エピローグ 序章②
白地の細刀を手に、セオルは立ち上がった。
「落ち着いてやれ、丁寧に練り上げろ、出来る」
さあ!
魔力を全身に漲らせる。
さっきまで出来なかった事が、なんだって出来るような万能感さえ感じる。
「ああ?」
大剣を手に呆けていたアクツの眼球がぎょろり、セオルを向く。
「なんだてめえ、なんだここにいんだよ、なんでキセキの刀を持ってんだ」
「分かんないならバカだ。斬りに来たんだよアンタの首を地獄の底まで落としに来たんだ」
言い返してやるとアクツはぐるんぐるん首を回し、がつがつと大剣で地面を叩き始めた。
「ああー、ああーっ! やめろよウジ虫野郎、そいつはキセキのマネかよ。洒落になんねえんだよお! 親友をさんざん苦しめて冒涜まですんのかよこらああ、死ねよお!」
悪鬼のように顔を歪ませるアクツ。
それをせせら笑い、セオルは言ってやる。
「キセキはアンタなんか大っ嫌いだってよ、一方通行の大マヌケ。だいたい、アンタほんとはキセキのことなんか考えちゃいない。これからどうしようか分かんなくてとりあえず悲しいフリしてんだ。明日にはケロリとして他所に迷惑掛けに行くんだろう?」
アクツが跳んだ。
セオルも跳んだ。
ガンッと打ち合う細刀と大剣。
キセキがやったみたいに大剣の下まで入って大剣の柄の直上で受け止めていた。
「うざったいんだ! 俺はお前なんか知ったこっちゃ無いんだ。キャンキャン吠えつくんじゃねえよ!」
「オレだってアンタなんか大嫌いだッ! だけどわきまえも知らない厚顔ヤローは噛みついて追い払ってやらねえとすっきりしないんだ!」
大剣の圧力に圧し潰される前に刃を引く。
すぐに戻って、大剣が振られる前に再度衝突。
なんども、なんどでも、とにかく思い切り振らせるな。それが一番大事なことだ。
機を窺え、そのときは必ず来る。
周囲を回るように斬りつけていくが、ガントレットと大剣で綺麗に防がれてしまう。性格は破綻しているくせに、戦いはきちんとしている。
もちろんそうで無くては、あのキセキと戦うなんて無理に決まっている。
セオルに勝機があるとすれば、この細刀だ。
細刀はよく馴染んだ、魔力が流水のようによどみなく流れていく。
流石はキセキの剣だ。
それでもキセキが使ってたようにはいかない、キセキと同じ魔力を持っていてもこればかりはセオルが自分で馴れてやるしか無い。
「逃げ回る姿がお似合いだなあ! 今度は誰の背中を探して跳びまわってんだよ。俺はキレイ好きだから虫がついたらすぐに潰すぜ?」
はっ、誰がキレイ好きだって?
「じゃあさっさと自分の頭を叩き割れよ! きっとウジが湧いた汚い脳みそが垂れてくるだろうからさ!」
振り上げられた黒鉄鋼のグリーブを柄で殴って逸らす。
蹴撃は確実に躱したが、黒い魔力の残滓がどう猛に、セオルの肌を傷つける。
恐怖は感じていた。だからこそ、虚勢を張る。
感情が、心が屈してしまわないように、腕を振り続けるために。
意思だけは競り負けないように。
殺意と、貪欲さ。
勝つためには、それが必要だ。未熟なセオルならなおさら。
だけど、それだけじゃ足りない。
「感情を、飼い慣らす」
勝つために必要なことは頭の裏側で着々と進めていなければならない。
細刀に通す魔力の密度を引き上げていく。
分かってきた。
細刀の扱いを、あまりに滞らないから調整も一苦労なクセのある業物だが、セオルは着実の魔力のまとめ方を習得し始めていた。
もちろん、セオルの力だけじゃ無い。
魔法と同じように魔力に残ったキセキの痕跡が手伝ってくれている。
「めんどくせえよ、おまえっ!!」
唾を吐き着けそうな顔で繰り出された右の拳。
ちりちりと、黒い魔力が集まっているのを感じる。
だけど、ぞんざいだ。全く練り上げていない。
アクツは、ソレで十分だと思っている。セオルなんてまともに相手をしちゃいない。
「思い知らせてやる」
もう見えているんだ。掴んでいるんだ。
熱と魔力を一息に細刀へ。
細刀は与えた分だけ吸った。
御しきれず、刃の先から流れて霧散していく。
全部じゃ無くなたっていい。
ぶつかる場所だけを見極め、ピンポイントでいいんだ。
「はあっ!」
気声を張り上げ、留めろと念じながら刃に魔力を定着させる。
そして、濃くなった魔力の刃で、
「――チィッ!」
アクツの魔力装甲を斬る。
グワンッ
細刀から確かな手応えを感じ、ガントレットに罅が入った。
さあ、やってやったぞ。
この剣はたったいま、お前を殺せる力を手に入れたんだ。
気だるげな表情を引っ込めたアクツに、セオルはにいと嗤ってやったのだ。
ざまあみろと。
「ああやっぱりいいや、オレがアンタの首を地獄に配達したらあの世の番犬が綺麗に食ってくれるだろうから」
嘲りながらセオルは片手を上げて指先の照準を合わせた。
次だ。
《魔力貫通弾》
セオルはキセキがやったみたいに十分な威力を持つ弾丸を指先以外に作ることはまだ出来ない。
だから、人差し指と中指で、連装弾――撃つ!
