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016 「魔法使い、黒いドラゴンと戦う明けの明星を観察する」

 嫌な予感を的中させて出会った明けの明星は、トロルより頭一つ分ほど大きい黒いドラゴンと戦っていた。

 それは、どう考えてもあのパーティーの手に負える魔物ではない。

 なのに、なんで依頼を受けたのか……まあ、見栄っ張りな彼らならやりかねないか。

 もしくは、偶発的に戦闘状態に陥ったのか。

 うーん、前者の方が圧倒的に現実味がある。


「助けに入るべきなんだろうけど、自業自得と言ったらそれまでだし、なるべくなら顔をあわせたくないなぁ。でも、目の前で死なれるというのも目覚めのいいものではないし……」


 それでも、助けに行くという選択肢は一応捨てないでおく。

 相手が誰であれ、困っているのなら救うべきだろうから。

 また、それが縁を切った相手でも、その行動によって可能性を狭めてはいけない。

 だから、僕はなおさらその選択肢を捨てることができない。

 

「ふーっ、二人が来る前にどうにかしたいし、行くかな」


 思って、僕はゆっくりめに走りだした。

 それは、遠目から彼らの戦っている様子を観察しながら、黒いドラゴンの攻撃パターンを見極め、備えるためだ。

 ようするに、戦う前準備をしている。

 彼らのように、無策に突っ込む僕じゃあない。

 しっかりと備えておくに困ることはないのだから、やれることはやっておくべきだ。


 だけど、呑気にそんなことも言ってられなくなったらしい。


「ガイラック!」


 エレンは叫ぶ。

 ガイラックが、黒いドラゴンの連続した攻撃に耐えかね、地面に膝をついたからだ。

 それで、前線は瓦解。

 一気に全滅――――という風にはならない。


「光よ、我が力にて具現し、我が命にてかの者を癒せ! ――――セイントヒール!」


 ふんわりとした黄緑色の髪をした彼女――ノルンの唱えた魔法により、ガイラックの体を光の粒子がまとわりつくようにおおっていく。

 すると、みるみるうちに傷口は塞がり、立てるほどの元気を取り戻した。

 この結果からわかると思うけど、ノルンの回復魔法は超一流だ。

 あの魔法があるから、明けの明星が成り立っていると言っても過言ではないほどに。


「遅えよノルン、俺が死んじまったら責任とれんのかよ! 本っ当に使えねえな」


「すみません!」


 それでもガイラックは、吐き捨てるように汚い言葉を彼女に送る。

 少しの感謝もなく、それが当たり前のように振る舞う姿は、なんとも腹立たしく思える。


 僕は、そんな彼の様子を見て過去を思い出していた。

 彼らと出会った最初の方、互いにカバーしあってうまく魔物に立ち回れていた頃のことをだ。

 それが、いつからかこのように劣悪環境のパーティーへと変わってしまった。

 その責任は、雑用ばかりして戦闘に参加できなかった僕にもあると思う。

 でも、なんていうか…………それぞれが、パーティー全員がいてこその強さを、自分一人のものと勘違いをしてうぬぼれてしまっている。

 それが、現在の協調性のなさとなって表れているんじゃないかと僕は思う。

 つまり、誰が悪いというよりかは、パーティー全体の問題だ。


――――だから、一番貢献度の低い僕がパーティー抜けたことで、誰か一人でも気づいてくれればと思ったんだけど、ガイラックとエレンは気づこうとするそぶりもない。

 これは、パーティーとしてもう成長の限界だろう。

 抜けてよかったのかな、とさえ僕は思う。

 その考えを裏付けるように、またガイラックがノルンに文句を言う。


「なあノルン、お前魔法で攻撃できないのかよ?」


「治療術師ですから、攻撃魔法はあまり得意では……」


「いいから、やれって言ってんだよ! あーあ、いつまでも俺の後ろに隠れていればいいんだから、治療術師って楽な仕事だよなぁ? それなのに、できないわけがないだろうが!」


 ガイラックの言っていることは、無茶苦茶だ。

 まず、治療術師は回復魔法――魔力を癒しの力へと変換してパーティーを支える、特殊な役割だ。

 そのため、使える魔法はかなり偏っていたりする。


 例えば、状態異状のみを回復させることに特化したり、傷の回復をすることに特化したりと様々。

 そのなかでもノルンは、かなりオールラウンダーに多くの魔法を扱うことができるので、逸材と言っても謙遜はない。

 だから、ガイラックはそのオールラウンダーさを見て、そう思ったのだろう。

 

「……わかりました」


 ノルンは、自らの本領を発揮できないからか、はたまた誰かが傷ついたままとなってしまうのが怖いのか、悔しそうに顔をぷるぷると震わせながら言う。

 僕がノルンであったら、絶対に首を縦に振ることはないだろう。

 なにせ、治療術師が一人しかいないパーティーだ。

 その一人が回復に専念できなくなると言うことは、パーティーの生存率を大きく下げることとなる。

 と、そう考えるのが一般的だろう。


 だけど、それを了承したノルンはなにを考えて行動をとったのか。

 明けの明星のなかで一番常識がある彼女だから、理由があることは明確だ。

 その理由については、わからないけど。


 そして、戦況に動きが見えた。


「閃光よ、我が力にて具現し、我が命にてかの者を貫け!」


 ノルンが空に手をかざすと魔方陣が展開され、手を横凪ぎに振るとその軌跡をなぞるようにそれが増える。

 そして、標的は黒いドラゴンだと魔方陣に設定し、それを黒いドラゴンを囲むように所定の位置へと動かしていく。

 終わりに、目の前に残った魔方陣に魔力を流し込みつつ、口を開く。


「――――ホーリーレイ!」


 魔方陣から細い光線がのび、黒いドラゴンの体を貫かんとして交差していく。

 その威力は魔法使いには及ばないものの、黒いドラゴンを牽制するには十分。

 現に、黒いドラゴンは閃光を食らう度に苦しそうに低いうなり声をあげる。


「やっぱりできてるじゃないかよ! お前は、黙って俺の言うことを聞いていればそれでいいんだよ。な?」


 ガイラックは、ノルンの魔法の効果を見て、それがまるで自分の成果のように彼女に語りかける。

 だけど、ノルンはまだ魔法を操作したままだ。

 その集中している状態を邪魔してはいけないというのは、冒険者の間では常識となっている。

 もちろん、どの役割であろうとだ。


「話聞いてるなら、返事くらいしろっつうの!」


 ガイラックは、そういう常識的なところが欠けている。

 そのため、返事をしないことに苛立ち、あろうことかノルンに剣を振るおうとする。

 だからノルンは、わざわざ魔法を途中で破棄し、自分の体に回復魔法をかけるために準備する。

 その判断は、ノルンにとっては正しく、ガイラックとエレンの二人にとっては正しくなかった。

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