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英雄の叙事詩  作者: yu-in
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英雄の道連れ③


 『傭兵』という職業は皮肉な職業だ。


 と言うのも、正反対な二側面の評価を受ける職業だからだ。


 一つは『ならず者』。


 セオルのように何かしらの事情でアテが無くなったものが、就く仕事。

 傭兵ギルドに持ち込まれた仕事をあてがわれて金を稼ぐのだが、その中には危険な仕事も多い。

 凶暴な獣や『魔獣』と呼ばれる、やっかいなことをしてくる連中の被害があったら真っ先に矢面に立たされるのも傭兵だ。

 親は子供が傭兵になるなんて言い出せばげんこつを落として叱りつけ、次の日にはどこかの丁稚にしてしまう。

 だけど、見方を変えれば普通の人間がやらない仕事をやる職業ということでもある。

 凶悪な敵に太刀打ち出来ず絶望に暮れる民衆を背中に庇い戦い、そして勝つ。


 すなわちは『英雄』だ。    


 大英雄キセキの叙事詩に描かれた最初の偉業も傭兵として打ち立てたものだ。

 それ以降もサンクトアと隣国ナレイブの戦争が本格化し、ナレイブが内乱で滅びるまでの間、キセキは数々の功績を残している。


「傭兵ギルドに登録しておけば情報が手に入りやすい。セオルがどんな選択をしていくにしろ、仕事と情報は必要だ。登録しておけば損は無いさ」

 傭兵ギルドのエントランスで、キセキはぶすっとしているセオルと手続きが終わるのを待ちながら説明した。


「……ありがと」

 短く呟く。

「まーだ気にしてんのかよ」

 からからと笑いながら、キセキはからかい口調で言った。

 だって……。

 ふてくされている理由は宿の一件だけじゃない。


 手続きには金が掛かる。キセキはそれを当然のことのようにセオルの前で払った。おまけに証石だ。

 横目に、ギルド内の提携販売所を確認すると、セオルと同じくらいの少年が証石を購入していた。隣にはその背中をばんばん叩いて祝福する傭兵の男。


 証石は高価なものだった。見ず知らずに買って与えられるようなものではない値段をしていた。

 あの少年と傭兵然り、出入りする傭兵と思しきグループに少年少女が混じっているのを見かける。本来はああやって傭兵の荷物持ちをして金を稼いで証石を買うものなのだろう。


(キセキはどうしてオレにこんなにしてくれるんだろう)


 この仏頂面は、そういう与えられるだけの不満だってあるのだ。

 同時に、こんなことはただの面倒で意味の無い子供の癇癪でしか無いと理解しているから、宿の一件にかこつけてやっているのである。

 この旅が終わるときに聞けるのだろうか、聞いてもいいと思えるほど強くなれるのだろうか。


「キセキ、オレは一つだって強請ったりしないよ。その代わりキセキが落としてくれる物を何一つ無駄にしたりしないし、キセキの行く道を這ってでもついて行く」

 いまは口だけの宣戦布告。

 いまはまだ何一つ持っていない奴隷上がりの子供の啖呵。

 大英雄はちっぽけな決意に困ったと言うよりも気恥ずかしい様子で、天井を仰ぐと、「がんばれよ」とだけ返した。


 それから、奥に引っ込んで手続きを担当してくれた受付が戻ってくると、キセキに行ってこいと仕草で促され、セオルはやや強ばった面持ちで受付の前に立った。


「おめでとう、真新しい剣くん」


 そう言った受付に差し出された手には、預けていたセオルの証石が吊されている。

 手にとってみると、預ける前にはなかった傭兵ギルドのエンブレムが刻印してあった。


 麦を守るように交差する剣の紋様――『麦交剣章』は、傭兵ギルドの創始時、財産を守るために剣をとった民を表している。


「依頼者に会うときや旅先の街で傭兵ギルドを訪ねたときには証石を光らせて傭兵ギルドの一員であることを証明することを求められる。だから、首から提げて無くさないように」

 人差し指を立てて念押しをしたのを皮切りに、ギルドの受付は基本のマニュアルを次々と並べ始めた。


 ・証石は一定周期で新しい物と取り替えなくてはならない。

 ・依頼を斡旋するかはギルド側が選ぶことが出来る。

 ・働きによってはプレートと呼ばれる、ある程度の実力を保証する印を支給されるが、これの授与もやはりギルド側が権利を持っている。

 ・プレートを授与された物以外が使ったり、貸し与えたりをした場合は相応の処分がくだされる。

 ・ギルドの評判を落とすような振る舞いにもやはり処分が下される。


 その他要項目を聞き逃すまいと「はい!」と返事を返すセオルに気分を良くした受付がことさらに年長ぶって「やや、君みたいな新人はね、ちょっと金を稼げたくらいですぐ調子に乗るんだが……」なんて説教に寄せたグチを言い始めたところで、セオルの後ろにぬうとキセキが立った。

 キセキはなにも言わなかったが自分のプレートをちらつかせ、受付はそれに気づいて「ん、んんッ」とわざとらしい咳払いで話を止めたのだ。


「……えっとだね、本当なら一つの街に留まって働くのが良いんだ。顔馴染みになれば任せても良い依頼がこちらも判断つくから」

「悪いね、ここでの用事は終わったんだ。そして、セオルは俺と行くって決めた」

「『赫い獣』を追うんですね」

 やれやれと、受付は腕を組んだ。


「ナレイブの亡霊はいまだ貴方を駆り立てる。ギルドの職員として貴方が貴方の財産を守れるようにお祈り申し上げます」

 ちらりと受付がセオルを見たのが分かった。

 会話の意味は分からないが、どうやらこの受付はセオルのことを案じているらしかった。

「ははっ! 大丈夫さ。それよりアンタはコイツのことをちゃんと覚えておいてやると良い。そしたらきっと自慢出来る日が来るぜ? あの英雄の証石にギルド印を入れてやったってさっ!」

「ほお、この子が英雄に?」

 カウンターから身を乗り出して好奇の視線をエトルに向ける受付に、挑発的に歯を剥いて笑むキセキ。


 セオルは臆したりしなかった。

 手に汗を握りしめながら、じっと、そうだと言わんばかりに、受付を見上げて応えた。


「セオル、覚えました。今は小さい君が、この先多くの財産を守れるように祈るよ」

 にこりと微笑まれて、セオルは「ありがと」と返したのだ。

 

 

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