第19話 「運命の十字交差」
それは突然だった。
ほんの数秒前のこと……。
零具を使いこの部屋で、何が起きたのか探っていたマインは作業を始めてから能力を使っていた為ほとんど沈黙したままだったのだが、ついに彼は口を開いた。
それは大体4,5分が経過した後の事だった。
「……どうやらレインの読みは当たっていたようだぜ 今ちょうど、そこの窓からこの部屋の中に赤いローブを身に着けた知らないやつが入って来たのが見えたところだ」
「そうか ……え、赤? 黒いローブの見間違いじゃない?」
「いやぁ 間違いない。 俺も、人攫いの連中が来ると思っていたんだけど、どうやら奴らじゃ無さそうだぜ。 ……アッ」
そのときマインの視界の中、厳密にはマインのギアを通して頭の中だけで見える光景の中では、ちょうど大きな麻袋を抱えた男が窓から外に出ていったところだった。
そしてその麻袋は、人間の女の子が一人入っていてもおかしくない大きさだった。
また男が逃げるときに、麻袋の端が机の上の花瓶に当たって床に落下していた。
そこまでみるとマインは目を開け、零具の使用を止めた。そして若干焦りながらも、簡潔に事実を伝えた。
「ミーシャちゃんは連れ去られたみたいだ」
そして僕に手短にだけど、マインはさらに詳しい状況を説明してくれた。
しかし僕はそれを聞いて変だと思った。考えながら左手の指が鼻先に触れていた。これは僕のくせだ。
もし赤いローブを身につけて大きな麻袋を抱えている人間が、この窓から出て行き街を歩いていたのならそれは多くの人の目にとまるハズ。
いくらこの街が岩の中にあるため薄暗く、なおかつ早朝の時間だったから人が少ないといっても、わざわざそんな目立つような恰好をする道理はない。
不審に思った点はもう一つある。
それは花瓶が落下したときに、粉々に砕け散ったにもかかわらずミーシャを連れ去ったらしい人物は花瓶を全く気にする素振りを見せなかったらしいという事だ。
普通、そんな物が落下したなら大きな音で気がつくだろう? きっとなにかあると思った。
「早く追いかけようぜ! まだ街の外には出れていないはずだぜ。目立つ格好だからすぐに分かる」
「そう……だなっ…!」
マインに言われれて僕達は部屋から出ようとした。その直後。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!
突然、辺り一帯に轟音が響き渡った。同時に建物が激しく揺れ、僕たちは立って居られない程だった。
その揺れはソーサーズランド全域を等しく襲った。
激しい揺れのせいで僕は床に四つん這いになったが、揺れが納まるとゆっくりと体を起こした。
「レイン 大丈夫か!」
同じように床に伏せていたマインが心配して声をかけてきた。
「ああ、大丈夫だ。 今のは一体何なんだ?」
「知らねーよっ だけど街全体がこんな風に揺れるってのは、今まで経験したことがないぜ」
マインは立ち上がってズボンについた埃を払った。
ソーサーズランドは大岩の中に形成されている。つまり街全体のこの異常はソーサーズランドを覆う大岩に関係するものだ。
「街の外で何かあったのかもしれないぜ」
窓から街の様子を伺うマイン。僕の位置から部屋の外を見る事はできなかったが、街を襲った突然の揺れで街全体の様子が慌ただしくなっている事は十分に分かった。
それにこの街の建物のほとんどはあまり丈夫でなかったので、あちこちで家などの一部が倒壊する音や住人の悲鳴が聞こえていた。
「……行こう。 街の外で何が起きているか、原因を確かめるんだ」
そう言うと僕は立ち上がった。
「ああ、だがその前に、みんなの無事を確かめないと……」
その時、光のささやき亭の一階にいたサラが、下から声をかけてきた。
「二人ともーー! 無事ぃーー?」
僕達は廊下に出た。彼女は廊下突き当りにある階段の下にいたが、その階段は途中で崩れてしまっていたので、サラのいる一階部分に行くことは難しそうであった。
幸いに、サラの方を見るとどこも怪我などないようだし、周りの壁などにも崩れている様子はなかった。またサラの片手には先ほどの揺れで気絶したマルマルが握られていたが、彼にも怪我は無さそうだった。
「ああーー こっちは大丈夫ーー!」
「よかったぁーー」
僕はマインに割って入り、サラに伝える。
「これから街の外で何があったか、様子を見に行ってくるっーー」
サラは僕の発言を聞くと、一瞬驚いたがすぐに納得ようだった。そしてこっちに向かって大きく左右に手を振った。
「お気をつけてぇーー」
僕は部屋の中に戻る。この建物から出る方法は、今のところ窓から飛び降りるのが最も早く簡単だからだ。
「レイン!」
「何だよ!」
「俺は他の冒険者達の無事を確かめてから後を追いかける」
「……ああ 分かった」
マインには立場がある。仕方ないことだった。
「なるべく早く合流する。それと、ミーシャはどうする気なんだ?」
「おそらく、ミーシャを連れ去った奴は、街全体が混乱しているこの機を逃そうとうとはしないだろう。きっと街の外に逃れるために、出口までやってくるはずなんだ」
「たしかに」
僕は窓に向き直る。
「行ってくる」
そう言うと僕はそこから飛び降りた。いくつかの家から火の手が上がっているのが見えた。