第13話 「ラブリーラブルル 手、握ろ?」
僕とマインはミーシャが今日眠る場所がまだないというので、街で一番の宿屋まで送っていった。
といってもこの街に外から立ち寄る人間はそんなに多くない。せいぜい近くの街から人が来るぐらいだ。
だから宿屋というのもしっかりしたのはなかった。
だから僕達が向かっている綺麗岩のおしゃべり亭は実際はただの酒場なのだけど、顔見知りの店主に相談して特別に部屋を借りることにしたのだ。
だってこの街の宿泊所なんて、野ざらしで寝るための藁が敷いてあるだけなのだから。
綺麗岩のおしゃべり亭の壁はパステルカラーで装飾され、店先には花も飾られていた。
そんな可愛らしい外観の宿に似つかわしく、宿屋の主人のサラはおっちょこちょいだけどよく気が利く可愛らしい女性だった。
三人がたどり着いたとき、既に日はすっかり沈んでいて綺礼岩のおしゃべり亭の中はひと仕事を終えた冒険者などであふれかえっていた。
僕達が中に入ると、冒険者と思わしきガタイのいい男達が多く座っているテーブルの隙間を、汗だくになりながらも腕一杯のエールを担いで走り回っているサラの姿があった。
サラはフリルのついたエプロンを付けていた。しかし余りの忙しさでエプロンがよれてしまっていることにも気づいていないようだ。
綺礼岩のおしゃべり亭にはサラの他にもう一人店員がいたが、昨日から事情で留守にしていたのでサラ一人で酒場の客を相手する必要があった。
「おう、忙しそうだな」
マインが彼女に近寄り声をかけた。
「マイン君! ――という事は、その子がミーシャちゃんねっ」
「あ、はいっ よろしくお願いします……!」
ミーシャはサラに頭を下げた。そのとき、店の客からエールの催促が届いた。
「あっ、お仕事しなくちゃっ そこの三つ、運んでくれない? 」
「あ、はい…………ふえ??」
急に頼まれ戸惑っているミーシャの肩に、僕はポンと手を置いた。
「悪いな、そういう約束なんだよ 泊める代わりに働いてくれってさ」
サラはエールの客に運び終えると、また新しい飲み物を運びながらミーシャに声をかけた。
「ごめんね? いつもはもう一人いるんだけど今日はいないの それでミーシャちゃんが手伝ってくれるととっても助かるんだ」
「いえ 分かりました! 泊めてもらうんだし、このぐらい手伝います!」
僕達は彼女達を見届けると、そのまま邪魔にならないように早々に立ち去った。
「俺も少しぐらい、飲んでいきたかったぜ」
「僕はあんな大勢の中で飲むのは苦手さ それに、この後寄るところがあるし」
「ああ。 もしかして龍ババのところか? だったら俺もいくよ」
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二人が向かった先は、ソーサーズランドの下層に位置している場所で、街の重要な施設の一つだった。この街だけでなく他の街にも同じように、オーダーと呼ばれる自治組織が存在し、各地のオーダーが街を統治して、同時に街同士の連携も行っていた。
そしてマインが龍ババと言う相手は、オーダーの中でもギドと呼ばれる高い地位に就く人物であった。
オーダーの内装にはギルドカップと同じような装飾品がいくつか存在していた。机や食器棚などだ。それらにはすべて、三角形の彫りが刻まれていた。
あまり僕は、調度品にくわしくないのだけど、他の大陸にある有名な工房の物らしいということは知っていた。
僕たちはオーダーの中に入ると、受付にいた若い女性に声をかけた。
「こんばんは。…冒険者のレイン・エクスローラーです。ギドと会う約束をしているんだけど」
「ギドにですか…… あの、階級を伺っても?」
女性は手元の書類をパラパラとめくりながら、怪訝そうにこちらをチラチラ伺っていた。
「……6だ」
「え?! 超ルーキーじゃん。 ギドは冷やかしに付き合ってられるほど暇じゃないですよっ」
彼女の僕に対する反応が聞く前から僕は分かっていた。それが嫌だったので僕はぼそぼそと答えた。
