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英雄の叙事詩  作者: yu-in
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英雄と奴隷少女③


 食卓を供にする人間が変わると、食事とはこうもやりにくくなるものだろうか。


 キセキとの野宿や、村で宿を借りたときには食って飲んで、なにも考えてはいなかった。

 同じ店のナイフを持っているのに、どうしてクレアはあんなに綺麗に切れるのだろう。どうして、握らないでスプーンを持ったり出来るのだろう。キセキの独特な持ち方とも違う指先だけで持つやり方だ。

 セオルはなんども落としてスープを撥ねさせてしまった。

 一番不思議だったのは一口の大きさも全く違うのに、クレアがセオルやキセキとぴたりと合わせて食事を終わらせたことだ。セオルにも出来るだろうか。


 ただ、彼女の口はやっぱり最悪だ。

 きっと、一つしゃべったら一つ悪口を言わずにはいられないのだ。食べ終わってからも『あなたは本当に小さな子供のようですね』なんてわざわざ言ってきた。 

 いくつかはクレアの方が年が上だろうが、大して変わらないだろう。

 男のセオルならそのうち身長だって越すに違いない。いまに見ていろと歯噛みしていたら、キセキに笑われた。


『いまのはそういうんじゃねえよ。そうだな、……真白い生地、ていう意味だな』

 余計に意味が分からなかった。クレアもそれにはなにも言わなかったし、セオルだけ除け者にされた気分だ。 


 なにが言いたいかというと、つまり、クレアはセオルとは大きく違うという事だ。

 一回の食事で十分にそれを思い知ったのに、一日中二人きりだなんて。

 憂鬱で涙さえ出てきそうだった。



 ウォール旧関所街はとっちらかっていて、落ち着きがない、そういう印象を受ける街だ。

家畜と一緒に糞まみれになって寝る男の前を、大きい荷を背負う行商人が歩いている。

 屋台と市の幡が押し合うように並ぶストリートの路地には、獲物を狙う目をした子供が見受けられた。


 心配になって懐の金を服上から押さえて歩いていると、先導するクレアが「それではダメです、財布の場所を教えているようなものですから」と注意してきた。

 こんなに大きな街の歩き方なんて、セオルは知らない。意識してやらないようにしても、どうしても数歩歩いたら無意識に懐を押さえてしまう。だいたい押さえていたら取りようがないだろう。

 高を括っていたのに、焼いた肉と野菜と真っ赤なソースをパンで挟んだサンドイッチに意識をやったてたら懐が薄くなっていた。 


「うえっ?」

 足下を見ても無い。

 振り返ってみてもなにも無い、もし落としていたらとっくに誰かの足が蹴飛ばしているだろう。


「だからダメだと言ったでしょう」

 雑踏の中を人に当たらず歩いて行くクレアの手には森熊の毛皮で作ったセオルの財布があった。


 どういうことだ。

 なんで、クレアが持っているのだ。

 クレアは前に居たんだから取れっこないだろう。 


「取り返したんですよ」

 やっと人混みを抜けたところで、クレアが財布を投げて寄越した。

 どうやらスられていたらしかった。


「良かったですね、本当に上手なスリは表情も作ります。いまから盗りますなんて素直な顔をしていれば警戒されますから」

「従けられてた?」

「ええ、あなたみたいによく警戒している人は馴染んでません、格好の獲物です」

 全く気づかなかった。

 クレアはどうやって気づいたのだろう、セオルと違って前しか見ていなかったのに。


「視線には力がありますから」

 なんだそれ。

「あなたの熱心な視線にも気づいていると言うことです」

「なっ!」

 かあと、頬が染まった。

「そんなんじゃ無いんだからなっ!」

「どちらだって構いませんとも。それよりもきちんと従いて来なさい。首輪とリードを用意しなくてはならくなります」


 まるで取り合わないクレアは、『麦交剣章』を掲げる建物に進み入る。

 クレアといると自分があんちゃんに引っ張られていた五歳児に戻った気がしてくる。女は早くに大人になるなんて聞いたがクレアは絶対例外だ。じゃなきゃ、この世の男はみんな女の奴隷だ。

