第21話 「フェアリーテイル」
遠くからしか見えないけど、無事救出は成功したようだ。
しかしほっとしたのもつかの間。ミーシャが弾き飛ばされた辺りの地中から、何か蠢く物が現れようとしていたのだ。
そして先ほどから、轟音と共に地面の振動も増していく。それはその場所の地面の盛り上がりと比例する様に大きくなっていった。
「何か出てくる 急いで戻るんだ!」
僕は前方のイカ・フライ達に向かって叫んだ。二人は後ろ一度振り返るとその異物を見て焦った。
「ミーシャ殿 歩けるか?」
「うん ……いたっ」
イカフライはミーシャを地面に下ろそうとしたが、どうやら彼女は、空中に投げ出された拍子に足を怪我してしまったようだった。
「あ……どうしようっ 動かせないよ」
後ろからはかなりの速さで、割れた地面が隆起しながら迫ってくる。時間はあまりない。そこでイカフライは決断した。
「よし……しかとつかまっているのだぞ」
イカ・フライは再びミーシャを抱きかかえると、変形零槍ギアの力を発動し、一気に僕のいるソーサーズランドの出口辺りまで戻ろうとした。
だが今イカ・フライが使用した変形零槍は最初に使った分の残りカスのようなものだったので、距離でいえば半分くらいのところでギアの効果が切れてしまった。
そこで彼を覆っていたギアが発動している証である赫星の光も見られなくなった。
それでもイカ・フライは十分に距離は取れたと思ったのだが、その直後に地面の割れ目から、ミーシャとローブの二人を弾き飛ばしたと思われる何かが這い出てきた。
それは正に人間の女の腕であったが、大きさが身の丈の身の丈の十倍ほどは軽くあって、もそもそと這い五指を使って這い出てくる様子はとても不気味で異様な感じがした。それがもがくたびに地面が大きく揺れていた。
「……なんだ、あれ」
僕は思わず声に出ていた。そもそもこの辺りは黒い森とは違って危険な獣や魔物はいないはずだった。ケンブロック地帯の環境の劣悪さは、魔物達にも影響があるのだ。
ソーサーズランドは大岩の中にあることで、吹きつける熱砂の風や、夜の凍てつく寒さから身を守れていた。
「くっ……」
イカ・フライはミーシャに肩を貸すようにした。そして謎の手から逃れるため僕の方に少しずつ移動しようとしていたが、ギアを使って体内のテレスを消耗したために力が出せないようで、足がふらついているようだった。その間にも、謎の手はどんどん這い出てきていた。
僕はそれを見て助けが必要と思い、二人に手を貸す為に側へと駆け寄った。
「手を貸す」
「うむ。かたじけない」
僕も怪我をしたミーシャを運ぶのを手伝おうとしてイカフライとは反対側を身体を支えようとした。しかし偶然後ろを向いたときに、例の魔獣の胴体が地面から現れた。
既に見えていた大きな女の腕は、茶色の毛に覆われた丸い胴体から生えたものだった。二本の腕の間の丸い体の部分が窪んでいて、そこには真っ赤な人面のようなものがあった。
「気持ち悪いな。あんな怪物みたことない」
「いや、我はあれに似た見た目の化け物が森に棲んでいるとの噂を聞いた事がある。たしかずっと昔に遠くからやって来たらしいのだ」
「あの黒い森にか……? 他に何か知ってるか」
僕が尋ねるとイカ・フライは軽く咳払いをした。
「うむ。では小咄を一つ」
それを聞いて僕達に支えられているミーシャが嬉しそうに拍手をした。
「よっ 待ってました!」
しかし、化け物は二本の腕を使い僕達を追いかけて来ていたのだ。歩みは遅いがその分図体が大きいので、ここでもたもたしていたら追いつかれてしまうだろう。
「そんな悠長な時間は無さそうだぜ」
「ならば、逃げながらだ」
僕とイカ・フライはミーシャの左右の手を片手ずつ掴むと、走りながら引きずるようにして運び始めた。
(ズザザザザザ……)
砂埃をあげながら女の子が激しく引きずられていく光景は結構シュールだと思うけど、非常時はこうやって運ぶのが一番早い。
「いたたっ げぼえぇ …………ねね、お話して?」
ひきずられて砂まみれになりながらもミーシャは眼を輝かせ、イカ・フライに話の続きを催促した。
「うむうむ。はっ では早速。 ほっ」
パンパカー パーカーパー パカパー
シアター・イカ☆ 開幕!!!