受付の女性はうんざりとした表情で深くため息をついた。そして彼女は立ち上がり僕の背を押し、そのまま出口まで連れて行こうとする。
「ち、ちゃんと確認してくれよっ!」
「確認しなくても分かりますよ……」
僕は半年ほど前に冒険者になったばかりだから、冒険者としての威厳とか、権力はほとんど無い。
故に、こんな扱いを受けることもザラにあった。
ちなみに冒険者の階級は、大まかに1から6の六段階あって、僕はまだ入ったばかりだから、一番下だった。
僕が困っていると、気の利かせたマインが助けてくれた。僕を追い出そうとしている彼女を止めようと、声をかけ、肩に手をかけた。するとマインに気がついた彼女が振り向いた。
僕は、彼女の今までの態度などから、マインにも小言でも浴びせるのかと思っていたが、次の瞬間には彼女の表情はパッと明るく変化していた。
「もしかして…… この街、唯一の階級2の冒険者であるマインド・ジンブレイズ様ですかぁ?!」
「え? あ、ああ……」
彼女の思いもよらぬ反応に驚き、マインは目を白黒させた。受付だった女性は、鼻息を荒くさせながらマインに向き直ると、マインの手をがっちりと掴んだ。
「ファンです! 悪い奴らを大量に捕まえるのに協力して、勲章を王様からもらったんですよね。尊敬してますっ握手してください!」
「ああ、いいよ ――……って、もうしてるよなぁ コレ」
マインの手は上下に激しく揺さぶられた。口では色々言っていたが、表情ではまんざらでもなさそうだ。そのとき、
「……おああああああああああ!!!」
彼女は突然、奇声を発した。
衛星管理の中にいた周りの人間も驚いて一斉にこっちを注目した。
「おい、……なんか、したか?」
「……いいや?」
「ギアを使った訳じゃなあい?」
「うう~ん?」
僕たちはお互いに顔を見合わせた。
「ぅごほごッほん。へ、へい 彼女。 いったいどうしたってんだい」
「ああ、マインド・ジンブレイズ様! 私は気づいてしまったのです」
「お、おお…… 何が?」
彼女は左手を頭に当て、敬礼の構えをして見せた。それから自身を持って答えた。
「はい! ギドに面会を求めに来たのは、本当は階級2のジンブレイズ様だと言うことです。あ、きっと最初のちっこい黒髪のルーキーはあなた様の従者ですね?」
「いや、違うが?」
僕はすぐさま否定した。
「それなら通じ妻が合います。そうでしょう!」
しかしまるで僕の話など最初から聞くつもりはないかのように無視された。
彼女の視線はずっとマインの方へ向いていた。そのマインはというと、僕の方を見てにやついてやがる。そしてがっと僕の肩に腕を回してくる。
「ふふ、その通りだよっ! こいつは俺の従者。忠実なる僕さ!」
ふざけんじゃねぇ。と言う暇もなく。マインの話を聞くと女性は大きく何度か頷いた。
「でしたら早速、ギドのところへお連れします! ……あ、そっちの従者もついてきていいよ~」
オーダーの奥にいるギドの元へ僕たちを案内するために、先頭を歩き始めた。僕らは後ろからついていく。
「ああっ 頼むぜ! よし、いくぞ。従者ぁ~?」
(ぼきっ)
僕の肩に組んできたマインの腕を少しつまみ、すこーしだけひねってみた。コツがあって筋にそってある角度で極めると、途轍もない激痛が走る。
「いってえええええええええ!!!」
突然、大声で騒ぎ出す大柄の男児。先ほどと同じく再び周囲の人間の注目を集めた。
例の彼のファンも心配そうに駆け寄ってきた。
「マインド・ジンブレイズ様! いかがなされましたか?!」
「ダイジョブだからー なんかすっごく小っちゃい虫に刺されたらしいぜー というかさ、いちいち全部言わなくても、普通にマインでいいと思うよー?」
「そ、そうでらっしゃいますか? では参りましょうマイン様」
「おらっ いくぞマイン様!!!」
そうして僕は痛がるマインを無理やり引きずりながら、オーダーの最奥で待つ街の統治者であるギドのテラの元へと向かった。