南の島のよくある話
ある南の島にある男がいた。
彼は若い漁師だった。
背が高く精悍な顔立ちで、さわやかな青年だった
欲がなくおだやかな性格で誰からも愛された
常に笑顔を絶やさず
村の友人たちと過ごす時を大事にしていた
村に一軒しかない居酒屋で
漁師仲間と酒をくみかわすのが楽しみだった
月の輝く夜にはいつまでも
彼と仲間達の笑い声が聞こえてきた
漁で得た金は、すべて新妻に預けた
新妻は「外で遊んできなさい」
と彼のズボンのポケットに
こずかいを突っ込んで送り出したが
いつも使わずに家に帰ってきた。
戦争がはじまって、彼は兵隊にとられた
遠くの島で敵に散々負けて
彼の部隊は敗走した。
彼は部隊からはぐれ、敵兵に追われた
死にもの狂いで逃げた先に洞窟があった
洞窟の入り口には、一人の怪我を負っている敗残兵がうずくまっていた
彼は、その兵士には目もくれず
洞窟の奥へ隠れた。
体を丸めて、目を瞑り震えていた
しばらくして
洞窟の入り口の方で銃声が鳴った
彼は助かった
やがて戦争に負けて彼は妻の元へ返ってきた
その時すでに、彼から笑顔は消えていた
寡黙になって
毎日浴びるように酒を飲むようになった
毎日、歩けなくなるまで酔っ払い
毎日、友人たちが家まで運んできた
居酒屋では、彼から決して
飲み代を取ろうとしなかった。
しばらくして、彼は体を壊して死んだ
いやすでにあの時、彼の心は殺されていた
夫婦に子はできず
その妻は何十年も夫の墓を守っている
南の島ではよくある話だ