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明日僕は、サンタがいないと君に言う。

作者: フジサキケン

その日佐藤家の食卓はとても明るかった。



「ナギはねー! プラネタリウム!!」

「ショーマは! ショーマは! スイッチの、マイクラのぉ~!!」

「ほぎゃあ、ほぎゃあ」

「大丈夫!サンタさんもう分かってるって! 今日もうクリスマスイブだから! このタイミングで知らなかったら間に合わないから! それより早く寝ないとサンタさんこないぞ?」

「「もぉーーーいいくつねぇーーーーるぅーーーとぉぉおぉーーー!!」」

「それは正月だって!!」

「「アハハハハハ!!」」

「ほぎゃあ、ほぎゃあ」



訂正。その日佐藤家の食卓はメチャクチャうるさかった。

長女のナギサ、次男のショーマ、まだ赤ちゃんの末っ子ハヤト。妻と僕。佐藤家は5人家族だった。


だが僕はこの日、とてつもなく憂うつだった。家庭用の光学式プラネタリウムが25800円もしたからではない。長女のナギサは小学2年生になる。エレベーターじゃ「開」ボタンを押して、妻を先に出させるくらい分別も出てきた。

『子供』というカテゴリーから、もう彼女は片足を踏み出しつつある。そろそろなのだ。僕は彼女に打ち明けねばならなかった。







掲題

『明日僕は、サンタがいないと君に言う。』







夕食後。妻と末っ子のハヤトは風呂に入っており、先に風呂から出た僕とナギサ、ショーマの3人でユーチューブを見ていた。

釣った魚で料理をするユーチューバーだ。ショーマが好きで今日も見ているが、100回は見たであろうこの動画は僕とナギサにとってはBGMを化していた。


「ねぇ………かなぁ」


「………」


「ねぇお父さんてば! 聞いてる?」


「ん? ああごめん、どうした?」


佐藤家では、子供達には『お母さん、お父さん』と呼ばせている。僕は両親を『ママ、パパ』と呼んでいたのだが、これを『母さん、父さん』に切り替えるタイミングが分からず結局大学生になるまで費やした為、反面教師のつもりだった。

誤算は、ナギサが女の子だった事だ。遊園地や運動会で『パパだぁーい好き!』というシチュエーションを見る度、選択を間違えたと痛感させられる。


「サンタさん、ちゃんと来るかなぁ」


「どうして?」


「だって……昨日寝る前にお片付けしなかったから」


今日だってしてないじゃないか。

僕はレゴブロックと数世代に渡る変身ステッキが散乱した部屋を見回しながら、頭に浮かんだ台詞をぐっと飲み込む。


「今日ちゃんとしたら、きっと大丈夫だよ」


「本当? サンタさん見てるかな」


「見てる見てる。ちゃんとプレゼント、もらえるよ」


「でもさぁ、ナギ、わかんないんだよなぁ」


「?」


「サンタさんは、いつもどうやってプレゼントをくれたんだろう。前は玄関のカギ閉めていたのに、家の中にプレゼント置いてあってさァ」


一昨年のクリスマスだ。僕は転がっている変身ステッキの1つに懐かしさを覚えながら答える。


「そうだっけ? その日は窓のカギを開けっぱなしにしていたのかもなぁ」


「ダメでしょお父さん! いつもナギには『ドロボーが来るからカギは閉めろ』って怒るじゃん!」


「いやっ……だから去年はホラ、外に置いてあったじゃん。ベランダに」


去年のクリスマスだ。一昨年の段階で同じ指摘を受けた為、去年はベランダにプレゼントを置く事で対策を取ったのだ。


「でもそれもナギ気になってて」


「どうして?」


「うち7階でしょ? ヘリコプターで来るとしても、ちょっと音がうるさいと思うんだよね」


ヘリコプターを駆るサングラス姿のサンタを想像して、僕は少し笑ってしまった。


「サンタさんはトナカイに乗って来るんだよ。音はしないよ」


「でもさぁ、トナカイが空飛べるのもおかしいじゃん。トナカイはアラスカ、カナダ、グリーンランドにいるけどトナカイ属トナカイの1種類しかいないんだよ。図鑑に載ってた。でも飛べるなんて書いていなかった。そもそもトナカイが飛べるワケないじゃん」


「うーん……じゃあもしかしたら“トナカイ”っていう名前の乗り物なのかもね」


「あ、ドローンとか?」


「そうそうドローンかも。人が乗れるような大きいやつ」


「あぁードローンなら分かるなぁ。ナギ、なっとく」


ナギサは、ドローンだってすごく大きな音がすることを知らないのだ。


「でも、もう一個気になるんだよなァ」


「まだ……?」


「サンタさんて、一晩で世界中の子供にプレゼント配れるのかな? 世界の人口80億人なんでしょ? 半分が子供だとしてさ、40億人にプレゼント配るなんて、ぜったい1週間はかかるって」


「まぁ世界の人口の半分が子供って事はないだろうけど……でももしかしたら……」


「もしかしたら?」


「サンタさんって、一人じゃないのかも」


「………」


僕は“ジャブ”のつもりだった。各家庭の親達がサンタクロースの役割を果たしているとすれば、広義の意味で僕はサンタ。だから僕は、ナギサにウソはついていない―――


(………あれ? これ誰に対してのジャブなんだ……?)


