幕間 ~ リクサム ~
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「それでは、おやすみなさいませ」
紅潮した頬のまま、必要な事柄だけを述べ大神官たちは貴賓室を出る。
「朝までしっかりと護衛を頼みますぞ」
「は。お任せを」
「何人たりと……例え私や国王どのが来たとしても、朝の七タラン迄は扉を開ける事、一切まかりならん」
「承知致しました」
扉前の護衛二人は、引き締めていた心持ちをさらに引き締めた。
その様子を見て頷き、大神官は国王へと言う。
「時間が惜しい。残りの話を執務室で詰めましょう」
「うむ」
手配をしなくてはならない事は多岐多様にある。
今夜はきっと、仮眠程度しかとれないだろう。
明日、彼の人は聖天神殿へと赴き儀式をこなす。
神殿に滞在するのは三日程度らしい。
らしい、というのは神の一枝である彼の人が滞在の延長を望むかどうかで、多少の延期もあるからなのだという。
何にせよ神殿での用向きが終われば、彼の人はこのイルフェラム国へと再度来訪するのだ。
神の一枝が降臨した地所は祝福を受けたとして聖地になるなどは当たり前。
今回はそれがこのイルフェラム国の城内であったのだから、宰相含め大騒ぎとなった。
通例として、神の一枝は降臨後神殿に赴き、その後まずは降臨した国へと赴き暫く生活するのが常となっている。
その為、各国の王城には元々神の一枝用の離宮がそれぞれ用意されている。
歴代の神の一枝の中にはそれ以外の場所で寝食していた神の一枝も居たそうだが、普通各国にあるこの離宮を常の在所とする事が多い。
そしてその離宮は、神の一枝逝去の後、何者も入り込めない様に封印される。
神の一枝の降臨はそう度々あるものではない。
今回の降臨にしても、実に百五十年ぶりのものである。
夕餉の前に大神官が離宮の封印を解いて後、その場を設える為の人員が急ぎ手配されていた。
神の一枝を正式に迎え入れるまでの猶予は最短で三日。
その間に離宮内外の清掃や新しい家具などの設置、そして神の一枝の世話をする人員たちの選抜をしなくてはならない。
執務室で国王と共に職務に励むリクサムは、これからのそういった流れを聞き、少しだけ胸をなでおろした。
自身の生命を救って貰った恩人でもある神の一枝。
まだ出会ってさほど会話もしていないので、相手の本当の気性などは判らない。
けれども、リクサムは彼の人の事を好ましい、と感じた。
自分が、突然今のこの世界から別の世界へと移送され、尚且つその場が牢であったとして。
果たして、あの様に落ち着いていられるだろうか。
冷静で沈着。
思慮深くも、それを驕る様子すらない。
何より相手を思いやる事の出来る優しさに心惹かれた。
視線が、勝手に相手の挙動を追う。
目が、離せない。
彼の人は男性の筈なのに、神の一枝と呼ばれる至高の存在なのに、心が高まるこの気持ちは何だ?
