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戦傑のエディン  作者: 長川 健太郎
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第0話~プロローグ~

よろしくお願いします。

 












 ―――本来、この世のありとあらゆるものはいずれ終えるようにできている。


 虫も、鳥も、花も、人も、星すらもいつかは終わりを迎えてしまう。


 今を生きるもの達は永遠と感じる時間の中にある、ほんの刹那の命でしかない。


 けれど彼らは、いずれ訪れる終わりに怯えることも、悲観することもなく、今を生き抜こうと必死で抗っている。


 それはなぜなのか。


 簡単だ。全ての生命には“意志”というものが備わっているからだ。


 生きよう。


 託そう。


 成し遂げよう。


 そういった夢や希望、思いや信念は全ての生命が歩む指針となっている。


 そして意志は人から人へと託され、受け継いだ者たちはその中で生き続け、後に続く者たちがいる限り、それは決して途絶えることはない。


 例え一人一つの意思はどれだけ小さくても、多くの意思を一つにすれば、未来を切り開く大きな力となっていく。


 意思とは、今を生きていくものたちが作り上げた、唯一にして絶対の“力”なのだから……










 ◇















 叫び合う怒号、響き合う剣戟、飛び交う悲鳴、そして大地を染める紅い(あかい)血液と無数の転がる死体。正に地獄と呼ぶに相応しいこの戦地で、一人の男が脇目も振らず、呼吸()を何度も切らしながら、踠くように走っている。

 そして男の背後には、異形としか言い表せない怪物達が男を食らうべき獲物のように追い回していた。


 怪物は、頭から指の先まで吐き気を催すような鈍い緑色に染まり、腕から足の付け根にかけて白い線の模様が引かれている。図体は人間の3倍ほどはあり、筋骨隆々と言うに相応しい肉体をしている。体格は猿の様で、足と同じくらい腕が太くて長い。そのため、今男の後ろを四足歩行の獣のように両手両足を使って追いかけている。顔は形こそ人間のようにも見えるが、そこに目や鼻、耳や髪はなく、ただそこには涎を垂らし、人に近い黄ばんだ歯を見せびらかしている口があるだけだった。

 魔物なんて珍しくもない世の中だが、あのような怪物を男は見たこともないし、聞いたこともなかった。


 男は王国軍の兵士であり、隣国の帝国との戦争のため派遣された十人近くの兵士で構成された部隊の一員だったが、同じ部隊の仲間たちは悉くあの怪物に殺されてしまった。

 怪物のあまりの形相に初めは怯みながらも果敢に立ち向かって行ったが、自分たちの剣も槍も弓矢もあの化け物には一切通じず、怪物は叩く、蹴る、踏み潰す、へし折る、握り潰す、喰いちぎるといったありとあらゆる手段で仲間を次々と殺していった。

 一人、また一人と殺されて行く内に、怪物に対する怒りと憎しみは恐怖と絶望に変わっていった。

 そして十人ほどだった仲間の数が半分ほどに差し掛かると、自分を含め残った者たちはその場にとどまることが出来なくなり我先にと逃げ出した。

 男は部隊で唯一の弓兵で軽装だったことが功を奏し、怪物から最も離れた位置から逃げ始めることができた。背後で仲間の悲鳴が聞こえても、走る音が徐々に減っていくのを感じても、男が後ろを振り返ることなく、ただ全力で走りつくした。

 隠れてやり過ごそうとも考えたが、周囲には枯れて腐りかけた木々と大小様々な岩が点々とするだけであり、乾いてひび割れた荒地には、身を隠せる場所なんてものはどこにもない。


