04
最後の試合を前に、どうしてこんなモヤモヤを抱えなければいけないのだ。そう思ったが、実際にコートに入ればその気持ちも消えた。代わりに、勝たなければという気持ちで満たされた。
この期間、特に私たちの関係性は変わらなかった。それが大人の対応なのかもしれない。しかし本当にそれが正しいのかは分からなかった。
マネージャーの1人から、あの写真を見て泣いている部員がいたことを教えてもらった。しかし、その子は試合に出ずに引退することが決まっても何も言わず、黙々と筋トレに励んでいた。その強さは、私が決して持ち合わせていないものだった。
ダブルスの試合に入ったことは過去にもあったが、シングルスは初めてだった。最初で最後だと入ったコートは、とても広いなという感情よりも、開放感の方が強かった。今まで行ってきた練習や悔しさがフラッシュバックする。1年生の初めは最下層にいた。それでも、選ばれることは不可能ではない。そのことを、どれだけの後輩に伝えられただろう。
結果は、負けだった。相手が悪かったのかもしれない。個人戦ではほとんどシード校と当たり、とにかく食らいつくしかなかった。持っている力は全て出し切り、試合が終わる頃にはかなりふらふらしていたが、それもあり、ほとんど点差は離れなかった。それでも負けたことには変わらない。しかし悔いはなかった。
最後の団体戦も終了し、3年生は引退した。
あれから1週間後に、イベントの打ち合わせに呼ばれ、約1年ぶりに東京へ足を運んだ。
イベント開催日は、3月31日に決定した。これからこの告知も行われる。出演者発表は後日行われるが、ここでもまた何か批判が来るのではないかと十分予想することができた。しかし、それと引き換えに東京フォーカスホールへの出演権が得られるのであれば、むしろ対価として全く見合っていない気がする。殺害予告などがあっても良さそうなレベルだと思う。もちろん来て欲しくはないが。
企画の内容は、大まかには決定していた。ラジオやゲーム、歌など、かなり盛り沢山だ。他のゲストや私の出演する場面も仮ではあるが発表された。
今回出演するのは、主催である空さん、ナナさん、一ノ瀬さん、SEDOさん。ゲストに私とゆかりちゃん、そして映画とは別に空さんたちと同じく活動者である5人で、計11人だ。私はその中でなんと、メンヘラジオのコーナーに出ることになった。他にもゲームコーナーに少なくとも1つは参加してほしいとのことだったが、具体的には決まらなかった。内容はこれから少しずつ検討していくようだった。
打ち合わせが終了する頃には、時計は午後5時を指していた。解散の声もかかり、それぞれが荷物をまとめている。詳細などが記載された書類を鞄にまとめていると、「りこさん!」という声が聞こえてきた。
「りこさん、やっぱり1回頼んでみません?」
「ほんまに?許可もらえるんかな?」
「でも、やっぱりやりたいです!」
「んー・・・」
打ち合わせが行われる2日前に、ゆかりちゃんと電話をしていた。「会えるの楽しみやね」ということや、「イベントに出られるの嬉しい」などと話していた際に、ふと、ゆかりちゃんからある提案がなされた。
「折角なら、本番とかに何かサプライズしたくないですか!?映画公開おめでとう〜みたいな!」
本当にそんなことが可能なのか。本番の段取りに大きく影響するのではないか。大きなイベントであるため難しいのではないか。これが私の意見だった。
打ち合わせの休憩中も、そのことについて話していた。やりたいか、やりたくないか選べと言われたら、私もやりたい気持ちはある。しかし、やりたいからといって簡単にできることではないのも事実だ。
「さっきのゲスト出演者さんたち、出し物で歌をやるみたいなんですよ!バンド!それをナナさんと空さんが歌うことになってるんですって!」
「え、そうなん?」
「だから、早い段階で頼めばいけるかもですよ!」
「・・・でも、サプライズって何するん?」
「え?前りこさん言ってたじゃないですか!モザイクアートって!」
ゆかりちゃんとの電話の際に、何がいいと思いますか?と聞かれてなんとなく答えた。しかし軽い気持ちであったし、そもそも製作にはものすごく時間がかかる。大きなものを作るのなら、本番までに間に合うのかも怪しいところだ。
「言うだけ言ってみましょうよ!早くしないと帰っちゃいますよ!」
「うーん・・・言うだけやで?」
「やった!はい!」
荷物を椅子に置いたまま、ゆかりちゃんについて行く。と言っても、目の前に主催である4人がいるのだが。
「これ誰に言うん?」
「・・・サプライズだけど、誰かには言わないとですよね」
「誰か1人で良いんかな?」
「でも、4人今いますからね」
「待つ?」
「あれ?2人ともそんなところに立ってどうかした?」
ずっと壁の近くで話している私たちがあまりにも不自然だったのだろう。SEDOさんが声をかけてきた。
「あ・・・えっと」
「どした?なんか分かんないとこでもあった〜?」
「いや、それは・・・」
ゆかりちゃんもどうここから話に持っていけば良いのか分からないのだろう。この状況で誰か1人を呼び出す方が怪しまれてしまう。
