第15話 「牙」
十年前のある日。
僕は故郷の村の森の中で鹿狩りをしていたとき、偶然魔獣に襲われ怪我をしている旅人を見つけた。
その旅人は僕達に助けを求めた。しかし村には外とできるだけ関わらないようにする習慣があった。
なので僕は村の住人に見つからないように、こっそりと彼を連れ帰ると、一緒に見つけたスネリという女の子と一緒に変わるがわる手当をすることにした。
旅人の名前はメイアムといって、気さくで物腰柔らかな若者だった。そしてすぐに僕らは仲良くなった。
怪我もよくなった頃、ある日彼は村にある古い祠に案内してほしいと言ってきた。
「あんなところ何にもないよ」
「それでもいいんです 古いものに興味があるだけなので」
祠は普段は入ってはいけない場所だったが、僕は彼をこっそりと案内することにした。
しかし祠に着くと村長がおっかない顔をして待っていた。
祠の前にいる村長を見た僕とスネリは驚いて飛び上がった。
「レインどうしよう……あれ、めちゃくちゃ怒ってるよ」
「うーん これは懲罰房行きは免れないか?」
これで僕が怪我人をかくまっていたこともばれてしまった。祠の事と合わせると、きっととんでもなく怒られるぞ。
僕達はこの後、こっぴどくしかられるのだなと思っていたのだが、突然村長は懐から短剣を取り出したかと思うと、その短剣は藍色に光を放った。
「現実」
村長がそう言うと僕達はずっと幻を見ていたことに気づかされた。すぐ側から腐臭がしてきた。
僕らはメイアムのことを少し年上の優しそうなお兄さんだと思っていたのだが、実際は皮膚がただれているほどのも醜い老人であったのだ。
「貴様は村の者ではないな これほどの負の気配は初めてだ……今すぐこの村から立ち去るのだ」
僕たちは急いで村長ガダルークの後ろへと隠れた。
「もちろん そうしますよ 貴方の後ろにある白の祠からレムリアルギアを頂いてからですが」
「貴様……! それが目的か!」
すぐにメイアムを危険因子と判断すると、ガダルークは短剣を持った手で印を結び、メイアムに向かって炎の火球を放った。
「我が霊技をくらえ! 業火滅却」
それは最大級の威力の技だった。しかしメイアムはそれを見るとすぐに同じ技を使って相殺をした。
「無詠唱?! まさか始祖との契約者か」
両者の火球が互いの中央でぶつかり物凄い爆発が起きた。
(このままではレインとスネリが爆発に巻き込まれてしまう)
そう思うと、彼は僕達の上に覆いかぶさった。
「村長!」
僕らの上で村長の体が少しずつ燃えていくのが分かった。
メイアムはそのすきをつき、白の祠を破壊してレムリアルギアをてに入れた。
「ふふふ……ハハハハハッ 手に入れたぞ これで二つ目だぁ」
みるみるうちにメイアムの体はどんどん新品のものにすげ替えらえていって、しまいには僕達が最初に見ていた姿と同じくらいの年齢の見た目になっていた。
ただし彼からは優しそうなんて感じられず、ただただ不自然なほど完成されてる感じが不気味であった。
僕たちが村長のしたから這い出るとメイアムは空中に浮かんでいた。
「小さい子供って新しいおもちゃを手に入れたらすぐに遊びたくなりますよね? 私もそうなんです」
メイアムの手の中で霊力が高まり始めていた。
「これから白のレムリアルギアで、この村の人をみんな屍人にできるかやってみようと思います」
「なんだって? や、やめろ…… やめろよ!!」
「あ、安心していいですよ 貴方は私を助けてくれたので屍人にはしませんよ。まあどちらにしろ、最初は半数から初めて感染させてくスタイルでいきますか。 よっと」
メイアムの手から黒い霊力の塊が村中のあちこちに飛び散った。
「ふふふ……」
次の瞬間、メイアムはその場から姿をくらましていた。
僕が家に戻ると、両親は二人とも屍人になっていた。僕は燃え盛る村を屍人に追われながらも命からがら脱出した。集合場所にスネリが来ることはなかった。
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一年前、事件のことを忘れようとしていた僕らのもとに、あの男の使い魔だという始祖の存在がやってきた。
