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012 「魔法使い、剣聖の紋章を知る」

「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 トロルは、虫を潰すように丸太のような右腕を振り上げ、僕のいる場所に叩きつける。

 しかし、そんなものはとっくに視えている。

 なんども戦場を経験したような、無駄のない動きで流れるように横にずれてかわす。

 そのあとも、なぎ払い、蹴り、拳の打撃…………などの攻撃が僕に向かって放たれるが、そのどれもが僕にかすることはない。

 結果、トロルは次第に顔を怒りの色に染め上げつつ、僕へと集中して攻撃を行うようになった。


「よし、こいつは馬鹿で助かった」


 魔物というのは、強くなるほどに知能を増していく生き物だ。

 そのため、このぐらいの強さを持つ魔物ならば、もっと知能が高くてもおかしくない。

 だけど、この魔物は見た目の通り筋肉だけが取り柄のようだ。


 でないと、途中でティニアスやさっきの幼女に攻撃が当たりでもしたら大変だ。

 幼女なんて一撃だろうし、ティニアスでも小剣でこの攻撃を受け止めるのは厳しいだろう。

 それに、僕だけが少し先の未来を視ているんだから、見えていない人にとってはトロルは大きな驚異だ。

 あんな巨体で暴れまわり、いつ潰されるかわかったものじゃないのだから。


「そろそろいい……か」


 この数分で、十分にトロルの注意は引き付けられた。

 あとは、トロルが気をそらさないうちに倒すだけ。

 今の僕なら――――剣を握っている間なら、なんでもできる気がする。

 だから、いける。


「いくしかないんだ!」


 トロルの攻撃をひたすらにかわしていた状態から一変、今度は僕から攻撃を仕掛けにいく。

 地面を滑るように駆け、こん棒のように振り回される腕を足場にして、軽やかにトロルの体を斬りつける。

 目を閉じても、訓練してきたかのように機敏に体が反応する。

 一分、一秒の間になんども剣を振るい、トロルを追い詰めていく。


「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 そう咆哮をあげている間にも、トロルの体には次々と深い細長い線が刻まれ、瞬く間に血にまみれていく。

 それだけではなく、動きも着実に遅くなっている。

 出血多量による酸素不足と、疲労によるものか。

 僕も同じようなものだけど、回復薬を飲んだお陰ですっかり疲労はとれた。

 傷は少しずつだけど直っているし、持久戦に持ち込んでも僕が負けることはない。


――だけど、そんな長ったらしく続けるつもりはない。


「ハアァッ!」


 銀色に光る剣筋が、残像となって目に残る。

 その直後、トロルの右足が根本から切断された。

 トロルは、一瞬驚いた様子だったが、直ぐに状況を理解したようだ。

 歩を踏み出そうとして、バランスを崩す。


「いや、理解してるのかしてないのかどっちだよ……」


 思わずそう突っ込みたくなってしまうトロルの馬鹿っぷりに、僕ははぁとため息をつく。

 それと同時に、ズズズンッとトロルが体を地面につけた振動が足から伝わってくる。


「これで、もう身動きはとれないだろう。それにしても……ここまでやったんだから、そろそろ死霊術師が出てもいい頃合いなんじゃないかな?」


 僕は、倒れたトロルを見るように立ちながら、死霊術師を視ようとする。

 しかし、それらしき姿はどこにもない。

 それと、このすぐ先に危険が起こるというわけでもなくなったようなので、未来は一切視えなくなった。

 僕は、少し残念に思いながら後ろに振り向くと、ティニアスが跳びついてきた。


「アルクさんっ!」


「わっ、ティニアスどうしたの!?」


「あ、あの女の子、すごくこわいんですの。いきなり独り言を始めたと思ったら、うーんっと唸って、今度は笑みを浮かべながら独り言を始めたりと……」


 ティニアスは、体をカタカタと震わせて涙目になりながら、僕を上目遣いで見る。


「こわっ!? 」


 ティニアスがこうやって僕に抱きついてきていることより、幼女が心配だ。

 そうだ、ティニアスが僕に抱きついてきていることなんて……ちょっと待って、抱きついてる!?


「ティニアス、怖いの苦手なの?」


「は、はいぃ……」


 まぁ、それはそうだよね。

 大体の女の人は、怖いのが苦手だ。

 怖いフリをしている人もいるけど、冒険者になる割合が圧倒的に少ないのだから、当然のことだ。


 そして、ティニアスの様子は本当に怖そうにしている。

 結構経験はあると思ったんだけど、その中には怖いものは含まれなかったのか。

 それとも、冒険者になってまだ日が浅いのか。

 どちらにせよ、これからは彼女に配慮しないとならない。


「大丈夫、僕が話しかけてくるよ」


 僕は、ティニアスの耳元で優しくささやく。

 そして、ティニアスの背中をポンポンと叩いてあげて、安心させてあげる。

 普段は強気に見えても、まだまだ成熟していない子供の器なんだろう。

 僕自身もそうだから、よけいに共感しやすい。


「さあてと、ティニアス、少しだけ離れてくれないかな? 僕と一緒に話しに行きたいならいいけど」


「いいえ、遠慮しておきますの」


 言って彼女は、すぐに僕を離れた。

 名残惜しい感じもするけど、まず先に目の前のことを片づけてしまわないとならない。

 僕は、幼女の近くに寄ってしゃがみ、同じ目線で話しかける。


「あのー、僕の名前はアルクって言うんですが、さっきの話の続きを聞かせてもらえませんか?」


「おおっ、そんなのいくらでも聞かせてやるのじゃ。さてと、どこまで話したかのう?」


「この剣を抜くための資質を聞く直前までです」


 言って僕は、左手に持つ剣を前に出す。

 そして、驚いた。

 さっきあれほど激しくトロルを斬りつけたのに、刃こぼれ一つないからだ。


「うむ、この剣は剣聖の紋章があるものにしか抜けないのじゃ」


「剣聖の紋章? 私にはそんなものありませんよ。あるのは、不思議なアザだけです」


 僕は、右腕の服の袖をめくり、そこにある火傷のようなアザを見せる。

 きれいな丸をしているのだけど、中にはごちゃごちゃと傷がついている。

 これは、父さん曰く気づいたときにはあったらしい。

 最初から、というのは薄くなっていてわからないかもしれないけど、とりあえずなにかのアザだっていうことで話しは丸まった。

 それを見て幼女は、顔を輝かせた。


「これじゃ、これが剣聖の紋章じゃよ!」


「……そうですか」


 僕は、落胆した。

 剣聖の紋章があるということは、ある一つの希望を潰されたということだから。

 確かに、剣聖の紋章というのはスゴいものだと知っている。

 現に、剣聖というのは冒険者などという枠にはまることなく、各地を放浪して人々を魔物による苦しみから救っていたそうだから。

 本人にはそれが修行でも、力なき人々にとっては救いの光になるのだ。


――剣に関しては。

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