002 「魔法使い、頭を悩ませる」
「それで、まずはパーティー登録をしなければいけないのではありませんの?」
「そうなんですけどね、実は――」
僕は、昨日の出来事をちょっとオブラートに包んで彼女に話した。
無論、どちらが悪いとか僕の考えなどは一切口にしていない。
事実をそのまま述べただけだ。
そう、冗談めかすというか笑いながら話していたのだが、彼女は顔を真っ赤にする。
「なんて酷いんですの!? そのような者達に、情けなど無用です! 抜けてしまって正解でしたわね!」
「でも、それは僕の実力不足が原因でもあるから、彼らのことを一方的に悪いとかは言わないで欲しいんです。あくまでこれは、僕が弱いから追放された――もとい、してもらっただけなので」
「まあ、なんて心が広いんですの……。そのような殊勝な考え方、私も見習わなくてはなりませんわ」
見習うというか、僕にも多少の罪悪感はあるんだ。
最初は普通に接してくれていたし、優しかった。
だけど、狩りの拠点をこの街の周りからダンジョンに集中させてから、みるみる内に性格が歪んでいった。
なんというか……金に目が眩んでいった、いや違う。
なにかにとりつかれたかのように魔物を狩り始めたんだ。
ダンジョンの魔物、ただそれだけを。
「ああ、それはそうと、あの人混みをどうにかしないといけないのですわよね」
「はい。このままではカウンターにたどり着くことすら困難ですし、あの中で色々書類を書かなければいけないというのは、いささか厳しいので」
「でしたら、少々こちらでお待ちくださいませですわ」
言うと彼女は、足早にギルドハウスを出ていった。
このまま戻ってこなかったら……なんて考えると心苦しいけと、そんなことはないと思いたいな。
あんな立派な鎧や体を持っているんだから、その存在がいかほどであるかなど一目瞭然だろう。
「でも、なにをしに行ったんだろう?」
僕を置いていくような素振りは見せなかったし、戻ってこないことはほとんどあり得ないと踏んだ。
じゃあ、一体なんで?
疑問のみが残るけど、このまま待つことしかできない。
そう思うと、唐突に寂しさが込み上げてきた。
なんとかこの不出来な感情を紛らわそうと、これからのことについて考える。
「えーと、えーと……そうだ! ダンジョンに伝説の剣があるだなんて迷信めいたこと、誰が言い出したんだろう。もし本当だとしたら、なんでそれを知っているのかなあ」
これは、誰かをはめるための罠かもしれない、そういう可能性も無くはない。
それもそうだ。
そもそもが誰もたどり着いたことのない最下層に、強大な魔物がいることなどは否定できないからだ。
なにがあるのか分からない場所に、好奇心にかられて近づいたって、死ぬのがオチだしね。
なにより、そこにあるのが本当に伝説の剣であるなら、とっくのとうに無くなっているはずではないのか。
色々おかしな点だらけだけど、商人までが噂しているという。
商人というのは、そういう情報が嘘か真か見極める力が必要になると言うし、信用してもいいかもしれない。
ただ、用心深くいかないと大きな怪我をするかもしれないな。
僕自身と多分彼女も最下層なんて行ったことがないから、少しずつ進んでいくのは確定……なんだけど、二人だけじゃあ最下層なんて夢どころか死んでも無理じゃないかなあ。
僕は戦えない、というか戦ったことがないし、せめて後五人ほど仲間が欲しいな。
彼女が帰ってきたら、提案してみよう。
あ、名前も聞かなきゃダメだよね、すっかり忘れてた。
それと、あれもこれも……。
いつのまにか寂しさなんて忘れるほどに考え込んでいた僕は、彼女が目の前にいることすら気づかなかった。
「あのー、おーい、ですわ。はぁ、いい加減に気づいてください、ですわ!」