自身の内部にある感情に気づいて驚愕したのは、他ならぬ自分自身。
『そうか…………これが惚れる、という事なのか』
リクサムは、一目惚れというものを初めて知った。
父親である現国王とて正妃であるリクサムの母をとても愛してはいたが、最初は政治がらみでお互いぎくしゃくとしていたと聞く。
さらに、国王としての職務として側室も二人ほどいる。
一国の国主として、子作りは義務だ。
そういった思惑の中、どこまでが愛情でどこまでが責務なのか。
リクサムはまだ、そういうものに疎かった。
立派に成人男性であるリクサムだが、まだ妻帯はしておらず側室も居ない。
性欲処理だけは専門の者を使ってはいるが、その者に対して愛情は持っていないし相手もそうだ。
立太子を拝受している以上、いずれ妻を娶るだろうが、それに政治が絡まない筈もない。
夕餉に相伴し、僅かながらも彼の人の人となりに触れる。
目の前に居る者は彼の人よりも格下の只人のみ。
上着の着脱など、本来ならこちらが気付き世話をすべきなのに咎める事もせず御自身で行い、しかも適した場所が無い為、それを椅子に掛けさせてしまうという不手際の後、さらに給仕に回る者の食事の心配までさせてしまっている。
気配りというものの見本を体現され、恐縮してしまう。
王が味見と毒見を確認後、彼の人へと出された料理。
それを、彼の人は疑いも躊躇もなく「いただきます」と口へ運んだ。
酒の器を持つ滑らかな動き、馴れた仕草。
ナイフやフォークの使い方も迷わずこなしている姿に、普通の貴族と晩餐をしている心持ちになる。
味への評論は簡潔でそつがない。
何より、美味しそうに食べ進むその顔には笑顔が絶えない。
見ているこちらまで幸せになる……そんな笑みだった。
食事の最中、色々と会話はあった。
けれど、どうしても大神官や国王との会話が中心で、太子であるリクサムは話題が回るまで聞き役に徹するしかなかった。
ようやく語れた幾ばくかの会話。
降臨した時に生命を救ってもらい感謝している事。
知らずとはいえ牢へと移送してしまった事への謝罪。
そして、生命を救ってもらった恩へ対しての言葉。
「王家の誇りにかけて、私自身が出来うる限りの加護をシンディン様へ」
その言葉に彼の人はにこやかに微笑み、言う。
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、王家の職務は国民の為にあるものだから、国民優先でね」
至極正論が返され、リクサムは驚嘆する。
平民であれ貴族であれ、王族の加護がつけば誰でも一目置く存在となれる。
加護を受けたいが為、様々に画策する者たちの多い中、神職が相手の場合はともかく、王族の加護をこういう形で他者に返されたのは初めてだった。
これが、神の一枝と呼ばれる方々の思慮なのかと心酔してしまう。
食後、再開した大神官との対談で、彼の人は聖天へ意見を言っていた。
絶対神である聖天に間違い等ないと敬神している者が大半なこの世界では、そういう事は思っていても口にしないものだ。
不幸な事があったとしても、普通それを聖天の所為にはしない。
それでも。どうしてもやりきれない時は『どうして聖天様はお守り下さらなかったのか』と、心の中でだけは嘆く事をするが、決して口に上らせるような事はしない。
そのような事は聖天に対して不敬だと、皆そう思っているから。
聖天を疑ってはならない。
それが小さな頃から教えられる、この世界の理だから。
それを打ち破る様な口上の数々に、リクサムの心に尊崇が生まれる。
彼の人が湯を使う為に自分の視線から消える。
たかがそれだけの事なのに、心が空になる。
リクサムの視線も心も、既に彼の人の虜となっていた。
自分の側近であるダレスが、彼の人が女性であると告げ、その裸体を見てしまったと告げた時。
リクサムの中に戦慄が走る。
それは、今まで何不自由なく暮らしていたリクサムの、初めての嫉妬だった。
感情が揺れてしまい、口からは現状を説明する言葉しか出てこない。
もし、この側近に極刑が命じられたなら、喜んで自分が執行してやろうとさえ思ってしまう。
そんな自分の浅ましき感情さえ聖天に見抜かれていたのか、彼の人はその件を不問にする。
己の心のやましさに恥ずかしくなり、一言も話せない。
その後、彼の人の口からその不思議な身体を説明され、男女どちらとも交わる事が可能だという事実を知り、歓喜に震えた。
神々しさと聖性と、そしてその色香に、男としての欲望が疼く。
耐えるだけで精いっぱいだった。
律せぬ事が出来ぬ以上、自身の心も身体もまだ未熟。
そんな自分等、彼の人の目に止まらなくて当然だろう。
それでも。
『また、お逢い出来る。今は、それだけでも十分だ』
リクサムは数日後再来国する彼の人に不自由のない様、てきぱきと手配を始めた。
主人公、神殿に早く行かせたいんだけど。
太子が「出番少ない!」とごねました(笑)
こうして見ると、なだれ込むように堕ちてるなぁ……