サーファーの妻の掟 波乗りジョニー 嵐の1日
サーファーの妻を名乗るなら、朝4時に 叩き起こされるのを不満に思ってはならない。 車で海に向かうためには、その時間に出発すべきなのだ。
もちろん雨の日も、素晴らしい波が来るときはある。 文句を言うな。 俺は 雨の中 いい波を待ってるんだぞ。
仕事は、良い波が来る日は、休める融通の利くものに就いてある。給料は安いが、波の状態によって、休みが取れるというメリットは、見逃せるものではない。
サーフィンは、俺の人生そのものだ。
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サーフィンのために、全てを犠牲にするような生き方。
夫のジョニーは、そのような人物だ。少なくとも、私よりサーフィンを愛している。彼は、サーフィンと結婚しているのではないだろうか?誰も、夫と彼女を仲たがいさせることなどできないだろう。
私が、お気に入りのサーフボードを叩き割ってやろうと思ったことは1度ではない。
「ちょっとだけ、入ってくる。」
そう言って、ジョニーは海へ歩いていった。
ちょっとだけ入るは、波が良くなければすぐ戻るが、波が良ければ2時間…の意味である。夫がサーフィンを楽しんでいる間は、放置される。興味もないサーフィンなんて見ていても、面白くもなんともない。待ってる方は、カフェもお店もトイレも無い寒い砂浜か、車の中で震えるだけだ。
「オレのテイクオフどうだった?」
にこやかな笑顔で、私に尋ねる。
これで、私が喜んでいると思っているのだから、夫の頭の中は、春?いや、脳みそが常に波の中にあるのだろう。
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嵐がやってくる。低気圧が大きく張り出したというニュース!俺のために神様が波を用意してくれたに違いない。車に乗り、急いで海に向かおうとした所、なぜか妻がゴネはじめた。
夫婦喧嘩なんて、都市伝説だと思っていたけれど、初めての妻の反抗は嵐のようだった。しかし大丈夫。なぜなら、荒れる波を乗りこなすことは、オレが一番得意とすることだからだ。
論理的に、妻を説得する。
大自然に溶け込み、波に乗って疾走する感覚。
海に身をゆだね、波のゆらぎや 力強さを感じる素晴らしさ。
技術と精神力で波と一体になって見る景色。
1つ1つを丁寧に説明することで、妻は次第に黙っていった。
どうだ。嵐の日の波を乗り越えることなど簡単だろう。
さぁ、いくぞっ。最高の波が待っている。
腰をあげようとした時、妻の手が動いた。
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嵐の日に、ジョニーの前に突き出されたもの。
その1枚の紙きれ・・・離婚届には、妻の名前だけが、すでに書きこまれていた。
文字数(空白・改行含まない):1000字
こちらは『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』用、超短編小説です。