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英雄の叙事詩  作者: yu-in
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英雄の軌跡④


 正直に言えばセオルに、実感は無かった。

 だけれど、在るべき欠片をはめ込んだかのような、妙な納得を得ていた。

 

 憧れには必ず手が届く。

 セオルが幼い頃から持ち続けていた確信の根拠とは、もしかしたら、自身の能力を無意識に知っていたからかもしれない。


 行き止まりに見えた道に続きを見つけたように、逡巡を見せたセオルが手に入れた事実を呑み込むための時間を取ってから、クレアは続きを話し始めた。


「わたしたちも、初めからこの仮説にたどり着いていたわけではありませんでした。もちろん、口にしなくとも憶測はしていましたが、確信に変えたのは、キセキという脅威に対抗しようとしたナレイブが『勇者召喚』の魔法を再現しようと試み、『黒鉄の勇者』の召喚を成功させたからでした」


「あれが、成功なもんか」

 キセキが拳を握り、吐き捨てるように言う。


「そうですね、成功なんかじゃ無い。アクツがこの世界に現れたのは、ただの偶然だったし、ナレイブも滅びたのですから」

 クレアも顔に嫌悪感を滲ませていた。


「『勇者召喚』には、空間の魔力が必要です。しかし、ナレイブはそれを無視し、大量の魔力を使って強行したのです。代償を支払ったのは、奴隷含む下層民でした」


 ナレイブという国は一部の富裕民が多くの下層民を支配する身分制度(カースト)遵守の国家だった。その維持には常に下層民を補充し続けなければならない。だから、戦争で勝ち続ける必要があった。キセキという絶対的な力は、まさしく、ナレイブにとっては国家転覆の危機だった。


「おおよその数しか分かっていませんが、ナレイブが『勇者召喚』を執り行うために使った命は一〇〇〇人にも上ると言われています」

「クソッタレな話だ」


 ぎりりと、キセキが歯軋りした。

 キセキじゃ無くたって、そんな途方も無い数字を聞けば胸くそが悪くなる。


「そんなに人が減ったらだって、国がダメになる」

 仕事には人がいる。

 隣の畑を耕す人がいなくなったら、自分がやらなくちゃならない。だけど、その隣の、また隣のなんてなったらどんなに頑張っても無理だ。


「そのとおりです。だけど、彼らも引っ込みがつかなくなった。自分で首を絞めていることを自覚していながら、もう成功以外にやめる事が出来なくなってしまっていたのです」

 掛けた金が大きくなれば大きくなるほど下りるタイミングが無くなって借金が膨らむ。まるでだらしない大人の典型話だ。


「ナレイブの『勇者召喚』の魔法は成功しませんでした。だけれど、大量の『存在』の消失という事態が、精霊力に特別な働きをさせたのです」


 奇しくもそれは、ナレイブの悲願だった。

「大量の存在の消費の埋め合わせを探して、精霊力は異世界からアクツという二人目の異世界人を引っ張ってきました」

 

 どうしてそれが起こりえたのかは、正確には分からない。同じ事をしたら第二のアクツが表れるかどうかも正直あやしい。

 

 先に行われたキセキの『勇者召喚』。

 もしかしたらそれこそが、精霊力に異世界に渡る働きを覚えさせてしまい、この世界に迫るほどに強力な存在力の枝を伸ばしたアクツを引き込んだのかもしれない。


「ナレイブはきっと歓喜したでしょうね、掛け金が返ってきたと。だけれど、引き寄せてしまったのは災害でした。アクツがこの世界に来て最初にしたことは、周囲の人間を殺すことだったのですから」


 キセキとは違い、この世界に降りた時点で周囲一帯の存在をアクツは奪い取っていた。

 だから、虐殺は行われたのだ。

 富裕民も例外なかった。

 アクツはこの世界に大量の存在の埋め合わせに来ていたために、精霊力は魔法も知らない彼を守るように作用したため、だれもアクツを傷つけることが出来なかった。

 だから、アクツは好き勝手し放題した。

 ナレイブはそんなくだらない転覆の仕方をしたのだ。


「あいつは言ってたよ、『オレのもんなのになんで盗られなきゃいけないんだ』って」


 だから殺したんだと。


 アクツの召喚は、キセキと結果は同じでも過程が全く違う。

「アクツをこの世界に喚んだ力は犠牲になった下層民たちの魔力だけではありませんでした。その場にあった全ての精霊力、魔力が、強制的に協力させられました。富裕民たちのものもです。そこに『重なり』が出来てしまったのでしょう」


 存在の枝の繋がり。

 アクツの存在は切り落とされた大きい枝を無理にくっつけたようなものだ。定着のために周囲から存在を吸った。そこにはセオルとキセキみたいな繋がりが出来た。しかし、落ち着いたら一時的にアクツのものになった存在は正しい持ち主に戻ってしまう。アクツはそれをイヤがって殺したのだ。