 ―――あの怪物のことを上官達に報告しなければ。


 ―――情報を持ち帰ることこそが今の自分の任務だ。


 ―――仲間の勇姿を無駄にするわけにはいかない。


 仲間を見殺した罪悪感という本音を覆い隠すためなのか、そんな建前がつらつらと男の頭の中で埋め尽くした。

 それでも男の速度が落ちることはなかった。男の頭の中にあるのはただ一つ、









 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない












 それだけだった。


 息を切らしながらも怪物から逃げ続ける男は、一瞬だけ後ろを振り返るといつの間にか怪物の数が一体ではなくなっていた。

 男は五匹目で数えるのを止めた。

 目も耳も鼻もないのにどうして自分の居場所が分かるのかなど、今の男の恐怖心の前では些末な疑問だった。

 逃げるにあたって矢も兜も奴を牽制するために投げつけてやったが、矢はその皮膚を裂くことはなく、兜は奴を怯ませることなく、砂粒の様に弾かれてしまった。


 やがて男の火事場の馬鹿力も底をつき、怪物たちとの距離も徐々に詰まってきた。

 その焦りからか、男は突然足が(もつ)れ、華麗な転びを披露した。

 近くに人がいたら、一瞬にして嘲笑の的だろう。だが、振り返った男を取り囲んでいるのは。とても人とは呼べない姿形をした怪物たち。

 立ち上がろうとしても、限界を迎えた足と恐怖により抜けてしまった腰がそれを許してはくれなかった。


 ようやく追い詰めたと言わんばかりに、怪物の大きく禍々しい手が男を捕えようと近づいてくる。


 残り五歩。

 ゆっくりと一歩一歩を踏みしめてゆく怪物たちの足音を聞きながら、男は呼吸を整え、なんとか自分の最期を受け入れようとした。


 残り四歩。

 脳裏に蘇ってくるのは男が歩んだこれまでの人生。普通の村で、普通の家に生まれて、普通に育って、普通の兵士になってここにいる。

 ……思えば大したこともなかった人生だったなと男は苦笑する。


 残り三歩。

 自分が死んだことに悲しむ人も、怒ってくれる人もいない。ただの数多くいる犠牲者の中の一人に加わって、いずれ忘れ去られていくだけだ……。


 残り二歩。

 もう自分も手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいてきた。せめて苦しまないよう一瞬で殺してくれないかと淡い期待を寄せながら、男は怪物たちを見上げた。

 ……やはり化け物だ。こんな奴らから自分が逃げ切るなんて到底無理な話しだったのだ。

 途端、先程まで死にたくないと藻掻いていた自分が馬鹿らしくなった。


 あと一歩。

 男は視線を落とし、全てを受け入れた……






はずだった。


 突如、一秒後の自分を想像し、胸の奥から漠然とした恐怖が男の身体を支配した。

 とっくに未練や後悔などないにもかかわらず、男の中にある(意志)は「生きたい」と叫んでいた。

 そして男は、もう動かないと思っていた身体の縛りがいつの間にか無くなっていることに気づいた。

 だがもうすべてが遅かった。

 既に怪物の巨大な手で男の視界は塞がれていた。

 せめて距離を稼ぐために後ろへ下がろうとしたが、もう間に合わない。

 このままでは捕まってしまうと思った男は、反射的に強く目を閉じた……











 ―――ドサッ



 何やら目の前で重々しい物体が地面に落ちたかのような音に男は思わず目を開いた。


 そこには男に向かって手を伸ばしていたはずの怪物の腕が目の前で力尽きていた。

 視線を上へ上げると、肘と肩の中間部分が綺麗に切断され、中央には白い骨、その周りに敷き詰められているやや黒みががった赤い筋肉が露わとなり、切断部分からは筋肉と同じ色の血液が絞った雑巾の水のように流れている。

