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英雄の叙事詩  作者: yu-in
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英雄が追うもの②


 セオルを含めた捜索隊は五人で構成された。


 役割はまず第一は残された傭兵を見つけること、可能であれば回収すること。それから魔獣の状態を確認することである。

 まるで物を捜すみたいな言い方だったが、だれもそれに口を挟んだりしなかった。暗に既に手遅れである事態も考えておけということだから。


 建前は人命救助だが、この捜索隊の大目的は偵察にこそあるのだろう。

 子供とは言え傭兵は傭兵。

 誰かが遭難する度に金を出していたらギルドの資金はいくらあっても足りない。

 参加者も少なかったからか、遭難者と同じ子供とみられる年齢のセオルの参加にも異議は出なかった。

 意義が出たとしてもセオルが傭兵ギルドの刻印付きの証石を持っている限り大きい声では言えないはずだ。これを持っている限りは、セオルも一人前も条件を満たしているのだから。

 キセキが便利だと言ったのは、そういう事態も考えてのことだったのだろう。


 

 セオル達はそれぞれ獣の骨を削って作った笛を渡されて、日が落ちるまでに門に戻ることだけを取り決めて散っていった。

 捜索は目的のものを見つけるかそれとも解決するかしないと金を貰えない。できれば独り占めしたいから仲間内でも無い限りは徒党を組んだりはしない。

 笛は倒せると踏んだら吹くという暗黙の了解があるらしい。倒してしまえば分けても金の入りが良いから。

 どうせ知らないだろうと捜索隊に参加した傭兵の一人がセオルに教えてくれた。


 傭兵達が被害に遭った場所は山の中腹だ。

 魔獣は例の取り残された傭兵を追って行ったらしい。

 セオルは傭兵達の証言から推測された魔獣の正体の特性を考慮し、山間のじめじめした付近を捜索していた。

 樹木は黒ずんでいるものが多く苔やキノコが生えている。まだ夕暮れまでに時間があるというのに景色は暗い。


 踏むと僅かに沈む地面は歩きにくい。

 思い切って出てきたくせに、今になって大胆なことをしたんじゃないかと不安になってきた。

 緊張のせいでずっと剣の柄には手を掛けたままだ。鳥が広い葉を揺らして飛んでいった音にさえ敏感に反応して抜きそうになる。


 落ち着け、落ち着け。

 こんなに張り詰めていたんじゃ、いざという時に気疲れで剣を抜けない。


 三回だけ、意識して呼吸をゆっくりした。

 水の臭いと青い臭いが混じって鼻腔を通っていく、あんまりやっているとカビでも生えてきそうだ。


 キセキは魔法に馴れたらそのうち、人間や魔獣の使う魔法の気配も分かるようになるなんて言っていたが、それが出来ればこんなに怯えたりしなくて良かったのかも知れない。


 違うな、そうじゃない。


 本当は分かっていた。

 一人だからだ。

 セオルは結局のところどれだけキセキに依存しまいと思っていても、とっくに精神は彼を寄る辺に認めてしまっている。

 あんなに離れたがらなかったくせに、なにを今さらとも思う。


 こんなことでは旅の終わりを迎えられない。

 これはセオルにとっていい機会なのだろう。


「一人でやる。一人でだってやれる」


 出来なきゃセオルは他者に翻弄されるしかない奴隷に逆戻りだ。

 はぐれ魔獣が危険なのは、なにをしてくるか予想が出来ないからだ。

 今回は、被害を受けた傭兵達が情報をギルドに持ち帰り、既に正体は判明している。


 水呪狼(スキュルフ)


 ここから山を三つも超えたところにある沼地が生息地の魔獣だ。

 沼地には毒草が群生しており、それが溶け込んだ水を飲んで育つ水呪狼は、牙や爪から毒を分泌する。

 あの男は毒があることを知らなかったから腕を落とさなくてはいけなくなったのだ。

 身体を上って巡らないように大きい脈を縛って、傷口から血をしばらく流し続けていればそんなことにはならなかった。


 分かっていれば対処出来る。

 道中で狩った獣と一緒だ、相手より先に見つけて近寄りすぎない場所から仕留めてやる。

 簡単だ。セオルにはキセキに教えて貰った魔法がある。 

 問題ない、やれる。


「よし」

 周囲に意識を巡らせて、周りには脅威が無いことを確認。

 剣を抜いて、その刀身を指で弾く、今度は耳を寄せてもう一度。


 キセキは音とは波の形をしていて、人間の耳はそれを捕まえていると言っていた。さらに、捕まえたい音を意識することで捕まえやすくなるとも。

 傭兵がまだ水呪狼に追われているとするなら剣を抜いている可能性が高い、音は聞こえなくなっても暫くは残って広がっていくものだから、何かの拍子に刀身がぶつかって音を奏でればセオルのところまで届いている可能性がある。