「ねぇ………それってもしかしてさぁ……」


「! えっ……?」


「………」


沈黙。ユーチューブの音量が急に大きくなった気がする。次男のショーマは魚を捌く動画に夢中で、会話に入ってこない。

【それでは……今夜はコイツを、さばいていくぅ☆】


「もしかして……」


『チリンッ! チリンチリーンッ!』


「あれ? 今鈴の音しなかった?」


(ナイスタイミング! ありがとうございます……!)

僕は心の中でガッツポーズをした。実は去年もさんざん疑われていたのだ。


『お父さんかお母さんなんじゃないの?』

『だって、ナギは寝ていたから分からないもの!』

『サンタさんに宛てたお手紙、お母さんの引き出しにあったもん』

『お父さんが子供の時もサンタさんいたなら、サンタさんはもう150歳くらいじゃん!』

最後には、ナギサはプレゼントの包みを抱えたまま、泣き出してしまった。



そこで今年は、お隣さんにヨックモックとハンドベルを渡して、頃合いをみてベルをベランダから鳴らして欲しいとお願いしたのだ。


「うわぁ!! サンタだ! サンタッ!!!」


次男のショーマが鈴の音に反応して、破りそうな勢いでカーテンを開ける。ベランダには、僕と妻で予め用意していたプレゼントの巾着が3つ。プラネタリウム、人気ゲームの拡張パック。まだ赤ん坊の末っ子ハヤトにも、モコモコのおくるみとガラガラだ。


「えっ!? すごい!!」


ナギサとショーマは慌てて玄関から各々の靴を持ってくると、履き替えてベランダへと飛び出してゆく。

ショーマはプレゼントの巾着を手に取り、天高く掲げて飛び跳ねていたが、ナギサはプレゼントではなく、ベランダの手すりに駆け寄って空を見渡していた。


「サンタさんのドローン、もう見えないや……」


少し遅れて、僕もベランダに出てナギサと一緒に空を見上げる。


「……世界中に配らないといけないからね」


都会の星空にしては、いつもよりも少しだけ星が多く見えた気がした。そもそも普段空を見上げるなんて無いから、僕に基準は分からないけれども。


「見たかったなァ……サンタさん」


「……寒いから中に入ろう? プレゼントを開けようよ?」


「そうだ!! プラネタリウム!!」


それから、僕達はめでたい時だけ飲んで良いコカ・コーラのボトルを開け、ショーマがゲームをするのを家族で眺め、ハヤトにガラガラを持たせながらミルクを飲ませてやり、ナギサのプラネタリウムの説明書を読みこんで9時過ぎには寝床についた。

そして家族全員で川の字になり、僕はプラネタリウムのスイッチを入れた。


「「「うわぁ……」」」


星の瞬きまで再現する、というふれ込みの光学式プラネタリウムは、8畳の寝室をちゃんと満天の星空へと変えてくれた。それがLEDの光である事を忘れて、35歳を過ぎた僕にも、まるで物語の主人公になったような高揚感を与えてくれた。流れ星の機能まで付いているらしい。

隣で横になるナギサにとっての感動はきっと、もっとなのだろう。彼女の瞳が天井の星空を反射して輝いて見える。


「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」


「へぇ~~すごい!! キレぇ……!」


「良かったねナギ、ちゃんとサンタさん来てくれて」


「うん……そうだね。良かった」


そう言いながら、ナギサは僕に引っ付いてきた。


「お父さん……」


「……なんだい」


「お父さん、だいすき」


「うん……ありがとう。お父さんも大好きだよ」


「あっ! 流れ星!」


「! ほんとだ……」


僕は夢中に指をさすナギサを眺めながら、彼女が昨年のクリスマスの朝泣いた時を思い出していた。

何故、ナギサは泣いたのだろう。プレゼントの包みも開けることなく。


あの日ナギサが泣いたのは、きっとサンタを信じたかったからではないだろうか。


満天の星空が、少しだけ僕を“おセンチ”な気持ちにさせた。僕はもう35歳なのに。僕はもう物語の主人公ではなく、主人公の父親の立ち位置だというのに。


世界の、きっと多く大人が抱えるクリスマスの秘密があり、明日の朝ナギサはそれを知る。

ナギサは泣くだろうか。あるいは、あっけらかんと認めてしまうのだろうか。



明日僕は、サンタがいないと君に言う。

メリークリスマス。明日の君が、少しだけ大人になれますように。





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