第20話 「イーストキャップはピッカピカ」
ソーサーズランドの出口に向かう間に、最初に起きたような揺れが再び襲ってくることは無かった。
フジツボ群周辺の建物が倒壊した辺りにいた人間はまだ少し混乱しているようだったが、街を行く冒険者達は流石に肝が据わっているのか、彼らの中には的確に状況を判断し行動する者もいた。
もうしばらくすれば彼らに、衛星管理から人も派遣される。僕は先を急いだ。
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外からソーサーズランドに入るときは、門番と一緒ならば街の中のどの空間にでも出ることが可能であった。
しかし街の内側から外に出るときには出口が決まっていて、出る場所もあらかじめ確定されていたのだ。
その出口の近くに、イカ・フライとアジ・フライの居る監視室があり、そこからは機械を通して街の外を見る事が出来た。
僕はまず、その監視室に寄って門番である彼らに、外の様子を見せてもらおうと思っていた。しかし僕がそこに着くと、ちょうどよくイカ・フライが街の外から戻ってきたようであった。
「うむ。レイン、どうしたんだ? 我に何か用か」
「ああ。さっきの揺れで、外の様子がどうなっているか知りたくてさ」
「そうだったか……。実はさっき、大きな麻袋を持った怪しいローブ姿の二人組が出て行ったのだが、何かしっているか?」
「……麻袋に、ローブだって?!」
僕は核心した。きっとミーシャを攫った奴だと。
イカ・フライの制止も遮り、彼が出てきた金属の内開きの門をくぐり抜けると、街の外へと飛び出した。
門をくぐるとそこはソーサーズランドがある一際大きい大岩がたくさん並ぶ場所から、少しだけ離れた、開けた砂原にポツンとある岩の前であった。
このような砂の土地はケンブロック地域にはよく見られるが、街の出口であった為に整備されていて余計に見通しが良かった。
だから目的の人間はすぐに見つかった。その二人は縦に並んで僕の先を進んでいたが、麻袋を運んでいるのは一人だけで、その一人は麻袋の重量のせいで歩く速さが遅くなっていた。
その二人とは目視ではっきり確認できる距離しか離れておらず、今なら追いつくこともおそらく可能だろう。
しかしよく見ると、彼らが身にまとっているローブの色がマインが眼界読摩で見たのと違う! 赤じゃない。黒だ。
(……つまりミーシャを連れ去ったのは奴らじゃない?)
そのとき後ろからイカ・フライがやってきた。
「レイン、待つのだ。一体どうしたというのだ」
「あいつ等が、ミーシャを宿から連れ去った犯人かもしれないんだ」
「ミ、なんだとっ?」
「……一旦、隠れよう。ここじゃ見つかる」
奴らが僕達に気が付けば追跡を撒こうとしてくるはずだからだ。周りにはあまり隠れられるような場所はなかったが、近くに手頃な大きさの岩があったのでそこに身を寄せた。
「一つ聞くけど、今日は他に誰か街の外に出て行ったか?」
「うむ。今日門を通したのは彼らだけだ」
「じゃあ、……決まりだな」
もし既に赤いローブで麻袋を抱えた様な人物が既にここを通っていたなら、そいつの方が犯人の可能性は高い。しかしそうではなかったから、マインが見た人間は目の前か、まだ街の中に居るという消去法が成り立つ。
(もし目の前の二人が違っても、まだ街の中にいるという選択肢だけが残り、無駄じゃあない)
「アジフライにこれ以上誰も外に出さないように連絡してくれないか。僕は奴らを捕らえる」
「分かった。 だが、我も手伝うぞ。」
「助かるよ。 ……だけどそもそもなんで、あんな怪しい恰好の奴らをすんなり出しちゃったんだ? あいつらの服装はどう見ても人攫いそのまんまじゃないか」
黒いローブ。それは普通に暮らすには着ることがない服。つまり子供が死んだときに着る喪服であったのだが、それが人攫い達の服装とされていた。
「うーむ。それがな、王紋の入った通行手形を出されたのだ」
「何っ?」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!! バキバキッ
その直後、轟音と共に地面が大きく揺れた。そして連鎖的にあちこちで地割れも起こり始めた。
僕達が隠れていた岩にも亀裂が走ったので急いでそこから離れた。次の瞬間にはその岩は木っ端微塵に砕け散っていた。
「おい! あれをっ」
僕は前方を指し示した。そこでは黒ローブの二人組が突然の揺れで右往左往していた。そして彼らの前方の地面がだんだんと盛り上がっていることに気づいた瞬間に、そこから一気に地面が割れた。
ビゅぎょおうぅ
突然地面から出てきた大きな何かに目の前の二人は抱えている麻袋ごと後の空へと大きく吹っ飛ばされた。
そして空中で彼らの抱えていた麻袋が破けると、中から少女の姿が飛び出たのが見えた。
それはまぎれもなく探していたミーシャだった。服装も昨日と同じだから間違いない。
見つかったのはいいけど、このままだと彼女は空から地面に真っ逆さまだ。しかしここからミーシャのところまではまだ距離があって、とても走って受け止められそうにない。
「ミーシャ殿!」
イカ・フライもそれに気づいた。しかしいくら叫んでも虚しいだけだ。もうどうにもならない。そんな思いが僕を支配した。
だが彼は諦めていなかった。
イカ・フライは走り出すと零具の力を開放させた。
金色ともいえる黄色の赫星光がイカ・フライの全身から放たれ、身に着けていたボロボロの鎧が彼の体からはじけ飛んだ。
するとイカ・フライの白い素肌があらわになり、彼の金色の頭髪が風になびいていた。
「変形零槍!」
周りにはじけ飛んだ鎧は集まり、一本の槍を形作った。
普段はボロボロの鎧の形で身にまとっているが、いざというとき、防御を外した分だけ瞬間的な力が引き出せる。
それがソーサーズランドの門番――イカフライのギア能力だった。
黄色い光に包まれたイカ・フライは、凄まじい速さでミーシャの真下へと駆け付けると、優しく落下してくる彼女を受け止めた。
落下の衝撃でミーシャは目を覚ますと目の前のイカフライに気が付いた。
「ミーシャ殿。無事か?!」
「う~ん…… その声は、イカさん?」