(パチパチパチパチ!)
うほん、では。
……あるところに、毛むくじゃらの女がいました。女は自分の毛を刈り取って、その毛で編み物を作って、それを売って生計を立てていました。
レイン(……すでに化け物だよな?)
ある日女は、偶然知り合ったお金持ちの男と自分が作った編み物を、500万ゼルの価値があるウーマという人を乗せる動物と交換しました。
しかし女はそれが自分の毛ではなく、竜の毛織物だと偽って渡したのです。
(「こいつめ!」)
嘘だとばれると、男は怒り狂いましたが、その前に女はウーマに乗ってすったか逃げてしまいました。
女は今度は海にいました。
そこでは自分の毛を刈り取ると、海水でよく濡らしてからモズクと言って海の漁師たちに振舞っていました。
(「これ、どうぞ」)
(「お! あんがとなぁ!」)
漁師たちは塩気のあるモズクが好物でしたから皆喜んで口にしましたが、それは女の髪の毛だったのでいつまでたっても消化はできません。
女は漁師たちがいつまでもモズクを飲み込めないでいる内に、金を盗んですったか逃げました。
次に女が逃げた先は、深い森の中でした。そこにはカツラをなくして困ってる頭に髪の毛がない紳士がいました。
女は紳士のために、自分の髪の毛でカツラを作ってあげました。
(「よかったら、私の毛を……」)
(「いいんですかぁ?」)
しかし女の髪の毛には、たくさんのシラミやダニが潜んでいたので、紳士の頭は一瞬で醜く腫れあがってしまいました。
あまりに醜くかったので、紳士はショックで死んでしまいました……。
「イカ・フライ! 話の途中で悪いけど、ソーサーズランドの入口を開いてくれ。
街の中に逃げ込もう」
「うーむ」
イカフライは門を開閉するために使う小さなリモコンの形をした零具をどこからか取り出すと、それを前方に向けて真ん中についている大きな赤いボタンを押した。
すると、レインがこの砂原に出てくるときに使ったソーサーズランドの出口の岩の前に黒いもやがあらわれた。
この黒いもやはソーサーズランドの内部の空間とつながっていて、空間と空間を繋げるトンネルのような役割を果たしていた。
最初にミーシャが大岩の場所からこの街に来たときにも実は同じくこれを使っていたのだが、イカフライはギアを使ってこのトンネルを瞬時に呼び寄せる事ができたのだ。
「ああっ 後ろ!」
僕とイカフライはミーシャの声に反応して後ろを振り向いた。すると、なんとすぐ側まで化け物の腕が迫っていたではないか。
「ミーシャ ……」
「え! 」
僕達はミーシャの身体を担ぐと、せーので黒いもやの中に放り込んだ。これで彼女は、ソーサーズランドの中へと移動してひとまず安全だろう。
「さ、レインも早く。 ……何っ」
化け物が持つ大きな女の腕が残った僕達に対し、物凄い圧で真上から襲ってきた。
ガンッ …キィィイイイイーーーー ジャジャジャ……
僕は腰に差してあった勇気の牙を抜くと、その細い剣で怪物の攻撃を寸での所で受け止めた。しかしこの体格差はどうにもならない。今も何とか、この状態を維持しているといった感じだった。
「レイン!」
「……くぅっ」
僕はこのまま攻撃をさばいて、門の中に飛び込むつもりだった。しかしそこでバランスが崩れてしまい化け物の腕が僕の後ろにいるイカフライの方へと向かった。
「危ない!」
イカフライは必死に攻撃をよけようとしていたが、怪物の腕と彼の体が重なるのが見えた。次の瞬間、激しい破壊音と共にその辺りの物はすべてが塵になっていた。