『ほうれん草』と『惚れ薬』
連載版開始します!!
よろしくお願いします
メールの誤爆。
それは日常で時おり必ず起こってしまうこと。
僕自身も最近、『機嫌悪い?」と打ちたかったところを『期限悪い?』と打ち間違えた。
このようにメールの誤爆というのは日常的に起こることである。
そして、今、マンションの隣の部屋に住んでいる幼馴染からのメールで誤爆が起こった。
本当のメールの内容は『ほうれん草持ってない?』。
それを彼女は『惚れ薬持ってない?』と誤爆したのだ。
普通の人なら『ほうれん草持ってない?』も誤爆なんじゃないのと思うかもしれない。
でも、これは僕たちにとっては普通のやりとり。
僕、森脇優希と隣の部屋の豊田萌絵は幼稚園時代からの幼馴染。
2人とも同じ幼稚園、小学校、中学校、高校と進み、同じクラスになることも少なくなかった。
また、親同士も仲がとても良く、毎年一緒に旅行に行ったりしている。
そんな家族関係で、両方の両親とも共働きで出張が多く、帰ってきても夜遅くなので、お互いの部屋を行き来することは多い。
物の貸し借りも多く、ハンガーから調味料、食材まで貸し借りしている。
だから、今回のメールの『ほうれん草持ってない?』も僕たちの仲では普通に存在する会話だ。
だけど、問題は誤爆した惚れ薬という単語にある。
メールの誤爆の原因は、普通に打ち間違えたか、予測変換を間違えてタップしたかの二通り。漢字で惚れ薬になっている以上、今回は後者である。
さて、日常で惚れ薬なんていう単語を使うだろうか。残念だけど、僕は一度も予測変換欄に惚れ薬なんて言葉は出てきたことはない。
ということは萌絵がここ最近、どこかのタイミングで惚れ薬と打ったことになる。日常で惚れ薬と打つ幼馴染。少しゾッとしてくる。
それに僕はこれが他人事と思えない理由を知っている。
3日前、彼女の部屋で勉強を教えようと隣の部屋にいた時、彼女が着替え中にチャイムがなり、僕が荷物を受け取った。
その段ボールには送り主が川瀬農園と書いてあったので、野菜だと思った僕は冷蔵庫の野菜室に入れようと思い、段ボールを開けた。
中に入っていたのは野菜は野菜でも高麗人参だった。
萌絵は料理に使うって言っていたけど、そのあとネットで調べたけど高麗人参を使った料理なんて出てこなかった。
高麗人参は漢方薬として使われる植物。
もしかしたら、あれが惚れ薬の材料だったんじゃ。
♢♢♢
ドンドンドンドン。
家の玄関の扉が4階ノックされると、鍵を開けて萌絵が入ってくる。
「ねぇ、なんで既読スルーすんの」
萌絵は少し怒った表情だった。
ポニーテールが特徴の明るい子。
それが出会ってからずっと萌絵に対する僕の印象だ。
「ごめん、ちょっとあって」
「大丈夫、2日前から少し顔色悪いけど」
萌絵が僕のおでこに手を当てる。
「うん、熱はないみたいだね」
「うん、ちょっと気分が優れないだけだから」
「ふーん、最近、ずっとそうだよね。あっ、ほうれん草もらうね。えーと、ほうれん草、ほうれん草。あった」
萌絵が僕の家の冷蔵庫からお目当てのほうれん草を見つけたらしい。
「何、作ってるの?」
「あっ、優希も知りたい。そうだ!じゃあ、優希も一緒に飲もう」
「えっ」
萌絵が作っているのが飲み物だと知った。
半ば強制的に萌絵の部屋に連れてこられた僕。
飲み物って聞いただけで、さっきの惚れ薬が頭の中から離れない。
手を洗った萌絵はほうれん草をざく切りにすると、何が入っているのかわからないミキサーの中に入れる。
萌絵がボタンを押すとミキサーが『ガガガガ、ガガガガ』と音を立てて、中の具材をかき混ぜていく。色から緑色の物が多く入っているのはわかるけど、なにが入っているかまだはわからない。
キッチンに付いているシンクで手を洗おうとした時、備え付けてある生ゴミのゴミ袋の中に見覚えのあるものが捨ててあった。
それは高麗人参の頭のような場所だ。
これで、あのミキサーの中に高麗人参が入っていることは確信した。
うん、逃げようかな。
「出来たよ!」
萌絵の明るい声が僕の足を止めさせる。
彼女の手には緑色のドロドロの液体の飲み物が注いであるグラスが握られている。
それはなんですか?
惚れ薬ですか?
「優希のために作ったんだ」
俺(を惚れされる)ために作ったんだね。
どうしようかな。
せっかく萌絵が作ったくれたよくわからないドリンクだし。
これで、本当に何の意味もないただの誤爆だったら、俺は萌絵を傷つけることになる。
「飲まないの?」
萌絵の寂しそうな顔をする。
僕の胸がよりキュッと締め付けられる、
これが惚れ薬でもいいや。
若干、なげやりな気持ちになりながら、萌絵からグラスをもらい、口に含む。
南無三。
口に含んだそのスムージー状の液体は
「苦!!!!!」
驚くべきほど苦かった。
なんとか飲み込めたけど、今までこんな苦さを味わったことない。
急いで、水を飲む。駄目だ、まだ残ってる。
テレビの罰ゲームで採用してもいいレベルだ。
僕と同じく飲んだ萌絵も今まで見たことのないような渋い表情をしていていたので、急いで水を渡した。
「本当だ、これ凄く苦いね」
「ていうか、これなに?惚れ薬?」
「違う、違う。何か健康によさそうなスムージーを作ろうとしただけ。最初は自分のためだったけど、最近、優希の気分が悪そうだったから少しでも良くなればと思って、高麗人参にほうれん草にゴーヤなんかを混ぜ合わせた健康なものを入れて作ってみた。でも、これは駄目だね。苦すぎる」
「そっか、ありがとう。なら全部飲むよ」
せっかく萌絵が作ってくれたんだし、残すのはもったいない。
苦悶の表情をしながら、コップ一杯飲み切った時には体調は若干悪くなった。
明日、より健康体になっていることを願おう。
その後、萌絵に簡単に勉強を教えて、萌絵の部屋を出ようとする。
「ごめんね、今日は変なもん飲ましちゃって」
「全然平気だから」
「それならいいんだけど。それでさ、今度、また挑戦してみようと思うからその時はまた一緒に試飲して」
「うん、いいけど」
「ありがとう。それで、優希、飲んだ後、変なこと言ってなかった。惚れ薬がどうとか」
嫌なことを思い出された。
「もしかして、私の誤爆が原因?」
「う、うん。なんか変に勘ぐっちゃって」
「もう、惚れ薬なんて実在するわけないし、あんなふうに私が飲ませるわけないじゃん」
「そうだよね。俺、今日、変だったよ。それじゃあ、また明日」
僕は萌絵の部屋を離れた。
「そうだよ。あんなふうに飲ませるわけないじゃん。気づかないように、少しずつ増やしていくって」
まずは読んでくださってありがとうございます。
短編から来てくださった方、そして、この連載版から来てくださった方、どちらでも構いません。
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作者はものすごーく、嬉しさに包まれます。