第10話 「秘密の場所」
イカフライ達が最初に抱いていたミーシャに対する疑いも晴れ、無事にこの街での彼女の身の安全も保障される事となった。
しかしミーシャはソーサーズランドへは正規の手続きを踏んで入っていなかった。そこで彼女はその手続きを改めて行うことになった。
ミーシャ・ヴァレンタイン
すらっとした方の鎧の門番のイカ・フライから手渡された羊皮紙に、彼女はそのように羽ペンで書き込んだ。羊皮紙に書かれた文字はとても繊細で、まるで文字のお手本のように綺麗に書かれていた。
ヴァレンタイン。僕はこのラストネームに何となくという程度だったけれど聞き覚えがあった。
何故だろう……。別にはっきり覚えてないのだからたいして重要じゃないのだとは思うけどな。
「うむ! ミーシャ・ヴァレンタイン。この街に滞在することを認めよう」
「ありがとう。門兵さん」
「ただし、しっかりとした滞在許可証を作ることをおすすめするぞ。そうすれば、再びこの街に来た時にまた手続きをし直さなくてもよいし、その方が街としてもいろいろ管理がしやすいのだ」
イカ・フライはギルドの出口を指さして、身振りをくわえながら丁寧に説明をし始めた。
「この街のオーダーは、今いる場所のちょうど反対側にあるフジツボ群の第一層にある。まあ、詳しいことはレインに聞けばよい」
「うん……」
「うむ。では我らは持ち場に戻ろう。弟よ、いくぞ」
「イカさん! 」
ミーシャは門の見張りへと戻ろうとするイカ・フライの元へ駆け寄り、鎧に触れて彼を引き留めた。
「また、お話してよね……? 」
「うむ!! また、きかせてやろう。 そうだ、後でB・R冒険記を何冊か持っていこう」
「ほんとう!? ありがとう!」
イカ・フライは職務上仕方ないとしても手錠をかけるなどしたので、もしかしたらミーシャに嫌われてたかもしれないと思った。
しかしそうではないと分かって、また冒険記について話ができると思うと嬉しくなると、彼女の手をとり強く握手をしてから別れた。
みんなで街の警護に戻った二人を見送った後、レインはギルドから依頼を受けて森で採取をしてきたシロギリソウを届けなければならかったことを思い出した。
「マイン ミーシャとここで待っててくれ」
「ああ、いいぜ」
彼は歯をみせてにこにこと笑っていた。それはいつもと変わらない様子だ。
僕はミーシャの方を向く。そして仕事を終わらせてくると言い、この場から立ち去ろうとした。しかし彼女が不安そうな表情を見せていたので、僕は短くため息をつくと一言付け加えた。おそらく残されるのが心細かったのだろう。
「…………戻ったらちゃんと街を案内するよ……」
「……うん!」
ミーシャの表情はぱっと明るくなった。
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ギルドカップのすぐ下の層、三角屋根の建物のある場所から丁度斜め右下。余り、多くの人間には知られていない、隠れ家的な喫茶店がそこに存在した。
喫茶の名前はカフェド○○。店名の由来は店のマスターの名前がマルマル・ゴールドシャワーという名前だからというシンプルなものだ。
マインとミーシャの二人は、レインを待つ間、ただ立っているのも暇! 退屈! という理由で、このカフェド○○でお茶を飲んで待つことにしたのだ。
このカフェド○○の店内には明かりは少なく、カウンター席のみで、小さくこじんまりとした喫茶店だったが、なんというか大人な雰囲気がある店だった。
扉を開けると、扉上部に備え付けられた二つの鈴が二人の来客を気持ちのよい響く音で知らせた。
「……ずずずっ ずずずっ」
……目の前で男が一人。カウンター席に座って、丼によそわれた汁濁の麺を大きな音を立ててすすっていた。
明るい黄色のベストにチェックの黄色のズボン。全身黄ずくめで丸渕眼鏡。そしてブイ字に割れた奇抜なヘアスタイルをしたその男が、この喫茶店のマスターのマルマル・ゴールドシャワーだった。
マインは店の中に入るとカウンターの内側までずかずかと入っていき、そこにあったポットでコーヒーを入れ始める。
「え…! 勝手にいいの?」
保存用の容器から茶菓子を取り出しているマイン。彼は何でもないように平然と答えた。
「なんで、いいに決まってんじゃん? あ、コーヒー飲める? 紅茶の方がいいかな」
「えっと、じゃあ紅茶で」
私はカウンターの左から二番目の席に座った。そこで私の席の右側で男がまだ麺を食べているのに気が付いた。
「あの……」
「ずずず!!!」
どうにも話かけがたい雰囲気だ。彼は凄い勢いですすっていた。すぐに目線をそらして気にしないように店の中の観察に集中しようとしたがそうもいかなかった。彼はときどき箸を休めるとこちらをじっと見ていたからだ。
「はい、紅茶」
「あ、ありがとうございます……」
私はマインから出されたカップに唇をつけ、その中身を口の中に流し込んだ。
その瞬間、何かの花のような爽やかな香りが口の中いっぱいに広がったが、味覚を味わおうとした瞬間、その香りは全部飛んでしまった。
「甘っまっあああ!!!」
破滅的に甘かったのだ。でもそれは甘味で痺れるほど、むしろだんだんと痛みさえ感じてくる。
「ハハハ! 面白いっ!」
満面の笑み。
「面白くないよっ ごほっ」
思いっきりむせる私。……この時はまだ、何故彼がこんなに楽しそうなのかが分からなかった。
「ごめんごめん。だけどこれ、一応ちゃんとした高級品なんだよ」
「ごほっ ……そうなんですか?」
「うん! ボソ……(熊とか、大型の獣人御用達のだけど)」
げらげら笑うマインでを私はじろりとにらみつけていると、隣にいた黄色い熊、ではなく黄色い服の男に声をかけられていた事に気が付いた。ぼそぼそとした声だったのでなかなか気が付かなかったのだ。
「すみません後にして貰えませんか。 これからこの人を処刑しないとなんで」
私は真顔でテレポーターのギアを発動する準備に入った。虹色の赫星が光を放ち始めた。
「お代……」
「だから後にしっ ……へ?」
「……いきなり来て無銭飲食とか、……許されると思ってるんだ」
「あ…… でもマインさんがいいって!」
弱まる光。私はマインの方を見るが、助けはもちろん期待できそうにない。
「ふぅん。 じゃあ、彼が殺せって言ったら人も殺すんだねふぅん。」
「そ、そんな訳ないじゃん!」
「じゃあ、払ってよ」
「え、 ……うん。いくら?」
マルマルの物言いやこの一連の流れには、ミーシャは憤りを覚えたが、実際にお金を払わないで紅茶を飲んでしまったのは悪いと思っていたので素直に硬貨の入った袋をとりだした。
「50万ゼル」
「……? ふえ?」
あまりの数字の大きさに私は最初、彼が何のことを言っているのか分からなかった。50万ゼルというのは一か月ほど王都の下町の宿屋で何もしないで不自由なく暮らせるという金額だ。
「……なにしろ、高級品だからぁ」
マルマルの口がぐにゃりとい歪み、赤身のかかった舌をのぞかせる。
このとき、わたしはまんまと騙されたのだと気が付いた。
アッハハハハハハ…………
けたけたけた…………
(うう レイン早く帰ってきて!)
私は心の中でそう思った。