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英雄の叙事詩  作者: yu-in
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英雄の軌跡②


 大事な話ほど、飯を食いながらしてきた。


 セオルが従いて行く事を決めたときも、クレアが仲間になったときも、キセキの思い出を聞いたときも、いまも上手には出来ない『鋭さ』の魔法を教わったときも。

 話と一緒に食べ物を呑み込む事で、それが自分の血肉になって永遠に失われる事が無いような気がした。


 今回もそうなった。

 セオルが手をつけず残ってしまっていたクレアのスープを温め直して、それを飲みながらキセキとセオルは横並び、クレアは正面に座って話がはじまった。


「さあ、なにから話そうか」

 なんて、考え込む言葉から。

「なにを今さらもったいぶっているのですか」

「いや、つっても話す事が多すぎてさ。んじゃあ、俺のことな、前も話したけど、ここじゃない世界から来てんだよなあ、そこだと魔法は無くて科学って力をみんな使っててさ」

 キセキの世界の話は何度か聞いている。キセキの魔法の参考がキセキの世界にあるカガクの場合が多いからだ。


「話すべきはキセキとセオルの関係、『勇者』と『英雄』についてでしょう。もうわたしが話します。キセキが話す事を決めたのならもう黙っている必要もありませんから」

 決めてしまったクレアに、ちょっとキセキは不満そうだった。

 ようやく話すことを決められたのだ。責任や思い入れもあるのだろう。


「そもそも発端はわたしです、良いですね?」

 言質を迫られて、しぶしぶとキセキは頷いたのである。

 スープで唇を湿らせてから、クレアは話を始めた。


「答え合わせから始めましょう。以前の差し上げたヒントの答えは出ましたか?」


 勇者の『力』の根拠はどこにあるか。


 どうせ、セオルでは考えたって分かりっこないとすぐに放り出した問題だ。 

「その様子じゃダメですね」

「だって、勇者は強いものだろう? だから喚ばれたんだ」

「いいえ、もともとキセキは力なんて持っていなかった。あなたもたった今しがたに聞いたでしょう。キセキの世界に魔法は無いのです」

 言われて、「あっ」と思った。


「でも、カガクがあるじゃ無いか、それが魔法の変わりだってキセキも言ってたし」

「ああーあのな、科学と魔法は違うぞ、あれは魔法とは違う力で動かすから」


 それは初耳だった。

「じゃあ、魔力は?」

「無い」

「じゃあどうやって人は生きるんだよ、魔力なしで!」

 まるで想像が出来ない世界だ。そんな世界でどうやって人が生きていくんだ。


「分かっていないようですが、そもそもキセキのいた世界には精霊力が無いのです」


 えっ?

 ぎょっとした。

 精霊力が無いってどんな世界だ?

 精霊力が薄い場所は禿地になるって聞くけど、何処に行ってもそうだって事だろうか。

 でもキセキは簡単に肉にありつける世界だと言っていたはずだ。


「問題は、精霊力の無い世界の住人、つまり魔力の無いキセキがこの世界に喚ばれたという事です。どうなりますか?」

「……死んじゃう?」

「正解です」

 正解だったらしい。


「キセキはこの世界に来た当初、今と同じ症状を起こしました。原因は精霊力で活性化した空気や食べ物を摂取したことです。精霊力で活性化したこの世界の物は、精霊力を身体に宿さず、その恩恵を受けていないキセキには強すぎて身体が壊されてしまうのです」 


 魔力の少ない者がシルヴェルトに来る事で発症する風土病『黒魔病』もこれと同様の原理だという。


「ええ、疑問は承知してます。キセキが生き延びたこと、そして今また同じ症状が発症してること。前者から答えれば、それは単純にキセキが魔力を得たからです」


 先回りして、クレアは進めていく。

 キセキならこうはいかない。

 

 キセキは良い言い方をすれば丁寧だから、目の前のことをキチンとやりたがる。なにか質問をしたらその質問の事ばかりに話がいって、結局大元筋に戻れなくなってしまう。

 やはり、説明ごとはクレアの方が適任だ。


「魔力は精霊力を魔素と結合し自分の物にしたもの。つまり、魔素さえあれば魔力を得られるし、精霊力を受け取る資格も得られる。キセキはこれを得る事で黒魔病を一度克服しました」


 では、魔素とはなにか?

 子供のどうしてどうしてのように際限が見当たらない、頭痛がしてきそうだ。


「『存在』です」

 簡潔に答えは与えられた。


「この世界にいるということ、精霊力がそれを認めているということ、これこそが魔素の正体で、魔力の多寡の要因。キセキはこの世界に『存在』を得たのです」


「まあ、正確には奪った、だな」

 横から自嘲気味に、キセキが物騒な事を言った。


 存在を『奪う』ってどうやるんだ?

 目に見えない物を盗るなんて不可能だ。

 そう言えば、アクツも言っていた、セオルがキセキから魔力を盗ったと。


「それは後者の疑問につながります。順序を立てていきますから、もう少し抱えていて下さい」


 クレアは話を休止してスープを飲んだ。

 セオルもちびりと飲む。


 薬草が入っているのだろう、頭がスーッとした。

 昨日クレアは、セオルの状態を慮ってこのスープを作ったのだろう。

 本当によく気が回る人だ。


「『勇者』について触れましょう、もともと、『勇者』とはシルヴェルト国で考案された、魔力を多く持つ人間――『英雄』を人為的に作り出すことを目的にした軍事計画でした。精霊力の濃い地に栄え、屈強な兵も多く持っていたシルヴェルト国でしたが、大国両方に圧力を掛けられ続け、防衛手段は切迫した課題だったからです」


 こんどはお堅い国の政治の話。

 この手の話をセオルは嫌う。

 誰が悪い何処が悪いがころころ変わるからだ。次第に洗脳されているような気がしてくる。『自分の考え』が『誰かの考え』にすり替わる事はとても恐ろしい事に思えた。


「アプローチは二通り、それぞれが『特別な魔力』を、優秀な血の継承を繰り返し代々潤沢な魔力量の素質を持って生まれてくるシルヴェルト国主の系譜に習得させる方法が採られました。その一つが精霊力に干渉する魔力――『命』の特化魔力です」


 『命赫の魔女』の名が頭を過ぎった。


「子供が母胎で育つとき、精霊力は特別な働きをします。力の小さい人の形にもなっていない赤ん坊が壊れてしまわないように、働きを抑制して活性化させるのです。この精霊力の力を加減する力により、一あたりの魔力で出来ること引き上げた『勇者』を大量に作り出す算段でした。……察していると思いますが、アリスがこの魔力を持つシルヴェルト国主の系譜です」

 噛みしめるように、言った。


「アリスはシルヴェルトが滅びた際ナレイブ側に逃れました。そこで命の特化魔力を大きく増やし、赫獣とよばれる理性を犠牲にして様々な能力を引き上げたおぞましい獣をつくりだしました。捕らえられて奴隷となった人間も、その力で人から獣に変えられました、何人もです」


 静かな怒りが金眼に燃えていた。

 カップを持つ手にも力が篭もっている。

 クレアがアリスの姉であるならば、国主の血を引く彼女が、同じ血を引きながら非道を働いた妹を許さない理屈も当然だろう。


 

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