018 「魔法使い、黒いドラゴンがリヴィのペットだと知る」
「グアァッ!」
黒いドラゴンは、後ろへ跳ぶような仕草を見せたあと、僕の足元に向かって翼をはためかせる。
すると、僕の目の前の地面は風圧によって抉れ、壁のように巻き上げられる。
それを危ないと認識するまでに刹那の時間を要したのは、僕の判断ミスだ。
慌てて剣を縦に振り、僕の身長を遥かに越えるまでに成長した土の壁を両断する。
「アルクさん、前!」
それだけで黒いドラゴンの攻撃は終わらない。
ノルンに言われて正面を見ると、黒いドラゴンがその大顎を全開して魔方陣を展開していた。
魔方陣は僕の等身大ほどもあり、それが撒き散らす破壊力は想像もできない。
一つ言えるのは、もしそんなものが放たれれば、間違いなくここら一帯は吹き飛ぶということ。
そんなものを放置するわけにはいかないのだけど、止めるには黒いドラゴンを倒すしかない。
僕は覚悟を決め、地面を駆ける。
「お前に僕の大切な人たちを――――仲間を傷つけさせはしない!」
僕のことを親身になって考えてくれるティニアスや、魔法を教えてくれるというリヴィ。
そんな仲間を守るためなら、魔法じゃなく剣だっていい。
剣聖の力を存分に使って、ハッピーエンドを迎えてやろうじゃないか。
「だから、お前を斬る!」
僕は大きく跳び上がり、剣を黒いドラゴンの頭に当てるようにして振り下ろす。
大丈夫、きっとうまくいく。
そう思っていたのに、結果、黒いドラゴンは――――
「グアァァッ!」
倒れることはなく、傷一つ負うことがなかった。
それは、僕の攻撃を何者かの魔法によって妨害されたから。
僕はその瞬間に振り下ろそうとしていた剣を体に引き付けて、魔法から身を守ったので傷はない。
だけど、そんなことをした犯人を突き止めなければならないという問題が増えた。
僕は、後ろを向かないように黒いドラゴンから距離をとって、魔法の発動された辺りをちらりと横目で見た。
「アルク、これ以上はやめてほしいのじゃ!」
そこには、大きく体を揺らしながら肩で息をするリヴィの姿があった。
その側には困惑するティニアスの姿もあって、まったく要求の意図が読めない。
僕は、とりあえずはとリヴィの近くまで行って話を聞いてみることにする。
「リヴィ、なんでやめなければならないんですか? あそこまで凶悪なドラゴンが暴れているというのに、放置していたら多大な被害が出てしまいますよ!」
「そうじゃないんじゃ……。ファーは妾のペットなのじゃから、封印されていた妾を守っていてくれたのじゃ!」
ファーというのは、黒いドラゴンの名前なのだろう。
それにしても、あそこまで育っているドラゴンをペットとして飼っているのは無理があると思う。
「嘘をおっしゃらないで下さい。なんでリヴィがあのドラゴンを飼えるというのですか?」
「それは、ペットであるからじゃ! ええい、そんなに信用できんのなら見ているのじゃ!」
言うと、リヴィは魔法で飛びながら黒いドラゴンのもとへと近づいていく。
僕は、突然のことに彼女を止められなかった。
そのことを悔いながらも、僕は彼女を追いかける。
「待ってリヴィ! 危ないから――」
リヴィを止めようと、そう言いながら僕は爆走する。
しかし、魔法で飛んでいる彼女に追い付くことは難しく、彼女の方が先に黒いドラゴンへとたどり着いてしまった。
もうダメかもしれない、ということも頭の片隅に置きながら、足を動かし続ける。
「クルゥゥ、キュゥアッ」
しかし、聞こえてきたのはなんとも可愛らしい鳴き声。
それはどこから聞こえてくるのかと言えば、黒いドラゴンのいる方だ。
さっきまで低い唸り声や咆哮をあげていたとは考えられないようなそれは、まるでペットが主人に向けるようなもので――
「よーしよし、ファーは本当にいい子じゃのう♪ 妾のことを守っていてくれたと聞いたときは、嬉しくて仕方がなかったのじゃ」
黒いドラゴンは、リヴィの身長に合わせて頭を垂れる。
その頭をリヴィはさすさすと撫で、頬をくっつけてにこやかな笑みを浮かべる。
「まさか、本当にペットだったなんて……。どうやって手懐けたんですか?」
「手懐けただなんて人聞きが悪い、妾はファーの卵を拾って育てただけじゃ。友情じゃ、親友なのじゃ!」
「いや、ペットなのか友達なのかどっちかにして下さいよ」
リヴィは、胸をそって羨ましいだろと言わんばかりのどや顔をする。
別に羨ましくはないけど、僕は苦笑いをしてその場をおさめる。
そうして会話をしていると、不意に僕がティニアスがいなくなっていることに気づく。
どこにいるのかと周りを見ると、彼女はノルンと話していた。
僕は、リヴィと黒いドラゴンの二人と一匹で彼女らのもとへ走り寄る。
「あ、アルクさん、大変なんです!」
僕はティニアスに話しかけようとしていたのだけど、ノルンがそう言いながら袖を引っ張る。
「どうしたんです?」
「ガイラックさんや、エレンさんが……」
言って彼女が手で指し示す方には、傷を上にして仰向けになったガイラックと、腕や足が変な方向へと曲がっているエレンの姿があった。
その二人の状態は死んでいてもおかしくないもので、今すぐ治療しても危険であることには代わりはない。
「僕たちに治療してくれって言うんですか? 生憎、僕たちのパーティーには治療術師がいないので、力にはなれそうもないですね」
そう僕は冷たく返した。
それには理由があって、前のパーティーと関わっていつまでもずるずると過去を引きずりたくない。
例え、彼らがどんな状況であろうと、本来は助ける義務などないのだから。
治療術師がいないのは本当だし、僕らにここでできることはないのも本当だ。
だから、冷たく言っているというより、事実を突きつけているという方がもしかしたなら正しいのかもしれない。
「いえ、アルクさんのパーティーには二方の魔法使い様がいらっしゃいますよね? その方々に街まで彼らを送ってほしいんです」
「僕のパーティーにいるのは、魔法使いのリヴィと剣士の僕とティニアスだけですよ? あ、後は黒いドラゴンのファーもいます」
確かにティニアスは魔法を使うことができる。
しかし、彼女の本当の役割は剣士だ。
ノルンは魔法使いが二方と言ったけど、魔法使いは実質リヴィ一人しかいないので僕の言っていることは嘘じゃない。
「そんな……。私は、ティニアスさんがダンジョンから出てくる際に魔法を使っていたのを見たので、魔法使いなのかなと思ったのですが。そうですか……」
ノルンは、ティニアスが魔法を使っていたのを見てしまったのか。
そうなると、話は変わってくる。
魔法を使えるのにここで手を貸さなければ、ギルドよりなにか罰則があるかもしれないからだ。
――それに、ノルンは僕がまだ明けの明星にいたときから、ずっと優しく接してくれていた。
もしかしたら、僕がいなくなったことでガイラックとエレンの嫌がらせの矛先が向いてしまった可能性だってある。
それでもこうやって二人を懸命に助けようとするその姿は、とても立派だし、僕には真似できない。
そんな彼女の頼みを、断るべきではないと思う。
「はぁ……。リヴィ、魔法で二人を運べるかな?」