 うなだれて、セオルも傭兵ギルドの扉を潜った。



 ウォール旧関所街の傭兵ギルドの支部は大きい。精霊力が豊富な旧シルヴェルト国の地が近いから傭兵の仕事も多いのだ。

 受付がなんと三つもあったし仕切られたカウンターの奥に、見る限りで十人働いている。


 セオルが保護された町だと傭兵は受付で見繕って貰っていたが、この街には地域ごとに分けた掲示板を用意して、そこに概要が書いてある紙が綺麗に並べてあった。

 傭兵達はそこから仕事を選んで受付に相談に行くらしい。

 セオルが感心していると、傭兵が仲間内でこそこそやり始めた。

 なにやら『居眠り王子様』とか聞こえてきた。


「なんか、やな感じ」

 村でさんざんやられたから知っている、嘲弄されているのだ。

 初めての場所でそんなことされるいわれなんかあるもんか。睨んで怒鳴ってやろうか。


 ぶすっとしているセオルに、クレアが一言、 


「それは昨日、気をやったあなたをわたしが連れて帰ったからでしょうね」

「へっ?」


 そういえば、セオルは昨日どうやって返ったのか、全く覚えていない。

 ぶわっと、冷や汗が噴き出た。

 まさか、まさかだろうと思いながら、クレアに尋ねる。


「オレ、きのうクレアに負ぶってもらって帰ったの?」

「いいえ?」

 ああ良かった。セオルは昨日助けに行った。それが助けるはずだった者に負ぶられて帰ってきたら周囲はどう思う? そりゃあ笑いものになるに決まってる。


 はあと、胸をなで下ろしたセオルに、今度もクレアが一言、


「大事がないように前に抱えて運びましたとも」



「うわああぁあああああ!!!」


 もういやだ帰ろう。いや、街を出よう、そして二度と訪れない。そうするしか無い! 


 踵を反転させたセオルの腕をクレアがむんずと掴んだ。


「どこへ行くのですか」

「離せっ、宿に帰って荷をまとめるんだ! それからキセキに言ってすぐ街を出るんだ!」

「わたしの用事が終わるまではダメです」


 知るもんか。

 とにかくここにはいられない。これ以上、傭兵どもの笑いの種になるのはまっぴらだ!


 全力で引っ張っているのにクレアはびくともしない、というよりも変な感覚だ。前に出ようとする度に絶妙に引かれて上手い具合に踏ん張れない。

 意地になって出ようとするから、そのうちクレアは「仕方ないですね」とごち、次には足下を掬われたみたいにセオルの体勢がクレアに向かって崩れた。

 彼女の柔らかさに体重を委ねたセオルはぴしりと石になった。


「やはり昨日わたしを庇ってあの恐ろしい魔獣に立ち向かったときの傷が癒えていないのでしょうかっ! どうぞ、優れないのであればわたしに介抱を続けさせてください。あなたがあの恐ろしい魔獣を一刀に伏したしたことを思えばたいしたことではございません。ああ、わたしの英雄様っ!」    


 芝居がかったセリフだった。それも、屋内に響くほどよく通る声。


「大丈夫と言って、自分で立ちなさい」

 小声でせっつかれて、ぎくしゃくと言うとおりにすると、彼女はまた女優になった。

「なんてたくましいのでしょうか! ですが、どうぞお願いします。恩を返したいのです。お側に置いてくださいっ!」


 仕上げにクレアは膝をついて、両手でセオルの手を包んだ。

 セオルは、不自然さに体中が痒くなる思いだった。

 同じ思いを持った者もいるようで、いぶかしい目で見つめている。

 だけど、もうセオルを笑う風潮は無くなっていた。


「これであなたを軟弱だと笑う噂は消えるでしょう。悪口は昨日も明日も言うでしょうが、ロマンスは特別です。大衆がどっちを話したがるかなんて分かりきっています」

 素に戻ったクレアはかいがいしく手を引きながら言う。


「恥ずかしくないの?」

「どちらが便利か、それだけですよ」

 クレアにとってはセオルがいちいち逃げだそうとするより、一緒になって生暖かい目を向けられる方がマシらしかった。



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