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ブラック・クローバー

作者: 犬山千鉄

「双葉、さっきから何作ってんの?」

 私が机と睨めっこをしていると、綾ちゃんがそっと覗いてきた。

 私は「クローバーを作ってるんだよ」と優しく返す。

 朝から私は教室の後ろで、ピンセットとアロンアルファ、そして二本の三つ葉のクローバーを机に並べていた。

 周りから見れば奇行とみてとれる私の行動に綾ちゃんは唇の端をあげた。

「あはは、違うよ。なんで四葉のクローバーを作ろうとしてるのか聞いてるんだよぉ」

 私の奇行を見抜いた綾ちゃんに私はびっくり......ともせず、冷静に返す言葉を選ぶ。

 朝陽が彼女の笑顔に反射して神々しかった。

 だが私は躊躇わない。

「ヒロくんにあげるんだよ。今日から私はリア充になります」

 私の発言に、綾ちゃんは特大に笑った。

 なんだよ。

「手作り四葉のクローバーあげて、好きな人に告白するの!? やっぱり双葉おもしろぉい!」

 大胆に手を叩く猿みたいな綾ちゃんは放っておいて、私は作業に戻る。

 悔しいが、綾ちゃんの言ってることは反論の余地がなかった。

 世の中は厳しいもので、公園で四葉のクローバーを探したってそう簡単に見つかるものではない。

 だから見つけたら幸せになれるという四葉のクローバーを自分で作ってヒロくんにあげるという私の作戦が一瞬で友達に見抜かれてムスッとしてしまった。

 そんな私を見て、綾ちゃんの笑いのネジは引き締まることを忘れたようだ。

 私が一方のクローバーから葉っぱをちぎり、もう一方のクローバーにアロンアルファをつけてピンセットで葉っぱをくっつけようとすると、ゲラゲラ笑い声を発していただけの綾ちゃんから冷静な声が聞こえて、私は次こそびっくりしてしまった。

「あ、ヒロくん聞いてよ。アンタのために綾ちゃんが四葉のクローバー作ってるんだよぉ。面白いでしょ」

 彼女の口から出た名前に私は、はっとなって後ろを向く。

 すると綾ちゃんの横には彼女より頭ひとつ大きい彼が立っていた。「よっ」と私達に手を振るヒロくん。

 やっぱりかっこよかった。

 彼の顔も朝陽に照らされて神々しい。というか爽やかだった。どのくらいかと言うと、ラクトアイスの爽くらい。私はあのアイスが好物だったりする。

 なんて私のどうでもいい考えは置いといて、ヒロくんは綾ちゃんとは違う優しい笑顔を作りつつ、感慨深そうにこくんと頷いた。

「四葉のクローバーかぁ。昔は俺もよく探してたなぁ。あ、そういえば綾は友達と喧嘩した後によく四葉のクローバーあげて仲直りしてたよな」

 彼は優しい笑顔でそんな話をするものだから、てっきり平和な話だと思っていた私だったが、それは自分だけのようで、綾ちゃんは顔を真っ赤にしてから容赦なくヒロくんの肩を殴っていた。

 この二人は幼馴染らしいので、無許可でヒロくんに触れることができる綾ちゃんが羨ましかった。

 私が変態じみたことを思うのも束の間。

 ぼぉとしていた私の脇を腕が通り越した。

「へー、すげぇなこれ。よくボンドで付けれたな」

「双葉があげるってよ」

 顔を赤くしながら、吐き捨てるように綾ちゃんが言う。

「ホントにいいのか? 双葉は?」

 自分のことより他人である私を憂いるヒロくん。やっぱりかっこいい。

 私は了承の意を込めて頷く。

 彼は相変わらずのバニラみたいな爽やか笑顔で不器用な四葉のクローバーを持ちながら「さんきゅ」とだけ言って綾ちゃんの肩を殴り返した。照れ隠しか、仕返しのつもりだろう。

「ほら、授業始まるから散った散った」

 綾ちゃんが捲し立ててきたので、私も用具と葉をちぎった影響で三つ葉から二つ葉になったクローバーを持って席を立つ。

 綾ちゃんの席をハイジャックしていたことなんて忘れて、この機会を逃してはいけないと思い、四方が席で埋もれた狭い通路を途中で振り返ると、同時に席に戻ろうとしていたヒロくんもちょうど振り向いたところだった。

 それが私の方であったらきっと劇的なシーンに紛れて告白でもしていただろう。でも違った。

 彼が振り向いた方には綾ちゃんがいた。

 そして爽やかな笑顔で綾ちゃんに話しかける。

「あ、そういえば今日は一緒に帰るのか?」 

 ん.........?

「今日は友達と一緒に帰るから大丈夫って昨日言ったじゃん。夜ご飯は作ってあげるから勝手に何か食べないでよ?」

 一緒に帰る? 夜ご飯作ってあげる?

 どういうこと?

 私の中から何かが抜けていく代わりに、気持ち悪いものがどっと溢れ出すのを感じた。

 私が二人の方を見ていることなんて知らずに、綾ちゃんの機嫌はとっくに治っていた。

 まるで幸せが訪れたような、幸福に満ちたような表情だった。

 そんなのは綾ちゃんじゃない。綾ちゃんはもっと元気で猿みたいな笑いをする子だと失礼なことを考えていると、ヒロくんがトドメをさした。

「デートは次の土曜日でおっけー?」

 私は立ち尽くすしかなかった。

 手放された道具が床に自由落下した音が聞こえたような気がした。

 デート、え。

 綾ちゃんは頷いてから、ヒロくんと分かれた。ヒロくんは前の席に座り、綾ちゃんはさっき私が座っていた席に腰を下ろす。

 まるで一緒にいたいのにいれない、悲劇の恋愛物語のようだった。

 恋愛物語。そう、きっとこれは物語だ。

「綾ちゃん......」

 気づけば私は綾ちゃんの横に戻っていた。

「どしたの?」と言った綾ちゃんの表情は、いつも見るあの無邪気な笑顔に戻っていた。

 だから私はこれが物語なんだと、自分にいい聞かせるように綾ちゃんに聞いた。

「これって、物語だよね」

 一瞬時が止まったような気がした。

 気がしたが綾ちゃんは手を叩きながら笑った。笑ってくれた。

 だから私は、綾ちゃんとヒロくんがそんな関係でないことも理解したような気がした。

 が、私はやっぱり夢の見過ぎだったのかもしれない。

「あはは、やっぱり双葉って面白いね!」


 足元には接着剤のついた一つの葉っぱと、しわくちゃになった二つ葉が落ちていた。

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