003 「魔法使いは、欠陥魔法使いで能無し野郎」
「まあ、お気になさらずですわ」
なんともない、と言う風にさらっと彼女は言う。
特に気にする素振りもなく、普通に会話する最中で。
だけど、僕には気にしないだなんてことはできなかった。
「中級回復薬ってあの中級回復薬ですよね?」
「そうですわ」
「一本分の値段で宿代が一ヶ月払えるっていう、上級冒険者でも中々買わないあの中級回復薬ですよね?」
「そうですけど、値段がどうかしましたの?」
どうかしたのって、どうかするだろう。
だって、初級回復薬の五倍ほどしか効能を持たないのに、値段はきっちり十倍近くするのだから。
いくら役に立つからと言って、そんなものに軽々しくお金を出そうだなんて考える人は少ない。
少なくとも、僕の常識の範囲では。
「そんな大量のお金を無駄にするだなんて、ありえませんよ! それだけお金があれば装備なども良いものが変えますし、なによりダンジョンなんて潜る必要が見当たりません」
流石に耐えきれず、大きな声を出す。
心なしか自分が間違っている気がするけども、それは気のせいじゃないか。
今の僕の所持金は微々たるもので、二日宿に泊まれば無くなってしまうほどしかない。
それも、一番安い宿にだ。
だから余計にそう思うのかもしれないけど、お金の価値を正確に理解していないとしか思えない。
「お金が無駄、それにダンジョンにもぐる理由が見当たらない、というのですか。それは、いたって簡単な理由ですわ」
僕が言った言葉に、彼女は驚いた様子もなく答えようとする。
逆に、予想していない態度に僕の方が驚いた。
簡単な理由などと言いきれる、そのどこまでも見通すような思考力。
それが正しいと信じているからこそ、堂々としていられるのだろう。
だから、彼女の正しいと思うそれを聞いてみることにする。
「なんで、でしょうか?」
「良き未来と利益を求めて投資を行ったまで、ですわよ。中級回復薬を配っているのは、あなたとのこれからの行動に関わるから。ダンジョンに潜るのは、単純に好奇心からですわね」
「それだけのお金を動かすほどにですか?」
「ええそうですわよ。気になるのなら、よーく考えてみてはくださらない? どれだけ今お金を使っても、戻ってくる可能性は無ではないのですわ。けれど、お金を使わなかった場合どうなると思います?」
「ここで待つことになります」
「そうですわ。その分私たちは時を無駄にするのです。時というのはお金に変えられないものの一つ、一分一秒でもムダにしてはそれこそもったいないのではありませんの?」
確かにその通りだ。
なんだけども、他に方法はないのかと考えてしまう。
お金を極力使わずに、どうにかやり過ごせないかと。
その浮いたお金を、他のことに使うことができないかと。
「それが間違っているのですわ。理想によがる考え方は、やめた方がよろしくってよ」
言葉に出していないのに、彼女は僕の考えることをぴたりと当てた。
よほど顔に表れていたのか、なんとも恥ずかしい。
しかし、その中身を否定されるのは看過できない。
「僕の考え方は、理想だなんてものによがってなんかいないよ」
「ふーん、では考えてはいませんの? お金をどうにか浮かせ、そのお金をどうしようか。他にどんな方法があるのか、どうすれば最善なのか、と」
「それは理想じゃない、その……」
「たられば、それを考えるほど無意味な時間はないのですわ。過去に縛られて自由に身動きがとれないだなんて、もう息苦しいったらないと思いません?」
「確かにそうですけど、誰もが後悔はするものでしょう?」
後悔しない人生を送るなんて、無理に決まってる。
ああ、あーすればよかったな、こーすればよかったなと考え、多くを望むのは人間の権利であり、象徴だろう。
そうしなければ食事をすることはないし、子供もできない。
必然的な、自然の摂理なのだから。
「はぁ、やれやれですわ。あなたの元々いたパーティー、中々名が知られていたのですわよね。そのせいで、あなたがなにか気負うことはないのですわ。あなたは過去を断ち、彼らと別々の道を歩むのですから。それと同義、悔いることは必要ですが、それを引きずるのはまた違うのですわ」
「じゃあ僕はどうすればいいんです? えっと……あなた、みたいな考え方なんてできませんし、あなたみたいに後悔が少ない人生を送ることもできない」
「私だって後悔ぐらいしますわよ。沢山後悔して、その結果を見つめて、もう一度考えますの。どこが間違っていたのかって。その結果、どこを改善するべきなのか、どう改善すればいいのかを学べますわ。ただ、そこでそれを終わらせるのですわ」
彼女は言う。
覇気のこもった凜とした声を、ギルドハウス内に響かせて。
それは、心の中まで響いてくる気がする。
だけど、それで動かされるほど僕の心は軽くなんかない。
ずっと積もり積もってきたものは、簡単に除去できないんだ。
「どうして、そんなきっぱりと終わらせるんですか? そこまでどれほど苦労したか、それまでどれほど努力したか、そうなるまでにどれほど時間を使ったのか。捨てられるわけがないでしょう!」
「だから終わらせるのですわ! その苦労、努力、時間、それらをもう二度と無駄にしないための糧にするんですのよ! 悔やめ、苦しめ、そして進め。あなたは立ち止まっているのですわ、その経験を糧にすることができずに。それほどの経験があるのなら、それだけの後悔があるのなら、前へ進め、アルク!」
「なんで僕の名前を……!?」
僕は、たったの一度も彼女に会った覚えはない。
だが、頭に血が上っている僕は気づけなかった。
知っていて当然なのだ、と。
「あなたのことを知らない人など、この街にはいませんわ。あのダンジョン攻略の最前線を行くパーティーの雑用を、一手に引き受ける超人であると。それほどの万能さがありながら、一度も戦闘をしているところを見たことがないと。私も常々気になっていましたので、声をかけられて大変嬉しかったのですわ」
僕のことを知らない人がいないってのは、当たり前だった。
欠陥魔法使い、雑用しかできない能無し野郎、そんな二つ名ばかり持っているのだから。
万能だとか、そんなの妄言でしかない。
だから――
「僕は、超人でもなんでもないし、ただ雑用をこなしていただけだ。魔法使いのクセに、魔法が使えない役立たずだ」
「あなたがそう思うのなら、あなたの中ではそうなのでしょうね。ただし、他のパーティーをご覧になって? 雑用を一人で行なわせているパーティーなど、一つもありませんのよ? 大概が四人以上、それもあなたより手際が悪いのですわ。私、ギルドに問い合わせたことがありますのよ、あなたのこと。すると、あなたの解体した魔物の素材は、見たことのないほど上品質であるそうではないですか。それも、普通の雑用係の比にならない量の物を運んでいると」
「魔法使いのクセに、ね。結局僕は、そんな程度の人間なんだよ」
魔法使いなのに、雑用が上手いだなんて褒められても嬉しいはずがない。
むしろ、泣きたいくらい切ない。
僕は、魔法使いとして認めてもらえないのか。
父のようにはなれないのか。
誰かを守ることはできないのか。
経験していないはずなのに、もう悔しい。
「では、今すぐパーティー登録を行いましょう。そして、ダンジョンへと行くのですわ。あなたの力を、あなたに認めさせるために」
彼女は、そんな僕の思いを無視して僕の手を引いた。