07
彼女の死から1ヶ月が経ち、夏ももうすぐ終わろうとしていた。
夏休みと言っても、補習や夏期講習、さらにはイベントの打ち合わせなどもあり、花火やバーベキューといった青春とは皆無な日々だった。
今日の講義も終わり、友達と別れて帰路に着いていたとき、スマホが鳴った。
「映画、予定通り公開されることになったよ」
数日後の打ち合わせの日、ゲストも含めて企画の確認などが行われていた。具体的に行うゲームなども決まり、あとはそれぞれがルールを理解しながら、イベントの進行の段取りなどを覚えるだけだった。どの場所から登場してどのタイミングで捌けるかなど。台本も配られ、さらにイベントのチケット発売も開始された。
「・・・まぁ、その、イベントもできることになったので、きっと思うことはあると思うけど・・・でも、せっかくのフォーカスなので、その、楽しみましょう!」
「締まんねえな(笑)」
活気も少しずつではあるが取り戻してきたように思える。未だネットニュースで取り上げているところはあるものの、テレビは新しい話題に移り変わってしまった。空さんたちを批判する声も少しずつ減っていた。
会議も終わり、解散の声がかかった。それぞれが片付けながら、夕飯は何にするかなど他愛もない話をしている。そんな中、私は1人座ったまま動かなかった。
やがて、部屋は私と空さん2人だけになった。
「ごめんね。残ってもらって。時間大丈夫?」
「あ、はい!」
会議が終わったあと、少しだけ待っていて欲しいと頼まれていた。映画のことか企画のことではないかとは予測できたものの、具体的な中身までは思いつかなかった。
「・・・それで、えっと、この前監督と一緒に、相田ちゃんのご両親に会ってきたんだよね」
これから公開をどうするか決める場に、空さんとナナさんが同行していた。
「顔も見たくない!って言われるのも覚悟してたんだけど、全然そんな感じじゃなくてさ、映画公開も快くOKしてくれて・・・」
そう言うと空さんは1つのノートを取り出した。
「・・・これ、相田ちゃんの部屋にあったものなんだけど」
「え?」
「ご両親が、俺に渡してきたの」
「・・・手帳、ですか?」
真っ赤でシンプルなそれは、かなり色褪せていて、使い古していたことが見ただけでもわかった。
「この中にね、前田ちゃんの名前があるらしいの。俺は見てないんだけど、渡して欲しいって頼まれてさ。ご両親の連絡先もこの中に書いてるみたいだから」
黙ってそれを受け取ると、思った以上に重みがあった。何かメッセージを残してくれたのだろうか。ありがとうございますと言って受け取った。家に着くまで、そのノートを開く勇気はなかった。
『◯月◯日 Aスタジオ10時 最寄××駅』
『◯月△日 Eテレビビル本社15時 最寄り□□駅』
『△月☆日 雑誌M発売』
その手帳は2年前から使われているようだった。仕事日などが全てメモされており、その当時からかなりメディアに出ることが多かったらしい。
カレンダーの欄は特に変わったところはなかった。中学生の頃から自己管理をしっかりと行っていてすごいくらいにしか思わなかった。
1年分近くめくると、去年の1月頃から赤い文字が増えた。それまでは黒のボールペンなどで書かれていたが、仕事によって色分けをしているのだろうと思った。顔合わせを行なった日から半年前の話だ。
『3月6日 台場スタジオ12時 最寄り台場駅』
『メンヘラジオ the Movie』のオーディションの日だ。これは黒文字で書かれていた。
『7月4日 新宿ビル〇〇17F 19時 最寄り新宿駅』
『8月4日ー7日 映画撮影』
『8月12日 9時新宿 りこさんと会う』
撮影日や私と遊んだ日も、手帳に書かれていた。懐かしい気持ちになりながらもページをめくる。9月以降は全く会っていないため、私に関する予定は書いていないはずだ。
これ以降、赤い文字がやたらと増えた。モデルの仕事と女優の仕事で分けているのではないかと考えたが、2つとも赤で書かれているものもある。今年の4月に入る頃には、全てが真っ赤に染まっていた。
ようやく黒文字を見つけたのは、6月に入ってからの、イベントの打ち合わせだった。2ヶ月前の話だ。ゆかりちゃんと直接会うことはこの日を境になくなってしまった。