魔力を十分に篭めた弾丸が向かう先は、憎たらしい敵の顔。
能面みたいだったその顔が、歪んだ。
ごおうと、旋風が逆巻き、魔力弾を呑んだ。
「ああ、いいとも、じゃあ殺し合おうぜ?」
へらり、アクツは笑い、品定めするように、じろじろと、セオルの事を見た。
ほら見ろ、やっぱり演技だった。
セオルが殺せる力を持ってるって分かった瞬間にころっと態度を変えた。
「だからアンタはほっといちゃいけないんだッ!」
正中からの振り下ろし、セオルが剣の練習で最もやった動き。
セオルはクレアみたいに自分の身体の見えない部分の動きまで全部覚えるなんて出来なかった。
だから、一つ一つやった。
クレアが攻撃に型をつくったように、決まった動きに限定して、部位に魔力を集中させる事を覚えた。
剣先が頂点から下りてくるときから、体中で個々で発生した力の複合が始まる。
それぞれの合流地、すなわちは力が集まる部位に通常の身体強化に使う以上の魔力を集中させる。
何度も失敗した。
魔力の集中に気がいって、剣がすっぽ抜けた事もあった。
だけど振り下ろしの一撃、この一つだけは完成した。
「らぁっ! 」
細刀は魔力を含んだ旋風を切り裂き、アクツの大剣へと、降り落ちる。
「お、オオォ!」
侮ったか。
アクツは大剣でセオルの瞬発的な部位魔力強化により、数倍まで威力を増した一撃をまともに受け止めた。
いや、受け止め切れるはずがない。
凄まじい重圧を身体に受けて、両手で大剣を支え、ついには膝さえ突く。
このまま押し込んでやる。
長大が売りの得物は上からたたきつけるのがウリだ、じゃあ、このまま下に押しつけてやろう。
「よお、チビって言ったヤツに見下ろされる気分はどうだい?」
「気にしてたのかよ、だから小せえんだ」
ぎりりと額まで迫った刃の下で、アクツが凶暴に笑む。
「――壊ちまえ」
ずずっ、大剣から闇が上り、細刀にまとわりつく。
(魔力が、崩れてく?)
細刀が魔力装甲に押し戻されていく。
注ぎ込もうとした側から、魔力が無くなっていく。
(ああ、だめだだめだ!)
むきになるな、対処を間違えるな、また言われてしまう。
踏ん切りをつけて退いた。
「なんだよ、あのまま斬ってくれても良かったんだぜ?」
アクツはもったいぶって立ち上がったのだ。
「さあ来いよ、次はなにをすんだよ。全部やって見せろよ。まだ足らねえからよお。まだまだおまえじゃあキセキの代わりにならねえ」
「――ちっ、カンに障るヤツ」
アクツは受け身だ。
アクツは、セオルを戦う相手としては見ていない。あくまで、その候補どまりだ。
セオルがどの程度楽しめるのかを見て、キセキをこの地に誘ったみたいにどう遊ぶか楽しく考えている段階なのだ。
だから、セオルじゃ満足できないと思ったら別の誰かのところにいくのだろう。
セオルはアクツを殺してやりたいと本気で思っている。だけど、その実力差は悔しいくらいに分かっている。
まだ勝てっこない。
いまは、まだ――。
だから、セオルは示さなければならない。
キセキがアクツを自分の責任としてきっちり面倒みようとしたみたいに、今は無理でも未来できっと殺してやるために、それまでアクツが他所を見たりしないように、ここであのひとりぼっちの迷惑ヤロウの親友になってやらなくちゃいけない。
(さあ、あとは、なにが出来る?)
セオルは、この半年間の旅を思い返していた。