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英雄の叙事詩  作者: yu-in
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英雄が追うもの


 キセキは西に針路を取り続けた。


 数日おきに集落を見つけてはセオルが道中で狩った獣を対価に宿を借りた。

 キセキが標にしている『赫い獣』の話はこちらから切り出すまでもなく、夕餉の話題に上った。


 ヤツのせいで傭兵に金を払わなくちゃいけなくなっただとか、あっちへ逃げていったが討伐されて今度はこっちに出ただとか。

 一様に、そいつ等が黒ずんだ血みたいな褐色の見た目をしていることと、動かなくなる寸前まで他の命あるものに襲いかかることを口にしていた。


 キセキは大抵のことは教えてくれるが、『俺のことだ』と言ったことは別だ。

 『赫い獣』についてはなにもセオルに教えはしなかった。

 なにも強請ったりはしないと決めたから、セオルは強情に聞き出すようなことはしなかったが、時折鋭い眼光で押し黙る彼を見て不安を感じた。


 急いているようにも見えたからだった。

 早く、速く辿り着かなければ、と。

 彼は気づいていないだろうが、そういう日は決まって『レッスン』が行われる。それも、少し難しいヤツだ。

 そのことに不満はなかった、むしろ望むところだった。

 おかげで、セオルの狩りの腕も上がって、最近は夕食の肉に困っていない。


 困っているのは、野外だというのに危機感が無さ過ぎるキセキだ。

 毎日肉を食って眠れるからと言って、寝坊するのはどうだろう。この前なんて、見張り番のくせして居眠りしたのだ。

 何事もなかったから「ああすまんすまん」で済んだが、もし襲われていたらどうするつもりだったのだろう。

 それとも、そんな剛胆さも英雄の条件なのだろうか。


 おもしろかったこともある。

 寝坊したキセキを身体を揺すって起こしてやったときのことだ。起きがけだったから、半開きだった目がものすごくぎょっとした目に一変した。

 いい薬になるからまたやろうかと思っていたが、『寝惚けて斬るかもしれんから、もうやるなよ?』と三寸鞘から抜いて念押しされたから、それ以来やっていない。


 どうやら、眠りを邪魔されることが相当に嫌いなようだ。

 だったら自分で起きたらいいのだ。        


 セオルはおもしろくなくて四六時中、仏頂面をしていたその日、見かねたキセキはとっておきだといういくつかの香草と種をブレンドして作った調味料を使った煮込みを振る舞ってくれた。

 皿を取りこぼしそうになるくらい美味かった。

 もちろんそんなもったいないことはしていないが、もし落としていたら地面を舐め取っていただろう、それくらい美味かった。 

 聞けばこの辺じゃ採れない遠いところの素材も使っているらしく、そんな貴重なものを食わせて貰ったとなれば今回のことも、手打ちにしてやるしかない。


 『現金なヤツめ』とキセキは呆れていたが、美味いものを食って機嫌を良くしないヤツがいるものか。……その次の日、また腹を痛くした。



 とうとう二人の旅程はサンクトア王国辺境、旧シルヴェルト国領目前までさしかかっていた。

 旧シルヴェルト国は小さいながらも精霊力の濃い地で、その恩恵でナレイブとサンクトアの間に栄えていた国だ。

 両国の圧力に負け最終的に国の大部分をサンクトアが占領し、その後、二大国はこの地を中心に兵をぶつけ合った。


 キセキが『会いに行く』と言っていたのはもしかしたら戦時の知り合いなのだろうか。

 キセキがその知り合いにどんな用事で会いに行くのか、なんとなくセオルも気づいている。少なくとも酒を飲み交わすような穏やかな用事ではないことぐらいは。


 セオルはそれを否定するつもりはない。

 好き勝手に殺したりするようなヤツだったらセオルも憤る。そういう勝手なヤツらのせいでセオルの村は焼かれたのだから。

 だけど、キセキがそんな人間じゃないことをセオルはよく分かっていた。それどころか、きっと普通に生きている人以上に命を大切にしている。

 傭兵としては矛盾した信念だが、それがキセキという人間だ。キセキがそうするのなら、そこには理由や目的があるのだろう。


 セオルにとっては、それより目的の後のこと、キセキの旅が終わったらどうなるのかが気になって仕方なかった。

 キセキにはずっと世話になっている。

 ほんの数ヶ月で、セオルは自分の出来ることが大きく増えたことを実感していた。

 恩を感じているのならキセキの旅の成就を応援してやるべきなのに、セオルはなかなかそういう気持ちになれなかった。

 それどころか、最初はすぐに一人前になってやろうと思っていたくせに、いまは旅がずっと続けば良いなんて良くない考えが浮かんだりもして、そのたびセオルは首を振って目の前の道を睨むことで考えないようにした。


 まだまだ、独り立ちは出来そうになかった。



 二人は旧シルヴェルト国関所として栄え、戦時は補給地点として盛んだったウォール旧関所街を訪れた。

 道沿いに遠くから見ただけで、様子がおかしいことに気がついた。


 キセキが目配せをして、セオルはこくりと頷いて足を速める。こういう無言のやり取りも馴れたものだ。

 近づくと、血と火の臭いが鼻についた。

 門前には数人の傭兵と思しき怪我人が並んでいて、まさにいま腕を落として焼いて止血している男がいた。

 悲痛な絶叫だった。

 舌を噛まないように口入れた布を巻いた木板を真っ二つに噛み割って、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって暴れる男を数人がかりで必死で押さえつけている。

