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英雄の叙事詩  作者: yu-in
12/31

英雄が追うもの④


 ぐつぐつと、腹の底が煮えたぎっていた。


「取り消せ」


 ちらりと、少女の金眼がセオルを向く。

「大きい口を利きますね、コレを両断でも出来るというなら聞きますが?」


 髪が逆立つ。

 ギリリ、歯軋りで歯が欠けた。


「戦ってやるよ。どんな魔獣だって倒してやるッ!」

 立ち上がり、再び剣を構え、怒りの情のままに叫んだのだ。


「だから、キセキをバカにしたことを取り消せよッ!!」

 

 セオルに全てをくれたんだ。

 終わるはずだったあの場所から拾い上げてくれて、英雄の道を示してくれたんだ。

 それが役に立たない(ろくでなし)だと?

 セオルの仰ぎ見る、偉大な大英雄を馬鹿にすることなど許せるものか。


「キセキ?」

 一瞬少女がの動きが乱れ、魔獣の爪が引っ掻いてフードを剥がした。

 こぼれ落ちる銀髪。


 それに、セオルは目もくれない。


 いまなによりも重要なのことは証明することだ。


 魔力を滾らせて、剣を構える。


 キセキは立派な人だ。

 キセキがセオルを行かせてくれたのは、それは、セオルが一番大切にしているものを分かってくれているからだ。


 確かに失敗した、死んでいたかもしれない。

 でもそれは全部セオルの責任であるべきだ。


 セオルが正しく力を使っていればこんなやつ、なんてこと無かった。

 キセキはセオルなら出来ると確信して送り出してくれたのだ。

 だから、キセキは間違ってなんていない。

 魔獣がなんだというのだ、セオルがちゃんで出来れば倒せるはずだ。


 いまからそれを証明してやる。


「やってやるよ、両断ってやつ」


 まだ一回も成功はできてない、だけど、やってやる。


 いまから成功させてやるとも!


 念じる、思い、描く。

 手のひらに、あの熱を思い出す。


(万象は全て糸、細く脆い糸)


 魔力がセオルの安っぽい剣を包んでいく。


(繋がりを絶つ力は、この手の中に)


 柄を握る手の内に、あの熱と感覚が鮮明になった。

 

 鋭さとは――、鋭さとはっ!! 


 いけるっ!


 確信と同時にセオルは地を蹴った、

 平に構えた剣は、セオルの叫びに反応して跳びかかっていた魔獣を横薙ぎの軌道に捕らえていた。


 赫い獣凶相が刻々と近づくが、恐怖は全部腹の底の熱にくべて消え去り、セオルの剣筋には一変の揺るぎも表れることは無かった。


 ついに刃は赤い獣と接着し、ずしりと重さが腕にのし掛かる。


 疾く、『鋭く』


「絶ち斬れッ!!」

   

 剣の背を後押しするように吼えて、刃を振り切った。

 

 どぱっ

 

 黒ずんだ血が、びちゃびちゃと散乱した。


 文字通りに、一刀両断。

 魔獣は顎から尻尾の付け根までを真っ直ぐに切断されて山岳に転がったのだ。

 

「はあ、はあ、ハア……」


 熱が抜けていく。

 鳥肌が立っていた。ぶるりと、身体が震えた。


 できた、やれたのだ。

 また一つ、キセキから貰った力を自分のものに出来た。


 さあ、どうだっ、ざまあみろ!

 

 興奮のままに振り返ったセオルに冷水を浴びせるようだった。


「その特化魔法」

 少女は初めから感情を声にはしない話し方をしていたが、これは別だった。


 不気味な悪寒を覚えた。

 分かったのは、初めて少女がセオルに興味を持ったこと、そして、その興味は歓迎出来ない類いのものだということ。


「答えなさい。あなたはここ半年以内にキセキと出会い、行動を共にしていた、そうですね」

 言葉に刃があるのなら、きっといまのセオルは四方からのど元に刃を当てられているに違いない。


 外套から露わになった少女の怜悧な表情は、親の死を聞かされたみたいに張り詰めていて、端麗という感想が真っ先に浮かびそうな、その顔立ちが恐ろしい。


 眼光に力を込め、少女が催促した。

 この少女はキセキの関係者だ、それはもう間違いない。

 敵か、それとも味方なのか、前者なら言っていいのか。

 迷ったあげくに、セオルは挑むように言い返したのだ。


「そうだよ、オレはキセキに力を貰ったんだ。だからキセキを馬鹿にするのは絶対に許さない!」


 恐怖は多分にあった。

 だけど、これだけは言ってやらなきゃ気が済まなかった。まだ、彼女が発言を撤回していなかったから。


 いつ短剣が襲ってくるか警戒していたにも関わらず、少女はその場で顔を覆ったのである。

「ああ、ああっ、そうなのですね」

 押し殺すような、苦い葉をすりつぶして呑み込むような声だった。

 まるきり予想しない反応だ。

 緊張感がとたんに途絶えて、セオルは上がっていた肩を下ろした。


「なんて、こと。ああ、どうしていまになって……」

 声に感情が露わになっているせいだろう、さっきまでよりずっと幼く聞こえた。

 こんな状態の少女にどう詰め寄ればいいのだ。


「えと、あのさ」

 女を慰めたのは遊んでて木人形を壊した六歳児で最後だ、どうしたらいいか分からなくて、とりあえず声を出すことからしてみた。

 

