英雄の軌跡③
「『勇者』を作るために考えられたもう一つの特別な魔力は『空間』、それこそキセキとセオル、あなた達に関わる『勇者召喚』とよばれる特別な魔法を可能にするための魔力です」
いよいよ確芯を知ることが出来る。
背筋が伸びた、キセキも目を閉じて沙汰を待つみたいな顔をしていた。
「空間の魔力は、距離や広い狭いといった、場所そのものに対して干渉する力を持ちます。この特性を使って、英雄の素質があるものを、例え遠い場所にいたとしても強引に連れて来てしまおうという試みでした。これは実行可能までこぎ着けたのですが欠陥が判明し、実行されずにシルヴェルト国は滅びました。欠陥とは、一度勇者召喚を実行すると空間の魔力の所有者は魔力を回復できないことです」
魔力の生成に必要な結合とは魔素に『特定の精霊力』を定着させる行為だ。つまり、魔法を使ってしまうと、魔力として外に出してしまった『魔力として使える精霊力』が帰ってくるまで回復しない。
「魔素自体が消失するわけでは無いため、この世界の者として精霊力の恩恵は受け取ることはでき、キセキのような黒魔病の症状には罹りません。しかし、自分の意思で使える精霊力は遠い場所で消費されるために帰ってきません。勇者召喚には膨大な魔力が必要ですから、国主の系譜の魔力量でも払える代償ではありませんでした」
だが、キセキは喚ばれた。
シルヴェルトではなく、サンクトアにだ。
「国が違えば他国の国主だろうと関係ありませんからね。むしろ、クーデターの旗印となり得る者なら、力を削いでおきたいでしょう。なによりもシルヴェルト侵略で数多くの兵と将の犠牲を払ったサンクトアは、本命のナレイブとの戦争を目前に力を補充しなければいけませんでした。侵略した国の軍事力を手に入れるために情報吸収は速やかに行われ、『勇者召喚』のことももちろんサンクトア上層部の知るところになり、結果で言えば呼び出された勇者の活躍を条件にサンクトアに住む旧シルヴェルト国民の住民権の発行を約束して『勇者召還』は実行されました」
大胆な条件だ。
戦争に勝った国にとって相手国の人間は重要な資源だ。
人権を与えず、物として扱っても良いという点が優れている。
それをみすみす手放し、自国民として扱うという事は、それほどにサンクトアに余裕が無かったのだろう。
キセキの活躍が多くの旧シルヴェルト国民を救ったと知って、セオルは勝手に誇らしくなった。
「勇者召喚の条件設定にあたり、サンクトアはとにかく英雄を渇望しました。つまりは魔素が多い者、存在力が飛び抜けて高い者です。これが開発したシルヴェルトでさえ思いも寄らなかった作用を起こしました。普通なら考えないでしょう、まさか魔法が世界すら超えて人を連れてくるなど」
つまるところだ。
キセキの召喚は誰もが意図しないことだったのである。
普通は自分たちの世界の他に、世界があるなど考えも寄らない。
異世界などという言葉も半ばキセキ専用に作った言葉だった。
「あの頃はマジで大変だった」
しみじみと、キセキは遠い目をしていた。
「いきなり病気に罹るし、言葉も通じないし、身体が良くなったら戦えって言われるし、クレアに一日中勉強と訓練浸けにされたし」
「仕方が無いでしょう、あなたが武功を立てなければわたしの目的は為され無かったのですから」
ああそうか、じゃあやっぱりそう言うことだ。
「クレアなんだ、キセキを喚んだのは」
「ええ、その通りです。わたしはわたしの望みを叶えるために彼を戦わせました。そのために必要なことをやらせました」
またイジワルな言い方をしている。
責任と言う言葉で自分を縛ったり、奴隷と謙って彼に忠実であったり、精一杯無理強いしたことに『報い』ようとしているのに。
セオルとほとんど年が変わらないクレア。
なら、当時自国民を救おう一人で戦ったクレアはもっと小さかったはずだ。にもかかわらず、彼女は実際に救いたいものを勝ち取ったのだ。
改めて彼女がとんでもない女性であることを実感し、感嘆した。
「ん? で結局オレはどこに関係あるんだよ」
「ええ、今からです。まず、当時病気から回復したキセキの調子を話しましょう。彼は結合も手伝っていないのにすでに魔力を持っていました。それからもやり方を教えるまでもなく独りでに魔力を増やしていて、身体強化までなら簡単に出来ました。まるで、魔力自体がその挙動を知っていたかのように」
それはすごい、すでに英雄らしい頭角を現していたということではないか。
「ええ、とんでもないことです。見放していたサンクトアの上層部も彼に再び注目しました。……が、」
……が?