「あっ!それとも、思春期の悩みかなぁ〜?」
「えっ・・・」
「2人とも高校生でしょ?いやいや、若いって良いよなぁ〜。どれ、おじさんで良ければ相談に乗るよ?」
SEDOさんは椅子から立ち上がり、私たちの方に近づいてきた。これはラッキーかもしれない。一か八かSEDOさんだけを呼び出せるのではないかと思った。
「あ、実は、進路・・・とか。受験生になったので、これからのこと考えないとって」
「そっかぁ!そういえば前田ちゃんはそうだよねぇ〜」
「な、なので、もし宜しければSEDOさんのお話を伺えないかなって。社会人だったこともあるって動画内で以前お話されてたので!」
「ふんふん。そっか〜!なら、廊下で話すか?うるさい奴らの前だと話しにくいでしょ?」
「あっ是非!」
私がそう言うと、他3人から「おい!」とツッコミが入った。
「誰がうるさい奴だよ」
「前田ちゃん今しれっと俺らがうるさいって肯定したな!」
「えっ!?」
他の人に話を聞かれないで済むことに意識を持っていかれていたあまり、うるさいと言うワードに引っかかることはなかった。遠回しに彼らをディスってしまったらしい。
「まっ、そう言うことだから行こうか」
「いや、てかSEDOさん1人で大丈夫?危なくない?(笑)」
「んぇ?何でぇ?」
「確かに!セクハラしそう!『セ(SE)クハラ大(D)好きお(O)じさん』だもん!」
「略してSEDOだからね。気をつけた方がいいよ(笑)」
そんな由来があったのか。全く知らなかった。
「だぁいじょーぶ!JKには流石に何もしないよ」
「全く信用できねーよ(笑)」
「普通に怖いわ」
中々言い合いは治らない。私とゆかりちゃんは完全に置いていかれていた。
「じゃ、もう1人連れてったら?」
「あ、そうだそうだ!まず空は論外でしょ?」
「おい!!」
「だってお前ニートじゃん夢ないじゃん」
「いや・・・うん」
「認めるんかい」
「てか、前田ちゃんはそれでいいの?」
「え!あ、はい!」
「んー・・・いっくんでいいんじゃない?兄貴やってたし」
「お、まじでぇ?」
話し合いの結果、SEDOさんと一ノ瀬さんが話を聞いてくれることになった。ゆかりちゃんと一緒に相談できないのは計算外だったが、それはもう仕方ない。
「いいんじゃない?」
「うん。俺は賛成だわ」
「・・・本当ですか?」
廊下に出て、空さんたちの声が遠くなったのを確認すると、相談したいことは進路ではなくイベントのことだとすぐに打ち明けた。そしてゆかりちゃんと話していた内容を全て話した。
「空たちには知られずってことか〜。自分たちでデザイン考えて、印刷して色を塗って・・・大変じゃない?」
「あまり大きなものはできないとは思います。・・・それでも、この場所に来られたのも何かの縁やと思って」
「確か予算割とあるんだよな今回。普通にそんくらいなら出せるんじゃね?」
「あぁ・・・うん、行けると思うよ!俺らもできることあったら手伝うし!とりあえずはデザインと大きさ考えないとね!空たちには内緒にしとくよ。決まったら・・・あ、連絡先持ってないのか。交換しとこっか!」
SEDOさんとメッセージアプリのアカウントを交換し、段取りなどは主にそこで話すことになった。ゆかりちゃんたちのいる部屋に戻ると、ゆかりちゃんは空さんとナナさんに何かを話していた。・・・もしかして、ゆかりちゃんも2人に言ってしまったのだろうか。私たちで一緒に誰かに話そうとなっていたから、私は話さない方が良かったのだろうか。
「あ、この前の雑誌載ってたの!?うわぁ買えば良かった!!」
「女性誌買うのハードル高くない?」
「えぇ〜そうですか!?私、好きな俳優さん表紙だったら絶対買います!男性誌でも」
「プロ意識高いな!すごいな〜モデルって!俺なんか色んな人がいる中でポーズ決めんの無理だわ」
どうやら違うことを話しているみたいだった。その後は解散になり、私とゆかりちゃんは一緒の電車に乗った。
「え?話してないですよ!りこさんが言ってくれたんだと思ってました!」
「あ、本当?良かったぁ!うん、言っといたよ。普通に許可してくれた。予算もあるからこっちで出すって」
「そうなんですか!じゃあ、決定ですね!デザイン考えないと!どうしましょう・・・」
「んー・・・無難に映画のポスターとか?」
「あー、ありですね。・・・でもせっかくならオリジナル作りません?動画のサムネイルいっぱい貼り付けたりして」
私とゆかりちゃんは夢中で話していた。東京駅に着くと、それぞれの乗り場が違うため離れ離れになってしまう。
「・・・私に、作らせてもらえませんか?」
「本当に?いいの?」
「りこさんこれから受験ですから、なるべく負担はない方がいいっていうのもあるんですけど、こういうのもやってみたいなって!!」
お願いします!と頼んでくるゆかりちゃんに、どうしても断ることができなかった。きっと彼女にも考えがあるのかもしれないと、デザインは任せることにした。
「今月中には画像送りますね!それをSEDOさんに送ってもらえるとありがたいです!」
「ん。了解!」
ゆかりちゃんを見送り、私は目的のホームへ向かった。