身を傷つけるだけだろうに……」


 国王の乳兄弟として、ルドルフはいつも国王の傍らに居た。

 リクサムが王妃のお腹に居る頃から、大切にずっと見守っているのだ。

 幸せに、なってほしい。

 なって欲しいのに……どうして、選んではいけない相手を選ぶ。

 溜息まじりの言葉には、実親と同じ程の想いが詰まっていた。


 

 リクサムはそんな二人の胸中など考える事もなく、脱衣所の扉を見つめている。



 と。

 突然、聖霊たちの動きが活発になった。

 室内に居た聖霊の約半数が壁を突き抜けて湯殿方面へと向かっていったのだ。


 何事か、と思う間もなく湯殿から神気を感じる。

 そしてほぼ、その神気と同時に脱衣所の扉が開かれ、ダレスと晶貴が出てくる。

 扉を開け、晶貴がその横を通る間、ダレスの視線はずっと湯殿の方を凝視していた。


「手早くしたつもりだったけど、待たせたかな?」


 この世界へ来た時の姿へと着替えた晶貴が、訝しい顔をしている大神官達に訊く。

 大神官は、聖霊たちの動きに害意がない事を感じ、落ち着いて言う。


「何か、不都合でもございましたか?」

「ん? ああ、こっちの子たちも動いちゃったのか」


 くすっと笑う晶貴。


「大した事じゃあない。ダレスから聖霊を使う洗浄というのを説明付きで見せて貰って、あらかた理屈が判ったんで、その応用をしてみただけだ」




 ダレスの説明した水術というものは実にシンプルなものだった。

 方法は、水質系の聖霊を呼び集め、それらに活動させる範囲と活動内容を指定する、というもの。


 範囲は籠に入れた晶貴の服全部と言う事だった為「水にぬれると困るものも中にあるんだが?」と聞けば、一応それを取り出していて欲しいとの事。

 取りだしたのは財布とポケットティッシュ、あと自宅の鍵と携帯電話。

 聞けば、見知っている物品であれば、服から取り出さずそのままでも、活動除外という指定で術を行使できるのだとか。

 

 ともかくもその後、すぐに術は施行され、その実態を見た晶貴は「ふむ」と顎に手を添える。


 聖霊が服を通り抜けながらそれに付着している汚れや臭いを自身へと付着させ、その後瞬時に汚れと臭いを分解して清涼なものへと変えるている。


『まるで洗濯洗剤のアレだな。汚れを浮かして取る、とかいう……後の分解のあの雰囲気とこの独特のニオイは……オゾンみたいなものか。なるほどなるほど』


 納得し、その後洗浄の終わった服へと着替えながら晶貴はダレスへと訊く。

 ダレスは失礼のない様、晶貴に背を向けたままで応えた。


 聞いた話で分かったのは、この手の術で一番難しいのは[必要な種類の聖霊をどれくらい集める事が出来るか]という事。

 次いで難しいのが[聖霊をどの程度制御できるか]という事らしい。

 行使する術の内容に応じて、必要なだけの聖霊。

 そして、それらに正確な指示が出せるだけの能力……神気の制御というものが必要なのだと。


 晶貴はそれらを、何となくだけれども理解した。



 一番難しいと言われている聖霊を集める力というものを、すでに自分は持っているらしい。

 いや、これだけ周囲にわらわらと居る状態でそれを疑っても仕方がない。

 制御にしても同じだ。

 自分の感情に対してだけでもあれほど正確に動くのだから、目的がある場合、指示を明確にすればいいだけだろう。



 そう考え、晶貴は自分の意思でそれを聖霊に命じてみたのである。

 







「結構な数の聖霊が動きましたからな。何を成されたのか知りたいものです」


 大神官の言葉に晶貴は苦笑する。


「範囲が少し広かったとはいえ、ちょっと集め過ぎたかもしれないな……お、戻ってきた戻ってきた。仕事早いねぇ、御苦労さま」


 窓の方や湯殿の方からふわふわと室内へ戻ってきた聖霊を労う晶貴。

 そして、内容を口にする。


「清掃をする者の仕事を取って悪いとは思ったけど。湯殿の清掃と浄化を命じた。……湯船の湯も、使用した石鹸も、外部へ流された排水も含めて全てを浄化させてもらった」


 にこやかに笑ってはいるが、瞳の奥にきちんと思惑が垣間見える。

 それに気付いた大神官は再び訊く。


「何故、そのような事をされようと思われましたのか、お教え願えますかな?」


 自分が使用した後、自分で清掃するという感性は間違ってはいない。

 けれども、清掃した範囲が広すぎる事に違和感を感じる。

 その質問は国王達も尋ねたいと思っていた事だった。


 晶貴は皆の顔を一巡し、答える。


「この世界は唯一神聖天を信奉している。貴方方から聞いた話で、それが歴史も長く人の心にも深い影響を与えている信仰である事を感じた。そんな神の体現と呼ばれる神の一枝……というのが私の事らしい。その神の一枝が使った……浸かった湯、だ」