「それで分かったんだ。アクツの存在はくだらねえことに使われちまった一〇〇〇人たちのものと、勝手やって殺されたやつのもの。なら、オレの存在だってきっと誰かのものなんだってさ」


 そして、見つけたんだ。

 キセキは、セオルをじっと見て言った。


「一目で分かった、お前だって。いつか絶対に出くわす運命は、こいつだったって」


 なんでそんな目をして言うのだろう。

 キセキからしたらセオルはいない方が良かったはずだ。それなのに、どうしてあの出会ったときと同じ目をしているのだ。


 身体は腐りかけても、力を失っても、少しだってその黒瞳の輝きだけは褪せていない。

 

「オレは、自分の世界から逃げてきたんだ」

 懐かしむように、すこし、はにかみながら、

「ずっと、分からなかった。俺は自分の意味なんて分からなかった。そんで、世界の全部をどっかでバカにしていた。テキトウに曖昧に生きて、そんで、失敗して、オレは投げ出したんだ。踏ん張れば良かったのに、足掻いてみれば良かったのに、オレは、簡単にハイサヨナラをした」


 笑っちまうだろう?


 頬を掻いて、キセキは独白を続けた。


「俺の正体は、弱虫でいじったれたひねくれもんだよ。クレアが支えてくれなかったら歩き出せなかった、いろんなヤツに道を教えて貰えなかったら立ち止まってた。そんで、凹んで座りこんだときに『声』が聞こえなかったら、二度と立ち上がれなかった」


 そんなことない。

 とっさに口を挟みそうになったセオルを、キセキは首を振って宥めた。


 話させてくれ、今だけは思うとおりに、これが最後だから。


 そんな意図を感じ取って、セオルは腰を落ち着けたのだ。


「上等過ぎだよ。そんな俺が『英雄』の道を踏めた。生きる意味を知った。死んでいく悲しみを覚えた。『誇り』を抱きしめることが出来たんだ」


 ちょっぴり照れくさそうだった。

 だけれど、恥じることの無い本音であることを示すように、キセキはセオルを覗く顔を逸らさなかった。


「『声』がいつだって俺の心を前に向かせてくれた」


 前へ、前へ、真っ直ぐ前へ。

 どんな目に遭ったって関係ない。

 倒れたって、手は伸ばし続けて、前へ。

 

 ひたむきに、心が望む方向へ。


「そしたらやらなきゃって思えた。その声がいつも俺を進ませてくれた。へたれな俺が逃げ出しそうになる度に引っ張って戻してくれた、前に向かせてくれたんだ」


 そうやって、褪せた世界に生きていた一人は、気がつけば鮮やかな世界で誰もが認める英雄の道を走っていたのだ。


「俺の存在に本来の持ち主がいるって分かったとき、クレアはきっともう死んでいるって言ったよ、魔力が無くちゃこの世界じゃ生きれない。俺自身だって死にかけた。普通はそう思うよな? でも俺はちっともその言葉を信じなかった」


 顔も知らなかった誰かの声を聞き続けてきたキセキだから、いつか絶対に出会う、そいつは必ず進み続けていると信じて疑わなかった。


「やっと俺は自分の意味を見つけたんだぜ?」

 「セオル」、と。  


「俺は、お前に紡ぐためにこの世界を歩み続けた」


 セオルがキセキに(意味)をくれたから、キセキはセオルに運命()を託す。


 そのために戦争をするために喚ばれた勇者は、英雄の道を行った。

 いずれ現れる英雄に、胸を張って会いたいと思ったから。


 それこそが、なにも持っていなかった彼が見つけた『自分の意味』だった。


「だからさ、俺に決めろなんて言うな。誰かに道を委ねるようなことすんな。お前はお前の心が望む方へ行かなくちゃいけないんだ」 

 それがキセキが憧れた英雄の姿だったのだから。


「オレの、心の望む方に」


 胸に手を置いた。

 心臓が鳴っている。

 鼓動がセオルが生きていることを教えてくれる。

 なら、まだ、セオルは進んでいける。


 進むべき道は決まっていた。


 セオルは立ち上がった。


 未練がある。

 正しいのだろうかという不安がある。

 未熟な精神は全部を欲しがるから、イヤイヤを言いたがる。


 それを抑え込むのは、この旅で偉大な背中を見て育った心だ。


 覚悟は決まった。


「キセキ、オレ、全部受け取る。キセキがくれた全部を持っていく」


 さあ、決断だ。

 

「オレは英雄になるために進み続ける」


 ああ、それでいいんだ。

 キセキはそう、満足そうに頷いた。


 こうして、大英雄の最後の旅に従いて歩いたセオルの旅は終わりを迎えたのだった。 



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