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迫りくるのは人にあらず

 翌日。またしても逃げられず連れ込まれた美術準備室。

 碧乃はソファーに座り、隣から熱烈な視線を浴びながら弁当を食べていた。

 「………」

 ……いや食べにくいな。味全然分かんない…。

 先に食べ終わって暇していた『優しいお兄さん』の柔らかな微笑みに見守られながら、なんとか完食。

 嫌な予感を感じながら弁当箱を片付けた。

 「…食べ終わった?」

 「うひゃっ!?」

 甘い声が近付き、腰に腕を回されぴったりくっつくように引き寄せられた。

 「やっ、なに?!」

 なにしてんの?!

 「なにって…練習。するって言ったろ?」

 「な、何する気?!って近いっっ!やだ!!」

 逃げようともがくもびくともしない。

 「怖くないから。こっち向いて碧乃」

 「んやぁっ」

 顔をそむけていたら、顎を掴まれ向きを変えられた。

 強制的に目が合う。

 「ふっ、可愛い。顔真っ赤」

 「いや…っ……は、離してっ」

 「…………」

 「っ……」

 優しくも恐ろしいその目に捕らわれ、化け物に毒を流し込まれる。

 「…ぅ………」

 呼吸の仕方が、分からなくなる。頭がくらくらしてきた。

 すると突然、化け物の目が違う色を宿した。

 「……………………やばいな…」

 「……え…」

 「我慢できなくなってきた」

 「は?!あ、ちょっ、やだ来ないで、ああぁっ!」

 迫る化け物を押し返せず後ろにのけ反っていったら、そのまま押し倒された。

 「っ!!?」

 覆い被さるは覚醒しかけた淫魔。熱い吐息が顔にかかる。

 「やだっ!やめて、いやぁっ!」

 練習って言ったくせに!嘘つきっっ!!

 「何も怖くないって。大丈夫」

 「大丈夫じゃない!!」

 「してみたら好きになるよ」

 「ならない!!もう離れてっ!」

 全力の抵抗も虚しく、淫魔がどんどんゼロ距離に迫る。

 「なってもらうよう頑張るから。だから、手どけて?」

 「いやだっっ!!」

 「ふふっ、強情だなぁ。そんなに嫌がらなくても。俺ら一回した事あるのに」

 「だからってこんなのっ……………え?」

 …………は…?

 碧乃の動きが、ピタリと止まる。

 「……………今……なんて言った?」

 至近距離にいるのも構わず、碧乃はゆるりと光毅を射抜いた。

 「だから俺ら……………やば」

 光毅は失言に気付き目をそらした。

 碧乃の中で、ふつふつと怒りが湧き出す。

 「一回した、って……どういう事…?」

 私の知らない所で、あんたは何をした…?

 「いや、その、えーっと………………………はぁ…」

 光毅はため息をつくと、隠すのをやめたとばかりに再び碧乃と目を合わせた。

 「うん、ごめん。した。クリスマスの日の、碧乃が寝てる時に」

 「なっ…」

 突然の暴露に、碧乃は言葉を失った。

 クリスマス、って………そんな……っ。

 じゃああの時挙動がおかしかったのは………そのせいだった、って事…?

 開き直った光毅が更に続ける。

 「圭佑達が帰って、2人きりになって、寝顔が可愛いなって見てたら、髪が顔にかかってたから…こうやってどけてあげて…」

 「ひっ!」

 急に触れられビクリと反応する。

 光毅の目が再び色を宿し、あの日の再現が始まった。

 「そうしたら…もっと触りたくなっちゃって…だから、こうやって……」

 「やっ、やめっ…!」

 光毅の指が、つつ…っと頬を滑り、唇をなぞる。

 「んっ!」

 先の怒りは、彼から押し寄せる欲情の波によって完全にかき消された。

 困惑と羞恥、そして恐怖が碧乃を搦め取る。

 「そしたら……今度は──」

 「もういい!!」

 碧乃は触れてくるその手を引き剥がし、化け物の動きを止めた。

 「……わ、分かった、から……もうやめて……」

 苦しい。もう無理。本当に死ぬ…っ。

 ……だが。

 化け物が、クスッと笑った。

 「その表情(かお)すげーいい」

 「え…」

 「もっと見せて」

 「っ!?」

 赤らむ顔に潤んだ瞳の必死な訴えは、淫魔には逆効果だった。

 「うそっ!?ま、待ってやだ!!」

 なんで酷くなってるの?!

 むせ返るような色香が迫りくる。

 やめて。

 やめて!!

 「やめろってバカぁっ!!」

 勢いづくままに、淫魔の腹部を思い切り蹴り上げた。



 「はぁっ……はぁ…」

 化け物から逃げたい一心であてもなく校内を彷徨い、とりあえず見つけた女子トイレへと駆け込んだ。

 「………っ」

 鏡で見えた自分の顔は、なんとも酷いものだった。

 表情をコントロールする力が、完全に失われている。

 頬や耳まで赤いし、ぐしゃぐしゃだ。

 もう何も視界に入れたくないと両手で顔を覆い、壁にもたれるようにずるずるとしゃがみ込んだ。

 なんなの…あれ……?!

 なんで止まってくれないの?!

 怖がらせないって言ったくせに!!

