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までこさんと今日降る雪の(1/2)



 ――淡雪、綿雪、牡丹雪。降りに降りては雪景色。





 今は昔の、年の暮れ。

 父は仕事で海の向こうに、惜しみながらも旅立った。


「すまないな葉子。二週間後には帰ってくるから」


 胸の内に寂しさを秘め少女は父を笑顔で見送る。

 けれども母が折悪しく、身体を崩して入院へ。


「ごめんね葉子。お祖父さんとお祖母さんの言うことをよく聞いていい子にしていてね」


 胸の寂しさはよりつのり、それでも母に笑顔で頷く。





 ――小雪深雪に衾雪(ふすまゆき)。積り積りて雪化粧。





 今は昔の、年の暮れ。

 祖母に連れられ田舎道。

 前を向けどもただ白く、吐き出す息も凍りつく。後ろを返ればなお白く、とどまることなき氷の花が辿りし路を消してゆく。


「雪は怖くないけんね」


 手を繋いだ祖母の言葉、少女は返事が出来ずに俯いた。

 田舎の家は少女の身には余る大きさで。

 静けさが耳にうるさく眠れぬ少女は微かに窓を開いて外を眺める。

 黙々と舞い降り音もなく積もりゆく雪はこの世の全ての音を吸い取ってしまったかのよう。この中にあっては今宵の除夜の鐘とて届くまい。

 きっと今ならどんな音だって吸い取ってしまうだろうから。

 だから少女は胸の不安を音にして――……


「雪なんて……きらいよ……」


 そっと雪に落として捨てた。





 ――夜の静寂しじまに寂しさは、積りて募る。






 近畿地方の奈良県某市に所在する私立おさらぎ高等学校。

 生徒の自主性に任せた自由でのびのびとした校風で知られるこの学校には、様々な部活動や同好会が存在しています。


 その部活動は伝統的に文化部が多くを占め、中には文化部のくくりであってもアウトドア派な部活も多くあったりします。



 例えば、おさんぽ部。ただの散策集団……ではなく、主にペットを飼えずにケモノモフり欲求が溜まった生徒によって構成されており、地域の飼い主から朝晩の犬の散歩を請け負っている為ご近所の奥様方にも好評です。


 例えば、鉄道愛好会。校外活動で毎週仲良く鉄道を乗りに行くものの、部員が乗り鉄・撮り鉄・音鉄・車庫鉄と見事に趣向が違うため、最終的には全員別行動がお約束です。





 さて、木枯らしに吹き上げられた落ち葉が窓を撫でゆく多目的ホールで競技かるた部の部員に混ざり練習試合をしているのは、2年生の万葉研究部部長、までこさんです。


 切れ長の涼やかな目は真剣な光を湛えて目の前に並ぶ札に落とされています。ひとつに結い上げられた艶やかな髪も俯いた形に合わせて左肩にさらりとしなだれ掛かります。

 ロングスカートに慎ましく包まれた腰をわずかに浮かし、右手は膝に軽く添え、左手は適度に力を抜いていますがいざという時には水切り石のごとき鋭さで取り札を払うのです。



 はてさて万葉研究部――通称・万研部――にも関わらずなにゆえに競技かるたに興じているのか不思議ですが、いつもの事なので気にしてはいけません。



 部室では万研部の面々も張り詰めた空気の中で勝負の行方を見守っています。


 特に万年ジャージ姿な万研部1年生のアトソンくんは「音をたてないようにじっとしてなさい」と言われて部室の隅で律儀に正座していますが、もう長いこと足の痺れと戦っています。その横に淑やかに正座する先輩のよしのさんにつんつんされては声もなく悶絶しています。