「お、おわぁ!? びっくりしたよ、あははは……」
やばい、彼女の表情からすぐに不機嫌さが伺える。
というのは、頬を膨らませて湯気が出そうなほどに唸っていたからだ。
う”ーと、さほど低くない女の子らしい声で、腰に手を当てて上目使いに僕を見てくる。
その体勢のせいで、胸元がポロリしているとは気づかないでだ。
僕は、それをやめさせようと声をかける。
「あ、あの―」
「気をつけてくださらないと、もう! ダンジョンの中でそんな無防備な姿をさらしていたら、あっという間にズタズタのボロボロになってしまいますわ!」
が、怒濤の説教によって、言いたいことが言えなかった。
それはその通りなんだけど、まずは胸元を……
「分かったんですの? ねぇ、分かったんですの?」
「あっ、はい」
勢いに飲まれて口に出せないところに、その豊満な双丘を押し付けてくる。
押し付けられているといっても防具の上からなのだが、なんだか温かい。
そんな状況のせいか、僕の心の中の罪悪感がスゴい速さで膨らんでいくのがはっきりと分かった。
思わず、ばっと彼女を突き放してしまう。
「わっ!?」
突き放されるのを彼女は全く予想していなかったようで、無防備に背中からテーブルに突っ込みそうになる。
こんなことになったのは僕がやったせいだ、そう思ってからは体が勝手に動いた。
「ッ――!」
背から倒れゆく彼女の腕を強引に掴み、一気に胸元に引き寄せる。
少し痛いかもしれないが、テーブルに置いてあるグラス片などが肌に刺さるよりいいだろう。
予想以上に反動が大きかったので、左足を大きく斜め前に出してバランスをとる。
すると、抱き抱えているような体勢になり、一瞬胸がドキッとしてしまった。
おっといけない、彼女の背中に手を当てて自分で立たせ、冷静に戻ろうとする。
「あの、ありがとうございますわ」
「いや、僕がやってこうなったんだ。ごめんなさい」
このままでは、僕の思考が彼女を助けたのだと勘違いしてしまいそうなので、頭を下げて羞恥心を煽る。
すると、あら不思議。
気分スッキリ爽快感が溢れてくるんだ。
感謝を伝えることと謝罪の気持ちを伝えることだけは、きちんと声に出して伝えたい。
しかし、彼女はそれに目を輝かせてうっとりとする。
「ああ、その慈悲深い心に乾杯ですわ! それと、あのカウンターの前にいる方々をどけるための準備も終わりましたの」
「えっ、速いですね」
「まあ、これくらい余裕ですわよ! 時間的には、そろそろですわね」
ゴクンッ、僕は唾を飲んでその瞬間を待つ。
さて、どんな仕掛けを彼女は仕掛けたのか。
興奮で普段より鼓動を大きくする心臓を押さえながら、ギルドハウスの入り口を見やる。
彼女も視線を向けると、「来ましたわ」と一言。
今入って来たのは普通の行商人らしき人だけなんだけど、どうもそれが彼女の言う人混みをどうにかする人なのだろう。
商品紹介でもするのかな、と僕は考えたが、どうも考えが甘かったらしい。
「さあさあ冒険者の皆様、安心安全のゼニー商会より朗報です。なんとなんとなんと、中級回復薬の無料配布を外にて行っております! 早い者勝ちですので、ささっどうぞ!」
商人がさっと入り口の前から横にずれると、赤い色に興奮した牛の如くカウンター前の冒険者達が駆け出した。
またまた、我先に我先にとだ。
ギルドハウスの床を叩く雪崩のようにドタドタと音を出しながら、その人影らは外に消えていった。
そんな光景に僕はあっけらかんとしながら、彼女の顔を見る。
彼女の表情は、どこか誇らしげで褒めてほしそう。
だけど、僕にそんな余裕はなかった。
「一体……なにをしたんだぁ!」
僕は、混乱して悲鳴にも似た叫び声をあげた。
アルクの口調がブレるのは、彼女との距離感を計っているためです。
その辺ご了承下さいm(_ _)m