013 「魔法使い、幼女をパーティーに加入させる」
「なんじゃ、暗い顔をして?」
幼女は、わざわざ僕が目線をあわせているのにしゃがみ、下から僕の顔をのぞきこんだ。
恐らく、その行為の意図は、僕の気を少しでも紛らわそうとしてくれているんだろう。
そのことも、剣聖の紋章も、嬉しくないといったら嘘になるけど……でも、嬉しいわけでもない。
「剣聖の紋章があったら、魔法を使うことができないんですよ? それでどうして、暗い顔をしないでいられるんですか」
剣聖の紋章は、本来はバランスよく振り分けられるはずの適正が、剣を使うことへと偏ったことで浮かび上がる。
それは、最適正を示す特殊なあざみたいなものだ。
なので、その紋章がある者は剣以外への適正がないとされる。
だから、魔法を使えないと僕は思った。
悔しくても、そう思う他ないから。
「ううむ、お主はなぜそこまでして魔法を使いたいのじゃ?」
「それは……父さんのようになりたいからです」
唐突な幼女の質問に、僕は一瞬戸惑った。
だけど、すぐに思い浮かんだこと――――父さんのようになりたい、その言葉は自然に口から漏れていた。
特に口に出す気もなかったから、しらばっくれることもできたのに。
ないと言えば、それまでの話だったのに。
結局僕は、父さんの背中を追い続けているんだ。
「僕は、僕が魅せられた父さんの魔法を越えたいんです!」
初めて父さんの魔法を見たあの日、僕は唖然とした。
美しい非日常であるそれが、日常の中に現実となって現れていたから。
そのとき見たのは、拳ほどの大きさの火球だった。
それでも、あり得ないほどに興奮して、なんども見せてもらった。
「それは、このような魔法かのう?」
言うと幼女は、手のひらをぱっと上に見せて立ち上がる。
そして目をつぶり、ふうと深呼吸をする。
「炎よ、妾が力で具現し、妾が命にて球を成せ。――――ファイアボール!」
幼女の言葉が紡がれると、その手から炎が溢れる。
その炎は、空中に小さな点を作り出し、くるくると点に炎が吸い込まれるように回転し続ける。
すると、人二人で抱き抱えるのがようやくではないかという球ができあがる。
まぶしいほどに煌々と煌めき、肌が焼けるような熱を放つそれ。
そのどこかが触れれば、人間などいとも簡単に焼けてなくなってしまいそうだ。
僕は、その光景に言葉を失った。
「…………な、なんですかこれ!?」
ようやく形になった言葉は、驚きの言葉。
その言葉を幼女は予想していたのか、僕が口を開いた瞬間に笑みを浮かべる。
「ファイアボールじゃ。基本属性である火属性の、初級魔法でもあるのう。まあ、妾にとっては威力が暴走しないように抑えるのが大変じゃが」
「嘘ですよ、こんなのがファイアボールだなんて!」
ありえない。
これが本当なのなら、父さんの魔法はなんだったのか。
火球以外も使っていたけども、そのどれもが幼女に及ぶ気がしない。
どうか、冗談であってほしい。
冗談と言ってほしい。
「本当じゃ、妾は嘘など一つも言っておらぬ。なんなら、命をかけようかのう?」
命をかけるという言葉は、この世界で最も重い誓いを表す。
皆、魔物などの脅威によって、毎日命を削られているからだ。
つまり、嘘であったなら自分を殺せということ。
その場合は、抵抗をしてはいけない。
抵抗をしたならば、二度とその人に人として見られないで生きることとなる。
その人だけではなく、街全体でそうなることもある。
だから、迂闊に言っていい言葉ではない。
「でも、なんで今このタイミングで、僕にこんなものを見せつけるんですか? 私は、あなたの父さんなんかよりよっぽどすごいと言いたいのですか?」
この火球は、自慢のために作り出したとしか思えない。
でなければ、今の話を聞いて魔法を使う人はいないはずだ。
だけど、幼女はそんな疑問を一瞬で流す。
「そんなくだらないことに興味はないのじゃ。これを造ったのは、お主に理解してもらうためであるからの」
「……理解してもらう? 僕になにを理解しろと言うんですか?」
僕は、十分に理解しているんじゃないのだろうか。
魔法を使えないということも、剣聖であるということも、今現在進行しているこのことも。
「そうじゃな、お主は今、この魔法を見てがく然としたのではないかの? 力の差、これを感じて」
「感じますよ、父よりはるかに大きな魔力を。それでも、僕の思いは変わりません」
「ふむ……今感じた力の差、比べようがないとは思わなかったのじゃなぁ。その辺も疎いのは、まぁ仕方ないというかなんというかのぅ」
幼女は、渋るようにごにょごにょと一人で話す。
それに入っていくのは、誰だろうと特段勇気がいる。
だから僕は、少し幼女の様子が落ち着いてから話しかける。
「なにを言いたいのですか?」
「そうじゃ、そなたはティニアスと言ったか。ちょいと聞きたいことがあるのじゃがいいかのう?」
幼女は、僕が話しかけたというのに、僕の後ろでもじもじとしているティニアスに話をふる。
それに気づいたティニアスは、小走りでこちらに寄ってきた。
「なんですの?」
「今妾がした質問、聞いていたであろう? それについてそなたはどう思うのじゃ」
幼女は、僕のときよりさらににやついて話す。
なにがおかしいのか、嬉しそうにも見える。
その答えも、わかりきっているとばかりに。
「思うというより、感じたという方が正しいのではないんですの? あなたが魔法を使おうと詠唱を唱えた時点で、異質で歪な魔力が漏れていましたから」
ティニアスは、そう感じたのが当然――――というように僕と幼女を見て言う。
そう言われても、僕自身そんなもの感じていないから、どういうものなのかはわからない。
だから、多分悪意はないのだろうけど、少しもやもやしてしまう。
自分だけ、周りと違うということに。