 ほどなく試合も決着がつき、競技かるた部は暫しの間休憩に入りました。


 簡易敷の畳の上で姿勢を正したまでこさんは、ほぅ、とどこか艶っぽさのある吐息と共に緊張をほぐします。


 そうして今しがたまで真剣勝負を繰り広げていた目の前の対戦相手に微笑みかけました。



「参りました。お見事だね、千代莉さん」


「貴女にそう言われてもあまり嬉しくありませんわ」



 までこさんの正面に座してそんな不満を唱えるのは、1年生のちよりさんです。丁寧に切り揃えてハーフアップにされた長髪と、ややつり目がちの勝ち気な小顔が印象的です。



「おや、何故かな?」


「お姉さまともあろう人が本気を出してわたくしに負けるとは思えませんもの」



 ちよりさんは拗ねたようにつんと唇をつき出します。



「これは心外だね。可愛い後輩の頼みになおざりな相手などするまいよ」


「本当ですの?」



 ちよりさんは万葉研究部と競技かるた部を掛け持ちしています。

 そのちよりさんが新年に行われる競技かるたの大会が近いということで、までこさんたちは応援に来ていたのでした。



「巧言令色、鮮なし仁。人から好かれんと愛想を振りまく者は得てして誠実にあらず仁徳に欠けるものなり。君が私に勝てたのは正しく君の実力によるところだよ」



 までこさんに太鼓判を押されて、ちよりさんも機嫌を直します。そうして二人は揃って部室の隅で見学している万研部の元に帰ってきたのでした。


 ちなみに正しくは競技かるた部の部室なのですが、ドアノブに『万葉研究部』の札が下がっている以上ここが万研部の部室なのです。



「“五番勝ち”のお姉さまにそこまで言って頂けるなら安心ですわ」


「うごごご……“五番勝ち”ってなん――いぎぃっ!」


「修行が足らないよアトソン君」



 帰ってきたまでこさんに非常にデリケートでセンシティブな部分(足の裏)をからかい半分に踏まれて畳に突っ伏すアトソンくんです。

 でも靴下越しにまでこさんと触れ合えてぐふふとくぐもった笑みを浮かべているのでアトソンくんは強い子です。



「“五番勝ち”というのはお姉さまの二つ名ですわ」



 ちよりさんが『嫌ですわこの男ったら』な顔をしつつも教えてくれます。更にはよしのさんも、いつものおっとりとした口調で付け加えてくれます。



「までこは去年ここの部員と、多目的ホール共有権を賭けて、競技かるた五番勝負をして勝っているのよ」


「お姉さま伝説の一つですわね。とはいえ部活中邪魔になるような事はなさらないし、顔を出した時には部員に競技かるたの指導も行ってくれるので今では関係は良好ですわ」



 高校生らしかぬ知識と老成した雰囲気を持つミステリアスな万葉研究部部長のまでこさん。


 顔は知らずとも『五番勝ち』『畳返し』『超推理合戦』『おさらぎ高の探偵ホームズ』『カグヤ騒動』『校長の茶飲み友達』『教頭の胃痛の種』『若年寄』と聞いたらピンと来る生徒がチラホラいるくらいにはおさらぎ高校の中でも有名人なのです。


 けれどそれは今回とはまた別のお話です。



「それはさておき――待たせたね。それでは次は君の話を聞こうとしようか」



 そう言って改めてアトソンくんの方へと向き直るまでこさん。までこさんの言葉を合図にみんなの視線がアトソンくんに集まります。



 それは、4日前の万研部の活動中のことでした。






「クリスマスは俺とデートして下さい!!」


「悪いけれどその日は部活動があるんだよ」



 目を爛々と輝かせたアトソンくんのお誘いを、あっさりと返すまでこさん。


 万研部ではよくある光景です。



「えーっ! だって12月25日って終業式じゃないっすか! 確か万研部は今週で終わりっすよね?」


「実は千代莉さんから新年の競技かるた大会に向けて練習相手を頼まれていてね。終業式の後はそちらにかかりきりだね」


「それじゃあ、部活の後で! それか前日の24日とか!」


「どちらも気乗りしないね」


「そんなぁ」



 さっくりとフラれて落ち込むアトソンくんなのでした。


 これも万研部ではよくある光景です。


 ですがそれくらいでへこたれないのがアトソンくんのいいところです。すぐさま立ち直ってまでこさん攻略の為の新たな道を模索します。



「日本人ならやっぱりクリスマスよりお正月ですよね! 大晦日は俺と一緒に新年を迎えましょう!!」


「悪いけれど年の瀬はいつも家族と過ごすことにしているのだよ」


「ううう……家族思いなところも素敵です……」



 そんなお馴染みな光景をお茶を啜りながらのんびりと眺めているのは、までこさんと同じく万研部2年生のよしのさんです。



「阿藤君はいつも直球だわねぇ」



 よしのさんはいつもトロンとした目に力の抜けたような笑顔を浮かべています。かといって眠たいわけではないのでミントガムの差し入れはいりません。



「までこは部活の鬼よ、少し誘い文句を考えてみなさいな」



 小首を傾げながらそんなことを言うよしのさん。遅れて肩の上で柔らかな猫毛の髪がフワリと揺れて、スローテンポなまばたき一つ。見ていて眠くなってきそうな独特のテンポがよしのさんの魅力の一つです。


 部活と聞いて、とたんにまでこさんの顔がほころびます。



「おや、そうなると場合により放てはおけないね」


「俺は部活以下っすかぁ!?」



 アトソンくんが傷ついた顔で嘆きますが彼の扱いが軽いのは本人の日頃の行いの所為なので仕方がありません。



「まあいーっす……それじゃあ……ゴホン! 改めて、新年は俺と二人きりでめくるめく万葉の世界を楽しみませんか?(めっちゃエエ声)」


「ふむ。――それで、君はどんな活動内容を提案してくれるのかな?」


「へっ?」


「部活動として集まるならばもちろん万葉集に関わりのある活動内容なんだろうね?」


「え~と……ちょっと待ってください?」



 救いを求める目をよしのさんに向けますが、



「それくらい自分で考えなさいな」



 やんわりとした口調でピシャリと釘を刺されてしまいました。


 うんうん唸り始めてしまうアトソンくんを見かねたまでこさんが助け舟を出します。



「仕方ないね。ならば、考える猶予を与えよう。25日の放課後までにどんなことをやるのか考えておいで、それを聞いて正月に部活動をするかどうかを決めるというのはどうだね?」


「わっかりました! きっとものすごい活動内容を考えてギャフンと言わせてやりますよ! 待っててくださいヨーコさんんんんんっっ!!!」


「あらあら、までこをギャフンと言わせるだなんて、意味をわかって使ってるのかしら?」


「……ある意味、まさしく今言いたい心境ではあるね」



 意気込んで駆け出していくアトソンくんを見送りながら、首を傾げる二人なのでした。





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