7月も打ち合わせがあった。その予定についてもしっかりと記載されていた。しかし、打ち合わせの次の日の欄は、真っ赤に塗り潰されていた。その上から文字を書いても、おそらく読めない。それくらい力強く塗られているのが分かる。打ち合わせのあった日は、彼女が電車に轢かれた日であり、その次の日が真っ赤に染まっていることがただの偶然とは思えなかった。計画していたのだろうか。
少しずつページをめくる手が震える。しかし、ここに真実があるのならば見なければならない。そう思い、ページをめくった。
「うわっ・・・!」
8月。そのページは、全て真っ赤に塗りつぶされていた。次のページも、その次も、赤いペンでぐちゃぐちゃになっていて、もともと書いてあった文字はほとんど読めなくなっていた。
彼女は何を思ってこうしたのだろう。明るくてよく笑う姿からは想像もできなかった。何があったのかは分からない。ページは来年の1月のところまで来ていた。
『1月6日 メンヘラジオ the Movie公開』
黒字で書かれていたため、かろうじて読むことができた。この映画は、彼女にとってどんなものなのだろう。辛いものだったのだろうか。3月のイベントは、本当に、出演したいと思っていたのだろうか。
2月をめくる頃には、赤いペンのインクが薄くなっていた。前のページほどの筆圧の濃さはなく、インクと力を使い切ってしまったことも予想できた。
『3月31日 イベント 東京フォーカスホール(モザイクアート完成!)』
3月のページは、真っ白だった。1日だけ、水色で書かれた予定。6月の時点では、彼女も出演しようと考えていた。モザイクアートも、サプライズも最後まで一緒に行うつもりでいてくれていた。その事実だけでも、私は少し救われた。
次のページからはフリースペースだった。白紙のページが続くこともおかまいなしに、1ページずつめくっていった。最終ページの手前にたどり着くと、黒い文字で、人の名前のようなものが書かれ、上から赤で塗りつぶされていた。
『呪堂亮平 呪呪亮平 呪呪呪平 呪呪呪呪』
『呪西蓮二 呪呪蓮二 呪呪呪二 呪呪呪呪』
『呪島隼人 呪呪隼人 呪呪呪人 呪呪呪呪』
『呪原一弥 呪呪一弥 呪呪呪弥 呪呪呪呪』
『呪野淳也 呪呪淳也 呪呪呪也 呪呪呪呪』
『呪藤圭太 呪呪圭太 呪呪呪太 呪呪呪呪』
『呪森真司 呪呪真司 呪呪呪司 呪呪呪呪』
『呪中浩介 呪呪浩介 呪呪呪介 呪呪呪呪』
『呪林太一 呪呪太一 呪呪呪一 呪呪呪呪』
『呪東裕一 呪呪裕一 呪呪呪一 呪呪呪呪』
『呪中卓也 呪呪卓也 呪呪呪也 呪呪呪呪』
『呪道優作 呪呪優作 呪呪呪作 呪呪呪呪』
『呪崎康弘 呪呪康弘 呪呪呪弘 呪呪呪呪』
『呪宮涼香 呪呪涼香 呪呪呪香 呪呪呪呪』
『呪本ゆめ 呪呪ゆめ 呪呪呪め 呪呪呪呪』
『呪川美咲 呪呪美咲 呪呪呪咲 呪呪呪呪』
『呪木恵美 呪呪恵美 呪呪呪美 呪呪呪呪』
『呪山佳奈 呪呪佳奈 呪呪呪奈 呪呪呪呪』
『呪岡里奈 呪呪里奈 呪呪呪奈 呪呪呪呪』
『呪口才加 呪呪才加 呪呪呪加 呪呪呪呪』
『呪倉らら 呪呪らら 呪呪呪ら 呪呪呪呪』
『呪部恭子 呪呪恭子 呪呪呪子 呪呪呪呪』
『呪熊未来 呪呪未来 呪呪呪来 呪呪呪呪』
『呪井麻美 呪呪麻美 呪呪呪美 呪呪呪呪』
『呪花香織 呪呪香織 呪呪呪織 呪呪呪呪』
『呪田芽衣 呪呪芽衣 呪呪呪衣 呪呪呪呪』
『呪村萌子 呪呪萌子 呪呪呪子 呪呪呪呪』
『呪橋梨香 呪呪梨香 呪呪呪香 呪呪呪呪』
『呪沢寧々 呪呪寧々 呪呪呪々 呪呪呪呪』
血の気が引いたのが自分でも分かった。しかし全員、誰だか分からない。これだけの人数に対して恨みを持っているのは確かだ。あの笑顔の裏側には何があるのだろう。と、やはり気になってしまった。
最後のページをめくった時に、1つの封筒が落ちてしまった。そこには、『りこさんへ』と書かれていた。私宛に書いてくれたものだと言うことは分かる。恨みでも書かれているのだろうか。何か、ゆかりちゃんを追いやる原因を作ってしまったのではないか。嫌な予感だけが頭をよぎる。一度落ち着いてから、開封した。何枚もの紙が、束になって入っていた。