 まずは自分で鳴らした音を頭蓋の中で反響させ、忘れないうちに魔力を熾し、人が波を捕まえている力を意識して高めていく。


 《震動探知(ソナー)》 


 キセキが教えてくれた魔法の一つ。

 聴覚を突出して上昇させるため、他の感覚は鈍くなる。だから安全じゃない場所で長くやるのは良くない。

 短時間で集中して見つけ出さなければならない。


 呼吸を止めて、没頭する。

 これが時間制限。

 身体がギブアップして呼吸を始めるまでに、目的の音の波を拾うのだ。


 違う、これも、違う。

 

 川の音、葉のこすれる音、獣の踏み音、それらの波を魔法の対象から外して、金属の奏でる波に絞り込んでいく。

 鳥の鳴き声を外すのは少し難しかった。

 洞に風が流れ込む音を外したら、ほとんど静寂が訪れた。


 ああ、聞こえる。


 微かだ。

 布か鞘に包まれているのだろう、だが、動いている、かちかちと、小さく鳴っている。


(あっ)


 イイィイン、誰かが抜いた。

 セオルの予想は正しかった、近い場所だ。山間の影になったこのエリアに水呪狼はいたのだ。


 ピュイィーー


「――っ!」


 笛の音だ。

 今のセオルには耳のすぐ横で思いっきり吹かれたようなもの。

 

 騒音のせいで、魔法への集中が途切れた。 

 はっと、意識を戻したら意図して閉ざしていた大量の波の直撃を食らい、両手を叩きつける勢いで耳を塞いだ。


「最悪だ」


 頭の中がぐわんぐわん鳴っている。

 冬に身体を温めようと思って酒を思いっきり呷ったときみたいに視界が揺れた。


 だけど、行かなきゃいけない方角はわかった。

 笛の音は間違いなくセオルが見つけた方向、つまり、抜いたのは捜索隊の誰か。

 セオルよりも近い場所にもう一人いたからそれまで上手く立ち回れば直ぐに二対一にできる。セオルも駆けつければ三対一だ。


 だが、そっちには行かない。

 唇を噛んで、大腿をパンッと叩いてから、セオルは笛とは逆向きに走り出した。


 笛の音にかき消される寸前で聞こえたのだ。

 もう一つ、戦闘音が。

 武器はきっと、ナイフかなにかだ。


 動き回っているようだった、細かく風が鳴っていた。

 距離は少し遠い、知らせてやりたいが、既に水呪狼と戦っている傭兵がいる以上、笛は吹けない。 

 

 問題ない、一人でもやれる。

 水呪狼は傭兵が相手しているなら、もう一つの方はきっとただの獣だ。セオル一人でだってどうにでも出来るはずだ。


 走りながら、魔力を練り上げて身体に漲らせる。

 足並みは徐々に徐々にスピードを上げ、視界が開けて先の障害物がよく見える。瞬く間に湿地帯を抜けた。


 方向は合っているはずだ。

 間に合え、間に合え。

 念じながら、セオルは疾駆する。


 倒れて腐りかけた幹を踏み砕いたときだ、ついに素の聴覚でも刃の鳴動を聞いた。 


 石を引っ掻いたみたいな残響だ。 

 戦闘に移るために、魔力を押さえていく。

 魔力酔いを起こさないようにゆっくりとだ。

 漲っていた力を制御出来る領域まで、走りながら調整していく。


 森を抜けて灰色の石がごつごつした場所、ウォール旧関所街の逆側中腹に位置しただろう。そこに、獣と踊るように立ち合う小柄な姿を見つけた。


「まさかっ!」

 目を剥いた。

 そこにいた獣が、この旅の間に聞いた話のとおりの色をしていたから。  

  

 褐色、黒ずんだ血のような色。

 

 辿ってきたのだから、いつかはきっと出くわすと思っていた。


 『赫い獣』がとうとうセオルの前に姿を現した。



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