01
【Prologue】
人の温かさに触れた。
正直、この場所にいるのならば今すぐ殺してやりたい。
でも、もしその笑顔が私に向けられているのであれば、受け入れさせて欲しいとも思ってしまった。
どうしようもない相対的な感情が同時に溢れ出しそうなのを抑えて、私は笑った。
泣いたら被害者になる制度は本当に羨ましい。目の前にいる女の子が泣いたのを見て、周囲が私に酷いだの最低だの好き放題ものを言い、加減というものを知らないようだった。
高校2年生の3月。私が所属するバドミントン部で1年生たちも合わせてミーティングという名の文句の言い合いが行われていた。顧問やコーチから、「気持ちを一つにする」などそんな感じの目的のために開けと言われたはずだが、実際は2年生が一方的に1年生を責めたてているだけだった。「あれができてない」「私たちの代ではこんなこともしていた」など、チームでいることを強制させられるような内容ばかりが並べられていた。
事件が起きたのはその後のことだった。2年生だけが残り、不満をそれぞれが口にしていた時に、私がポツリと言った言葉が、それぞれの癇に障ったようだった。
2年生の夏の終わりから今に至るまで、私は誰よりも全力で取り組んできた自信がある。映画の撮影などで出られなかった分、全力で追い上げなければいけないと、今まで以上にトレーニングなども自分から行い、アドバイスを聞く、他のチームの練習に参加する、分からないことは正直に言うなど、主体的に動くことを増やした。
それを繰り返していくうちに、少しずつこのチームに違和感を持ち始めていた。顧問、コーチの指示がなければ動かない、言われたことをやるのがこの部のやり方だったことに、一歩離れてみて初めて気がついた。
しかし全員が口を揃えて「やらされてるつもりはない」「みんなで頑張ってるやん」「なんでそんなこと言うの」の一点張りだった。だから私は我慢の限界だった。
「偽善者ぶってんじゃないよ」
「何が?偽善者なんかおらんやろ」
「私は自分の意思で勝ちたいって思ってる。だからこそこっちは練習に向き合ってるやんか」
「それはみんな一緒やで。みんな頑張ってる」
「悪いけどそうは思えへん。行動見てたら信用できひん」
その言葉が、言葉を選んで発言するという段階を飛ばす合図になった。「最低」「酷い」「あり得へん」など、脊髄反射のように飛び交ってくる。
口だけ達者。本当にそう思った。実際の行動と矛盾しているから、余計に不信感が募る。
「そんな人とダブルス組んで、美里が可愛そう」
「は?何が?」
「美里さ、あんたのせいで泣いてたんやで。知らんやろ」
映画の撮影が終わった直後、タイミングよくペアの入れ替えがあった。桃から美里に変わり、練習を続けていた。同じ2年生で同士のペアで、それでもお互いに頑張ろうとはしていた。でも、少しずつ勝ちたいという意思にずれが生じていたのがプレーを通して分かってしまった。勿論、手を抜いているわけではない。ただ、点差が離れた時、接戦の時、どうしても弱腰になって攻めに入らないのが美里の特徴だった。
正直泣いてきたのは私も一緒だと思った。もっと上に行きたくて、1人で焦って、苦しんで、馬鹿みたいだなって思ってみじめになった。ただ、人前でそれを見せることはなかった。
「一生懸命やってる人に、何でそんな冷たい態度とれんの。人としてどうなの」
格上の相手に勝ちたいという思いが汲み取れなくなってしまった今、今の私にはどうしても合わないような気がした。美里のことを嫌いだとは思わない。学校ですれ違えば挨拶もする。でも、友達同士で組んでも相性が必ずしも合うわけではない。試合になれば変わるのは当然だと思っていた。
「勝ちたい人としか組みたくない。友達だから組んでるわけじゃないねん」
今考えれば一言足りなかったかも知れない。結局美里は泣いた。それを合図に、さらに暴言がエスカレートした。人の話を最後まで聞かずに「クズ」だの「自己中」だの「わがまま」だの「だから友達できひんねん」だの、自分が言われてるわけでもないのによく平気でそんなことが言えるなとも思った。
友達と相方は違う。ちゃんとそう言えばよかったなと、後で後悔した。
今日は嫌なことばかりだなと思った。こんなことになるなら、部活なんか行かなければよかった。メッセージアプリを開くと、2つのトーク欄が更新されていた。1つ目はバドミントン部のグループ。「今日ミーティングした内容です。これからはこのことに気をつけて行動してください」というメッセージと、今後新たに追加されたルールが画像で送られていた。気分が悪いので目を通さなかった。
もう1つは、映画で知り合ったゆかりちゃんだった。「発表されましたよ!!!ついに!!!」と、目を輝かせながら元気いっぱいに伝えてくれている姿を想像して思わず笑みがこぼれた。
今日は動画サイトで有名な活動者兼映画の主役である空さん、ナナさん、そして一ノ瀬さん、SEDOさんの4人が主催のイベントが東京で行われていた。部活の練習と重なったため私は行くことができなかったが、ゆかりちゃんは見に行ったらしい。そして、そのイベントで映画の予告と公開日程が解禁された。
予告で使われた映像が、その晩私にも送られてきた。一瞬だが、ばっちり映っていた。やっぱり夢ではなかったんだと改めて実感した。SNSでは、映画についてかなり話題になっていて驚いた。その大半が、「楽しみ」で埋め尽くされていたため、本当に嬉しかった。
ただ、肯定コメントは、あくまで活動者4人に対して送られていた。急に現れた女子高生には「誰?」「え、この人たちいる?」など、少なくとも歓迎はされていないことがよく分かった。
勿論、批判が来るのは覚悟していた。何せ相手は有名な活動者だ。私ももしオーディションに落ちていたら、批判はしないものの、受かった人たちに対して嫉妬はしていたと思う。それは悪い感情だとは思わない。その気持ちが原動力になって大きな結果を生むことだってあると思っている。
過去は変えられない。気をしっかり持って進んでいかなければいけない。