僕は必死に抵抗したが、普通にやって霊力始祖に勝てるはずがなく、結局、僕は呪いをかけられた。僕は霊力を封印されたのだ。
どちらにせよ、呪いを解くには強力な解呪のギアか始祖に会い直接とかせることが必要だ。
アセトンギガというのがどこにあるのかは分からない。しかし今までまるでつかめなかった手がかりが見つかったんだ。そう考えれば僥倖にも思えた。
僕は部屋を出ようとテラに背を向けた。
「待て…… お前に渡すものがあるのだ……」
その言葉で僕は振り返った。見ると先ほどスクロールを渡して来たときと同じように、彼女は蠟燭の炎に手をかざしていて、その炎は激しく揺らめいていた。
きっとまた天井の飾り布のどれかから、何か降ってくるに違いない。そう思い、僕は真上を見上げて待っていた。
しかしいつまで経っても、何も落ちてこなかった。
「レイン まえ、前」
マインの声ではっと目線を正面に落とすと、いつの間にか、すぐ目の前にテラが立っていた。
「あ……」
「……もっと早く気づかんかい」
彼女は杖を二本使って立っているようだった。しかしよく見ると、左手は細い樫の杖。右手にあるのは、淡い虹色の光沢を放ち白く輝く金属の美しい長剣であった。
テラはその長剣を、腕を震えわせながらも僕の目の前へと突き出してきた。
「……うけとれ きっとこの先、かならず役に立つ…………」
「いいのか?」
「かまわん! 早くとれっ 腕が持たんっ!」
差し出された長剣を手に取った。片側にだけ鍔のついた獣の牙をのばしたような形状の剣は、見た目から思っていたよりもずっと、金属とは思えないように軽かった。しかし手に取ると、不思議とこの長剣を手にしたのが初めてではないかのように馴染む感触だった。
僕は鞘からゆっくりと剣を引き抜いた。その刀身は刀のような波紋こそなかったが、この薄暗い中でも僅かな光で強く、鋭く輝いていた。これならどんなものでも断ち切れそうだ。
「剣の名は、勇気の牙という。 ……竜族の秘宝の一つだ」
「あ、ありがとう……。大事にするよ 」
何故僕に、秘宝なんて大層なものを託してくれたかは分からなかった。
だけど超能力級の零具能力である予知の力を扱う彼女のいう事だ。きっと何か理由があるのだろうと割り切ることにした。
それに丁度、森で刀も壊れたところだったからタイミングはばっちりだ。
僕はテラから受け取った竜の牙を、腰のベルトの隙間に差し込んだ。何度かさすって、隙間からずれ落ちない事を確認する。
「……レインよ 私は確かにお前の未来をみた。いつか必ず、お前はアセトンギガへと辿り着くだろう。 だがな、レイン。どうやって辿り着くかはお前次第なのだ。 ……精々悔いのないようにな…」
それは彼女なりの激励なんだと僕は感じた。
「フッ…、 分かったよ」
僕はテラに分かれを告げ、今度こそ部屋を後にする。
「マイン いこうぜ」
「そうだなー じゃあな! 竜ババ」
だが、またしてもテラは退室を阻んだ。左手の樫の杖を床に叩き付けゴツンと音を出し、僕達の注意を集めた。
「……待つのだ…」
「なんだよー まだ何かあるのか?」
マインがじれったい風に聞き返した。何の用事だったかは知らないが、結局マインは僕に付き添ってくれていただけであったのだから。
「マインよ…… お前にも伝える事がある。お前が探している男についてだ……」
男? マインの事だから女の間違いじゃないのか?
しかしマインの表情にいつもの笑みはなく、そのことから至って真面目な話だとすぐに分かった。
「ははっ……この時を待ってたんだ!!」
マインは振り返り部屋の中へと戻っていく。いつもの気やすい様子と明らかに違って、話しかけずらいような拒絶した雰囲気を感じた。
僕はそれが気になりマインに話しかけようとしたが、彼の方から声をかけてきた。
「……レイン 先に帰っててくれ」
「おい、急にどうしたんだよ?」
「いいから頼むっ!!!」
そう強い調子で言ったマインのこぶしは固く握られていた。僕の前で、こんなに感情を露わにさせたのは初めてかもしれない。
「……ああ、なら帰っているぜ……」
そうして僕はオーダーを後にした。