 意味が分かんない。

 分かんない分かんない分かんない………っ!

 情報が、処理能力の限界を超えた。

 毒がぐるぐると体を巡る。

 喰らいつかれた訳でもないのに、この体にこもる熱は何?

 何もかもが分からなくて、何もかもが酷く怖い。

 耐性のないこの身では、解毒の仕方が分からない。

 バカ!嫌いだ!!あんたは私を殺す気かっ…!

 死ぬなって言っておきながら、あんたが一番危険じゃないかっっ!!


 §


 一人になった準備室の中。蹴られた腹を押さえ、光毅はむくりと起き上がりソファーにもたれた。

 「うぅー………げほ」

 逃げられた。まさか蹴ってくるとは。

 でも逃げてくれて良かった。あのままキスしてたら、きっと止まれなくなってた。

 碧乃が出ていった扉を見やる。

 「…………」

 …………………どうやら、自分は相当なクズだったらしい。

 先の彼女を思い出すと、どうしてもニヤけが止まらない。

 可愛かったなぁ……。

 困惑と、羞恥と、恐怖。それらが混ざりあって真っ赤になったその顔は、嗜虐心がそそられなんとも堪らなかった。

 体の全てが敏感なのも、すごくいい。

 今まで散々我慢したせいか、いざ彼女を目の前にしたら、どうにも衝動を抑えられなくなってしまった。

 今もまた、考えるだけで体の奥がゾクゾクしてくる。

 ………キスしようとするだけであんなになってしまうなら、もっと踏み込んだら…きっと、もっと……………。

 ああ、早く。

 早く欲しい。

 なにもかも。

 自分の中で、悪い心が完全に覚醒(めざ)めてしまった。

 嫌なもの全てから彼女を守りたいと想うのも本当。けれど、自らのこの手で困らせて、汚してやりたいと思ってしまうのも本当なのだ。

 「……はぁ…」

 可愛い碧乃。

 早く俺を受け入れて。


 §


 「圭くん、私今日ポッキー買ってきたの!一緒に食べよー?」

 教室でいつものように向かい側に座る萌花が、言いながら封を開けた。

 「冬限定なんだって」

 「へぇー。本当『限定』好きだな」

 「だって絶対良いものだもん!見るとつい買いたくなっちゃう。はい」

 「ああ、ありがと」

 口の前に差し出されたので、そのままパクッと咥えて受け取る。なんかもう堂々とイチャつく事に慣れてしまった。洗脳って恐ろしい。

 「おいしいね!」

 「俺には甘いな」

 冬限定ってなんでこんな甘くすんだろな。

 机に置いていたお茶で口直しする。

 「これすっごい好き!止まんなーい」

 「あんま食ってると太るぞ?」

 「大丈夫だもん。だっていつも圭くんといっぱい動いてるから」

 「ぶほっっ!」

 圭佑は飲んでいたお茶を思い切り吹き出した。

 「…萌花さん………そういう事は人前で言っちゃいけません……」

 「えぇー?私なんか変なこと言った?」

 「………」

 この確信犯め……。

 キョトンとした可愛い顔に呆れていると、ムスッとした表情の斉川が一人で戻ってきた。

 「あれ?光毅は──」

 「知らない」

 即答……。あの馬鹿またなんかやらかしたな?

 まぁウキウキしながら斉川の事連れ出してったから、なんかあるなとは思ってたけど。

 「あいつ今度は何やらかしたんだ?」

 心配して訊いてみたのに、ギロリと睨みで返されてしまった。

 「うわ…」

 相当怒ってんなぁ。これはあいつを問い詰めるべきかも。

 「はい、碧乃ちゃん。席ありがとね」

 萌花は立ち上がり、斉川に席を返した。

 「…ん」

 斉川は大人しくそこへ座った。

 すると何を思ったのか、萌花は圭佑の膝へと乗ってきた。

 「じゃあ私こっちすわろーっと」

 「ぅおい?!重い重い重い重い俺潰れるだろっ!」

 「ひっどぉーい!私そんなに重くないよぉ!だって圭くんといっぱいムググ」

 慌てて萌花の口を塞ぐ。

 「ああー分かった分かった!萌花は重くない。重くないからそれ以上言うのはよしなさい」

 「ムグムグ…ふふふっ」

 楽しそうだな、おい…。

 なんてやり取りをしていたら、斉川が分からないといったような表情でこちらを見つめていた。

 「……よくそんなにくっついていられるね」

 「ふふっ。だって、大好きだったらいっぱい触りたくなっちゃうものでしょ?」

 「萌花…堂々と言い過ぎ……」

 聞いてるこっちが恥ずかしいわ。

 「…ふーん……」

 萌花の答えに、斉川は考えるように俯いた。

 「『好き』……ねぇ………」

 何やら複雑な顔をしていたが、萌花のせいでよく見えなかった。

 とそこへ、バレー部のミーティングを終えた藤野がやってきた。

 「あー終わったー!話し込んでたら長引いちゃった。…って萌花何してんの?」

 「那奈ちゃんおかえりぃー。座るところなかったから、ここにしたのー」

 「…山内君イス扱いされてるけど、いいの?」

 「もう嬉しいんだか悲しいんだかよく分からん」

 とりあえず早くどいてくれ。

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