第23話 「再起」
私はテレポートの零械具の他に治癒の力を秘めた零具も持っていた。黒い森の教会でレインが怪我をしたときにはそれを使って治療をしたのだった。
しかし私がそう言うと、アジ・フライは納得していないようだった。マインは既に私の能力のことを知っていたが、まだアジは、私が治癒能力が使えることを知らなかったのだ。
「治すって……。 おまえ、治癒系の零具は使えないんじゃないっちょ? さっき、たった一個の治癒固晶を自分に使っていたっちょ。零具が使えるなら治癒固晶は使う必要はないっちょ」
私はアジに言われて、治癒固晶を安易に使ってしまったことの責任を再び感じてしまい少し言いよどんでしまった。
「……私の零具は自分の怪我とかだと治せないものなんだ。けどイカさんの怪我は治してあげられると思うの。 お願いっ 私にまかせて!」
「…………わかった。 どうか、兄者を頼むっちょ!」
私は横たわるイカ・フライの側に座ると彼の手をしっかりと握った。以前かわらず、苦しそうな表情のままうなり声を出し続けていたが、声が出てると言っても怪我のせいで意識はほとんど無くなっている。非常に危険な状態だ。
握った手が震えてくる。絶対にもう失敗は出来ないのだ。もし私の治療が上手くいかなかったら、イカさんは死んでしまうのだから。
しかしそう考える度にプレッシャーが私を襲い、身体の震えもどんどん大きくなっていった。
(怖い、怖いよッ……!)
そのとき、隣でアジと一緒にイカの身体を押さえていたマインが私の手に触れた。
「ミーシャ!」
「は、はいっ!?」
突然なまえを呼ばれてたので私はつい返事をしてしまった。そしてマインの方を向くと、彼の服の隙間から腕輪がうっすらと光を発しているのが見えた。
「……大丈夫、絶対できるさ! それに俺たちが隣にいるから、怖がることなんか何もないぜ」
「う、うん……!」
私は決意を固めた。そして目を閉じると祈るように零具に霊力を込めた。
(……連生刻誕!!!…………)
私が零具を発動させると私の手に治癒系に特有の薄緑色の赫星の光が集まり始めた。そこで私はさらに意識を集中させた。するとその光はイカフライの身体をうっすらと包み込むように覆い始めた。
緑の光がイカ・フライの全身を包み込むと、私はそれが途切れないように絶えず霊力を流し続ける。
人体と霊力には細胞単位で深い関わりがある。生き物の中には霊力を操って身体の構造を変化させられる種類もいるぐらいだ。だから身体の損傷も霊力と零具の能力で修復させることが出来るのだ。
「イカさんっ 目を開けてっ」
しかしどんなに強力な治癒の力でも死者を甦らせることはだれにもできやしない。今、イカ・フライはその瀬戸際にあった。さっきまではあんなに激しくもがいていたのに、今は全く動く気配がない。
(お願いッ…………!!!)
奇跡的に思いが通じたのかもしれなかった。必死に零具で治癒し続けていると、私が握っているイカさんの手に僅かに力が入ってピクリと動いたのを感じた。
「あ、兄者っ!」
それに気づいてアジがイカ・フライに呼びかけた。するとイカ・フライはゆっくりと目をあけた。
「ううん……」
「イカさん! よかった。 私、助けられた……!」
イカフライが意識を取り戻したことでほっとしたのととうれしい気持ちのせいで、私の目からはいつの間にか涙が零れ落ちていた。私は手で涙を拭いたかったけど、まだ零具の発動を止めるわけにはいかなかったのでイカフライの手を握っていなくてはならず、涙を彼の身体の上に垂れ流すことになってしまった。
「兄者! 気が付いて良かったですぜ! おら、シ、死んでしまうかと……」
「う、うーむ……。 どうやら、心配させたようだな……」
イカフライはそこでレインの姿が見えないことに気が付いた。
「レインはまだ戻っていないのだな。 ……ならば、すぐにでも助けに」
「あっ まだ動いちゃだめだよ」
「だが、あの怪物はとても一人で手に負える物じゃない。 それに……、レインは確か零具が使えなかったはずであろう ッ」
そう言うと彼は治療の途中にも関わらず私の手を払って起き上がろうとした。しかし身体は既にぼろぼろだったので吐血してしまいまた倒れてしまった。
私は慌てて倒れてきた彼の身体を支えるとまた手を握り零具による治癒をかけた。
「無理しないで」
「うむ……」
マインもイカフライの怪我がまだ完治してない事をみると彼はまだ動いたりすることが出来ない状態だと判断したようだ。
「おいおい、そんな怪我で無理に決まってんだろ。レインのところには俺が助けに行くから、イカ・フライはここで休んどけって」
そう言ってマインは、レインの居る場所へと繋がる転移門を開く零械具を持っているアジ・フライに門を開く様に言った。アジ・フライが取り出したのはイカが持っていたのと同じ小さなリモコンのような形をした零具だった。
「アジ、準備できたか?」
「はいっ今 …………あれ? おかしいっちょ。 零具は発動してるのに、門が出てこないなんて」
それを聞いていたイカフライはあることに気が付いた。
「……そうだ。 ただの推測だが、我が怪物から攻撃を受けたときに背後にあったあちら側の転移装置の零具が埋め込まれている岩も、一緒に壊されてしまったのだ。きっとそれで使えないのだ」
「ええ? だったら兄者。レインの奴はどうなるんです? 彼奴はまだ新入りだから、兄者が死にかけるような相手に一人でなんて無理に決まってるっちょ」
「うむ。こうなったら直接徒歩で向かうしかないだろう」
そこでイカ・フライは外にいるレインのところに戻ろうとしてまた立ち上がろうとしたので私とマインは彼を押さえた。
「だから止めとけって。 イカフライ、何でそこまで無理して行こうとするんだ?!」
「我はあの怪物の事を知ってるのだ。それでその弱点ももうすぐ思い出せそうなのだ。 ……あれは普通の強さではない。いくらお主とレインでも正攻法だけで倒せるとは思えないのだ」
イカフライはそのように説得したがそれでもマインの気持ちは変わらなかった。マインはイカフライを地面に寝かせると、立ち上がってこう言った。
「だったら猶更、一刻も早く行ってやらなきゃな まあ、レインなら大丈夫だと思うけど、一応ダチだしな」
そしてマインはそのまま街の外へと繋がる場所に向かって駆けていこうしたが、それをイカフライが引き留めた。
「まだ行くなんて言うのなら、俺も時間が惜しい。 ……悪いがもう一度眠ってもらうぜ」
「え?! マイン、そんなの止めてよ!」
背中を向けたままマインは足を止めた。
「いや、そうじゃない。お主、戦える武器はあるのか?」
「ああ? ……剣なら家に置いてあるぜ」
「剣ではだめだ。威力が足りない。我の部屋に、主にも適性がある零具が置いてある。それを持っていくといい」
「ああ、分かった。じゃあ行ってくる。 ミーシャちゃん、その怪我人をしっかり頼むぜ」
マインは最後にそういって私に笑いかけると、この場から走り去っていった。
「何か情報を思い出したら、きっと連絡する」
遠く離れていくマインの背中に、イカフライは弱った身体から何とか声を振りしぼって伝えようとしていたが、実際マインにその声は届いていなかった。