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005 「魔法使い、手続きをする2」

「なんだよこの欄、おかしいんじゃないか?」


 その場所には書き込むスペースなどは一切なく、ただ赤文字で銀貨一枚と書かれていた。

 銀貨一枚と言うと、銅貨百枚分だ。

 銅貨五枚で宿屋に一泊可能なので、相当な罰則であると言えるだろうけども、パーティーの脱退で違約金が発生するなんて聞いていない。

 それに関してどうなのか、ギルド職員に聞いてみる。


「あの……この違約金てとこ、こんなの説明にありました?」


「説明してはいませんけど、冒険者にとってそんなの当たり前ですよね? 当たり前の社会のルール、ですよ?」


 ギルド職員は、なんだこいつと言わんばかりに変な物を見るような目を向けてくる。

 別に僕が何かしたわけでもないのに、だ。

 ただ説明をお願いしただけなのに、なんでそんな風にされなければいけないんだろうか。

 この人だけならまだいいけど、ギルド全体でこのような教育がされているとしたら残念としか言いようがない。


 それに、聞いたことがない。

 当たり前だなんて言う割には、耳にすることはないのだけど、そこら辺はどう説明するのだろうか。

 聞いてもどうせ言い逃れを続けるだけだろうから、話さないけど。


「さあ早く払ってください、お金」


 まあ予想はしていたし、そうするとは分かりきっていたことでもある。

 でも、実際にそれをされてしまうと、どうにもならない憤りを感じる。

 言葉で表すのは難しいけど、あえて言うなら喪失感に似た裏切りへの怒り。

 信用していたのに、パーティーだけではなくギルドさえ僕の味方ではないのか。


 僕は、嫌々腰に下げている巾着袋を漁る。


「あ……」


 しまった、僕のお金はほとんど置いてきてしまったんだった。

 残っているのは、銅貨が十枚程度。

 なんでもっと早く気付かなかったんだろう。

 もう自分すらも憎い。


「さあ早く、さあ! もしお金がないなら、さっさと帰ってください。仕事の邪魔です」


 何を言い出すかと思えば、今度は邪魔だと。

 金がないと分かれば、虫を払うような動作でしっしと手を動かす。

 もう僕は、手が出る寸前だった――――のだけど、カウンターへ金貨が一枚、誰かによって置かれた。

 しっかりと金貨を上から押さえるその腕に視線をなぞらせると、ティニアスが怒り心頭といった様子で歯を軋ませ、ギルド職員を睨み付けている。


「ティ、ティニアス?」


「……アルクさん、私はもう我慢がなりません。さっさとお金を払って、今すぐにでもこんな下衆女から離れたいのですわ!」


 僕は一瞬、ティニアスが何を言っているのか理解できなかった。

 しかし、ギルド職員の顔を見て理解した。

 落ち着いてもう一度顔を見れば、は? という様子で呆けていた。

 その表情が、これまた面白い。

 普段はしゅっとしまっている顎が二重になり、ぱかっと開いた口はマヌケにしか見えない。


「ふっ、ふふっ」



 僕は思わず、それまでの怒りなんて忘れて笑ってしまった。

 なんとも不思議なものを見てしまったような、よく分からない気持ちになってしまったからだ。


「なにを笑っているんですの? ありのままを述べただけですわ、ねぇギルド職員さん?」


「あっ、あなた、除名処分にするわよ!」


「はいはい、そのような戯言ばかり並べて少しは大人になってはどうですの? その調子ですと、いつか絶対痛い目見ますわよ」


 ティニアスは、ギルド職員の言葉をさらりとかわす。

 そればかりか、忠告までしてくれたのだからナイスだ。

 ただ、この件のせいで彼女の扱いが酷くなってしまったりしないかが心配だ。

 ギルド職員同志でなにかしてくるかもしれないし、そうなったらなにが起きるかわからない。


 ギルド職員の職務乱用ともとれるだけど、誰もそれを止めないのが不思議だ。

 今は誰もいないのは理解できるけど、あからさまに今日だけ酷い気がする。

 パーティーを抜けて、今日が初めてだからかな。


「それで手続きは完了ですのよね? 所属する予定のパーティーは、そのパーティー名で私とこの方の二人ですわ。余分に払ったのですから、それくらいできるでしょう?」


「くッ……あなたたち!」


「では、行きましょうかアルクさん」


 ギルド職員が後ろで癇癪を起こしているが、もう知ったことではないな。

 丁度ティニアスが声を被せるように話したので、反応しないでギルドを後にする。


「うん、そうだね」


 ――――


 ――


 ―


「――ありがとうティニアス」

 

「いいえ、対したことではないのですわ。私も少々気が立ってしまったので、はしたない姿をお見せしてしまいましたの。これでは、おあいこですわね」


 彼女は両手の人差し指を立てて、僕に見せてくる。

 一対一、それでおあいこを示しているのだろうけど、彼女の白く細長い指に見とれてしまった。

 美しいその指が剣を持つとき、とんな風になるのか。

 ついつい考え込んでしまいそうになるが、なんとか自制して話を変える。


「そうだね、おあいこ…………ってか、ダンジョンに行くのに依頼受けなくて良かったのかな?」


「あ……ですが、あんな者とこれ以上話すなんて無理にも程がありますの!」


「ふふっ、そうだよね……うん、そうだよ。明日、朝早くに出発しようか」


「ええ、それなら宿屋はどちらに? 決まっていらっしゃいませんのでしたら、私が決めてよろしいですの?」


「決まってないけど、ティニアスも同じ宿で寝るの?」


「そういうものではありませんの? ……もしかして私、嫌われてますの!?」


「いいや、そんなことはないよ! よし、じゃああそこにしようか!」


 僕は、適当に宿屋に向かって指を指した。

 正直寝れればどうでもいいので、どんなにぼろくてもよかったんだけど……。


「流石ですわね、やはりこのぐらいを好まれるのですか」


「え、どんなの?」


 僕はそっと指の指す方に視線を動かした。

 なんか嫌な予感はしたけど、やはりそういうものらしい。


「アルクさんたら、えっちですわ♪」


 桃色のいやらしい装飾が施された、それらしい宿屋だった。

 それを見て、ティニアスは腰をくねらせる。


「あっ、やっぱりこっち!」


 僕は強引に指の指す方向を変え、なんとかその隣の普通の宿屋に泊まることができたのだった。

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