決まりが悪そうにキセキが顔を背ける。
「キセキ自身調子に乗っていたにも関わらず、出来たのはそこまで。そこからはわたしが結合のやり方から魔法の使い方まで全部、何度も、根気よく、繰り返して教えてやっと習得できました」
「……いや、わるかったよ」
なるほど、これもキセキがクレアに逆らえない理由の一つらしかった。
セオルの村で起きたことと一緒だ。
よく出来たから褒められたけど、そうじゃないと分かったらとたんに笑いものになる。キセキだって堪えただろう、誰も信じたくなくなっただろう。そんなときに面倒を根気よく見てくれた人なら、一生ないがしろに出来るはずがない。
「それはいいとして、魔力が突然に増えること、扱えるようになることになにか心当たりがあるのでは?」
「こころあたり?」
セオルが首を傾ぐと、クレアは呆れた口調になった。
「キセキは相当上手くやりましたね」
遠回しにセオルを貶しているのか、それとも言葉通りキセキを褒めているのか、判断がつかなかった。
「では、もっと直入に。キセキはこの世界の人間ではないから『存在』を持っていませんでした、だけれど、ある日を境に『存在』を持った。精霊力は誤解したんですよ、キセキがこの世界の人間だと間違えたんです。だとしたら、その『存在』の正しい持ち主がいる。さあどうですか、もう分かるでしょう?」
存在の正しい持ち主だと?
ああ、そうか、そういうことだったのか。
存在が魔素で、魔素が魔力であるのなら、クレアが言うところの『存在の正しい持ち主』は魔力を失ったはず。
セオルには覚えがあった。
ある日を境にセオルは魔力が全く増えなくなった。それどころか魔力操作すら下手くそになった。
普通は魔力が減るなんてことはないから思わなかったが、セオルは魔力操作が下手になったわけでは無く、実際には魔力を失っていたのだ。
その時期は、キセキがこの世界に現れた時期と符合する。
横を向いた。
「ああ、そうだ」とキセキが頷いて寄越した。
「オレが、『存在の持ち主』なんだ」
口にしたら、いろいろとしっくりした。
魔法の習得は難しいとセオルは聞いて育った。
騎士や傭兵でもない普通の人間は身体強化程度しか使えないものだと。
だけれど、キセキがセオルに教えた魔法はなぜだか直ぐに会得することが出来た。たったの半年で、セオルは様々な魔法が使えるようになったのだ。
今思えば、奇妙な言い方だが、魔力がその動きに馴れていて、本来扱うはずの魔力の動きに引っ張られるようにして完成を見た経験もいくつかあった。
それを、セオルはキセキの教え方が上手いからだと思い込んでいた。やっぱりキセキはすごいと、納得していた。
「理屈として考えると、『勇者召喚』のときに設定した『存在力が大きい者』こそが原因だったのでしょう。セオルとキセキ、あなたたち二人はそれぞれの世界で存在力が極めて高い者だった。そのため、さながら隣り合う大樹のように二つの世界から伸びた二人の存在力の枝はどこかの地点で重なり、『勇者召喚』はその『重なり』を辿って最も遠いところにいたキセキを連れてきてしまった。精霊力は世界に突然現れたキセキに混乱し、『勇者召喚』の作用でつなげてしまった『あなたたち』を『一人の人間』とし、存在の枝の先端にいた『キセキ』を『セオル』と誤認した、ということでしょう」
それこそが、セオルだった理由。
セオルは小さい頃から自分は英雄になれるのだと信じて疑っていなかった。そこに根拠が無くても、そうなるものだと確信していた。
それは、正しかった。
『勇者召喚』というイレギュラーが無ければ、セオルは正統に強さを得て英雄まで辿り着いていたのかもしれない。