『あな』と『なわ』
あのブルマ騒ぎから、1週間、事態は沈静化しかけている。
理由は近づいて来た期末テスト。
成績が赤点だと夏休みに強制的な補習が待っていると先生が発表したので、普段、あまり勉強しない生徒も勉強に手をつけ始めている。
ちなみに僕は毎回、成績は中の上あたりなので、心配はしてない。
萌絵は‥‥‥‥‥‥手伝ってあげようと思う。
教室では「どんな問題が出る」などの予想合戦がで巻き起こって、僕の不本意すぎるあだ名は虚空へと消え去った。
一生、帰ってきてほしくない。
そんなわけで、学校における不安要素がなくなり、少しウキウキ気分で家に帰ると、すぐに携帯の電話が鳴った。
電話の相手は直哉だった。
「もしもし」
「もしもし、優希か。ちょうど家に帰った頃だと思って電話したんだが、家か?」
隣の部屋の萌絵ならまだわかるけど、しっかり当てるなんて、エスパーなのか、感覚がすごいのか。
「ああ、家だけど」
「なら、いいな。実はな、お前に内緒でプレゼントを入れておいたんだ。優希にはいつもお世話になっているからな」
「それはありがとう。それで、どこに?」
「お前の鞄の中に見覚えのないネズミキャラのビニール袋が入っているはずなんだが」
背負っていた荷物を下ろして、鞄の中を探ってみると、厚い教科書と教科書の間に見覚えのない千葉のネズミの袋が入っていた。
中に入っている物は外からは見えないけど、叩くと〈コンコン〉といい音が鳴った。
「あった。本、これ?」
「そう、本。いや、大変だったよ、優希の好みにあうのを見つけるのは難しくてな。でも、やっと見つけたんだ。絶対に優希なら気にいると思う」
僕はミステリーとか好きで、最近、発売されて話題になっている物だったら、嬉しいな。
まぁ、大きさが違うから、それではないけど。
出てくる本に期待しながら、袋から本を取り出した。
そこには、
『縄とグラビア〜真夏の高校〜』
という題名と、手首を縄で縛られている水着姿のモデルが表紙になっている本が出てきた。
「なんてもん、渡してるんだ!!」
本を床に投げつけながら、携帯越しに怒鳴った。
下の階の方、ごめんなさい。
いや、予想外にもほどすぎるし、あと、これのどこが僕が気にいる本なんだ!
「『縄とグラビア〜真夏の高校〜』だけど?」
「タイトル聞いてるわけじゃねーよ」
なんで、この本を僕に送ったか、聞きたいの!
「優希、大丈夫だ、安心しろ。R18、つまりエロ本ではない」
「そこじゃねーよ」
R18ではないことに安心はしたけど、この本、事態が問題なので違う。
「あー、もしかして、優希、勘違いしてるな」
「何を?」
もしかして、表紙と題名が変なだけで、この中は知的なミステリーがつまっている‥‥‥‥‥‥わけないよな。
「安心しろ。中にちゃんと、ブルマ姿もあるぞ」
「なおさら、ちげーよ!!!」
なんで、虚空へと消え去ったのを親友のお前が引きずり戻してくるんだよ!
「なんでだ!!お前は、ブルマが好きなんだろ!」
電話の向こうからでも直哉の驚きが伝わってくる。
来週、しっかり直哉と話しておこう。
「はぁ、それで、こんなマニアックぽいコンセプトの縄に縛られてた女性を選んだんだよ」
「そりゃあ、もし、お前が気に入らなかったら、返却してもらって、俺が見るためだけど」
親友の意外な性癖を知った。
知りたくなかった。
「多分、返却するよ。えーと、来週の月曜日でいいよね」
今日は金曜日だし、直哉に次に会うのは来週の月曜日だ。
つまり、3日間はこの本がこの家の中にあることになる。
憂鬱だ‥‥‥。
「まぁ、返却はいつでもいいぜ。もし、気に入ったなら、持っててもいいし。気に入ったなら、教えてくれよ。俺のとっておきを見せてやるから」
「こんなことは起きないから」
そう言って、電話を切った。
僕の前には残念ながら、その写真集が残っている。
パラパラと30ページめくったあと、僕の秘密の隠し場所の、タンスの裏にそれを隠した。
♢♢♢
テスト、1週間前になって、各教科の提出課題と問題範囲が明らかになっていく。
萌絵は今、僕の目の前で数学の課題の期末範囲のセンターの問題3年分を解いている。
数学の先生が一問はこの問題の数値替えを出すと宣言したので、対策は必須だ。
数値替えと言った時、クラス中でブーイングが起こった。
そんなセンター試験の過去問を頭を抱えながら、萌絵は解いている。
「ねぇ、優希」
「どうした?」
萌絵は集中力が切れたのか、机に突っ伏している。
頑張っていたし、冷たい飲み物でも持ってきてあげようと思って、椅子から立ち上がった。
「このなわ、解いてくれない?」
‥‥‥‥‥‥はっ?
今、縄って言わなかった。
いや、でも待て待て。落ち着こう。
直哉のせいで変な勘違いをしているだけだ。
縄がきつく縛って解けない袋に何か飲み物とか食べ物とかが入っているから、それを解いて持ってきてくれないって意味だと思う。
「どの?」
「私のに決まってるでしよ。この部屋には優希と私しかいないんだから。私を縛っているものから、私を解放して」
これ、マジか?
せっかく、今日、直哉にあの本を密かに返して、記憶の焼却炉に入れて、封印を施しているのに。
あっ、なんか、あの本にあった感じに萌絵が見えてきて、直哉が僕を深淵に誘っている気が‥‥‥
違う、僕はそっち側にはいかない。
行ってたまるか!!
「い、いつから」
「さっきから、ずっとじゃん。だから、私、今、こんなに疲れてるんだし」
さっきからずっと?
ずっと、縛られていたの?
僕の目の前で?
全く気づかなかったんだけど。
「そんな長く縛られてたんだ」
「そうだよ、これが解けなくて、一向に宿題が進まないんだもん」
あれ?
今、会話に齟齬があった気がする。
「この問題に縛られて、どんだけ時間を無駄にしたのか、わからないよう。優希、
"コのあな、解いてくれない"」
「あっ、うん。それなら、加法定理使えば解けるよ。わからなかったら、もう一回きいて」
「うん、そうする」
萌絵は起き上がると、集中して計算を再開した。
つまり、僕は萌絵が「コの部分の答えを解いてくれない?」という会話を「この縄を解いてくれない」って聞き間違えたわけだ。
つまり、僕は直哉からもらったあの本に感化されてしまっていたんだ。
自分の顔は見えないけど、赤くなっているに違いない。
あー、穴があったら入りたい。
「ちょっと、強引だったけど、あの反応、やっぱり、あの本は優希のだったんだ。本当に昔から隠し場所は変わってないよね。私が知らないと思ってるの?大丈夫、ちゃんと縄は買ってあるよ」
読んで頂いた皆さま方、まずはお読みいただき感謝いたします。
さて、感想、ブックマーク、そして、下の評価の☆を☆☆☆☆☆から★★★★★にしていただくと、作者は狂気乱舞までは言い過ぎですが、とても喜びます。
是非、ご検討ください。