初めての失恋 【月夜譚No.206】
ビターチョコレートではないはずなのに、苦く感じる。
その苦さ故なのか、感情の問題か――いや、両方なのだろう、静かに流れ出た涙が止まらない。
年に一度のイベント、バレンタインデー。女子が男子にチョコレートを渡して、愛を告白する日である。
彼自身、別に期待をしていたわけではない……こともなかった。クラスで気になっている一人の女子からチョコを貰えるかもしれないという、消えてしまいそうなほどに淡い期待はしていた。
そして当日、実際に彼女からピンク色の包みを手渡された時には、舞い上がるような気持ちだった。だが、次に質問された内容に、地面に叩き落されたのだ。
『井上君、何処にいるか知ってる?』
恥ずかしそうに、しかし意を決したような彼女の瞳に、彼は半ば上の空で友人の居場所を伝えた。
それからのことはよく覚えていない。気がついたら一人で学校の屋上にいて、彼女からの包みを開いていた。
空を仰ぐと、夜が迫るグラデーションが目に痛い。もう一口食べたチョコは、やはり苦かった。