 ――指の間から金眼が、セオルを向いた。


「そう、あなたが――」     


 ぞっとした。

 一番近いのはキセキの持つ細刀の剣先。

 殺すための意図が収斂されたその切っ先。


 殺意だ。


 察知と同時、セオルは後ろに跳ぶ。


 ピッ、前髪の先が数本舞う。


 なんでとか思考を挟む前に、セオルはもう一歩を後ろに跳んだ。

 少女は赫い獣と戦っていたときにはまるで本気ではなかったのだ。たったいま見せた、数歩さえ一歩の時間で詰めてしまえる体術こそが、彼女の戦いの姿なのだ。


 勝てない。

 魔獣を相手に踊っていた彼女を見たときより、強く感じた。

 実力差を相対して始めて実感した。これでもまだ足りないはずだ、セオル程度では彼女を計れない。

 

 銀髪が靡き、魔力で強化した万物が海の中に沈んだかのような視界の中を、少女だけは囚われずに近づいてくる。 

 得物のリーチの差で、先にセオルが剣を当てに行く。


 キィンッ

 かち合う刃と刃。

 実力が上の相手ほど、魔力の補強により力差が明確になるものだが、どういうわけか、少女の膂力はセオルと互角か、それ以下のようだ。

 なら、つけいる隙はそこだ。

 刃の接近を許さず、剣幅一本分の距離でにらみ合う。


「どうして、いきな、りっ――」

 近づけてなるものかと力を押し込んだところを、少女に狙われた。


 競り合っていた力の拮抗が、()()()


 魔法だろうか、少女の右手から短剣が消え失せたのだ。


 少女が半身で剣を躱し、セオルの体勢が前のめりに崩れた。

 晒した背中の上、少女が掲げた左手に、先まで右手にあったはずの短剣が逆手に握られている。


 慈悲はなく、短剣は背中から心臓の位置目指して、落ちる。


「――さっきとは違うッ!」


 それは生存を望む咆哮。

 魔獣の予想外の力に恐慌し、先は上げることが出来なかった覚悟の鬨。


 今度は、今度こそは、みすみす死ぬような愚行をするものか。


 落ちるポイントは分かっているのだ。

 その場所に魔力を集中する。

 指先の方がイメージしやすいと言うだけで、背中で出来ない理屈はない。


 旅の間に何度も繰り返した魔法の構築作業。


 最速で仕上げろ、出来る、やる!


 どくんどくん

 高鳴った鼓動が目印だ。そのポイントに魔法を作り上げるのだ。 


(まにあえっ!!)


 念じて放った、一発の弾丸。


 くわんっ


 《魔力弾》が刃と衝突する。

 突貫作業だったから威力も硬度も足りない、ぶつかっただけで消えてしまった。だけど、刃の軌道を逸らすことには成功した。

 少女の腕は空ぶって、刃はセオルの脇を数ミリ切った。


 セオルにできた抵抗はそこまでだった。


「かっ、ふっ」

 脳天まで突き抜ける衝撃。

 前後不覚のまま、苦しさに蝕まれる。


 膝蹴りで顎をカチ上げられ、さらには腕を咽に当てられたまま地面に叩きつけられたのだ。


 頭が痛い、顔に血が溜まって熱くなっていく。

 抵抗しようにも少女が膝を立ててセオルの身体に乗せている足のせいだろう、胴を動かなくさせられていた。


 無表情のまま少女が短剣の先端を鎖骨の間に置いた。


「な、ん、でっ」

 絞り出した声。


 そこで、少女は逡巡を見せたのだ。

 迷子になったみたいに、顔にあどけなさが出ていた。


 だけれど、金眼を閉ざして、


「申し訳ございません」


 心の底からの謝罪だと思った。

 余計に意味が分からなくなった。

 呼吸が出来ないせいで思考が霞がかっていく、魔法を使うことはできそうにない、どういう風に使えば良いか、発想が浮かばない。


「い、っだ、え、ゆう、にな……」

「もうしわけ、ございません」


 ぽとり、感覚も無くなってきていたのに、その味はいやに鮮明だった。

 

 鉄さび、血の味。


 少し意識が戻って、目蓋を開けると、少女が下唇を噛んでいた。血が出るくらいに。


(そんなかおするなら、なんで……)

 聞きたかったが、もう指一本も動かせそうになかった。


(そんなに後悔するなら、やっちゃダメなんだ)

 だれか、この人を止めてくれ。


 じゃないと、この子はずっと苦しんで生きていくじゃないか。

 起こったことは、英雄だってどうにも出来ない。


 過去とはあらがえない理不尽だ。


 そんなものに、よりにもよってセオルがなるなんて絶望だ。


「……」

 だれか。


 英雄とは、絶望を払う者。

 

「なにしてんだよ」


 風のように。

 光のように。

 

 彼は、そこに現れた。


「……キセキ」

 呆然と、少女が言う。


「そいつは俺が見つけた運命だ。奪わせはしねえよ」

「でも、この子は……」

「だからこそだよ、そうやって決めただろう」

 さあ、手をどけろ。

 腕をとって、キセキは少女を立たせ、セオルの上から退けたのだ。


「少し必要か」

 セオルの額に、キセキが手をあてる。


「き、せき?」

「おう、今は休んどけ」

 ああ、もう大丈夫だ。


 誘われるように、セオルは意識は堕ちていった。



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