 そのあまりにも突然の現象に、腕を失った怪物も、その周りにいた怪物たちも、そして男自身も一瞬呆然とした。

 しかしすぐに怪物たちは状況を理解し、辺りを見渡した。どうやらこの怪物たちには痛覚が無いようだ。

 だが、怪物たちはその犯人の姿を捉えることはなかった。

 今度は最も後方にいた怪物の上半身と下半身が斬り離された。

 次は一番右側にいた怪物の首が飛んだ。

 その次はその左隣にいた怪物が袈裟斬(けさぎ)りにされた。

 怪物が斬られる瞬間、黒い人型の物体が男の視界に入っていたが、あまりの速さに完全に実態を捉えることはできなかった。

 その後も戸惑いながらも次々と身体を切り離され絶命していく怪物たちの様は、まさに鎌鼬(かまいたち)と呼べるものだった。


 そして僅か5秒足らずで残るは最初に片腕を失った怪物と未だに腰を抜かして座り込んでいる男だけになった。

 片腕の怪物は、さっきまで追い詰めていた男には既に興味を失い、自分の腕を切り落とした犯人を探すため、次々と同じ怪物たちを血斬って行く人型の物体を血眼で追いかけ、遂にその姿を捉えた。

 男はからは怪物の影になって見えなかったが、その向こう側に誰かがいることだけは肌に感じ取れた。

 怪物は怒りの声をまき散らし、犯人に向かって突進していった。

 その怒りは自分と同じものが殺されたからではなく、自分の腕を切り落とし、獲物を捕らえるのを邪魔されたからに他ならない。

 歩幅にして約三歩、今にも跳びかかろうとしたその時、怪物の動きが「ピタリ」と止まった。

 次の瞬間、怪物の身体の丁度真ん中に線の様なものが浮き出たと思ったら、そこから身体が半分に分かれ、左右に倒れていった。他の怪物と同様、一撃一瞬で切り伏せたのだ。


 そして分かたれた怪物の間から、一人の人間らしきものが姿を表した。

 助けてくれたあたり、自分と同じ王国軍の人間なのではないかと、男はその人物を観察した。

 黒髪黒目の青年で整った顔立ちは年齢は十代後半に見える。男よりも十歳近くは年下だ。

 服装も髪や目の色と同じく上から下まで黒を基調とし、上着の長い裾が後ろで小さくはためいている。

 彼の右手には怪物と同じ色の血で滴る剣が握られていた。過度な装飾はないが、素人目の男でも白銀に輝くその剣が業物であることを匂わせる。


 青年の黒い視線が男の方へと向く。剣のような輝きを持たないその目は、全てを飲み込む暗い淵の様でもあり、何もない空っぽの空洞の様なものにも感じた。

 だが、向けられた視線は本の一瞬で、青年はすぐさま視線を外すと血で濡れた剣を地面に振り払い、戦いの音が鳴り止まない戦場に向かって去っていった。

 青年は怪物を倒して初めて男の存在を認識したのだ。

 男はあの青年は自分を助けに来たわけでなく、たまたま近くにいた敵を屠りに来ただけなのだと理解した。

 時間にして一分程度の時間だろう。しかし、男にはその十倍にも感じられる程の嵐のような怒涛の展開が幕を閉じた。


 そして男はついさっきまで自分は殺される直前だったことを思い出した。

 途端男は急激に力が抜け、そのまま地面に身を投げ出した。

 後方から男の安否を案じる数人の声が聴こえてくる。どうやら別の兵士が自分を見つけたらしい。

 男は生き延びた。

 これから自分はこのまま本陣まで運ばれて、あの怪物についての報告をすることになるだろう。

 奇しくも先程自分が死にたくないと逃げ出した時の建前が実現することになる。

 それまで少し休ませて貰おうと、男は襲い掛かってくる眠気に身を委ねることにした。

 意識が薄れてゆく中、男はあの青年のことを思い出していた。

 戦うことに恐れはなく、敵を切ることに躊躇いはなく、近くにいる味方に関心のない彼はまさに“剣”そのものであった。

 恐ろしさは勿論あった。だが、その強さと立ち振る舞いにどこか魅かれる所もあったことは否定できない。


「―――あぁ、きっとああいうのを……“英雄”って呼ぶんだろうな……」


 男はそれだけ呟くと、自分の顔色を伺う兵士たちの姿を最後に自分の意識を手放した。


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