 軽く笑みを強め、ふふ、と声を漏らす。


「どの世界にも、変わった趣味をしている者は居る。有り難い、希少価値のある物品として……ましてや[神の一枝の聖水]として販売するものが居ないとも限らない。それを阻止させてもらった」


 唖然とする国王達。


「いや、そんな顔するけど。聖遺物の収集家とか、当たり前にやりそうだからさ。死んだ後の事だったらまだしも、生きてる間に自分の煮汁が売買されるのはちょっと御免こうむりたい」


 国王やリクサム、ダレスは考えもしなかった事だが、ルドルフと大神官は、ああ、と納得した。


「確かに、居ますねぇ……そういうヘンな趣味もってる方々」

「左様ですな。妄信ともいえる収集家が、存在している事は確かです」

「だろ? おまけにまだ、今現在の私は完全に神の一枝として告示されてもいない。そんな中で告示前にそういうものが外部に出回れば、この国に対して迷惑にも成り得る」


 はっ、とする国王。

 言われて初めて気がついた。

 確かにそうだ。

 もし、神の一枝さま降臨の告示前に、そのようなものが出回ったとしたら。

 いくら降臨地が城内であったと後日知れても、様々な醜聞をされるのは必然。

 

 本来であれば国主である自分が気付かねばならぬ事を、あっさりと、至極当然の様にしてのけた晶貴に心の中で再度陳謝しつつ、その聡明さと気遣いにさらに心酔してしまう。

 国王は、ゆっくりとその頭を下げる。


「お心遣いに、心の奥より感謝申し上げまする」

「や、自分が嫌だったからしただけだから、感謝とかなくていいって」


 晶貴はそう言うと神官に言う。


「時間とか、いいの?」

「……シンディン様が宜しいのであれば、いつでも」

「うん。着替えたし、もう何時でもいいよ」


 晶貴に軽く頭を下げ、国王達に視線を流す。

 国王達は無言で頷いた。


「それでは、イルフェラム国の主神殿へ転移致します。シンディン様、御目を」

「ん。わかった」


 昨日の様に目蓋を閉じる晶貴。

 それを確認し、大神官は転移の陣を作動させた。

 白の光が皆を包む。 







 

「到着にございます」


 大神官の声に目蓋を開く。

 大理石の様になだらかな模様のある石で作られている広間だった。

 高い天井には窓がある様で、外の光が壁に反射し、床へと優しく映しこまれている。

 

 

 大神官の案内で、その広間から出て回廊沿いに少しばかり歩く。

 こういう場所での決まり事なのか、国王たちも大神官も無言だったので、晶貴も何も言わなかった。




 金色の模様のある大きな扉の前に着いた。

 扉の左右に二人、頭を下げている者たちが居た。

 けれど無言だけでなく、頭からすっぽりと隠れるローブ身につけている為、性別すら判らない。

 

「参る」


 大神官の一言で、内から扉が開かれる。

 中は先程よりもまだ広い、大広間だった。




 大広間の中央に数段高い場所がある。

 どうやらそれが、聖天神殿への専用移送陣らしい。




 大神官と晶貴の二人だけがその陣の上に立つ。

 国王達は陣に抵触しない様、少し離れた場所で見送るようだ。


「これより聖天神殿へと参ります。よろしいですかな?」 

「……」


 晶貴は大神官に訊かれ、見送りの国王達を再度見る。

 にっこりとした笑顔を彼らへと向ける。


「食事、楽しかったです。……また、来ます」


 晶貴の言葉に、国王以下それぞれが頭を下げる。

 

「いつなりと、御歓待申し上げます」


 この国の代表たる者の言葉を聞き、晶貴は大神官へ視線を戻す。

 こくり、と軽い頷きを見、大神官も頷く。


「では、参ります」

「はい」


 聞こえたのは、このふた言だけ。

 陣が白く輝きその勢いをすぐに消す。





 頭を上げた国王達の前に、すでに二人の姿はない。

 大きく息を吐いたのはルドルフだった。


「さて、これからが本番。頑張りましょー」


 その軽い言い方に国王が呆れる。


「そなたは楽観しすぎだ」



 時間としては短いが、出会って語らい、晶貴の人柄に少しだけ触れた。

 それから掴める事もある。

 彼の方はきっと、必要のない言葉は口にしないだろう。

 国王はそう感じていた。




 晶貴は先程「また来ます」と口にした。

 であれば、神殿での用向きが終わればすぐに来国する可能性が高い。

 最短の方向で進めてはいるが、もっと早めにした方が安心かもしれない。




「急ぎ、神の一枝さま御来国に備えるぞ」

「「「はい!」」」


 国王は姿勢を正し、リクサム達に告げ。

 リクサム達もそれに応じる。

 



 


 大広間より立ち去る前、ほんの一瞬だけリクサムが移送陣を振り返る。

 晶貴から声をかけられたのは国王のみであった為、リクサムにこの場での発言権はなかった。



『来国。心より、お待ち申し上げます』



 伝える事の出来なかった、その言葉を、心の中で申し立てる。

 頭を下げる代わりの、僅かな瞑目。

 歩みは止めず、国王の後を追う。

 

 


 金色の模様の扉は、音もなく閉じられた。



ようやく聖天神殿へ出発してくれた……

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