 盗賊の洞窟で殺されていった奴隷たちの断末魔がセオルの耳には重なって聞こえた。


()()()の魔獣が出たんだ」

 聞こえた来た単語を拾い上げると、どうやらそういうことらしかった。


 獣たちの中には自然にある力を真似て、人間の魔法みたいなことをしてくる連中がいる。

 そういう連中は一つの場所を好む傾向にあるから対策を立てられるのだが、不意に出くわしたとしたら運が悪かったとしかいいようがない。


「なんかさ、冷静なんだな」

「そう?」

 首を傾げる。

 動揺はしているつもりだったが、キセキはもっとあからさまなのを予想したらしかった。

 知っている相手でもないのだし、血が苦手というわけでもないのだから、頽れて泣いたりなんてしたら、そっちのがおかしいと思う。


「まあ、そういうもんだよな」

 口ではそう言いながら、キセキは眉間にしわを寄せて怪我人に視線を注いだ後、振り切るように顔を背けて、歩き出した。

「えっ、なにもしないの?」

 英雄とはこういうときこそ剣を振るう者ではないのか。

「言ったろ、出来る出来ねえの線引きが出来なきゃ全部ダメになる。はぐれ魔獣なら正体さえ分かればどうにでもなる」


 なんだそれ。

 正直に言えばがっかりだ。

 英雄の剣とは絶望を払拭するための剣ではないのか。

 たったいまここにある混沌を容易に退けてしまう力がありながら、それを振るわないなんて、もったいぶってこっちが困っているときに力を貸してくれない貴族とどう違うというのか。

 そう言えばキセキはセオルとの旅の間、一切力を使っていない。狩りは全部セオルがやっている。

 心に、疑惑の種が芽吹いた。

 

 キセキは、本当に強いのか?

 

(やめろッ!!)


 自分を怒鳴りつける。


 どんなツラしてそんなことが言える?

 餓えた死に損ないが、どうしてここまで強くなれた?

 セオルを成長させた知識は本物だ、どうして頭でっかちだなんて思えるんだ!


 なにより、出会いの一刀をセオルは鮮明に覚えている。


 盗賊をまとめて真っ二つにした神技の一刀こそが底の知れない強者の証明だ。

 疑うならそんな目は意味ないからくり抜いてしまえ。

 こんな恩知らずだなんて知ったら、キセキはセオルを捨ててくだろうか。

 そう思ったら真っ暗になる思いがして、二度と心の中でさえ裏切ったりしまいと心に戒めた。


 そもそもだ、被害は傭兵だけだ。ケガをするのが仕事みたいな連中がそうなっただけで、気に留めてやる必要がどこにある。

 黙ってキセキの後に従え、ここまでそうやってきたし、始めにそう決めただろう。


 心の中でどれだけ言い連ねても、セオルは苦悶に気をやってしまった男から目を離せないでいた。

 ここで、見て無ぬ振りをして本当にいいのだろうか。

 自分なら何とか出来るかもなんて考えるのは、傲っているからだろうか。


「セオル?」

「あ、ごめん。……オレに、なにかできないかな、なんて思ってさ」

 呆然としたまま口にしていて、またしてもやらかしたと思った。


「あ、ちがくて、これは……」

 まるで当てつけじゃないか。

 キセキがやらないからセオルがやるなんて、どうしてそんな理屈がまかり通るのか。

 獣は狩ってきたが魔獣の相手をしたことはないくせに。

 道中の村で、狩った獣を渡したら何度か、よくぞなんて褒められたりしたからって、ちょっといい気になりすぎだ。

 やっぱり傲っているのだ、気をつけないといつかケガする。

 もう口をつぐんで耳もふさいでしまおうとしたが、その前に近くで傷の浅い連中が話しているのが聞こえた。


 『まだ、取り残されてる傭兵がいる、それも、子供の』

 

「あっ」

 行かなきゃと、思った。

 セオルはズルみたいな方法で簡単に傭兵になった。だけど、普通の傭兵は苦労して働いて、やっと傭兵になれる。

 それからようやく他者に依存しない自分の生き方が出来るようになる、はずだった。


 いいのだろうか?


 やっと手に入れられた自由への挑戦権が、理不尽で奪われてしまうなんて、そんなのはあんまりだ。

 セオルの目指す英雄は、自分じゃどうにも出来ない理不尽に絶望したときに助けてくれる存在だ。


「お、オレっ!」

 唇を噛んで、キセキを見上げる。

「――行けよ」

 腕を組んで、キセキは言った。 


「出来る出来ねえより先に、やらなきゃって思ったんならやらなくちゃいけない、そういうもんだろう?」


 憮然と、彼は続ける。

「いいか? 俺はお前がまだ行き先もなんにも知らないから案内してるだけなんだ。だからセオル、行きたい道があったら行くんだ。そうじゃなくちゃいけない。なにがなんでも俺の後を追うなんて、そんなのは間違ってるんだよ。お前が決めていいんだ」

「でも、オレ、まだ……」

「安心しろって、置いてったりしない。まだ、教えてないことが残ってる。待ってるさ、ここでな」


 こんな勝手な道連れがいていいのだろうか。

 好き勝手して、でもまだキセキと行きたいなんて、いいのだろうか。


「いいから行けって、やりたいようにやってこいよ」

「……うん」

 背中を押されて、今度こそセオルは頷いた。

 キセキと離れるのは不安だった。


 だけど、待っててくれるのなら、大丈夫だ、行ってこれる。

「すぐ戻ってくるから!」

 パンと頬を張って、セオルは初めてキセキと分かれて自分で道を決めたのだ。



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